第117話 王家の霊廟(後編)

「アダム、すると、これが『竜のたまご』か」


 プレゼ皇女が思わず手を伸ばして、鷹が咥えているたまごに触れようとした。だが、その手は黄色い淡い光に遮られて届かなかった。ランプの光を受けて淡く光って見えていたが、良く見るとランプの光の中で、中心のモニュメントとそれを取り囲む石像を薄く淡い黄色い光が覆っているのが分かった。


「風の盾だ。風の盾で守られている」


 ビクトールの言う通りだった。淡い黄色い光はアダムたちが見慣れた魔法の証だった。


「何で今まで誰も気が付かなかったのかしら」

「アン、誰も神像に直に手て触れようなどと不敬な考えは起こさなかったんだよ」

「アダムの言う通りだな。でもこれに触れないと何も確かめられないぞ」


 オルセーヌ公の言う通り、このままでは触れない。だがアダムには何と無く方法が分かっていた。


「聖戦の時に、七柱の聖女が王城を守る魔法の盾を出したと聞きました。ならば、方法は分かる気がします」


「アダム、それはどうするのだ?」


 自信ありげにアダムが言うとプレゼ皇女が振り返ってアダムを見た。アダムはアンを近くに呼ぶと、『月の雫』でアンと自分を風の盾の中に入れて発動するように言った。アンが『月の雫』の魔石を左手に握り神文を唱えた。


「風の盾 "Ventus clypeus"」


 アンとアダムを包むように淡い黄色い光が現れる。


「そのまま、このモニュメントの風の盾と一体化させるんだ。一緒に風の盾の中に入れるつもりで範囲を拡大するんだ」

「はい、やってみます、、、どう?」


 アンとアダムを包む黄色い光が、石像を包む光と一体化した。アダムはそのまま石像の鷹に近づき、口に咥えたたまごに触れた。


「あっ、凄いぞアダム、出来たな」


 プレゼ皇女が歓声を上げた。


「なるほど、聖戦の時も七柱の聖女はそうやって祭壇の力と一体化したのか」


 オルセーヌ公の言う通り、アダムも『月の雫』が鍵になると考えていた。アダムはそのまま『竜のたまご』を掴み取り、石像から離れると、アンに風の盾を消させた。

 アダムがオルセーヌ公にそれを差し出すと、オルセーヌ公は『竜のたまご』を手に取り、ためすがめつ眺めていたが、どうして良いのか分からず困っている。


「父上、私もよろしいですか。魔素の流れを探ってみます」


 プレゼ皇女が堪らず手を出した。オルセーヌ公から受け取ると、やはり色々試して見るが分からない。


「うーん、私ではだめか。アダム、やってみろ。やはり太陽神のご加護が無いと出来ないのかも知れん」

「分かりました。やって見ます」


 アダムはプレゼ皇女から受け取ると、改めて手に取り直して『竜のたまご』を見た。白い艶消しをされた大理石のようにすべすべして冷たく重たかった。良く見ると形状はたまごと言うよりも、少し細長く、手の平で握り込める感じがする。


 だが、ただ握っているだけでは何も起こらなかった。これまでの魔道具は全て手に持つだけで魔素が吸われるような感覚があったが、これには無かった。それではと、そろりと自分の魔素を手の平から流して見た。するとたまごは直ぐに形状を変えたのだった。


 あたかもブーンと音がしたような気がした。25cm程の白光の刀身が伸び、手の握りを守るようなカップ状の光の鍔が形成された。これは片手剣やレイピアを使う時の、左手用の短剣に似ていた。


「すげえ、何だそれ、アダム」

「いや、ちょっと何か切って見なければ良く分からない」


 ドムトルの歓声にアダムは分からないと答えたが、実際、白光の刀身もカップ状に形成される鍔も何なのか分からないし、何か切って見なければ切れ味も硬さも分からない。頭の中で切り替えるように魔素の流れを止めると、元のたまご状の塊になった。


「アダム、短剣のままで他の人に渡せるかい」


 オルセーヌ公が言うので、意識して手を放そうとするが形状は維持できなかった。


「手を放すと、元の形状に戻ります」


 アダムは改めて『竜のたまご』をオルセーヌ公に渡した。


「父上、これからどうするのですか?」

「この中で出来る事は少ない。まずは外に出て色々確かめた方が良い。だが、安全なこの場所から出すことが良いのか、少し不安はあるな」


 確かにオルセーヌ公が言うように、王家の霊廟程安全な場所は無いのかもしれない。外では変身の指輪を使うような者に狙われると守れるか心配だ。


「いや、不安で消極的になるのは止めよう。これからの事を考えると、この霊廟についても研究して見なければならない。聖戦のような事態が今後あってはならないが、我々王家の者がその危険に目をつぶって知らんぷりをして、安閑としている訳には行くまい。現に闇の御子の脅威に晒されているのだから」

「そうです、父上。それを言うなら全ての鍵になるアンやアダムを閉じ込めて置ける訳ではないのですから。私が一緒に居て必ず守ります」

「はは、プレゼは威勢が良いね。私は逆にアダムたちにお前を守って貰いたいんだよ」


 オルセーヌ公の判断で、今回は『竜のたまご』を持ち出すだけで、外へ出ることにした。

 聖戦を守った守護魔法や、その基になっている神の眷族の遺跡を調べるという課題は改めて時間を取って調査することにした。学園の研究者にも手伝って貰わなければならない。


 そして他のみんなは『竜のたまご』を見つけたことで満足して、気が付いていなかったが、アダムは剣聖オーディンとその仲間の石像が、他にも身に付けていた聖遺物があることに気が付いていた。火の女神プレゼと見間違えた女戦士の盾、土の神ゾイと思った戦士の持つ槌、他の石像にも気になる聖遺物があることにアダムは気が付いた。それらの聖遺物はこれからの戦いが進んで行くと、いずれ必要になる物かも知れない。アダムは様子を見て確かめるべく、オルセーヌ公に進言しようと考えていた。


 アダムたちは目的の『竜のたまご』を発見して、王家の霊廟を出たのだった。

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