第128話 突入決定(前編)

 ガストリュー子爵の屋敷の応接には、公務を抜け出して来たオルセーヌ公とプレゼ皇女が加わっていた。部屋の隅の方には、オットーやリンも同席していた。


「屋敷の中にゴブリンを確認しました。それと『不実の指輪』を使って潜入したマグダレナを見つけました。彼女はゴブリンの雌に変身したままの姿で闇の司祭に捕らえられています」


 アダムがマグダレナが捕らえられていることを確認したと言うと、予想していたと言え、リンが動揺したように身じろぎをした。


「アダム、ゴブリンはどのくらい居そうかな」

「地下階を見ただけですが、全体では50匹以上はいると思います」


 パリス・ヒュウ伯爵の質問に、アダムが見て来た事を説明した。外壁も内壁も石かレンガ造りで頑丈な上、扉も重い樫材できっちり要所を閉められている。窓には格子が嵌り鎧戸は閉ざされている。そのため煙突穴からゲールを動かしているので、フロア全体を見渡せない事を説明した。


「マグダレナが居るのは2階の書斎のような部屋で、魔法止めの足環をされて鉄の檻に入れられています。ゴブリンの王に転生したガイが、ゴブリンに変身したマグダレナに執心のようで、時間はあまり無さそうです」

「おお、何て恐ろしいの」


 アダムの説明にアンが思わず嘆息を漏らした。


「でも、それより、捕らえたマグダレナに闇の司祭が自分の素性を話しているのを聞きました」


 アダムが闇の司祭の素性を話すと、その場にいた者たちの全員が驚いて言葉を失った。


「驚いたな、すると、闇の司祭と言うのは前のグランド宰相の子息だと言うのか」

「はい、洗礼式で七柱の神のお加護を得ることができず、父親から商人の里子に出されて、その後で光真教の教会に捨てられたという話です」

「うーん、公爵家の跡取りがご加護を受けていないと言うのは確かに厳しいか。だから貴族の子供をお披露目するのは、普通洗礼式を終えた後にするんだよ」


 パリス・ヒュウ伯爵がアラン・ゾイターク伯爵やガストリュー子爵を見てから、アダムに言った。神の血の因子も時代を経て薄れて来れば、例え貴族といえどもご加護を受けていない子供も生まれる。だから今は世間体を考え、洗礼式を終えてご加護を確認してから子供が生まれたことを公表するのだと言う。つまり闇の司祭のような例は他にもあると言う事だ。


「ビクトール、そんな事で俺たちの価値は決まらないぞ。ご加護が無くても頑張ればやれるさ」

「わかってるよ、ドムトル。俺も同じ気持ちだ。でも、今俺に言わなくても良いよ」


 平民として生まれたアダムやドムトル、アンにはご加護を受けていないからと、自分の子供を捨てる気持ちが分からない。しかも世間体を考え、子供が出来た事を披露するのも、洗礼式を終えてご加護を確認してからと言う話も馴染めなかった。

 しかしネイアスが自分より劣ると考えていたビクトールに、ご加護の数で負けたと知って平気でいられなかった気持ちが、この話で良く分るような気がした。


 オルセーヌ公もグランド公爵については幾らか事情を知っていたらしい。


「ルナテールの父上が皇太子になるに当たって、色々あったと聞いているよ。その時に跡継ぎの居なかった公爵家に下ったと聞いている。ここだけの話にして欲しいが、王子であることを鼻にかけて素行に色々問題があって、父王が王位継承順位から外したんだ。だが養父の前グランド宰相が自身の影響力を長く残すために、逆に養子の公爵を庇って来た。本人も王室から出されたのが悔しかったのだろう、元々頭は悪くないので、それからは自分が前に出ないで、周りを固めて派閥の領袖になったようだ」


 そこでアダムは疑問に思っている事を大人たちにも聞いて見た。


「改めて確認すると、彼らの狙いは何だと思いますか。ゴブリンの王に転生したガイの能力は分かりませんが、ゴブリンで王国を転覆させられると思えません。かといって、闇の司祭の私怨だけとも思えません。闇の御子の狙いは何だと思われますか」


 アダムの疑問にオルセーヌ公がこれは仮説だがと言って自分の考えを話してくれた。


「闇の司祭が言う通り、この世界をぶっ壊して作り直すと言うのなら、彼らの目的はまずエンドラシル帝国を牛耳ることだろう。その上で王国に戦争を仕掛けて来ると考えるのが順当だろう。そのために、今は皇帝戦を目指して、第8公国の皇太子になる事が先決だ。今回はそのためにも王国と融和路線のグラウディオ13世の影響力を削ぐために、王国内で問題を起こして帝国と敵対させ、皇帝戦で帝国の未来を押さえる事が出来た時には、王国と本格的な戦いに持ち込む争いの種を残そうとしているように思われる。ついでに七柱の聖女を手に入れることが出来れば、将来の王国との戦争の為だけじゃなくて、何か闇の御子にとって大きな利点があるのかも知れない」


 アラン・ゾイターク伯爵がオルセーヌ公の話に付け加えた。


「それに、騒ぎが王都の真ん中で起これば王国の威信に傷を付ける事が出来る。しかもグランド宰相の関係する有名な屋敷だ。幽霊屋敷の面白話に尾ひれが付いて噂話は広がるだろう。原因を作った分権派のグランド宰相と騒ぎを未然に防げなかった王権派で責任のなすり付け合いが興れば、王国内も混乱の種を持つことになる。とにかく混乱の種をばら撒くのが狙いだろうと思う。ガイや闇の司祭もその為の単なる駒で、別に潰されても困らない。やって見て大きな騒動が起こればめっけものぐらいしか考えていないかもしれない。相手が本当に神さまなら、時間軸は我々とは違うだろうからな」


 オルセーヌ公は頷くと、みんなを見渡して今後の方針を指示した。


「しかし、ここまで分かって来ると、このまま放置することは出来ない。日頃は何かとルナテールや私の行動に注文を付けて来る困った人だが、王室の関係者であることも事実だ。グランド公爵家の醜聞を面白おかしく口さがない連中の噂話にさせる訳にはいかない」


 オルセーヌ公はゴブリン討伐を決心したのだった。


「では、屋敷に突入する手はずを考えよう。みんなの意見を言ってくれ」

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