第131話 マグダレナ救出(前編)

 警務隊の先導を受けてアダムたちが屋敷に近づいて行くと、正門の手前の門かどにオットーが待機していた。既に周辺には警務隊が展開しており、近づき過ぎて気づかれないように少し離れて待機している。


 アダムはゲールをマグダレナが捕らえられている部屋に置いていて、陽動の突然まで問題が無いか探らせていた。ゴブリンの雌に化けたマグダレナは何を考えているのか、じっと姿勢を変えず、入口の扉を睨んでいる。ガイがやって来たらどうしようかと考えているのかも知れない。


 アダムは、最初は奥の煙突から2階の洗濯室の扉に穴を開けるのが良いと考えているが、調理場のかまどに火が入っていると侵入出来ないので、その場合は手前の煙突から客間の扉に火玉で穴を開けるつもりでいる。状況によって順番を変えてボヤ騒ぎを起こすつもりだ。


「リンたちが来たぞ。アダム、よろしく」

「はい」


 アダムは急いでゲールをマグダレナの居る部屋の暖炉から引き揚げて、ククロウの足に停まらせる。

 リンたちが近づいて来て、アダムたちの近くに背を低くして待機した。リンが近づいて来る。


「奥の洗濯室にボヤ騒ぎを起こします」


 アダムはリンが頷くのを見ながら、ククロウを奥の煙突に向かわせた。ゲールがククロウの足から煙突に降下する。昼間に何回もやっているので、ゲールは慣れたものだ。尻の出糸突起から出た糸をより合わせて特徴のある糸を造り出している。糸を少し垂らしながら空中にチャンプして、風受けにして少し飛んでみたり、壁につけて命綱にする。


 ゲールは煙突口から一気に飛び降り、排気口を通って2階の洗濯室の暖炉に出た。ここにはゴブリンは居ない。アダムの予想ではこの部屋を出た所に奥の階段がある。マグダレナの居る部屋へ通じる通路があり、手前にそれを遮る扉があるはずだ。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 前回床に穴を開ける時には、小さな穴が開いた所で空気を冷やす魔法で延焼を止めたが、今回は気にせず穴を開けた。部屋の扉は板が薄くて簡単に穴が開いた。蜘蛛の触手から作った火玉は小さいが、物質を熱エネルギーに転換する転換点を放置すれば、周辺は熱で燃焼し煙を発して燃え始めた。


 奥の階段まわりは1階に調理場があるので、前回偵察した時も踊り場にゴブリンの子供たちが何匹もたむろしていた。今回も直ぐに異変に気が付いたようだ。叫び声が上がって慌てた様子が伝わって来る。


 アダムは扉が開いてゴブリンが踏み込んでくる前に、暖炉から煙突に出てククロウの居る煙突口に向かう。今度は手前の煙突から客室の扉に火玉で穴を開けるつもりだ。


「奥の洗濯室の扉に火を点けた。次は手前の客室に入る」


 アダムは小声でオットーとリンに伝えた。

 アダムは同じようにククロウからゲールを手前の煙突に降下させた。最初の客室の扉に穴を開けると、続いて暖炉から煙突に戻り、別の暖炉のある部屋に出た。こちらの客室の扉も穴を開けて火を点けるが、今度は部屋に止まって、扉が開いたら通路を探るつもりだった。


 大人のゴブリンは1階のガイの近くに一番多くいるので、2階は手薄なのだろう。慌てて駆けまわる音が聞こえるが、人数は多くない。5、6匹と言った感じに聞こえた。


「リン、突入してくれ。騒ぎに乗じて通路の扉も火玉で穴を開けるから。後からオットーさんとついて行く」


 リンが立ち上がり、部下に手で合図をした。女剣闘士奴隷が一団となって正門に近づいて行った。


 鉄の格子状の柵を仲間が踏み台に成って手を貸し、何人かが飛び越えて行く。全く慣れた物で危なげが無い。中に飛び込んだ仲間が扉を内側から開けると、リンたちはそのまま門の中に消えて行った。


「良し、我々も正門の中まで進むぞ」


 オットーが声を掛けて、警務隊の捜索部隊が正門を抜ける。アダムたちもそれに続いた。同時にオットーからパリス・ヒュウ伯爵へ伝令が走って行く。アダムたちが玄関ホールに向かう時には、警務隊の本隊が正門の周りを固める手はずだ。


 リンたちが玄関扉の前に止まり、身体の大きい剣闘士奴隷が担いできた斧を持ち出すのが見えた。玄関扉を叩き割って入る手はずだ。扉は頑丈な造りで鉄枠が嵌っており、鍵でも無ければ静かに開ける事は難しい。かと言って、管理人を脅して鍵を手に入れようとすれば時間が掛かってしまう。


 リンがアダムたちの方を見ながら手を挙げ、やれと手を降ろした。すかさず扉に叩きつける斧の音が静かな夜に響いた。木に食い込む音だけではなく、鉄枠が金属同士の嫌なぶつかり音を出した。

 鍵の閂かんぬき辺りを数度叩き付けた後、2人係りでぶちかました。


「行け行け、次は2階の扉だ」


 リンたちは玄関ホールやその奥を気にもせずに階段を駆け上がって行く。


「良し、俺たちも続くぞ。俺たちは玄関ホールを押さえる。誰か別棟に行って管理人を引きづって来い」


 警務隊員が2人別棟に向かって走って行った。

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