第180話 オクト岩礁の偵察 その1
ドラゴナヴィス号の船上では、ヨルムントを出港して陸地が視認できなくなった所で、2艦の護衛艦からも船長を呼んで打ち合わせを行っていた。アダムはそこでサン・アリアテ号にゲールを送り込んで聞いた話を中心に、ヘルヴァチア傭兵団『闇のカラス』のギーベルの意図について説明した。
マロリー大佐以下デーン王国の傭兵団『鉄の心臓』の幹部たちも、神の目やゲールを手足のように使うアダムの特別な力に驚いたのだった。
「先程マロリー大佐は船団の操船訓練をしている間にサン・アリアテ号をやり過ごすと言われたのですが、相手はあのミゲル・ドルコ船長です。こちらが嫌がるのも平気であからさまに付けて来ると思います。それに先行してもこちらの動きを覗って、わざとゆっくり進むでしょう。そうなれば、こちらの動きも更に遅くなると思います」
「それはアダム君に何か考えがあると言うことだね?」
「はい、そこで提案があるのですが、
アダムの提案にクーツ少尉が待ってましたと反論した。
「個人の魔法がこんな大海原で通じるものか。デーン王国の大魔術師でも見渡すような海を霧に鎮めるなんて出来やしない。スニックとやらは神さまみたいな魔法でも使うのかな?」
「そうだよ、アダム。いくら僕でもそれは難しいよ。クーツ少尉に言われるのは悔しいけどね」
「まったく、あなたは。もっと自分に自信を持ちなさいよ」
「お、お嬢、いくら僕でも無理な物は無理ですよー」
太っている割に気の小さいスニックは顔の前で手を振って自分には出来ないと否定して見せた。アメデーナがそんなスニックの様子に悔しがって声を上げる。
「はは、そんな。僕もそんな大げさな魔法を言っているんじゃないよ。それには神の目とゲールにも手伝わせて、最小限の魔法でミゲル・ドルコ船長を欺くのさ」
アダムが説明した作戦はこうだった。まずドラコナヴィス号を先行させ、カプラ号、ティグリス号とばらけて続いて行く。2艦の護衛艦が残っているのであからさまにドラコナヴィス号に続いて行けず、サン・アリアテ号は護衛艦が良く見える形で我慢してドラゴナヴィス号とは距離を取らざる得ないだろう。
アダムはそこで神の目を飛ばし、サン・アリアテ号からゲールにも目で確認させながら、ドラゴナヴィス号がサン・アリアテ号とティグリス号の一直線上になる様にさせた所で、スニックがティグリス号の船上から、ドラゴナヴィス号を隠す程度の霧魔法を発動すれば良いと説明した。
遠目にかすかに見えるドラコナヴィス号を隠す程度の霧魔法を出せば、サン・アリアテ号からは見えなくなる。アダムは上空の神の目で位置関係を確認し、サン・アリアテ号のゲールの目を通じてドラゴナヴィス号が見えなくなった事を確認してドラコナヴィス号を先行させれば、ミゲル・ドルコ船長がおかしいと気づいた時にはもう対処不能になる。ドラコナヴィス号が全帆を張れば他の船には付いて行けない速度が出せるのだから。一度見失えば再び視認することも、ましてや追いつくことなど出来はしないのだ。
「なるほど、ほんの少し隠せれば良いのだね」
「ええ、念のためスニックには出来るだけ大きな霧を出して貰いますが、サン・アリアテ号から見えるドラゴナヴィス号は小さいので、十分隠せると思います」
アダムの作戦を聞いて、まずアラミド中尉が納得してくれた。
「良い作戦だ。その上でクーツ少尉のカプラ号と私のティグリス号もばらけて行先を変えれば、さすがのミゲル・ドルコ船長も付いて行く方向に迷うだろう」
「アラミド中尉、褒めて頂きありがとうございます。その上でアラミド中尉にもお願いがあるのです」
アダムが別にお願いすることがあると言われて、アラミド中尉は目を輝かせた。
「なんだい、面白そうだ。私にも役割を振ってくれるのかな?」
「はい、アラミド中尉のティグリス号には逆にサン・アリアテ号を付けて欲しいのです。そうすれば自意識過剰なミゲル・ドルコ船長なら、アラミド中尉の目の前でウトランドのデルケン人の船を襲って見せるでしょう。いくら作戦だからと言って、さずがの赤毛のゲーリックも楽しくは無いでしょう。向こう側にも反目する目を作って置くのは必要だと思うのです」
「おお、おお、良いね。面白いね。ついでに私もデルケン人の船を一緒に襲ってミゲル・ドルコ船長の勇名を拡げてやろう。事情を知っている赤毛のゲーリックは我慢しても、他のデルケン人はサン・アリアテ号を狙うだろう」
アダムの作戦にティグリス号のアラミド中尉が賛成してくれた。マロリー大佐もエクス少佐も異論はなさそうだった。クーツ少尉一人が渋い顔をしているが、大勢は決まったようだ。
「その作戦は良い考えだと私も思います。わたしは出来れば偵察を最小限にしてもらって、ネデランディアで早く海軍研修生を乗せて欲しいからね」
様子を見ていた船主のジョー・ギブスンが同意したことで、アダムの作戦でオクト岩礁の偵察に臨む事に決まった。会議はその後も詳細を詰める事で続いたのだった。
「アダム、お願いがあるんだが」
「はい、アラミド中尉、何でしょうか?」
「実は、君が七柱の聖女と鷹たちに餌を遣っている所を見ていたんだが、あのフクロウが可愛くてね。私もティグリス号のマスコットに1羽欲しいのだが、どうすれば手に入るのかね。私の部下たちも賛成してくれているんだよ」
「あのククロウはアンが大好きなので特別ですが、同じようなメンフクロウで良ければザクトの鷹匠のジョゼフを紹介しますよ。フクロウは慣れれば人懐っこいですから可愛いですよ」
アラミド中尉はその上で、アダムが文字盤と蜘蛛を用いて緊急時の連絡に使っていると聞いて、これからの作戦のためにも1匹預かりたいと申し出た。アダムは喜んで魔素蜘蛛の予備を渡したのだった。
「クーツ少尉もどうだい。これがあればアダムを中心に緊急連絡が何時でも出来るぞ」
「俺は御免です、信号旗で十分ですよ。あんな蜘蛛に命令されるなんてとんでもない! 先輩の気が知れませんね」
アラミド中尉が勧めるが、クーツ少尉は鼻から受けられないと断ったのだった。
「お嬢、しばしの別れですね。寂しいです。トニオの兄貴、お嬢をよろしくお願いします」
「ああ、良いぞ。行って来な。小さな船に揉まれて少しは痩せて来い!」
「そ、そんな。ティグリス号の食事もドラゴナヴィス号と同じメニューですか? アラミド中尉」
「はは、そんな訳ないだろう。塩漬け豚肉とビスケットがたらふく食えるよ。楽しみにしてくれ」
「わ、わ、簡便して下さいよ。お嬢、お嬢は良い船室に良い食事で、良いですねー」
「ふん、ふな虫のから揚げでも作って貰えば? はは」
「お嬢ー!」
護衛艦の船長が各艦に戻って行って、作戦は始まったのだった。
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