第116話 王家の霊廟(中編)

 アダムたちは剣聖オーディンの聖遺物を見るために宝物庫ほうもつこに上がった時と同じように、巫女長の案内で昇降する小部屋を利用して、今度は地下へ降りる事になった。


 前回で慣れているので、ドムトルもビクトールも来るぞと言う感じで身構えている。アダムはそんな2人の反応を楽しそうに眺めていたが、同じようにプレゼ皇女の反応を見ているオルセーヌ公と目が合って、2人は笑い合ったのだった。


「巫女長、これはどの位深いのか」

「プレゼ皇女様、私もこの部屋を通じてしか降りたことが無いので、どの位深い場所なのか分かりません。ただ宝物庫や尖塔に上がる時間の逆と考えると、20mから30m程度は地下に降りていると思います」


 巫女長が再び扉を開けて地下霊廟のエントランスに入った。そこは広い通路と言った感じで、正面にがっしりとした重厚な扉があった。それが王家の霊廟の正面入り口と思われた。


 扉の手前で巫女長が控えると、オルセーヌ公が進み出て、扉の鍵を開けた。ここの鍵は王家が管理しているようだ。


 オルセーヌ公を先頭に扉を抜けて中に入ると、そこは広い石室だった。

 フィリップ1世を含め聖人に列せられている王もいるので、この石室で神事も行うと言う。


 白い大理石の石室は正面に大きな祭壇があり、左右の壁面には神話をモチーフにした壁画が一面にレリーフされていた。長い時間を経て重厚な歴史を感じさせるもので、中に入った者は自然と厳粛な気持ちにさせられる。


「おお、すげえ」

「こら、ドムトル、言葉が不敬だぞ」


 ドムトルを注意するビクトールの声も緊張したように抑えられたものだった。だがこれでみんなの気持ちが軽くなったようで、アダムも好奇心で辺りを眺めまわすことが出来た。


「正面の祭壇に立つ七神の神像の向こうに、歴代の王が眠る霊廟(墳墓)があります」


 巫女長は事前に用意されていた供物を並べ、一連の礼拝を主導する。

 オルセーヌ公が祭壇の前に跪き、お祈りを上げるのを真似て、アダムたちもプレゼ皇女の後ろに並んでお祈りを捧げた。これは祖先の霊へ霊廟へ入る許しを請うものだ。


「霊廟へ納骨する時は祭壇の左手の扉から入ります。歴代の巫女長の役割として私も習いましたが、まだ実際に行った事はありません」


 霊廟の中は複雑な回廊式になっていて、フィリップ1世の時代は納骨では無く石棺だったせいもあり、何処に誰の石棺が置かれてあるのか簡単には分からないと言う。後代になって場所がなくなり納骨されるようになって、今は奥の壁に整然と並べられていると言う話だった。


「父上、アダムの言う『守り刀』はフィリップ1世の石棺の上に安置されているのでしょうか」

「うーん、どうかな。ルナテールが小さい時に聞いた話では、霊廟の中心にも神像や祭壇のようなものがあって、そこにも宝物があるという話らしい。とにかく中に入って見なければ、何があるのか今では良く分かっていないんだ。逆に王位継承などで定期的に接触するエルフの村の方がしっかり記録が残っているかも知れないね」


 長命なエルフは何代もの王に渡って接触があるので、時間を置いて正確な記録があるのかも知れなかった。


「記録を残すためにも、今日はみんなで中に入って見よう。スミスは後で報告書を残すつもりでしっかり記録を取って置いてくれ」


 オルセーヌ公が後ろに控えているプレゼ皇女の従者のスミスに声を掛けた。スミスはしっかりと頭を下げ、了解の意を表した。


「中には色々な結界があると聞いている。置いてある物に触る時は、近くの者に声を掛けて、独りで動くことが無いように気を付けてくれ」

「ドムトル、無闇に触るなよ」

「ビクトール、俺よりもプレゼ皇女に気を付けておけよ」

「ば、馬鹿な事を言うな、ドムトル。わしはそちほど粗忽ではないわ」


 巫女長が用意したランプをみんなに配り、オルセーヌ公を先頭に霊廟の中に入った。そこからは事前に灯りを灯して置くと言う訳にも行かないためだ。


「それでは私は外でお待ちしております。もしもの時は大きな声でお声をお掛け下さい」


 巫女長はみんなを見送って、扉の外で控えていると言う。何かあった時のためには誰かが残っていた方が良いので、アダムたちは巫女長を残して中に入ったのだった。


 霊廟は太い8本の石柱が支える、ドーム型の天井を持った大きな石室だった。みんなのランプが柱の影を揺らした。中は一望するには難しいくらいに広かった。

 真ん中の一番天井が高い部分に天球儀のようなモニュメントがあるのが見えた。その周りにはやはり七神の石像が祀られ、正面の太陽神の前に祭壇がある。

 歴代の王の石棺とその霊名を刻んだ墓碑銘が、それらを取り囲むように雑然と並べられ、それらを巡って行く通路が回廊のように続いている。


「何か思い思いに場所どりしたみたいで、綺麗に並んでいないね」

「石棺の大きさも、墓碑銘の形もまちまちで、良く分からんな」


 ビクトールとプレゼ皇女が言う通り、歴代の王は早い物勝ちに自分の石棺の場所を決めて置いたように見えた。これでは置き場所も無くなって、後の王が困ったことだろう。


「それに、聖戦の前後は戦争のために王の崩御が続いて、ゆっくり葬儀をする余裕も無かったようだしね。きっとそれもあるのだろうね」


 オルセーヌ公を先頭に一団となって回廊を一巡りした。


「この石棺は随分豪華だな。表面に金箔で刻印されている」

「うーん、墓碑銘の装飾がきつくて字が俺には読めないぞ」

「はは、ドムトルは元々読めないんじゃないか」

「どれどれ、わしが読んでやろう、、、、ルイス・フィリッパ3世、、かな。父上ご存じですか」

「知らないな。13歳で亡くなったと書いてあるから、父王が憐れんで大切に葬ったのだろうね」


 並んでいる時代も、金の掛け方もバラバラだった。石棺を開ければ豪華な副葬品も色々あるのかも知れなかった。


「一番大きくて立派な石棺がフィリップ1世とは限らないようだね」


 オルセーヌ公の言う通り、一巡したが、判然とは分からない。これでは1つ1つ墓碑銘を確認して行く必要がありそうだ。


「今度は祭壇の周りを見てみよう」


 オルセーヌ公が霊廟の中心のモニュメントに近づいて行った。


「七神の神像が少し違いますね」

「ああ、全ての像が武装している。霊廟は神の眷族の遺跡が基になっていると言う話だから、元々七神の石像とは違うのかも知れないね」

「あっ、アダム、中心の石像の足元に停まっているのは鷹だぜ」


 アダムとオルセーヌ公の話の中に、驚いたドムトルの声が割って入った。確かに良く見ると、中心の像の足元に鷹が停まっている。しかも丸い卵のような物を咥えていた。


「これは七神の石像じゃなくて、剣聖オーティンとその仲間なんだ」


 アダムたちはついに『竜のたまご』を発見したのだった。

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