第133話 マグダレナ救出(後編)

 アダムがゲールを天井に停まらせて待機していると、通路で走り回る足音がして、扉に開いた穴から広がり出した炎を布か何かで叩いて消そうとしているのが分かった。


 その時、玄関扉を打ち破る音が響いた。続いて大勢で階段を駆け上がって来る音がする。リンたち剣闘士奴隷が突入して来たのだろう。


 ゆっくりと扉が開いて、武装した2匹のゴブリンが慎重に入って来るのが見えた。だが誰も居ない事が分かって余計混乱したようだ。その間も、最初の仕切り扉を破ろうとリンたちが斧を叩きつける音が響いてくる。仕切り扉はこの客室の直ぐ近くのようだ。


 緊張感が増し、部屋の外のゴブリンから慌てた声が掛かった。2匹のゴブリンは急いで部屋を出ると、通路を戻って行くのが分かった。


 アダムはゲールを天井から走らせ、通路の天井に出てゴブリンの後を追おうとするが、その目の前でゴブリンが次の仕切り扉を閉めるのが見えた。あの先にマグダレナが捕らえられている談話室があるのだろう。その間も、最初の仕切り扉を叩く激しい音が響いてくるが、打ち破るのに苦戦しているのが分かった。


「オットーさん、リンたちが仕切り扉を破るのに苦労しています。俺らも助けに行きます」

「分かった。こっちも状況が分かって来たので、1階の仕切り扉に取り掛かる。これからは1階と分断されることもあるので気を付けてな」

「任せてくれよ、オットーさん」

「何でドムトルが請け負うんだよ」

「へん、ビクトール付いて来い」


 待機して焦れていたドムトルが真っ先に玄関ホールに入り、2階へ上がる階段に走り出した。アダムとビクトールもそれに続いた。

 2階の踊り場にはリンたちが待機して、2人の剣闘士奴隷が斧を扉に叩きつけている。


「扉に鉄格子が埋め込まれているんだ、アダム。それも太い」

「リン、急ぎましょう。ボルトの辺りを火玉で焼き切ります。場所を開けてください」

「アダム、やったことはあるのか?」

「いや、ドムトル、でもボルトか留め具が掛かる所を火玉で抉ればぐらつくんじゃないか」

「それなら、ここと、ここと、この辺りをやってくれ」


 アダムのアイデアを聞いて、リンが見ていて扉を固定しているポイントを指した。


「少し、みんな離れていて。オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 火玉は物質をエネルギーに変換する転換点を作り出すものだ。伸ばした右手の先にオレンジリオの光点が出来る。アダムはそれを押し当てるように扉の金属枠の留め具に近づけた。火花が散り金属が解けて蒸発しているのか、近くの木片が一気に炭化して赤い炎をだした。


「空気よ凍れ。”Aer in frigore”」


 リンが指示した3ヶ所の部分がトーチで焼き込んだように抉られる。だが扉は枠にきっちり嵌っているので、それだけでは倒れない。


「熱に気を付けて、身体でぶつかってくれ」

「分かった、こっちでやるから、アダムはどいてくれ」


 2人の大柄な剣闘士奴隷が体当たりをして扉に隙間を作った。


「もう少しだ。続けろ」


 リンの指示でガンガンぶつかる内に仕切り扉が向こう側に倒れ込んだ。


「良し、次に行くぞ。つづけ」


 リンの叫びで剣闘士奴隷たちが突き進むが、思った通り、2部屋も進むと次の仕切り扉が塞いでいた。


「ビクトール、ドムトル、どちらでも良いから、さっき俺がやったみたいにやり始めてくれ。リン、2人を見てくれ、延焼させないようにな。俺はマグダレナを確認する」

「分かった、任せろ」

「おい、ドムトル、慌てるなよ、俺もやるから」


 アダムはゲールに意識を飛ばした。

 アダムはゲールが仕切り扉で止められた所から、再びククロウの居る煙突口に上げた。

 1階でもオットーが玄関ホールと通路の仕切り扉を壊し始めたようで、激しい打撃音が響いて来た。ガイがマグダレナをどれくらい欲しているか分からないが、直ぐそこに迫って来ている警務隊を置いて2階に来るほど余裕はないだろう。


 それに、手下を分散して2階へ寄越すこともしないとアダムは考えていた。いくら50匹を超えるゴブリンと言えども、分散しては各個撃破されるだけだ。むしろ1ヶ所に集まって戦うし、突撃するとしても逃げ場のある正面玄関か、裏口だと考えていた。


 それでも、マグダレナに執心して手下を送られると困るので、もう一度奥の部屋でボヤ騒ぎを起こして混乱させ、むしろ1階を固めさせようと考えたのだった。


 アダムはゲールを一番奥の煙突に降下させた。再びボヤ騒ぎを起こした洗濯室に出る。洗濯室の扉は開け放たれていた。扉は大きな穴が開いていたが、炎を叩き消したのか、扉は汚く黒ずんでいた。アダムはゲールを通路に出して様子を見た。直ぐ近くに下の調理場に降りる階段があり、踊り場はゴブリンの子供たちが待機させられていた。


