第132話 マグダレナ救出(中編)

 ◇ ◇ ◇


 突然、静寂しじまを破って扉の破壊音が響き渡った。ベッドに寝ていたザップは飛び起きた。若い頃に辺境伯について戦闘に明け暮れたザップにとって、それは耳慣れた破壊音で、忘れ果てていた過去の時間に無理やり引き戻されたような衝撃があった。一瞬今自分がどこに居るのか分からなくなった気がした。それに引き続き聞こえて来る騒音は、誰かが屋敷に侵入して来た事を表していた。


 暗闇で動きを止め、気配を探っていいると人の足音がして、激しく別棟の扉が叩かれる音がした。


「警務隊です。屋敷の管理人さんはいますか。本館が襲撃されたようです。出て来てお話を聞かせてください」

「待ちたまえ、すぐ行く。、、、そ、それでも手回しが良すぎないか、、、」


 ザップは急いで衣服を着けながら、頭では急回転する思考に考えが纏まらない。だが、扉の破壊音がしてから、警務隊が来るまでが幾ら考えても早すぎる気がした。この間から色々分からない事が起こっていたことを思い出し、嫌な予感しかしない。


「早く、早くお願いします」

「今行くから」


 警務隊の急かす声と共に、別棟の中で他の使用人も目を覚まし、様子を伺っている気配がした。何でみんな出て来て俺を助けないんだ? 何で俺が責任者なんだよ。容赦無く扉を叩く音に、ザップは情けない溜息をついたのだった。


 扉を開けると完全武装した警務隊員が2名で立っていた。別にわざとゆっくり出て来た訳でも無いのに、やや苛立った表情で相手も緊張しているのが分かった。


「な、何です。何が起こったんですか?」

「市内で武装した一団が目撃されて捜索していたら、今お宅の屋敷が襲撃されたようなんだ。我々警務隊が取り押さえに入ろうと思うが、屋敷の様子を教えてくれないか」

「な、何でうちなんだよ。襲われる覚えはないぞ」

「それは、むしろこちらが聞きたいことだ。現に襲撃者が屋敷内に入るのを我々は目撃している。放置はできないだろう」


 ザップは何が何だか分からない。何から話して良いのかもわからなかった。


「困った奴だな。あんたが管理人なんだよな」

「そうだ、俺はザップだ。ここはグランド公爵家の奥様の実家だぞ、失礼な対応は許さないぞ」

「分かった、分かった、こっちに来てくれ」


 中々本題に入れないザップに苛ついて、警務隊員がザップをオットーの元へ無理やり連れて行った。本館の玄関の前に警務隊が集まって来ていた。何人かは扉を抜けて玄関ホールにも入っているようだった。


「ついて行くから乱暴はよせ。この扱いは何だ」

「あんたが管理人のザップさんか? 警務隊のオットーだ。屋敷に入るに当たって、内部の様子を確認したい」

「すまんが、もう一度状況を説明してくれんか」

「分かった。我々は警務隊だ。市内に武装した一団がいると通報を受けて捜索していたら、その一団と思しき連中が、お宅の正門を抜けて屋敷の扉を破るのが見えた。取り押さえに入りたいと思うが、中の様子が分からないと迂闊に入れない。今誰が居るのか、部屋の配置はどうなっているのか、とか事情を教えて欲しい」


 何を悠長な、賊が入ったのなら、直ぐに捕まえて欲しいと言おうと思ったが、ザップはこの間の叫び声以降、色々不思議な事があって、自分でも不安を感じていた事を思い出し口籠ってしまった。


「警務隊なら知っていると思うが、ここはリンデンブルグ元辺境伯の下屋敷で、今売りに出されている。実は買い手がお試しの仮入居中で、とある商家の奥様と執事が入っている」

「仮入居? グランド公爵はご存じなのかね。所帯は何人くらいかな」

「ここはグランド公爵の持ち物じゃない。奥様とそのご子息が相続されたが、まだ一度も来られていない。私が管理人として任されているんだ」


 いくら管理人と言えども、持ち主に黙って貸すのはどうかと思ったようで、オットーの表情が動いた。こうなれば破れかぶれだとザップは全てを話した。


「実は私も執事は見ているが、その奥様やその他の使用人は見ていない。この屋敷は幽霊屋敷と噂されるようになってからは、買い手もつかず困っていたんだ。やっと付いた買い手なんだ。ここが売れないと、我々使用人の退職金も出ないんだよ。察してくれないか」

「分かった。そっちは我々は興味は無い。むしろこれから突入するのに、知っておくべき注意点や特別な設備や仕掛けは無いかな」


 オットーは買い手の話が嘘で、その執事が闇の司祭であることは分かっている。その点をザップからほじくり出しても新しい情報は期待できないと無視した。


「この屋敷はご主人の意向で非常に頑丈に作られている。通路の要所に厳重な仕切り扉があって、それを壊して進むのは中々厄介だろう。押し入った奴は今頃困っているんじゃないかな。その扉をキチンと閉めていさえすれば、あんたらが後ろから入って捕まえるまでは、奥さんたちも安全に隠れていられると思う」

「ゴブリンが持ち込まれたと言う噂話を聞いたんだが、何かおかしなことは無かったかな」

「ば、馬鹿な事を言うな。グランド公爵家の執事からもそんな話があったが、その後で屋敷に行って買い手の執事とも話をしたが、可笑しなことは無かった」

「屋敷の中へ入って確認したかね」

「そ、そんな必要はないだろう。現にその執事が無事に出て来たんだから」


 オットーに覗き込まれて、ザップは声を張り上げた。あの時怖くなって中には入らず戻った事を、内心では気になっていたのだ。闇の司祭の正体を知らないザップは、さすがに分からなかった。

 そこへ少年兵のような隊員が近づいて来て、ザップに図面を見せて質問して来た。


「警務隊のアダムです。屋敷の中はこんな感じかと思いますが、他に何かありますか」

「これは何かね。うちの屋敷を探っていたのか」

「いえ、大きな屋敷の一般的な間取りを手書きで書いただけですよ。何か抜けてる部屋とかありますか。それとか特別な設備とか。下水の排水口は奥の階段の降りた先ですか」


 ザップは一般的な間取りと言われて黙ってしまった。確かに大きな屋敷の造りはこんなもんだとも言える。今にもさっと手書きしたと言う感じのメモを見てザップは答えた。


「いや、大体あっているよ。1階の書斎と居間の横に隠された小さな礼拝堂がある。死んだご主人は信心深かったからな。良くそこにい独りで籠っておられた。王都の下水道とは地下の階段の奥に排出口がある。後は納戸や物置がまだあるが、確かにこんなもんだな」


 後は通路の仕切り扉の位置を教えてくれと言われて、ザップは図面に位置を書き込んだのだった。


 ◇ ◇ ◇

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