第119話 リタを救え(前編)


 アダムたちを巫女が呼びに来たのは随分経ってからだった。


「オルセーヌ公、お時間は良いのですか」

「ああ、今日は霊廟に入るので時間はゆっくりとってある。スミス、王城へ一応連絡を入れて置いてくれ。パリス・ヒュウ伯爵にも国教神殿で施術に立ち会うと伝えてくれ」


 スミスは分かりましたと答えて部屋を出て行った。入れ替わりに巫女が入って来た。


「患者が運ばれて来ました。施術院にご案内します」


 アダムたちは前回も立ち会っているので、そのまま黙ってオルセーヌ公の後に続いた。今回はオルセーヌ公も立ち会う事から、前回よりも広めの病室を用意して、他のベッドを運び出して余裕を作ったようだった。歩いて行くと、廊下にガッツとシンが立っているのが見えた。その横に心配そうに孤児院長と中年の女性が立って廊下の窓から病室を覗き込んでいる。


 アダムたちを見てガッツとシンが寄って来ようとしたが、オルセーヌ公を前に神殿衛士がそれを押さえた。


「アダム、リタねえちゃんを頼むよ」

「大丈夫だ。前回は初めてで要領も分からなかったが、今回はアンも巫女長さまも一度経験しているから、上手くできると思う」


 アダムは3人に近づいて行って声を掛けた。


「そちらの女性は?」

「ああ、ドムトル、アダム兄ちゃん、こっちは来春にリタ姉ちゃんが勤める事になっていたお店のリンダさんだよ。リタ姉ちゃんが居なくなって俺たちと一緒になって心配してくれていたんだ」


 ドムトルの質問にシンが答えた。名前を呼ばれてリンダと言う女性もアダムたちに黙って挨拶を返して来た。孤児院長と同じで心労で暗くやつれて見えた。


「俺たちも何か役割があるって巫女さんが言うんだ。俺たちは何をすれば良い」

「ガッツとシンはリタの近くで話しかける役をすると思う。巫女長さまの指示に従えば大丈夫だ」


 オルセーヌ公の到着を待っていたようで、直ぐに病室の扉が開いて、みんなは中へ案内された。

 聞いていた通りに広めの病室だった。部屋の中心よりにベッドが置かれ、遠目に幼い少女が寝かされているのが見えた。施術院の癒し手が患者の容体を見ていた。

 その後ろにアンが立ち、壁際から部屋の要所にかけて巫女たちが跪き、祈りの開始を待っていた。


「オルセーヌ公とプレゼ皇女はこちらへ。アダムたちもその横に座っていてください」


 病室に入った所に見学者用の椅子が並べられ、アダムたちはそこに案内された。

 巫女長がみんなの前に立って説明をする。


「これからリタの施術を行います。前回と違って体に傷はありません。前回は目や喉、手足の傷から治しましたが、今回は身体に異常はないようです。やや体力が衰弱しているようなので、まず癒し手がヒールを掛け体調を整え、その後で私とアンで呼びかけて、リタの意識を呼び戻します。

 前回と同じならば、リタが意識を戻し始めると、彼女の魂に混入された『悪意の種』が浮かび上がる所を、アンの『月の雫』の風の盾でリタの魂から弾き出すことになります。前回はここで『悪意の種』は死滅しました。今回も同様に終わる事を祈っております」

「巫女長、それはつまり、そこから先はやって見なければ分からないと言うことだね」

「はい、オルセーヌ公。前回同様にここで消滅してくれれば良いのですが、ここから先は相手があることですから。ただ、私とアンは二度目ですから、揺るぎない心が維持できれば敵の弱点は見えると信じています」


 巫女長はそう言って振り返りアンを見た。アンはその視線に答えて微笑んでみせた。


「ガッツとシンはいますか。あなた方はアンの横に立って、一緒にリタに呼びかけてください。私やアンの呼びかけに答えるように促すのです。大声で無くても伝わるので、言葉に力を込めてしっかりと話掛けるのですよ」


 巫女長に呼ばれてガッツとシンがアダムたちの後ろから出て来た。


「私たちも良いでしょうか」


 孤児院長が手を挙げて巫女長に聞いた。


「それでは、シンとガッツの後ろに立っていてください。あなた方の想いはリタに通じると信じて念じてください」


 シンとガッツの2人は必死の形相でアンの横に立った。孤児院長とリンダと言う女性も不安を払うような決意がその表情に見て取れたのだった。


「それでは開始しましょう」


 巫女長がベッドを回りアンの横に立つと、それを合図に部屋中の巫女が首を垂れて祈り始めた。病室中に濃密な祈りが満ち、見ているアダムたちも自然と厳粛な気持ちになった。


「アン、『命の宝珠』をお願いします」

「命の輝き ”Luceat vitae”」


 アンが神文を唱えると左手の『命の宝珠』が薄く淡い緑色の光を放った。アンが魔力を込めて行くと、淡い輝きが広がって行き、ベッドで眠るリタを中心に癒やし手や巫女長、アンやガッツ、シンを包み込んで行く。 


 癒し手がリタの枕元に立って右手をリタの額にかざした。アダムが見ているとその手の平からも淡い緑色の光がリタを放射しているように見えた。癒し手はリタの様子を見ながら、探るようにかざした手を降ろして行き、身体全体に光を当てて行くように右手を動かして行く。


「巫女長さま、ヒールを掛け終わりました。よろしくお願いします」


 癒し手は最後にそう言うと、後方の巫女たちの列に下がり、自分も膝をつき祈り始める。


「分かりました。それではリタの意識に戻って来るように働き掛けましょう。アンは命の輝きを切らさない様に気を付けながら、私の魔素の流れに同調して働き掛けをお願いします。ガッツとシンは様子を見ながらリタに話掛けて、私やアンの呼びかけに応えるように声を掛けるのです。では、開始しましょう」


 アンは右手で『月の雫』の魔石を握り締め、いつでも発動できるように準備をした。一方で『命の宝珠』にも魔力を途切れさせない様に意識しながら、巫女長が作る魔素の流れを観察していた。


 エルフの村で先導者であるトートの指導を受けてから、アンは自分の中に一つの基準が出来た事を感じていた。後は手順を踏んで積み上げて行けばよい。前回は巫女長の先導を受けて恐々魔素の流れを作っていったが、今回は巫女長のやろうとしていることを先回りするように、力を合わせる事が出来た。


「リタ姉、ガッツだ、聞こえてるかい。聞こえているなら返事をしてくれ」

「リタ姉ちゃん、シンだ、巫女長やアンさまに応えてくれよ。頼むよリタ姉ちゃん」


 ガッツが手を伸ばしてリタの手を握った。シンと一緒にリタの耳元に口を寄せて話し掛けた。


「リタよ、戻って来るのです。私とアンの伸ばした心の手を取りなさい」


 幼い少女は静かに寝息を立てていた。リタへの施術が始まったのだった。

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