第127話 闇の司祭の述懐
アダムは主煙突の中で闇の司祭の声を聞いて、その部屋の暖炉に繋がる穴を探した。だがどういう音響効果なのか、穴を探して移動しようとすると、話声が途切れてしまう。アダムはまずは動かないで聞こえて来る会話に集中することにした。
「ふぉふぉ、お前が話をせぬなら、わしが身の上話でもするかのう。聞きたいかえ」
「ふん、退屈だから聞いて上げても良いわ」
闇の司祭の会話の相手はマグダレナなのだろう。やはり彼女は捕まってしまったようだ。二人が会話をしているという事は、まだ切羽詰まった状況ではないのだろう。アダムは焦る気持ちを押さえて、二人の会話に集中した。
「わしは貴族の妾腹の庶子として生まれたんじゃ。それは勢いの衰え掛けた公爵家じゃった。父は若く野心家で、それが我慢ならんかった。だがわしは妾腹の子で、気楽なものだった。小さい時は甘やかされて育てられて、わしは可愛い子供じゃったよ」
「ふーん、今じゃ信じられないわね。その黒い義眼を見たら子供だったら泣き出すわよ」
「ふぉふぉ、本当じゃのう」
公爵家と聞いてアダムは驚いた。それはオーロレアン王国の貴族のことだろうか。
「ところが、わしの兄である正妻の子があっさり病気で死んでしもうた。わしは一気に立場が変わって、跡取りとなった。母はわしが強運の子だと自慢したぞ」
「それはご愁傷様。そこから転落の人生ってわけ? ほほ、笑う準備は良いわよ。早く言いなさい」
少し、闇の司祭の話に間があった。マグダレナの憎まれ口に口籠った訳ではないだろう。強い感情の爆発を抑え込むような静かな口調で再び話出した。
「それは忘れもしない、5歳となった洗礼式の日、わしは神のご加護を受けれんかったんじゃ。わしは最初その意味が分からんかった。母親が泣いていた。貴族が平民と同じ加護無しに生まれたんじゃ、もう他人には言えんと言うとった。父親にどう報告すればいいか分からないと狼狽しておったよ」
この世界の貴族の権威は、神の子孫として血の因子を濃く引き継いでいることにある。産まれながらにして平民の上に立つ、貴族としての身分の根拠となっていた。アダムは自分たちの洗礼式の日の事をしっかりと記憶している。七柱の聖女の騒動はそこから起こっているのだ。
「加護無しに生まれて何が悪いんじゃ? わしは公爵家の跡取りだ。でも、出世欲の強い父はそんなわしでは我慢出来んかった。それはそうじゃ。加護無しでは貴族を継ぐのも難しい。父はわしを見限ってしもうた。わしは戸籍から消され、出入りの商人に里子に出されたんじゃ。母は泣いておった。自分もお終いだと、自分を憐れんでな。ところが野心家の父は起死回生の策を思いついたんじゃ。王室の嫌われっ子で行先の無かった王子を、養子として貰い受け、逆に自分の出世の機会を得たのじゃ。ふぉふぉ、わしは七柱の神々から見放されたのさ」
「何を贅沢なことを。奴隷に生まれた者もいるのよ」
エンドラシル帝国の被征服民を身近に見て育ち、実際に解放奴隷のアガタの娘として生まれたマグダレナからすれば、何を甘ったれたと言う事だろう。返す言葉は冷たく厳しかった。
「ふぉふぉ、確かに物は考え様さ。商人の養子になったわしは、加護無しでも、平民なら同じじゃないかと思った。でも、わしのお陰で日陰を見る者も出たんじゃろう、義兄弟の虐めが待っておった。押し付けられた邪魔な子だ。継母にも邪険にされた。そしてとうとう、実の父親が出世をして宰相になると、わしと言う過去の汚点を本当に消そうとした。実父に言われて養父がわしを光真教の教会に捨てたんじゃ。ふぉふぉ、世の中は喜劇に溢れとる。そうは思わんか、ゴブリンの娘よ」
「同情して欲しいの? 確かにこれは喜劇かもね!」
アダムは地球でも日本と言う、身分の無い自由な国で育った経験を記憶している。だからこの世界の様に、産まれて5歳になると自動的に洗礼を受けて、七柱の神のご加護の数で選別される世界を思うと、闇の司祭の気持ちも分る気がする。逆にマグダレナの様に、生まれながらにして奴隷の気持ちの方が、実は分からないのかも知れない。
「ふぉふぉ、でも、そうじゃない。そうじゃないんじゃよ。
闇の御子が教えて下さった。『お前が七柱の神のご加護を受けていないのは、お前が闇の御子のご加護を受けているからだ』と。わしは七柱の神の加護持ちで無くては、貴族として生きる権利が無いと苦しんできたが、そうでは無い。わしは闇の神のご加護を受けていたのじゃ。むしろ闇の神のご加護を受けていない劣等種なのは、威張っておる今の王族や貴族の方なのじゃ。この世のみんなが考え方の根本を間違えておると、わしは闇の御子に教えて貰ったのじゃ。
わしは決心した。闇の司祭になって、七神のご加護によって作られたこの世を打ち壊こわそうと。七神の血で成り立つ世界を壊すのじゃと。ふぉふぉ、そんな世界を見たいと思わんか、ゴブリンの娘よ。お前こそ人間中心の世界を壊したいじゃろう」
「狂っているわ。あなたは狂っているのよ」
その時アダムはゲールの感覚で臭いを縫い指揮に出来るだけ遮断していた事に気が付いた。下水や土管に入る時は臭いに我慢が出来ず、感覚を遮断することを覚えて、自然と遮断しているのだ。アダムが改めて今度は臭いを探ると、熱気と言うか人いきれが感じられる穴があった。
アダムが急いでその穴に入って行くと、また直ぐに話が聞こえて来た。
「ふぉふぉ、わしはずっと見ておった、自分の生家の事をな。今の宰相はその養子で、わしの身代わりじゃよ。そしてこの屋敷はその宰相を恨んで死んで行った辺境伯の屋敷。もうこれは運命じゃよ、そうは思わんか。この世直しをこの屋敷から始めるのは運命なのじゃ」
そこは居間に続く書斎のような雰囲気の部屋だった。暖炉から少し頭を出して覗くと、目の前に鉄製の枠で造った、犬舎のような大きな檻が置いてあって、その中に小柄な雌のゴブリンがいた。こちらからはその背中しか見えないが、彼女が見ている、正面に立つ闇の司祭の顔が見えた。
「何で私にそんな話をするのよ」
「何でかのう。ふぉふぉ、分からんのう、、、、」
闇の司祭は目線を下に落とした。だが、そうすることで、アダムは正面からその黒いガラス玉の義眼を覗き込む事になったのだった。
「、、、でもな、もし、この話をお前の仲間のアダムが聞いていたら面白いじゃろうなあ、と思ったんじゃ。あ奴やアンにこそ聞かせてやりたい話じゃないか。ええ? ふぉふぉ、アダムよ聞いているか? 直接会う日を楽しみに待っているぞよ」
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