第126話 マグダレナの捜索(後編)
アダムが壁に穴を開けようと考えて、本館の建物を調べて行くと、この建物の重厚さが分かって来た。
外壁は石造りで、内壁はレンガ積みで造られている。扉や窓枠は木製だが、主要な部分は石かレンガで作れており、遮音性が高いのも納得の造りだった。積み上げた石やレンガで梁を支え、その梁に板を止める形で床と天井が造られている。
現代建築のような電線や配管を通す空間は天井にも壁にもなかった。ゲールの火玉で穴を開けるとしても、石壁やレンガでは難しい。見つかる事を覚悟して扉に穴を開けるのなら話は別だが、どうも同じ階の奥に行くより、床に穴を開けて地下に降りるか、天井から2階へ上がる方が容易である事が分かった。
それでも正面から見える天井や床に穴を開けるのは心配なので、アダムはまず玄関ホールの階段の下に入り、そこから地下へ降りれないか試して見る事にした。階段の側面には小さな扉が見えるので、階段の下は物置に使う納戸に成っているのだと思われた。
アダムは、まず壁に沿って置かれた調度品の隙間にゲールを侵入させ、隠れた側面から穴を開ける事にした。
「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」
ゲールはハエトリグモとしては、ずんぐりとしたやや大きめの蜘蛛で、毛深い蜘蛛だった。触手の先に魔素の流れを集め、物質をエネルギーに変える転換点を作る。チリチリと白色に近いオレンジ色の焦点が出来る。アダムはそれを階段の板壁に押し当てるように押し出した。
エネルギーが強すぎれば周りを燃焼させてしまうが、それは針の先の様に細かい線となって壁に穴を開けて行った。炭化して黒く変色し、縁が燃えて赤色化するところを、一気に空気を冷やして止めて行く。
「空気よ凍れ。”Aer in frigore”」
ゲールが身体を伸ばして通れるくらいの穴が開いた。ゴブリンが臭いにどれくらい敏感か分からないが、気が付かない事を祈った。元々見た目に衛生が良いとは思わないゴブリンがそれ程敏感だとは思わないが、どうだろうか。アダムはじっと身構えて様子を探るが、特に臭いに気が付いて騒ぎが起こるという事も無く、ほっとしたのだった。
アダムがケールを穴から入れて見ると、やはり玄関ホールの階段の裏(下)は物置の納戸に成っていたが、今は荷物が運び出されてガランとしていた。
「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」
アダムは次いで、柱や壁が無いと思われるところを選んで、床に穴を開けた。灯りが無いので適当に床の真ん中辺りに穴を開けたが、ちょうど通路の天井だったようで、無事地下階に出ることができたのだった。
床に開いた穴から地下の天井に出ると、地下は食料品や雑貨を置いておく倉庫として使われていたようで、今は大半の扉は開け放たれて、ガランとしていた。奥の台所の近くに地下へ降りる階段があるのだろう。通路の先にうっすらと灯りが漏れる階段の踊り場が見えた。
中はうっすらとすえた臭いや、かび臭い匂いがして、長い間放置されていた空気の淀みも感じさせた。
ゴブリンがいっぱい居るのではと考えていたアダムは、少し緊張した分拍子抜けした気持ちになった。2体の母腹が運び込まれたと考えれば50匹を超えるゴブリンが居てもおかしくないと考えていたからだ。
灯りの見える階段を目指してゲールに天井を走らせて行くと、やっと生き物の気配を感じるようになった。階上はやはり台所のようで、煮炊きをする熱気や臭いが感じられた。階段脇には料理人や下働きの使用人用の居室があって、何匹かのゴブリンが床に転がって眠っていた。
階段の壁を上がって行って、そのまま1階の奥や、更に2階へ上がって行けるかと期待したが、食事のおこぼれに集まっているのか、踊り場にゴブリンの子供たちが固まって遊んでいる。アダムは前にクロウ1号をゴブリンに食べられたことがあるので、無理にその横を通り過ぎるのは危険な気がして出来なかった。
そこでアダムが目を付けたのは使用人の居室の暖炉の煙突だった。縦に通す主煙突に、上下の周辺の部屋の暖炉から煙を通す穴だけは繋がって通っているようなのだ。冬だったらとても熱さと煙で通る事は出来なかっただろうが、季節は6月の中旬で、台所のかまどの煙突でも無ければ、ゲールには問題なく通れると思われた。上手く行けば主煙突経由で、周辺の部屋にも入れるかも知れない。
アダムがどうしようかと迷っていると、壁に停まったゲールを1匹の子供が見上げているのに気が付いて、アダムは慌てて階段を戻り、使用人の居室の暖炉の煙突に飛び込んだのだった。
アダムが急いで煙突を進んで行くと、主煙突の竪穴に出た。すると、屋敷の外では聞こえなかった建物内の気配が、不思議と集約されて響いて来るのが分かった。
「ふぉふぉ、お前が話をせぬなら、わしが身の上話でもするかのう」
突然、闇の司祭の声が聞こえて、アダムははっとゲールを立ち止らせた。この声は、ゲールが今いる主煙突に繋がる、近くの部屋から聞こえてきているに違いない。アダムは前後にゲールを走らせて、声がした近くの穴を探したのだった。
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