第201話 砂丘の偵察とザハトの憂鬱

 アダムが放った神の目が砂丘地帯に到着したのは、予定通り1時間程度経った頃だった。

 だが、アダムを困らせたのは、怪しい拠点が幾つも存在している事だった。さびれた漁村のようなところもあれば、密輸業者が使っていたような小屋に桟橋があるような場所が点在していた。さすがにまだロングシップが集結している訳では無いので、明確な違いが判然としないのだ。

 北海の小型の荷船は前後対称形のロングシップ型の船が多く、上空から数隻見ただけでは違いが分からないのだった。


「やっぱり、マルクスハーフェンまで遡って新造軍艦を探すしかないよ」

「そうだな、どうせならウトランド方面を探ってロングシップの群れを探した方が良くないか?」


 アダムから話を聞いたビクトールとドムトルが思った事を言った。


「そうだな、今日はもう日没だから神の目を休ませて、明日は更に先に飛ばすことにしよう」


 アラミド中尉のティグリス号が砂丘地帯に着くにはまだ1日は掛かるだろう。1日あれば神の目をウトランドまで飛ばす事もできる。今は細かい情報よりも全体を俯瞰した実情を探って置いた方が後々良いかも知れない。

 アダムは明日の予定を考えて神の目に意識を飛ばしたのだった。


 翌日、ドラゴナヴィス号はオルランドに帰還した。ジョー・ギブスンとソフィケット、それを護衛する『銀の翼竜』の3人を降ろすためだ。

 アダムとアラミド中尉の情報次第だがドラゴナヴィス号は数日はオルランド港に止まり、志願兵の補充と食料や飲料水と言った兵站物資の積み込みをする予定になっていた。

 夕刻、ネデランディア公爵家の屋敷では、ガント・ドゥ・ネデランディアの前で、マロリー大佐から赤毛のゲーリックの迎撃作戦について説明を行った。

 会議に先立ち、打ち合わせから締め出された次男のザハトが声高に抗議して皆を困らせた。


「オルケンが参加するなら、私も打ち合わせに参加させて欲しい。赤毛のゲーリックへの対応は公国として喫緊きっきんの課題だ。軍事担当ではないが内政全般に関わる重要事ではないか」

「ザハトよ、気持ちは分かるがこれは最重要軍事機密だ。オルケンにも軍事責任者として聞いておかせるが、口出しはさせるつもりはない」


 ガントがそう言い切ってザハトの抗議を終わらせた。

 ギーベルと繋がっていたザハトにアダムは神の目や魔素蜘蛛のゲールの情報を教えるつもりはない。彼が参加するなら話す内容も変えなければならない。事情を知らないガントとオルケンを除いた全員が、ガントの明快な対応に安堵したのだった。

 様子を見ていたジョー・ギブスンも、この打ち合わせが終わった所で、ザハトがギーベルと密会していた事実をガントに話す他ないだろうと考えていた。ガントの気持ちを考えると少し気持ちが沈むが、自分はともかくソフィケットはこの後ずっとオルランドに残る事になる。早いうちに話して置く他無いだろう。もう他家の事と言ってはいられないのだ。


「すると、赤毛のゲーリックの拠点がこの砂丘地帯のどこかにあると言うのだな」

「そうです。赤毛のゲーリックの新造戦艦が神聖ラウム帝国の造船所で造られたと考えると、マルクスハーフェンで造られたと考える他ないでしょう。これはジョー・ギブスンも同じ意見です」


 全長80mを越えるコグ船を造れる港は限られている。マロリー大佐はそこから北海沿岸に散らばった一族を呼び集め、オルランドへ侵攻する事を考えると、中間地点で集合して襲って来るのが一番早いと考えられる事。きっと敵は当初オクト岩礁に集結するつもりだったと考えられる事を説明した。


