第82話 穀物倉庫のゴブリン退治(前編)

 アダムの活躍で、ゴブリンの最初の巣が見つかった。しかし、そこからが大変だった。というのも、下水道の地図は古くて現在の地上の地図とリンクしていないからだ。大体の場所は分かるが、あからさまな捜索はゴブリン達にも察知されるだろうし、逃げられる恐れがある。


 アダムはもう一度クロウを穀物倉庫に上げて、地上の目印を確認しようとした。排水口から登り、壁を伝って天井を行き、外壁の割れ目を目指した。


 倉庫の中は空気が淀み埃っぽい。湿気は無いが、成長の早い魔物の熱気が充満しているような気がして、むっとする圧力があった。ぎゅっと詰まって爆発するような成長の感覚だ。特に幼いゴブリンたちが一か所に固まって蠢うごめく姿に人間とは相いれない恐怖をアダムに感じさせた。


 アダムは360度の視野に全体を見ながら、壁の割れ目を目指してクロウを走らせた。

 壁の割れ目から出て、倉庫の外壁を登る。視野の端に国教神殿の尖塔が見えた。壁を回り込み正面の扉を目指す。国教神殿の方向と倉庫の入口の向きが分かれば、場所も特定出来るはずだ。


「神の目 ”Oculi Dei” 」


 アダムはあらかじめ呼び寄せていた神の目とリンクする。クロウに国境神殿の尖塔を見させ、神の目の視線を合わせると、上空からその視線の方向に沿って飛ばして地上を俯瞰した。何回も旋回して進む方向を合わせる。

 大体の当りを付けて、高度を下げて確認した。


( あれだ。見つけた。思ったより小さい。 )


 アダムは急いでクロウをオットーの元に戻す。本当は自分が現場にいればクロウをその場に残して、様子を探りながら攻撃態勢を整えられるのだが、アダムはもどかしい想いで一杯になった。

 オットーの動きも早かった。クロウが戻って来た所で、地上の地図を出してクロウの前に広げた。

 アダムが目星をつけた場所に停まる。


「アダム、ここで間違いないか」


 アダムが文字盤の上を移動する。『はい』の欄に停まった後で、文字盤の上を動いて文章を綴った。


「上空から見た位置はそこだと思うが、地図が少し違っている」

「ああ、この地図も古いし簡略したところがあるから、ぶれるわな。よし、突入はアダムたちが学園が終わって来てからにする。授業が終わったら直ぐに来てくれ。こちらは周辺の情報を調べて、準備をして待つ」

「はい。クロウを倉庫に戻します」


 そこから王立学園の授業が終わるまで、アダムはもどかしい想いで待つことになった。


 オットーから最初のゴブリンの巣が見つかったとの連絡を受け、パリス・ヒュウ伯爵は王城へ赴き、オルセーヌ公へ直接報告をした。その上で部下を宰相であるグランド公爵にも送り報告をさせる。


 オルセーヌ公からは、最初の巣でもあり慎重に駆除をして、何か他に分かった事があれば、直ぐに知らせて欲しいと回答があった。一方、グランド宰相からは、結果だけで良いので、汚い巣を早く潰せと言われたらしい。


 どちらかと言うと、国防と警察分野を王権派が握っており、分権派は利権の多い経済・外交方面を担っている。グランド公爵の発想では汚く危ない分野は任すとの意識が強いのだ。


 パリス・ヒュウ伯爵は警務隊の現場各門隊から応援を出し、オットーの指揮下に入れた。こちらも警務総監が直接現場へ出ることは無いので、いらいらとオットーからの討伐報告を待つことになった。


 ビクトールの従者であるロベールの元へ警務本部から案内が来ており、アダムたちは剣術実技の軽鎧を着て騎馬に乗った。そのまま南東の工業地区の倉庫街へ向かう。


「ペリー・ヒュウ、お前は実戦が初めてだろ、俺について来ればいいぜ」

「残念だな、ドムトル。俺は父上について現場を回ったこともあるんだ。アダムの蜘蛛使いには驚いたが、お前に実戦で負けんよ」

「どうでも良いが、お前たち喧嘩するなよ」


 出発に際してドムトルが構って来るので、いつもは飄々としているペリー・ヒュウも口でお返しをする。ビクトールはその御守り役だ。


「プレゼ皇女はいつもお留守番で荒れてたな」

「いやー、さすがにプレゼ皇女にゴブリン狩りはさせんだろう。スミスさんは絶対許さないよ」

「アンとマリア・オルセーヌに任せよう」


 ペリーとビクトールの話をアダムが簡単に終わらせた。

 今回もプレゼ皇女は黙って出て行くアダムたちを恨めしそうに睨んでいた。しかも他の生徒の手前下手に文句も言えないのが面白くない。従者のスミスは無表情に控えていた。これから八つ当たりされることを考えると、スミスも辛いに違いなかった。


