第102話 賭け小屋の興行主 ハリオ

 児院長がハリオの賭け小屋に向かっている頃、賭け小屋の二階の観覧席では、ハリオが手下を叱っていた。


「マルク、ステラを殺した審判は見つかったんだよな。どうしてそいつを殺さなかったんだ」

「ハリオさん、見付けたのは良いが、そいつは両手両足を縛られて転がされていたんでさ。審判の奴、あの日の前日に賊に入られたと主張しているんです。しかも外から鍵を掛けられていました。俺らが打ち壊して部屋に入ったら転がされていたんで、どうも嘘とも思えないんでさ」


 不思議な話に戸惑う手下にも面白くないのだろう、ハリオは怒りを爆発させた。


「馬鹿野郎! あの眠らされていた係員と審判のどっちかが嘘をついているんだ。対決させて白黒つけろ。場合によっては2人とも殺してしまえ。ステラを殺された損害を考えるとどっちを殺しても気持ちが収まらん」


 あの日、逃げ出すように部屋を出て行くハリオを見て、アガタは扇子で口元を押さえながら身体全体で嘲笑していた。あの姿を思い出すとハリオははらわたが煮えくり返って来る。それを七柱の聖女の仲間に見られたのも面白く無かった。

 そこへ階下へガイを尋ねて孤児院長と子供がやって来たと連絡があった。


「そう言えばガイは今日は顔を見せないな。マルク、下に行ってガイは居ないと断って来い」


 ハリオの指示でマルクが下に降りて行った。だが中々帰って来ない。話の途中だったハリオは苛立ちが抑えられなく成って来て、別の手下にマルクを呼びに行かせた。


「すいません。中々しぶとくて帰らないもんで遅くなりました」

「そんなの知らんと言えよ。俺がガイを使ってやっているのは、彼奴のおもりをするためじゃねえ」

「へい、それが孤児院の娘が居なくなって、何でも、それを知っている司祭の居所はガイしか知らないらしいんでさ」

「マルク、お前な、居なくなった娘も司祭も孤児院長もどうでもいいだろう。なに同情してんだ」

「あの、実はガイの兄貴に頼まれて、部下に司祭の荷物を運ぶ手伝いをさせたもんで、少し気になって。それにその司祭に金貨を返さないといけないとか言って、金の入った重そうな袋を大事そうに持っているもんで、、、」


 マルクは自分も関わっただけに、つい親身に話を聞いてしまったらしい。しかしハリオも金貨という言葉に反応してしまう。しかも袋を重そうに持っていると聞いて悪賢い気持ちが動いたようだ。


「面白そうかも知れん。ここに連れて来い」


 マルクに案内されて孤児院長とガッツが2階席に上がって来た。扉を通って部屋に入るところで、アダムはゲールを壁に飛ばして駆け上げさせた。その時アダムたちは賭け小屋の入口近くに待機して、2階席を見上げていた。


 魔素蜘蛛のゲールはクロウ4号と違って、基礎体力が全然違う。壁を飛び上がって行く感じだ。3回位の跳躍でもう天井に張り付いていた。正面の2つの眼も大きくクリアな視界を持っていた。


( これは凄い。ハエトリグモは徘徊性の蜘蛛として網は作らないが、粘着力のある糸も出すんだな )


 ゲールは尻から出る糸も粘着性の優れた糸と、丈夫で柔軟性に富んだ糸の2種類を使い分けている。尻の先端に出糸突起が幾つかあって、寄り合わして特性を出している。大きくジャンプする時もちゃんと命綱を張っていた。体重が軽いので、垂らした糸で風に乗って飛距離も出せる。森では木から木へ飛び渡ったりもできるのだった。


 暫くしてオットーが私服に着替えて到着した。同じく私服に成った警務隊員を2名連れて来ていた。お互いが見える位で別れてその辺りに散っている。そろそろとオットーがアダムに近づいて来て、呼べば届く距離に位置に付いた。


「これは孤児院長、どうされました」

「ハリオさん、ガイの居場所を教えてくれませんか。ガイからはあなたの所にお世話になっていると聞いていますよ」

「うーん、ガイからはあまり人に言わないでくださいと言われているんだ」

「小父さん、頼むよ。リタ姉ちゃんが司祭に騙されて、巫女候補になると言って黙って出て行っちゃったんだ。もし司祭の居場所を知っているのなら教えてくれよ。俺はちょうどガイが手下を2人使って、司祭の荷物を運び出すところを見ていたんだ。ガイが居ないならその手下に聞いてくれよ」


 ハリオの目から見ても、ただ生真面目な孤児院長の方が相手としてはやり易い。どうもガッツという子供は生一本な力強い目をしている。こちらの嘘や思惑がそれに触れると自然とボロが出そうな気になって来るのが面倒だ。ハリオは孤児院長に目を向けて話をした。


「孤児院長さん、何かその司祭に用があるのかね」

「ええ、娘のリタが支度金に目がくらんで、司祭のいう巫女候補に名乗り出たのです。お金を返すから娘を返して欲しいと司祭にお願いするつもりです。後から警務隊へも相談に行くつもりですが、その前にガイの居場所が分かればと思って」