 2階の通路では、手前の仕切り扉は開け放たれ、その先にリンたちが攻撃している扉があるのが見えた。5、6匹のゴブリンが武器を構えて対峙している。奴らを階段の仕切り扉まで引かせる必要がある。


 アダムは洗濯室の天井に上ると、ゲールにそこら辺に積み上げられている、何か分からない衣類に火玉を投げさせた。延焼はさせたくないが、それなりのボヤを起こさないとここまで引いて来させられない。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 衣類は直ぐに火がついて煙を出した。階段の踊り場の子供が気が付き大声を出した。すかさず階段の下から大人のゴブリンが駆け上がって来る。


 アダムはゴブリンと入れ違いに天井伝いに通路に出た。通路の先で仕切り扉に対峙していたゴブリンも2匹が心配そうにこちらに走って来た。アダムは止めに階段の踊り場に積み上げて置いてある資材箱に火玉を投げた。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 ゲールの火玉に気が付いたゴブリンの子供がいた。大きな声でゲールを指さして叫んだが、大人たちは、火が付いた資材箱の火を消すのに夢中で、相手にしている余裕が無かった。


 アダムはゲールをそのまま通路の先に進ませ、マグダレナが居ると思われる部屋の前に張り付かせた。


 突然、ドムトルの火玉が仕切り扉の鉄枠の間に穴を開けた。リンが指示した場所を外したであろうその一撃に、扉に対峙していたゴブリンが叫び声を上げて後ずさった。そのゴブリンは階段側に大声で何かを言うと、マグダレナの居る部屋の扉を開けて、どうしようかと覗き込んだ。マグダレナを連れて行こうかと迷ったのだろう。だが、階段側から声が掛かって、彼らは後退して行った。


 正体の分からないゴブリンを檻から出して引きずって行くことより、そのまま見捨てて、1階を守った方が良いと考えたのだろう。残ったゴブリンたちも通路の奥の階段に消えて、仕切り扉が閉められるのが見えたのだった。


「リン、今だ。ゴブリンは階段のところまで引いて仕切り扉を閉めた。連れ戻しに来ない内に扉を壊して進むんだ」

「ええい、面倒くさい。もっと火玉で大きく扉に穴を開けれられないか」

「馬鹿、ドムトル、延焼してマグダレナを焼き殺す気か?」

「俺がやる。リン、場所を教えてくれ」


 アダムはリンの指さすところを火玉で抉る。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」

「良し、ぶちかませ!」


 最後はドムトルの威勢の良い声に促され、剣闘士奴隷が体当たりをした。仕切り扉は何回かのぶちかましで向こうに倒れ込んだ。


「こっちだ、リン」


 アダムがマグダレナが捕らえられている部屋の扉を開けて踏み込むと、じっと正面を向いて座っていたマグダレナと正面から目が合った。


 ゴブリンの雌に化けたマグダレナの瞳が大きく見開かれ、緊張と不安で揺れているのが分かった。扉を開けて入って来たのがガイでは無い事が分かって、安堵で涙が盛り上がり零れ落ちる。しかし表情は崩さないように、彼女が一心に我慢しているのが分かった。


「マグダレナ、ドムトルだ。助けに来たぞ」

「マグダレナ様、今檻を壊します。少し奥に行って下さい」


 マグダレナはアダムを真直ぐに見ながら、膝を両手で押さえて、ゆっくりと立ち上がった。そのまま檻の奥に後ずさった。斧を持った剣闘士奴隷が扉の鍵を一気に叩き切った。直ぐにリンが扉を開けてマグダレナを助け出した。


「マグダレナ様、すいません。私の従妹の為に」

「マグダレナ様、お怪我はありませんか。今足環を外しますのでお待ちください」


 リンとタニアがマグダレナに抱き着いて声を掛けると、マグダレナもしっかりと二人を抱きしめた。だが何か言いたいのか、顔はアダムの方を向いている。


「おお、すげえな。マグダレナが変身している所を初めて見たけど、本当に分からないな。お前、本当にゴブリンじゃないよな」

「馬鹿、ドムトル、場所をわきまえろ」


 ビクトールに注意されてもドムトルは屈託のない笑いを見せている。


「ドムトル、来るのが遅いわよ。お母さまに言い付けるからね」

「うへぇ、やっぱりマグダレナだ。アダム、やっぱ、こいつマグダレナだぜ」

「馬鹿、いつまでふざけて居る。まだ任務の途中だぞ」


 その時、1階の玄関フロアから男の大音声が聞こえて来た。


「待て、待て、襲撃は止めろ! 警務隊はグランド宰相の許可を取っているのか? 監察官のリッチー・ウルブライトだ!」


 1階から煩く聞こえていた、仕切り扉の破壊音が停まって、新しい事態が発生したことが分かったのだった。

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