 暗渠あんきょのある橋げたの近くでオットーがアダムたちを待っていた。ゴブリンの巣があると思われる穀物倉庫は、下水道の入口からも近い地区にあった。


「冒険者ギルド本部のザンスだ。よろしく頼む。ザクト支部の報告を貰っているので、ケイルアンのゴブリン退治以外についても詳細を聞いている。色々頑張ってくれたようだな」

「ザンスは王都の冒険者ギルドから応援に来てもらったB級冒険者だ。彼の下にE級冒険者が3組ついてくれている。今はその1組を下の出口から逃げられない様に押さえてもらっている」

「ザンスさん、よろしくお願いします。こっちはドムトル、ビクトール、ペリー・ヒュウです。それで、オットーさん、クロウに見張らしていますが、ゴブリンたちに変化はありません。大人のゴブリンが10匹くらいで、子供のゴブリンもいます。今正確な位置を確認します」


 アダムが見上げると神の目が上空を滑空していた。アダムは上空から俯瞰して自分の現在位置を確認した。

 ザンスがその様子を興味深く見ていた。他のE級冒険者たちは自分たちより幼いアダムたちが何をしに来たのか分からず戸惑って見ている。ドムトルやビクトールはそんな反応はいつもの事なので平然とアダムを見ていた。


 むしろそんな事より、ドムトルにはB級冒険者の方が珍しい。ザクトの冒険者ギルドではB級以上の冒険者はめったに見ない猛者なのだ。ザンスのがっしりした体躯を羨ましそうに見ていた。しかし一方で、E級冒険者なんて屁でもないとう態度が見えるので、ビクトールはここでも心配性を発揮する事になった。


「こっちです。この路地を入ったところのようです」

「分かった、アダム。部下を先行させる。予想通りだな」


 地区を管轄する第6門隊の担当が先に路地に入って行く。しばらくして戻って来て報告する。


「地図の通りです。正面の扉以外は出口はありません。回り込んで背後も固めますか」

「よし、やれ。その方が安心だ。それと、地元の事情通を連れて来い。話を聞きたい」


 暫くして近くで事業を営むドワーフの親方が連れられて来た。物々しい警務隊の中に、アダムたち子供がいるので驚いていた。着ている麻の作業着が油で汚れている。鍛冶屋か工場をやっているのだろう。


「ああ、あそこは潰れた穀物倉庫だな。経営者は最近見ないからどうなったか分からないよ。商業ギルドに行けば台帳があるから分かると思うけどな」

「ゴブリンが出たようなんだ。最近何かおかしなことは無いかね」

「ああ、それでか。最近野良猫が居なくなって、清々していたんだが、それでか。食べられちまったかな。はは、彼奴ら何でも食うから。でもこんな所に沸くかな、森じゃないんだから」


 もう間違いないとオットーは思った。現状で有れば力押しで、駆除する他ないと思われた。

 アダムが内部の状況を図に書いて説明した。


「この奥の囲まれたところに祭壇のようなものがあって、大人のゴブリンが固まっています。10匹はいます。それ以外にゴブリンの子供が一塊でいますが、数が分かりません。ちょっと小さいのに動きが素早くて心配です。気を付けてください」

「分かった。アダムたちは控えていてくれて良い。無理をするな。ここは警務隊と冒険者で殲滅する」


 オットーが第6門隊を集めて、アダムから聞いた建物内部の状況を説明する。隊員の何人かは手槍と盾を持っていた。正面で当たる部隊だろう。


「おい、やっぱりあれが七柱の聖女の仲間だろう。そうで無きゃこんな事分かるわけないよ。まるで見て来たみたいじゃないか」

「おいおい、黙っていろ。おれらは知らなくて良い事は知らない方がいい」


 隊員の中でもアダムたちが混じっている事の違和感と、隊長が当たり前のように言って来る情報の正確さに、不思議だと思わない者はいない。これはもう仕方が無いことだった。オットーも全て隠せる訳はない、決定的な証拠を見せなければ良しとするしか無いと考えていた。


「配置に付け」


 オットーの号令で全体が一斉に動いた。回り込んで要所を固める部隊が走って行く。突入部隊はオットーに率いられた警務隊10名とザンスが率いるE級冒険者の8名だ。ゆっくりと正面扉の前に付いた。地下では既に冒険者の1組が排出口の下で、降りて来るゴブリンに備えて網を張っている。


 アダムたちは彼らから少し離れてついて行った。

 穀物倉庫の正面扉の辺りは、荷捌きのためか少し開けていて見晴らしはいい。


「扉を破れ!」


 オットーの号令でゴブリン退治が始まったのだった。

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