第182話 オクト岩礁の偵察 その3

 オクト岩礁はオルランドの北方の海上にあり、その距離は約40kmくらいと思われた。オルランドは海抜の低い土地で山も無く、小さいオクト岩礁は海岸線からは見えるか見えないか位の距離にあった。一昨年のデルケン人の侵攻の時には、そこにロングシップの大船団が影の滲みの様に見えて、市民を恐怖に陥れた。

 何度かの獲り合いの後、今もデルケン人の連絡拠点となっており、夜間には海岸線の向こうにオクト岩礁の狼煙台の灯りが小さく見えることが、心理的にネデランディア国民に圧迫感を与えているのだった。


「オルランドの守りとして昔はその灯りが市民に安心感を与えていた。オルランドへ来る船はみんなまずあの灯りを目当てに寄って来たのだ。それがデルケン人の侵略によって、頭の上の重しの様に常時不安感を与え、デルケン人に反抗する気持ちを萎えさせている」


 ジョー・ギブスンも北海航路の船主として、若い頃からこの岩礁を何度も見ながらオルランド港へ入って行ったのだ。非常に重要で象徴的な拠点なのだった。


「何か、床に溢した雫の痕みたいな形ね」

「ああ、でもこんな形に良く港が出来たものだと思うよ」


 アダムが神の目から見たオクト岩礁を図に描いていると、横から見ていたアンが感想を言った。

 アンの言った通り、オクト岩礁は中心となる一番大きな女島がポトリと落ちた雫で、上方が凹形に天然の港を擁している。女島の南側に見張り台兼狼煙台の高台があった。島と言っても大きめの岩礁で、木も草も生えていない。元は火山活動や地震の隆起で出来たものと思われた。

 その女島の周りを飛沫のような岩礁が取り巻いている。中でも大きめの北の岩礁(男島)に2つ目の見張り台があった。ここは港の入口の監視をする場所で、日中は数人の見張りが常駐しているが、寝泊まりするような広さは無く、女島の高台にある詰所から交代勤務で人を送り込んでいる様に思われた。


「何人ぐらいのデルケン人が守っているのですか?」

「島の守備隊は50名もいないと思うが、港を拠点としているデルケン人の交易船や略奪船が常時出入りをしている。1隻辺り20名から30名位乗っているから、5~10隻くらいが港の中や周りの岩礁に停泊していると考えると、あとプラス100名から300名位の間だろう」

「うへぇ、結構いるんだな。アダム、今何隻くらいいるんだ?」

「5隻いる。交易船が2隻で、略奪船っぽいのが3隻いるよ」


 アダムがマロリー大佐に聞いた敵の人数の多さにドムトルが驚いたような声を上げた。


「こんなのどうやって攻めるのさ。岩場に取り付いても数で負けるじゃないか?」

「はは、大丈夫だよ。我々に任せて貰おう。アダム、神の目に相手陣地を良く見させてくれないか。ウトランドのデルケン人もエンドラシル帝国から大砲を仕入れている可能性がある。まあ、それでも今回我々が開発したような新型の長砲が無ければ、数門程度の大砲なら十分勝負になる」


 マロリー大佐の頭の中にはもうオクト岩礁を占領する作戦案が出来上がっているようだった。自信のある口調でエクス少佐と視線を交わしていた。


「上空からは大砲のように見える物はありません」

「そうか、良し。まだまだ大砲は攻城戦や陸戦に使われる位で、対船用に工夫して来たのは我々とエスパニアム王国ぐらいの者だ。実際に使った事が無いとその有用性は理解できないからな。これからはそれが決め手になるだろう」


 デーン王国とエスパニアム王国では軍艦の製造競争が始まっているが、新大陸征服という経験がなければその戦略的な価値は分からないとマロリー大佐は言う。今はこの2国が突出しており、他国はいずれその脅威を知る事になるのだと言った。


「アダムのお陰ですな。これだけ正確な図面があれば、作戦実行は非常に有利でしょう」


 アダムは何度も神の目に上空で旋回させて図面を正確な物に仕上げて行った。

 エクス少佐もアダムが描いたオクト岩礁の地図に満足そうに頷いたのだった。


「良し、我々はあまり近づかないでこれ位にしておこう。後はティグリス号やカプラ号にもっと近くまで近寄らせて、相手の反応を見させよう。後から情報を集めて総合すれば、相手の能力や停泊中の船との連携度合いも分かるだろう。グッドマン船長、もうオルランドへ入って良いですよ」

「分かりました。総員帆に着け、進路変更してオルランドへ向かう。面舵いっぱい!」

「了解しました。面舵一杯!」


 ドラコナヴィス号は南に舵を切りオルランド港を目指した。ここからはもう数時間で入港することになる。オルランドへは早馬でも連絡を入れてあるので、港へはネデランディア公爵家の者も迎えに来ているはずだ。


「さあ、これからですな」


 主戦派と和平派が争うネデランディア公国、果たして鍵となるガント・ドゥ・ネデランディアは公国の当主としての矜持を失っていないだろうか。デルケン人の度重なる侵攻で、市民は弱気になり厭戦えんせん気分が充満していると言う話だった。

 ジョー・ギブスンは直ぐに見えて来るであろうオルランドの方角を見やりながら独り言ちたのだった。

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