第104話 雑木林での戦い(後編)

 フードの男の登場で、マルクも気持ちを持ち直し、降ろしかけた剣を再び握った。


「孤児院長やそこの子供は放って置け。七柱の聖女の仲間を殺やる。6対6だ。文句はあるまい」

「誰だ、お前。顔を見せろ。卑怯者の顔が見たい」


 フードの男に向かってドムトルが吼えた。素早く背中に背負った盾を持ち直し、ロングメイスを握り締めた。


「何時も、何時も、威勢がいいな」

「お前、ガイだな。声に聞き覚えがある」


 アダムはしまったと臍ほぞを噛んでいた。ガッツ達を気遣うあまり、神の目で上空から俯瞰しながら、背後に近づく敵に気が付かなかった。マルクが投降しかけていただけに悔やまれた。

 しかし、ここで引くわけには行かない。アダムはマルクに話掛けた。


「マルク、いいのか? ハリオの所は警務隊がもう踏み込んでいる。お前の逃げるところは無いぞ。ガイのようにこのまま一生逃げ続けるのか? 良く考えるんだ」

「おいおい、子供の言葉に惑わされるなよ。いっぱしの悪党だろう」


 マルクの目が不安に揺れるのが分かった。ガイが慌てて声を掛けるが動揺は押さえられない。


「他の奴らも同じだぞ! 根無し草のガイに頼っても、こき使われて死ぬだけだ。荷箱を運んだ仲間も戻って来なかっただろう。使い捨てにされるだけで良いのか?」

「七柱の聖女の仲間は口は達者だな。腕はどうかな!」


 ガイは話続けると手下の動揺が抑えられないと踏んで実力行使に出た。戦い始めれば引けなくなるのだから。得意のロングソードをアダムに向かって振り上げようとした。


「ガイ、お前の相手は俺様だ!」


 それを横からドムトルが盾を構えて突っ込んだ。初めてガイと戦ってから、ドムトルも随分修行を積んでいる。アントニオやネイアスに痛めつけられるように訓練して来たのだ。


 盾を前に身体ごとぶつかって来るドムトルの攻撃は、子供だと侮れない激しさがある。ガイも接近戦での戦いでは利が無いと、素早く距離を取って相対した。

 その場は一気に混戦となった。


 アダムの言葉に迷いが出た手下の動きは精彩が無かった。

 ハリオが連れて来た手下は真っ先に警務隊に足を払われ、倒れ込んだ。だが、再び立ち上がって戦う気力が湧かなかった。


 手下は、自分の前にガイの荷箱を運んだ仲間が、帰って来なかった事を知っていた。自分が運んだ時も恐る恐る中庭に置いて来るのが精いっぱいだった。そんな思いがあると再び立ち上がる気力がなくなってしまう。


 ハリオの手下たちは、浮浪街では怖いもの知らずの荒くれかも知れないが、正統に訓練を受けた剣士に組になって戦われると、その差は歴然だ。気持ちの上で捨て身の覚悟が無くなったら、その無鉄砲な強みが生かせない。


 時間が経つにつれて、ガイが連れて来た手下たちも、ガイの方では無く、マルクの方をチラチラ見るようになって、形勢は決まったように思われた。


「情けねえな。お前たちしっかりしろよ!」


 ガイは手下のあまりの不甲斐なさに呆れてしまう。ハリオもその手下も、手近な金儲けに目が行くばかりで覚悟が足りない。弱い者には強いのだが、処世術に長けていて、風向きを見て直ぐに強い相手に尻尾を振る。そんな事なら無慈悲な事はしなければ良いのだ。


 ガイは因果応報を信じている。悪い事をして来た自分が、いずれ報いを受けるのは当たり前だ。浮浪街の孤児としてどん底の生活を舐めて来た。浮き上がるためにやって来た事を、仕方が無いとも思わない。いずれは報いを受けてやるのだ。


 俺は今ある自分の生き方は変えられない。変えたくも無い。エンドラシル帝国の暗殺ギルドに入った時も、際立ったロキの差配に憧れただけだ。それで死んでも良い。俺は所詮そんな浮草のような存在なのだ。


 ガイの眼の色が変わった。ロングソードのためが強くなり、一撃一撃の力強さが変わった。盾で止められることに頓着することなく、ドムトルのロングメイスと殴り合う感じだ。ドムトルの粘りもここに来て陰りが出て来た。


