第103話 雑木林での戦い(前編)

 マルクと部下の一人に案内されて、孤児院長とガッツは浮浪街の道を歩いていた。


「あの、何処に向かっているのかね」

「ああ、あの司祭は浮浪街を北の方に出た所の、自由農家の納屋に仮住まいをしているらしいよ」

「何でまた、そんなところに」

「さあ、俺たちは荷物を運んだだけで、後はガイさんと司祭に聞いて貰わないと分からないよ」


 王都の浮浪街と言っても15分も歩けば田舎道になる。周りは自由農家の小麦畑を中心に、林や森が点在する感じだ。野良仕事に励む農家や小作が腰をかがめて作業をしていたりする姿もあった。道を行く人もちらほら見える。

 それでももう暫く歩いて行けば、人気も無くなるに違いない。


 暗い顔で言われるままに歩いている孤児院長を後ろから見ていると、屠殺場に連れて行かれる家畜のようにも見えて来る。ガッツはこのままついて行くのが良いのかと不安になって、つい周りをキョロキョロ見回した。


「おい、そこの子供、あんまり道に広がるなよ。もっと近くに来い」

「浮浪街を出ることが無いので、外の世界が珍しいんだ。ちょっと歩くだけで、こんな田舎になるんだな、兄ちゃん」

「ふっ、面白い奴だな。度胸がある。お前、大きくなったらハリオさんの所に来るか」


 ガッツはとんでもないと思いながらもにっこり笑って、それも面白いかもねと答えた。

 自分たちの後をアダムやカーターが付いて来てくれる事になっているが、ちょっとこれだと近づき難いだろう。もしもの時は自分が孤児院長を守らなければならない。ガッツは子供ながらに強い決意をするのだった。


 アダムはゲールをマルクに取り付かせたが、同行する手下に気が付かれないよう慎重に動いていた。手下から見えない反対側に移動して、襟元の蔭にそっと隠れていた。


「随分歩いたような気がするが、まだかね」

「ああ、あの雑木林のところだよ。もうちょっとだ」


 さすがの孤児院長もマルクの適当な言葉にむっと来たようだった。


 ◇ ◇ ◇


「神の目 ”Oculi Dei” 」


 アダムが神の目にリンクして、上空から俯瞰していた。

 マルクの部下が先頭を歩き、その後ろをマルクと院長、少し離れてガッツが歩いていた。ガッツはもしもの時を考え、あえて少し離れているのだろう。やはりガッツには野生児の感があるように思える。


 その少し後ろにバラけてカーター達が追っていた。浮浪街から出ると、さすがに近くにはいられない。叫び声を上げれば届く距離とは言いながら、直ぐに駆けつけても間に合わなければ約に立たない。カーターの内心の焦りが聞こえてくるような気がした。


 更に少し離れてアダムたちが追っていた。

 上空から俯瞰して見ているアダムと違って、ドムトルもビクトールも状況が分からず焦っていた。


「アダム、大丈夫か」

「暫く行ったところにある雑木林が危ない。ガッツたちが中に入ったら駆け出すから準備していてくれ。、、、良し今だ。走るぞ」


 アダムが先頭になって駆け出した。もうマルクたちに気づかれる心配などしていられない。気持ちは急くが、着いた所で息が上がって役に立たないと意味がない。息を整えながらも焦る気持ちを押さえてアダムは走った。


 神の目を使って全体を見ているアダムも気持ちが前掛かりになっていて、後ろからアダムたちを付けている一団に気が付いていなかった。賭け小屋の入口でアダムを見つけたフードの男が、マルクの後を付ける様子に気が付いて、近くにいたハリオの手下に声を掛けて後ろを付けて来たのだった。


 ◇ ◇ ◇


 雑木林に入った所で、マルクが手下に声を掛けた。


「ちょっと待て、おい。喉が渇いた。少し休憩しよう」

「へい、どうぞ」


 呼び止めたマルクに手下が水の入った革袋を渡した。マルクが美味しそうに飲んだ後、革袋を手下に返しながらガッツを見た。


「おい、おまえも飲むかい。そうか、おい、渡してやれ」


 ガッツが頷くと、マルクは手下に革袋を渡すように言って、手下に目で合図をした。

 初めから打ち合わせが出来ていたのか、革袋を取りに手を伸ばしたガッツの腕をしっかりと手下が掴んで、すかさず抱き寄せて捕まえた。


「な、何をする!」

「お前は黙っていろ。こっちは院長さんに話があるんだ」


 マルクは笑いながら院長に向き直った。


 院長は突然のことに身体が動かず固まっている。心の中では後を追って来ているアダムたちを思うと、時間稼ぎに何か話をつないで行かなくてはと思うのだが、中々思い通りに身体も口も動かない。しかしむしろその様子の方がマルクの予想通りで良かったようだ。


