第181話 オクト岩礁の偵察 その2

「ドラゴナヴィス号が見えなくなりました!」


 マストの見張り台に上っていた水夫の声が聞こえて来た。


「船長、マストの見張り台から報告です。護衛艦ティグリス号の向こうに見えていたドラコナヴィス号が見えなくなったそうです」

「ば、馬鹿な。さっきまで俺も望遠鏡で見ていたぞ。先に行くにしてもまだマストからは見えているはずだ。良く注意するように言え! ええぃ、、、おーい、マスト。よく見ろ!」

「船長、見えません! 海面がキラキラしているので霧が出ているのかも知れません」


 見張り台の話はミゲル・ドルコ船長を苛立たせるだけのものだった。雨雲が出てスコールが来れば、通りすがりの船影を隠してしまう事も考えられるが、今日は快晴でしかも霧が出るような時間帯では無い。ここは嫌がられてももっと近づく他ないだろう。


「よし、帆を張り増してティグリス号に近づけろ。どうせあいつ等の後を辿れば先で待っているだろう」

「ハイ、総員帆を張り増せ!」

「了解しました。帆を張り増せ」


 ミゲル・ドルコ船長の指示が船内に拡がり、指示に従って水夫が帆を広げ始めた。ドラゴナヴィス号を中心とする船団が暫く停船していたので、それに合わせて帆を降ろし速度を調整していたのだ。

 サン・アリアテ号の速度が目に見えて早くなり、ティグリス号の姿が大きくなって来たが、これまでその先に見えていたドラゴナヴィス号の姿はもう無かった。


「ええぃ、やられたか、くそ!」


 ミゲル・ドルコ船長が怒声を上げたその時、マストの見張り台から声が上がった。


「ティグリス号が停船しました。船長に話があるようです。カプラ号は進路そのままで離れて行きます」


 ティグリス号がみるみる近づいて来て、艦尾には対話を示す白旗が上がっている。ここは応じてティグリス号から情報を得る他ないだろう。ミゲル・ドルコ船長はメガホンを持ち舷側に近づいた。


「おーい、こちらはティグリス号艦長のアラミド中尉だ、ミゲル・ドルコ船長に話がある!」


 ティグリス号の船橋から同じくメガホンを持って話し掛けて来る士官がいた。


「ミゲル・ドルコ船長はいるか?」

「私がミゲル・ドルコだ。何か用か?」


 ミゲル・ドルコ船長にも若い男が明るく笑いかけて来るのが見えた。


「私はデーン王国海事傭兵団『鉄の心臓』のアラミド中尉だ。このティグリス号を預かっている。ミゲル・ドルコ船長はエスパニアム王国でも有名な私掠船の船長だと聞いている。舳先を揃え共に戦えてうれしい。一緒にデルケン人の船を北海から駆逐しよう!」

「すまない、情報が少し間違っているようだぞ。今回私は北海航路の開拓を頼まれて派遣されて来た。邪魔をするようならデルケン人のロングシップと言えども打ち破るが、あくまで主目的は探検だ」


 ミゲル・ドルコ船長は一応私掠船であることを否定して置く。


「我々も一度オルランドへ行き、それから先の進路を決めるつもりだ。そう言う意味で進む方向は当面同じなので、これからも顔を合わす事があるだろう。よろしく頼む、アラミド中尉。ドラゴナヴィス号は途中どこかへ寄るのかね。あの船と一緒なら心強いからね。私も蛮族の大軍とは会いたくないからね」

「それは残念だ。あの船は大切なのでオルランドへ先行したよ。我々は沿岸沿いに戦略拠点を確認して行くつもりだ。ヨルムントでデルケン人の略奪船が出没した地点を聞いて来たので、確認するつもりなんだ。一緒に戦って見たかったが残念だ。それでは、お先にどうぞ!」


 ミゲル・ドルコ船長はあっさり先にどうぞと言われてしまうと手掛かりを無くしてしまう。


「まあしかし、確かにこちらも、これからの事を考えるとデルケン人がどれほど強いのか前以て知っておきたい気もするよ。ティグリス号に付いて行って見学しても良いかね?」

「どうぞ、どうぞ。こちらは少し沿岸沿いに進んで行って、デルケン人の略奪船を1、2隻は沈めるつもりだ。やらないと相手の力量も分からない。見学なんて言わないで一緒にやっ下さいよ。新大陸では競争相手のエスパニアム王国の強さも是非見てみたい。特にあなたのような有名な船長の戦いは一度見て同僚にも風聴ふうちょうしたいからね」


 屈託なく褒めて来るアラミド中尉の言葉に、ミゲル・ドルコ船長も競争相手に良いところを見せ付けたい気もして来るのだった。


 ◇ ◇ ◇


「サン・アリアテ号が完全に見えなくなりました」


 メインマストからの報告にグッドマン船長とマロリー大佐が頷いた。


「どうやらアダムの作戦が上手く行ったようですな」

「ええ、七柱の聖女の仲間が噂通りの特別な存在なのか興味があったが、これはその力を認めないといけないようですな」


 マロリー大佐がメインマストを見上げると、その上空を滑空うする神の目の姿があった。悠然と旋回する魔素鷹の姿は特別に見えた。オクト岩礁の偵察も当初考えていた以上に情報が取れるかも知れない。戦略的優位に大きな力があるとマロリー大佐はこれからの手はずを考えるのだった。


「それで、グッドマン船長、オクト岩礁までどの位かね」

「ドラゴナヴィス号単独で先行するので少し早まりますな。明日の夜までには近づくでしょう」


 接近するのは夜明けの方が良いだろう。相手には西側から接近するので都合が良い。


「こちらが近づいたら、さすがに相手も気づくでしょう。オクト岩礁には定期的に敵の連絡船が来ているでしょうから、こちらの意図が伝わるのではないですか?」

「ええ、グッドマン船長、その通りですな。ですからこちらは通りすがりのように通過して、カプラ号、ティグリス号とそれぞれが偵察して、後から情報を総合するつもりです。そして最後のティグリス号が現場に残って連絡船を封鎖します」


 マロリー大佐の話にグッドマン船長が顔を上げた。


「それじゃ、サン・アリアテ号もティグリス号と一緒に留まっている可能性がありますね」

「ええ、不確定要素は分かっているなら目の前に居てくれた方が計算が立つ。こちらに攻撃するなど、あからさまな敵対行為はしないでしょうからね。影響ないところで働いてもらうか、無視するか。その時の情勢で判断します。後はジョー・ギブスンとガント・ドゥ・ネデランディアの話し合い次第だが、ジョー・ギブスンさんには早めに決めてくれるようにお願いしていますよ」


 ドラゴナヴィス号の船主はジョー・ギブスンだが、あくまでも用船契約の貸し手であって、戦争行為は当事者としてネデランディアに決めて貰わなけれはならない。ウトランドのデルケン人による幾度もの侵攻を受けて、ネデランディアの当主が弱気に成って居なければ良いのだがとマロリー大佐は考えるのだった。

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