 周りの戦いは様子見の膠着状態になって来た。ハリオの手下たちも無理をせず逃げるタイミングを図っている。カーターとマルクの戦いも完全にカーターの優位になって、マルクは迷っていた。


「どうだ!」


 ガイの気勢と共に振られた一撃がドムトルを盾ごと吹き飛ばした。慌ててアダムが間に入り、ガイと相対した。

 アダムはバックラーを前に出し、片手剣を肩口に構えて、基本の形で前に立った。

 ガイの眼の光が増し、自分で気持ちを昂らせている。一撃でドムトルを吹き飛ばし、これからアダムおも粉砕する気概が身体からあふれ出ていた。


「俺は1人でも負けないぞ」


 だがその時、突然思いがけないところから叫び声がして、ガイが動きを止める。


「ガイ兄ちゃん、何やってんだよー! リタ姉ちゃんが闇の司祭に連れて行かれたんだぞ」


 戦いの最中に倒れ込んでいたガッツが気が付き、ガイを見て叫び声を上げた。

 ぎょっとして、ガイが動きを止めてガッツを見た。さすがに敵として相対するとは思っていなかったのだろう。ガッツが倒れている間に終わらせたかったという思いが顔に出る。リタが居なくなったことを知らないガイは、その言葉の意味が直ぐには分からなかった。


「ガッツ、お前は黙ってみていろ。関係ないだろう」

「馬鹿野郎、ぜったい俺は許さないぞ。犯罪者になってもまだ家族だと思っていたんだ」


 悲痛な言葉にガイは何かあったのかとガッツを見た。


「お前、何言っている? 何の事だ?」

「リタ姉ちゃんはあの箱に入れられていたんだ。ガイ兄ちゃんは知ってて自分で運び出したのか?」


 その言葉でガイはガッツが言っている意味が分かって驚いた。


「えっ、何? あの中に入っていたのはリタだったのか!」


 ガイはあの中に母胎にされる女性が入っていることは薄々感じていた。だが、自分の知らない薄幸な女性が志願したのを自分が止めることではないと考えていた。それが自分の妹のように可愛がっていたリタだったなんて、全く分からなかった。いや、知ろうとは考えていなかった。


 闇の司祭はそれを知りながら、俺を騙したのか。いや彼奴なら、そんな弱気な俺を笑うだろう。分かってやっていたのだ。前に、善意を悪意で返すのは止めろとは言ったが、自分はこれまでそんな不幸な女性たちを、あの下水道の暗渠あんきょに運び込ませていたのだ。ガイは一気に口の中にすっぱいものがこみ上げて来た。


 これが俺の仕業への報いなのか。これが俺の考えていた因果応報という奴なのか? いや、俺はもっと傲慢だ。悪(俺)には悪(俺)のルールがある。俺はそれを貫く。崩れそうな気持をガイは必至で立て直した。


「ガッツ、信じられないかも知れないが、これは俺の知らないことだった。しかし、俺は言い訳はしない。報いは受ける。だが、このままでは俺も許せない。リタは俺が救う」


 ガイはロングソードを降ろすことは無かった。頑なに自分を貫こうと身を固くしていた。


「運び込んだところを言え。我々が救いに行く」

「運び込んだ場所ならそいつらに聞け。自分からルールを破るつもりはない。俺は俺でやる」


 カーターがマルクを見ながらもガイに声を掛けた。その場に入る者たちも、ガイの動向を固唾を飲んで見守っている。


「ガッツ、待っていろ。俺が助けて戻って来る」


 ガイはロングソードを構えたまま、後ろに引こうと後ずさった。そのまま姿をくらますのだろう。もうハリオも部下の手下も知った事ではないと言う感じだ。


「待って、ガイ兄ちゃん、アン様なら救えるんだ。最初に見つかった女性も助けられたんだよ」

「ガッツの言う通りだ。今ならアンが助けられる」


 ガッツの言葉をアダムが肯定すると、ガイは苦い笑いを漏らした。


「そうか、それなら、助けた時はお前に頼むかも知れん」


 それが最後の言葉だった。ガイは一気に身を翻すと、林の中に分け入って行ったのだった。

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