 マルクは院長の様子が裏が無く怯えているように見えて、返って油断して余裕を見せた。


「孤児院長さん、あの司祭は本当は奴隷商なんだ。あんたたちじゃ話は付けられないから、俺たちが代わって話を付けてやるよ。どうだい、それが良いと思わないか?」

「それは本当の話なのかい。とても信じられん」

「ふん、娘は後から送り届けるから、その懐の金貨を出しな。娘が帰りさえすれば、あんたたちは良いのだろう?」

「嘘だ、親父。金を渡したら、2人とも殺すつもりなんだ。こいつらの言う事を信じちゃだめだ」


 ガッツが手下の腕を掴んで揺さぶるように声を上げるが、手下の腕はビクともしない。


「うるせえ、黙れガキ。娘を取り戻すなんて、お前たちにはどっちみち出来ねえことなんだよ」

「ガイ兄ちゃんが知ったら許さないぞ」

「何言ってる。このことを仕出かした本当の悪はガイだろうが。ガイが居なけりゃ、娘はいなく成らなかったはずだ。恨むならガイを恨むんだな」


 マルクはガッツに向かってせせら笑うと手下に合図をする。手下は剣を抜いてガッツの首筋に当てた。


「動くな、動くとこのガキを殺すぞ。ゆっくりと懐から金貨の入った袋を出すんだ」

「助けてくれ、誰か、人殺しだー!」


 構わずガッツが大声を出して、手下の腕に噛みつこうとするが、手下の男は煩そうにガッツの身体を振り回すと、すかさず剣の柄頭でガッツの頭を殴り付けた。ガッツは力なく足元にうずくまった。


「外には聴こえないよ。お前が騒ぎすぎるからだぞ。院長も悪く思わないでくれよ」


 マルクがそう言いながら片手剣を抜いた。腰が引けた孤児院長の正面に立つ。


「悪いな院長」


 恐怖に声も出せず動けないでいた孤児院長が、ギャッと言いながら振り向いて逃げ出した。

 マルクは慌てず一歩踏み込み、その背中に剣を振り上げたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 カーターがガッツの叫び声に、雑木林に駆け込むと、マルクが剣を振り被るのが見えた。しまった間に合わなかったかと思った時に、不思議な出来事が起こった。


 剣を振るマルクの前に突然黄色い淡い輝き浮かび上がり、風の盾が出現したのだ。振り下ろしたマルクの剣がザンと音を立てるように盾に当たって止められた。マルクは驚きながらも更に一歩踏み込んで、孤児院長の背中に切りつけたが、またしても目の前に風の盾が出現して止められたのだった。


「な、なんだと。馬鹿な、誰かいるのか!」


 既に視界の端にカーターが見えているが、それよりも今の出来事が信じられないのか、後ろの手下を見て、更に自分の周りを見て誰もいない事を確認し、叫び声を上げて驚いている。手下も突然の不思議に言葉も出ないようだった。


「た、助けてください」


 孤児院長がそのままカーターの脇を走り抜けて逃げて行った。後から走って来た警務隊員がそれを保護した。


「ガッツ!」


 続いて後からアダムたちが走り込んで来たのだった。


 ◇ ◇ ◇


「風の盾 "Ventus clypeus"」


 アダムはゲールを通じて状況を見ていたが、マルクが片手剣を振り被ったのを見て、思わず神文を唱えていた。出来るかもと考えてはいたが、咄嗟の反応にゲールは答えてくれた。マルクの目の前に風の盾が出現する。


 ガッツは気絶しているし、孤児院長は怯えて背中を見せている。周りに誰もいないにも関わらず、風の盾が出現したことに驚くマルク。まさか魔素蜘蛛が自分の首元に停まっているなんて、とても気が付かなかったが、たとえ気が付いていたとしても、その小さな蜘蛛が魔法を使うなど考えも出来なかっただろう。

 お陰でカーター達が間に合って、両者は剣を構えて対峙していた。


「お前たち、大人しくしろ」


 倒れているガッツを見て、2人の警務隊員が手下に向かって剣を抜いた。ガッツを人質にされては困るからだ。カーターは手下を2人に任せてマルクに対峙して剣を抜いた。

 遅れて来たアダムたちが、カーターの背後に立つ。


「マルク、諦めるんだ。今頃はハリオの所にも警務隊が踏み込んでいる」

「くそっ、俺たちはまだ何もしていないぞ」

「我々はあの司祭を探している。荷物を運び込んだ場所を話してくれれば、寛大な措置をお願いしてやる。俺たちの狙いは、ハリオやお前じゃなく、あの司祭なんだ」


 カーターの話に、マルクは改めてアダムたちがいる事に気が付いたようだった。


「七柱の聖女の仲間か。今の話はお前たちもちゃんと聞いたな。俺たちが運び込んだ先を言えば寛大な措置を期待できるんだよな。七柱の聖女に誓えるか? 警務隊は信用できねぇ」

「大丈夫だ。俺たちもあの司祭を探している」

「ドムトル、お前が言うな」


 マルクの話にドムトルが請け負った。ビクトールがすかさず口を挟むが、ドムトルはフンと鼻を鳴らした。


「こんな奴ら、放って置いても身内で殺し合って自滅するさ」

「酷い良い様だが、分かった。大人しく捕まって話すから、七柱の聖女に誓えよ」


 だがその時、後ろから声が掛かった。


「マルク、剣を降ろすな。王都の暗殺ギルドの一員が聞いて呆れるぞ。依頼人の事をぺらぺら喋るのも可笑しいだろう」


 アダムたちの後ろから近づいて来る一団があった。フードの男を含めて4人の男だちだった。

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