「そんな大型戦艦と60隻、1.500人を超える軍勢を新海軍だけで撃退できるのですか?」

「オルケン殿、我々は集合場所さえ分れば、その拠点か途中の沿岸部で奇襲を掛けてまず数を減らし、最終的にオクト岩礁で迎え撃つ事で撃退出来ると考えています」


 国防の責任者であるオルケンは新海軍だけに任せておけないと言葉を続けた。必死の思いで大侵攻を退けた後も、何重にも防衛線を張って海岸線を守っているのだ。それに応援してくれている帝国軍と諸侯の騎士たちへの説明もある。


「よしんば奇襲が成功して数が減らせても、オクト岩礁を素通りして、直接オルランドへ侵攻して来る恐れはありませんか?」

「オルランドの港を生かすためにはオクト岩礁は必須の存在です。数に自信があれば行き掛けの駄賃に必ず襲って来るでしょう。それに素通りされたら、相手の背中からこちらが挟撃する事になるので、そんな危険は冒さないと考えます」


 オクト岩礁はオルランドから約40kmぐらいで、新造軍艦と60隻ものロングシップの船団を見逃すはずが無い。またオクト岩礁はオルランド港の風上にあるので、気が付いてから向かっても、十分背後を取れる事を説明した。

 しかしオルケンには1日あればウトランドからオルランドまで、広範囲の情報が分かると言うアダムの話が頭では理解できても信じられないのだった。


「ただ我々だけで十分だと言っている訳ではありません。新海軍も十分戦える作戦があるとご説明しているのです。ですから我々とは別に、オルランド港と周辺の防備を固めて頂く事は必要だと思います」

「オルケン、一昨年の大侵攻の時にこの海軍があれば、また戦い様があったのかも知れぬ。それだけ3本マストの帆船に寄って持たれされた機動力とアダムの魔法による情報力が画期的なのだ」


 信じられないと言ったオルケンにガントはその驚きは自分も同じだと言うのだった。


 ◇ ◇ ◇

 

 ひとしきり抗議したが認めらえず、ザハトは自分の居室に戻って来ていた。


「どこで俺は間違ったのだろうか?」


 窓の外には遠く港に停泊しているドラゴナヴィス号のマストが見えた。それだけドラゴナヴィス号のマストトップはずば抜けて高い。48mあれば15階建ての建物くらいの高さがあるのだから。


「新海軍だと? あんな大きいだけの帆船に何をこだわっているのだ」


 港の使用権を含めてデルケン人に権益を認めて講和しても、経済の流通を含めてこちらが実権を握って居れば損失は抑えられるし、別の利益を産み出す事も可能だ。体面よりも実を取るべきだとザハトは考えていた。

 そもそも武辺一途なオルケンにここまで離されるとは考えていなかった。自分は長男のハーミッシュが居たから家を離れたのだ。いずれお前にも分かると言う兄の優しい目が、自分を見透かしているようで嫌だった。

 だが戻って来れば、戦うだけが取り柄の無能なオルケンが幅を利かせている。あのまま自分が残って居さえすれば、ハーミッシュが死んだ時には自分が中心に成っていただろう。少し家を離れたいただけだが、随分家臣の目にもオルケンが頼もしく映るのが気に食わないのだった。

 そんな不平に付け込まれて一度はギーベルの誘いに乗ってしまった事が悔やまれた。ジョー・ギブスンがここまでガントの信頼を得ているとは知らなかったのだ。


「父は何故こんな簡単な事が分からないのだろう」


 条件が悪くとも早く講和しさえすれば、自分が経済復興を果たし、ネデランディアはその地位を復活させるだろう。軍事ではもっと皇帝を頼り、戦いは派遣されて来た帝国騎士団に任せれば良いのだ。同じ考えが頭の中で繰り返し反芻うされ思い出される。

 ガントは頭が固く体面にこだわり、講和に応じる事をせず、それだけ故国の復興を遅らせている。ザハトはガントの方針にも納得していないのだった。

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