第125話 閑話 大剣『憤怒』

 仮の前線基地となったガストリュー子爵の屋敷では、アラン・ゾイターク伯爵にパリス・ヒュウ伯爵、ガストリュー子爵が話をしていた。別室にはオットー隊長やリンも控えている。

 アダムが途中経過を報告して、ザップから聞いた辺境伯の家宝の大剣の話をすると、アラン・ゾイターク伯爵も知っていると言った。


「それを見たのは私が新兵ぐらいの時だったが、あの時は大変苦しい戦いだった」


 アラン・ゾイターク伯爵の話では、北部海岸線を侵略して来るウトランドのデルケン人を蛮族と呼ぶのは、侵略を受けているデーン王国と神聖ラウム帝国の言い分で、文化程度が低い訳では無い。農業を基本としながらも北方でもあり、豊穣な大地とは言い難いことから、早くから海洋進出を果たした商業民族でもあると言う。化学工業にも通じていた。


 主力の船はロングシップと言われ喫水が浅く、外洋では帆走もするが、内陸部の河川ではオールを使って素早く移動することも出来た。だから海岸線の近くの戦場では、圧倒的な機動力で神出鬼没を誇り、陸戦主体で正々堂々一騎打ち的発想で戦うあの時代の騎士団では戦いが嚙み合わなかったと言う。


 利に敏く攻撃的で部族単位で動くことから、蛮族と蔑称で呼ばれるが、戦術や武器は実戦的で良く考えれていた。冑とチェーン・メイル主体の動き易い鎧に、丸盾と戦斧で戦うスタイルだ。金属甲冑の重装歩兵や重装騎士中心の騎士団とは戦略的発想がまるで違う。今の我々だったら、もっと柔軟な戦い方ができただろうが、あの時代は苦しい戦いを強いられたものだと言った。


「その大剣を肩に担いで歩く辺境伯を見たことがある。使い古した冑と軽装鎧は、豪華な金属甲冑ばかりの貴族の中で際立って貧相に見えた。大剣は敵の血で錆色にくすんで見えた。でもそれが、かえって辺境伯の武人としての一途なこだわりを感じさせて、我々若い連中を痺れさせた。これこそが戦いの道具だと、他の大貴族たちの豪華な甲冑がまがい物に見えたくらいだ。あの大剣は勇猛なデルケン人に恐怖を刻みつけた怒りの剣と言われている」

「ああ、銘を『憤怒』と言うらしいね。遠くからでも蛮族の首や手足がポンポン切り飛ばされて行くのが見えたそうじゃないか。私の父も言っていたよ」


 アラン・ゾイターク伯爵の思い出話にパリス・ヒュウ伯爵が自分の父親から聞いた話を披露した。


「あの大きくて武骨な大剣は辺境伯の戦いへの思い入れそのものだ。その大剣を自分の跡取りに引き継がせたかったと言う話さ。昔堅気の武人だったからね。寡黙で不言実行の人だった。私の目から見てもピリピリするくらい怖かった」


 アダムには、アラン・ゾイターク伯爵の新兵時代も想像できなかったが、彼が怖がるというイメージも湧かなかった。余程伝説級の人物と言うことなのだろう。


「そんなおっかない人の下で働きたくないよな、おい、ビクトール」

「こら、こんな時に俺に話しかけるなよ」

「でもさ、アガタの事だから、マグダレナにその剣を狙わせていたんじゃないか?」


 ドムトルとビクトールが小声で話し合うのが後ろから聞こえて来る。アガタはドムトルには余程信用されていない感じだ。アガタの名前が出るとその裏には必ず陰謀めいた策略があると考えてしまうのだ。


「息子が欲しいが口癖だったそうですね。それがお嬢様が激しく反発した原因で、結局、お孫さんからも遠ざけられて、最後は寂しい晩年だったと聞きました」

「ああ、最後は宰相に対する不満から、閉じこもって屋敷を固めていると聞いて、追捕ついぶの任名でも受けたら大変だと、騎士団の古参兵も腰が引けたものさ」


 アラン・ゾイターク伯爵は新兵時代に北部国境の戦場で見た辺境伯の姿が目に焼き付いていると言う。あれは国を思う武人の尊い姿だった。その魂を汚されたくないなと呟いたのだった。

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