第83話 穀物倉庫のゴブリン退治(後編)

 オットーの号令で盾を構えた警務隊が扉に近づき、足で蹴破ろうとした。ガン、ガンと蹴るが倉庫の扉は頑丈だった。後ろから斧を持った隊員が出て来て前に立つ。後は時間の問題だと思われたが、大きな音が鳴るたびに見ている方は、今にもゴブリンが飛び出して来るのではないかと固唾を飲んで見守っていた。


「開いた、開いたぞ」

「気を付けろ。盾を前に出せ。慎重に進むぞ」


 扉が大きく開かれるが、外の光が強くて中が暗くて良く見えなかった。突入部隊は慎重に少しづつ建物の中に入ろうと進んで行く。


 アダムはクロウを既に外壁の割れ目から部屋の中に入れていた。壁を走り天井に張り付かせる。360度の視野で穀物倉庫の中を見る。部屋の中からは、逆に扉の外が良く見えた。


 建物の中は何も居ないかの様に静かだった。いや、本当にいなかった。アダムは慌ててこれまでゴブリンが居た床の上を見るが、いない。


 その時、クロウの直ぐ側にゴブリンの足が見えた。垢あかと埃ほこりにまみれて、ぎゅっと太い足の指を固めて天井近くの棚の上に隠れてへばり付いていた。扉を抜けて入って来る隊員の頭上から飛び掛かろうと、片手剣を握り締めていた。


「気を付けて! 上にいる。棚の上に登っている」


 アダムが思わず駆け寄って声を掛けるのと、ゴブリンが飛び降りて来るのが同時だった。アダムの掛け声と気配に反応して、前面の隊員が盾を頭上に上げる。その上に5匹のゴブリンが落ちさまに片手剣を打ち下ろして来て、激しい衝突が起こった。


 前面の隊員がその衝撃に尻餅をついた。そこにゴブリンの斬撃が襲う。その奇襲で隊員の2名が頭や肩を切りつけられて負傷した。


 後に続くオットーたちの反応は早かった。後方の隊員が落ちて来たゴブリンを冷静に手槍で刺し殺そうとした。3匹がその場で刺殺され、後の2匹も追い打ちの斬撃に倒れた。


「うおー、怖え」


 ゴブリンの捨て身の攻撃にドムトルが思わず声を上げた。


 突入部隊の後ろに続いていたE級冒険者たちもゴブリンの迫力に腰が引けてしまい、ザンスが厳しく声を掛けていた。駆け出し冒険者として雑務を中心にこなして来た彼らは、まだ本格的な戦闘経験は少なかった。


「大人のゴブリンはあと5匹はいます。隠れて襲ってくるので気を付けてください。それと子供のゴブリンはすばっしっこいので注意してください」


 アダムが後ろからオットーに声を掛けた。


「建て直せ、みんな。行くぞ」

「おう」


 警務隊はオットーを真ん中にして建物の中に入って行った。


 ゴブリンの大きな抵抗はこれが最後だった。奥に進む間に荷箱の陰げや暗がりから飛び出して来るゴブリンを始末する。最後に穀物倉庫の最奥の祭壇の近くに進んだところで、大きな叫び声を上げて2匹のゴブリンが暗がりかりから突撃して来た。


 今度は予想していた隊員が盾でしっかりと受け止めた所を後ろから手槍で突いて始末した。大人の大きさと言っても、人間よりも小さいゴブリンに鍛えた隊員が力負けするはずも無く、最後は危なげ無い勝利だった。


 むしろ騒ぎはその後だった。小さなゴブリンの子供を洗い場で見つけたE級冒険者たちが、油断して手て捕まえようとした。本当は容赦なく殺すことになっていたが、手毬ぐらいの大きさの子供につい油断したのだった。冒険者の1人が手で捕まえると、それを見た他の冒険者も手で捕まえようとした。子供のゴブリンは5匹だった。


 冒険者の手に絡みついたゴブリンの子供が、体を掴まれたまま、手首に噛みついたのだった。


「あっ、馬鹿、この野郎」

「逃げたぞ、排出口に飛び込んだ」


 手から血を流しながら、子供のゴブリンを刺し殺したが、2匹が排出口に飛び込むように逃げた。


 突然上の穴から落ちて来たゴブリンを網で待ち構えていたE級冒険者も慌ててしまった。網に絡めたまま、バランスを崩してボートから下水道に落ちてしまった。何とか水中から引き揚げて始末したが、やはり1人が足に噛みつかれて負傷した。


 彼らは後からザンスにさんざん絞られることになった。それでも駆け出し冒険者としては、平和な王都ではいい経験をしたと言えるだろう。


 まだ下水道に運び込まれてから1週間も経たない内に、ゴブリンは15匹も産まれていた。最初に箱の中にいたゴブリンを含めて16匹のゴブリンを始末した。下水道の暗渠に置かれていた資材の中に武器が入っていたものと思われた。


 警務隊の負傷者は2名で、冒険者は手と足を噛まれて負傷したものが3名だった。


 問題は穀物倉庫の最奥の祭壇の前に残された母胎がまだ生きていたことだ。母胎は闇の苗床の魔法陣が描かれた布の上に、大切に包くるまれて置かれていた。アダムがクロウの眼で見た時には大人のゴブリンたちが大切に撫でるように抱えて祈りを捧げていた。


 ケイルアンの洞窟では56匹ものゴブリンを産んで死に絶えていた。今回はまだ産み切っていないのだろう。既に種を宿しているのかどうか、ゴブリンの生態が分からないので、まったく分からない。


 オットーの命令で、その場にいた警務隊と冒険者には口外しないように堅く口止めをした。


「俺の一存では処分できない。警務総監に相談するので待機してくれ」


 オットーはゴブリン退治が終了したことと、発見した母胎の処理について至急指示が欲しい旨、警務総監に部下を送って報告しようとした。


「オットーさん、国教神殿の施術院に送りましょう。治療法があるかも知れない。それとこの顔を見るとリンと同じ顔立ちと肌の色をしています。光真教の事を考えると、エンドラシル帝国第8公国出身の孤児かも知れません」

「おお、確かにあちらの国と同じ民族かもしれんな」


 アダムの話にザンスも反応した。この母胎の世話をしながら様子を見て、何か分かる事があるかもしれない。出来れば隔離して一般の人間の目から遠ざけないと、どんな話が流れるか分からない。治療が出来て話が聞ければ、確かな証拠にもなる。


「ケイルアンと同じように眼と喉が潰されている。動けないように手と足の健も切られている。国教神殿の癒し手がどこまで出来るか分からないが、確かにやって見なければ分からないな。警務総監への報告にはそれを進言してみよう」


 オットーは部下を警務総監に急いで走らせた。警務総監からの返事は早かった。これから何をするにしても死なせては元も子もない。パリス・ヒュウ伯爵は国教神殿の神官長へ至急連絡をして、受け入れ態勢を整えてもらうよう依頼すると同時に、オットーへもその方針を伝えた。


 こうして穀物倉庫のゴブリン退治は終了したのだった。

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