「それは健気な娘さんだ。でも院長は心配でしょう。お幾らぐらいだったのですか支度金は」

「いいや、金貨20枚と言っても、これから一生会えないと思うと、とても受けられる話ではありませんよ。一緒にいれば暮らしは何とでもなるものですから」


 孤児院長が懐を押さえて話すのをハリオは注意深く見ていた。ちょうど大金をアガタとの賭けで失くしたばかりで、金はいくらあっても困らない。金貨20枚と言えばいい大人の働きの2年分にもなる大金だ。このままガイの居場所を教えても一文の儲けにもならないし、警務隊に相談されて、ガイの事で話を聞きに来られるのも困る。ハリオの頭は何とかその金貨を手に入れる方法は無いものかと考え始めていた。


「孤児院長さん、ガイはねぐらを転々としていて定宿が無いんだよ。それより、その司祭の荷物を運び込んだ手下が分れば、そいつにその場所に連れて行って貰ったらどうだい。少し時間をくれたらその手下なら分かるかも知れないよ」

「おお、それはありがたい。それでも結構です」

「良し分かった。じゃあ、ちょっと下で待っていてくれるか」


 ハリオは孤児院長にそう言うと、部下に向かって目配せをした。調子を合わせろと言う合図だ。


「お前たち聞いただろう。ガイが使った手下を探して来るんだ。いいな。その間、このお二人には下の控室でお待ち頂け」

「へい、それじゃ私がご案内します。では院長さん、こちらへどうぞ」


 マルクと違う別の手下が気を利かして2人を案内して下に降りて行った。

 ハリオは2人が2階の観覧席から居なくなると本性を出してマルクに話し出した。


「おい、マルク、お前の部下は司祭の荷物をどこへ運び込んだんだ」

「へい、貴族街の外れの古い屋敷だそうで、部下が言うには貴族街の幽霊屋敷と呼ばれている有名な屋敷らしいです」

「本当に? お前騙されてねえか。そんなところに司祭が住んでるのか」

「彼奴らも夜中に荷物を中庭に置いて帰って来ただけで、誰かに受け渡しした訳じゃないと言ってました」


 ハリオはどうもガイのやる事が分からない。裏稼業で名前が通っているので、客人扱いにしていたのが間違いだったと考え出していた。この際ガイとも手を切った方が良いかも知れない。孤児院長と子供の始末を考えると、ガイに知れるのも不味い気がして来るのだった。


「マルク、城壁の中は面倒だ。嘘を言って浮浪街から連れ出した所で始末しろ。金貨だけ奪って来るんだ」

「えっ? 俺がですか」

「馬鹿、何いい子ぶってんだ。ステラの件はお前の不始末だろ。少しでも取り返さなくてどうする。何人か連れて行け」

「でもガイの兄貴に知れるとまずいでしょう。確か兄貴もあの孤児院出身と聞いていますぜ」

「ふん、どうも俺らの知らないところでガイのやっている事の方が怪しい。その司祭っていうのも怪しいだろう。汚い孤児院の娘に金貨20枚も払うなんて、口止め料としても大きすぎる。しかも身分を偽って孤児院に隠れているなんて、何か企んでいるに違いない。巻き込まれるくらいなら、ガイを売った方がいい」

「どうなさるんで」

「いや、、、まだガイを売るのは早いか、、、彼奴に暴れられても困るからな。ガイには警務隊が調べに来たから逃げろと言え。しばらく王都から居なくなれば、後で知れても何とか言い訳出来るだろう」


 やはりアガタに獲られた金額は馬鹿にならない金額だったようで、ハリオはこの際危ない橋を渡ってでも金貨を強奪しようと考えたようだった。


「この際、手に入る金は逃さず獲るんだ。いいな、マルク。ガイが顔を出さない内にやってしまえ」


 ケールを通じてハリオを探っていたアダムは、急な展開に慌ててしまう。近くに控えていたカーターを呼び小声で説明する。


「孤児院長とガッツが連れ出されて襲われそうです。俺たちじゃ目立ってばれてしまうので、彼らが出て来たら付けて行って保護してください。俺たちも少し離れて追いかけます。襲ってきたら俺たちも加勢しますから」

「分った。任せておけ。あいつらに手は出させない」


 カーターが仲間に合図をして、呼び集めて説明し始めた。

 アダムは次に、オットーに預けてあるクロウ2号とリンクして、オットーに連絡を取った。第6門の詰所では、連絡を待つオットーが文字盤を拡げて待機していた。


「ハリオは院長を騙して嘘の場所に連れて行き、金貨を狙って襲うようです。私服のカーターさんに追ってもらって保護して貰います。俺たちも少し離れて追いかけます。オットーさん達にはハリオを押さえてください」

「ハリオもあさましい奴だな。分った。ハリオを押さえるので、アダムたちも後から来い」


 暫くしてマルクに案内されて、孤児院長とガッツが出て来た。ガッツが不安そうにあたりを見渡し、孤児院長について歩いて行く。


 アダムはマルクが2階席から出て来る時に、扉の近くゲールを準備させ、マルクのズボンに取り付いた。そのまま上着の背中に移動して、マルクの見えない首筋に近いところに停まった。

 アダムたちもカーターの後ろから、少し離れて付いて行った。みんなも黙ってついて来る。


 貴族街の幽霊屋敷とは何のことかアダムは知らなかったが、マルクは知っているようだった。マルクを捕まえて確認した方がいいだろう。

 だが、そんな事を考えながら歩いて行くアダムを、フードを深くかぶった男が凝視していたことをアダムは全く気付いていなかった。

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