第118話 竜のたまご

「思ったよりも早いお戻りですね」


 アダムたちが霊廟(墳墓)から出ると、扉の所で待っていた巫女長が出迎えてくれた。


「ああ、中央の石像の所で上手く見付けられたよ。ついては色々試したいのだが、どこか人目に付かない良い部屋はあるかい」

「分かりました、オルセーヌ公。会議室を用意します」


 実際には霊廟の中を確かめながら一巡しているので、それなりに時間は掛かっていたが、巫女長の言う通り、良く分からない物を捜索するにしては、思ったより早く見つかったとアダムも思った。


 アダム達は巫女長の案内で会議室に通されて席についた。お茶も供されて、やっと一息つくことが出来た。やはり普通では見ることも出来ない王家の霊廟に入り、自分たちがとても緊張していた事が分かった。


「巫女長、焼き菓子があったらなって、、はは」

「こら、ドムトル、いい加減にしろ」

「だってプレゼ皇女が欲しいかなって、、ねえ」

「ば、馬鹿な事を言うな、ドムトル。わしはお前と違って遠慮を知っておるぞ」

「ふん、本当は考えたくせに」


 ドムトルとビクトールの何時もの会話が始まったが、今回は緊張した分反動も大きいのだろう。巻き込まれたプレゼ皇女には悪いが、アダムとアンは思わず笑ってしまった。オルセーヌ公も慣れて来て、にやにや笑っていた。


「では、改めて確認するが、アンはこれを使えるかね」


 オルセーヌ公が『竜のたまご』をアンに手渡した。

 アンが手に取り、自分の魔素を流してみる。だが『竜のたまご』は反応しなかった。


「だめです。反応しないし、大理石のような感触しか分からないです」

「そうか、アンは七柱の神のご加護があるから、太陽神のご加護も受けているはずなんだが使えないか。アダムの太陽神のご加護が特別なのか、アンの他の神のご加護が邪魔をするのか。不思議だね」


 次はアダムが再び手に取って試して見る。オルセーヌ公の指示で神殿の鍛冶師から運ばせた金属や木片を使ってアダムが色々試して見た。


「なんだ、普通の剣と同じじゃないか。もっと金属や石でもバターのように切れるのかと思ったぞ」

「ドムトル、無茶を言うな。これでも凄い切れ味だ。元々ミスリル合金と言っても金属に変わりは無いんだからな」


 ドムトルが、凄いオモチャを期待していたら実用品だったと、拗ねる子供のような口ぶりで言う。だが実用品としてはすこぶる優秀な短剣だった。刀身は逆刃さかばでも出すことができ、手を守る護拳の鍔はバックラーのような使い方もできる。片手剣のアダムにはある意味理想的な武具だった。アダムの知っている地球ではマン・ゴーシュと呼ばれるものだ。


「たまごが短剣に変化するだけじゃなぁ」

「ドムトル、しつこいぞ。使えもしないお前が言うかな」

「はは、だがなドムトル、それだけでは無い気がする。今は分からないが」


 ドムトルがしつこく言い募るので、ビクトールが呆れて言葉を返すが、アダムはそれだけでは無いと考えている。


「アダム、何か考えがあるのかい」

「オルセーヌ公、今はまだ分かりません。でも、これが剣聖オーディンの『竜のたまご』ならば、魔人を倒す鍵になるはずです。そうで無ければ、あのような形で守られてはいないでしょう」

「そこはアダムの言う通りだと私も思う。普通の剣では殺せない何かをこの剣は切れるのかも知れないな」


 だが、その意味は直ぐにも分かる事になる。


「巫女長さま、探しておりました。こちらにいらしたのですか。ゴブリンの母腹にされようとした娘が発見されたそうです。もう直ぐ警務隊が施術院に運び込んで来ると連絡がありました」


 若い神官が会議室の扉を開け、せき込むように巫女長に呼びかけた。その後でオルセーヌ公とプレゼ皇女の姿に気が付き、慌てて跪き一礼をする。


「この際儀礼は良い。娘は何処で見つかったのか」

「はい、浮浪街の孤児院の前に、箱に入れられて置かれていたそうです」

「アダム、リタだ。ロキがリタを返して来たんだ」


 プレゼ皇女はリタの話を聞いた時から同情して憤慨していた。戻って来たと聞いて声を上げた。


「それでその娘、リタは無事なのだな」

「プレゼ皇女さま、前回と同じ術が掛けられているものと思われます。眠っているようだと連絡がありました。ただ、、、ちょっと第6門の所で揉めているようで、、、」

「それはどう言うことだ」

「はい、孤児院の院長と言うのと子供が2人、一緒に連れて行けと騒いでいるようなのですが、3人とも浮浪者なので、そのまま城壁の内に入れて良いか現場が困っているらしくて」


 リタは無事に戻されて来たと言っても、『悪魔の苗床』の魔法は解かれていないのだろう。闇の司祭がそんな親切な対応をするはずが無い。そこはロキにしても同じだろう。


「父上、当たり前です。浮浪者と言えど家族なのです。城壁の内へ入れる許可を与えてください」

「当たり前だ。神官君、私が黙って一緒に連れて来るように言ったと伝えなさい」


 オルセーヌ公とプレゼ皇女の口調が厳しいものになって、知らせて来た神官が青い顔になった。自分のせいで無いことで、こんな上位の人間の怒りを買っては堪らない。神官は慌てて連絡をしに走って戻って行った。


「みなさま、施術院の受け入れ準備がございます。私は失礼致します。アンも一緒にお願いします。後の皆様方は準備ができ次第お呼びいたします。オルセーヌ公とプレゼ皇女はどうされますか」

「今回は私も施術を見てみたい。立ち会うのでよろしく頼む」


 巫女長は承りましたと答えて出て行った。アンがその後を追った。


 巫女長とアンは再び『悪魔の苗床』に立ち向かうことになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る