第78話 王都の下水道捜索

 アンが国教神殿に巫女長を訪ねていた頃、アダムとドムトル、ビクトールはパリス・ヒュウ伯爵に連れられて行政区にある警務総監の政務室に来ていた。


 オーロレアン王国の警察組織は自治組織として、村町レベルでの「守り手」、各領主が管轄する「衛士隊」、王都を管轄する「警務隊」があり、警務総監は王都の治安を統括していた。

 警務隊は基本的に第2城壁の第1門から第10門に対応して駐在する10隊と警務本部で組織され、犯罪捜査と公安捜査は警務本部が担当し、現場の10隊を指揮下に捜査していた。


 アダムたちは警務本部で、今回のゴブリン対策を担当する特別部隊の部隊長を紹介された。


「アダム、今回のゴブリン対策を担当する部隊長のオットーだ。オットー、今回情報協力してくれるアダムとドムトル、ビクトールだ。彼らはケイルアンのゴブリン退治をしたガストリュー子爵家の寄子よりことご子息だ。特にアダムは今回狙われている下水道の情報を持っている。騒動のあった倉庫の桟橋から案内してくれるので、船と部隊の手配を頼む」

「すると君たちがあの七柱の聖女の仲間か。随分幼く見えるので驚いたよ。よろしく頼む」


 アダムたちと会う大人の反応は大体こんな感じになる。セト村の守り手もザクトの衛士隊でも、最初は同じような反応なので、アダムたちももう気にしなくなっていた。


「はい、彼らが荷船で行った下水道の入口は大体分かります。船で行けばご案内できると思います」

「既に船は桟橋に持って来てあるから、行けば大丈夫だ。部隊は何人くらい必要だと思う」

「首謀者の手下が何人かいるかもですが、ゴブリンの繁殖具合が分からないので、今日は偵察であれば10名くらいでどうでしょうか」

「分かった、現場の第6門の部隊へ連絡を入れるから、俺たち以外の部隊は現場で落ち合う事にしよう。パリス総監、それでいいですか」


 アダムが自信をもって返答するのでオットーは驚いたようだった。つい手配する人数までアダムに相談してしまって、自分でも苦笑いをしている。その様子を見てパリス・ヒュウ伯爵も黙っていられなかったようだ。 


「ああ、オットー、現場に行く前に言っておくが、アダムは特殊魔法を使うので、これから見たり聞いたりすることに驚かないように。それとこれは国家機密だから、現場の隊員には秘密にするように。いいかい?」

「はい、まだ良く分かりませんが、了解しました。アダムもよろしく頼む」


 アダムたちはオットーの案内で騎馬で工業区の倉庫へ行った。実際に行って見ると、第1城壁沿いに回り込むように南東地区に行くと、それ程複雑な道順でも無かった。ただ中洲の職人街に入ると、建物が密集しているのでアダムが記憶で倉庫を探すのは時間が掛かっただろう。今回はオットーの案内で記憶を思い出しながら辿るので地理が良く分かった。


 倉庫の入口には管轄する第6警務隊の隊員が派遣されて来ていた。中に入って桟橋に行く。途中警務隊の担当者が倉庫の中の捜索状況を説明するが、特にめぼしい証拠は残っていなかったと報告があった。


 桟橋には荷船よりも少し大型の警備船が2艇停めてあった。小型の帆も張れるタイプで櫓ろや竿でも動かすことが出来た。


「川の流れに沿って行ってください。右岸を注意して、何本が行ったところの橋げたの近くに小さな突堤があって、金属扉を開けて、下水道の暗渠へ入る感じです」


 アダムの指示に応じて船頭が船を川の流れに乗せた。緩やかなセクアナム川の流れに乗って、船はゆっくりと動き出した。2艇目の警備船も後に続いて来る。もう川面は暗くなっているので、大型のランプを掲げながら、岸伝いに進んで行く。あの日も暗かったので、アダムにはその感じも返って辿り易い気がした。


「あれじゃねぇか?」


 夜目が効く船頭が先に声を上げた。橋げたを過ぎた暗がりに小さな突堤が見えた。


「静かに寄せろ。声を上げるなよ。敵がいるかも知れん」


 オットーの声に全員が静かに前方を見守る中で、船は突堤に触れる形で止まった。警務隊の隊員が突堤に飛び乗って先に進んで行く。


「金属扉があります。内から鍵がかかっているようです。それとこの警備船だと入れないかも知れません」

「よし、こじ開けろ。隊員は少しづつ突堤に上がって続け」


 金梃子のような物を持った隊員が前に進み、金属扉の鍵をこじ開けた。それなりの金属音がして、秘密裡とは行かなかった。中から何か出て来るのかと、全員が緊張して見ていたが、中は音も無く静かだった。


「中に、荷捌き用の倉庫のような場所があります」

「よし、中に続け。灯りを忘れるな」


 警務隊に続いてアダムたちも中に入った。アダムの記憶通りに、一段高くなった荷捌きスペースがあって、そこがレンガの床の倉庫となっていた。


 ランプの明りで照らすと、床に2人の死体から流れた血の跡があるが、死体は無くなっていた。5つ並んで置かれていた大きな荷箱は蓋が開けられていて、中は空になっていた。その周りに積まれていた資材や、樽も一部残骸を残し、運び出されていた。


「アダム、知っている情報を教えてくれ」

「はい、倉庫の船着き場から来た荷船はそこの階段の下に着けて、荷箱を運びました。同じ大きさの箱が既に4つあって、合計5つありました。それ以外に資材の山と、樽が何樽かありました。そこの血の跡が箱の中から出て来たゴブリンがガイの手下を刺し殺した時のものです。こうやって見ると、あらかたの資材も無くなっているので、持って来た荷船を使って奥に運んだのかも知れません」


 アダムの言う通り、資材もあらかた無くなっていたが、ゴブリンが何匹いるか分からないが、背負って持って行くには無理があるように思えた。


「おい、あの暗い下水道の奥に行くのか、いやだな」


 ドムトルが思わず感想を言うが、それはその場にいたみんなの気持ちだったろう。


「おい、箱を台にして地図を拡げろ」


 オットーが指示して手ごろな箱を持って来させ、台にして地図を広げさせた。王城で見た昔の下水道の地図だった。下水道には幹線となる小舟も通れるような太さのある下水道と、そこから根のように広がる支流に分れていた。今いる暗渠は工業地区にある幹線の入口のようだった。


 幹線となる下水道の入口は幾つかあって、奥の結節点で繋がっているが、過去の地震や陥没で不通になっている地点もあって、中に入って行かなければ分からない。阿弥陀くじかパズルのように見えた。


「でも、ここから荷物が入ったという事だから、ここから放射線状に広がっている地区を虱しらみ潰しにするしかないな」

「アダム、ククロウをこの中に放って調べさせたらどうだ」

「いや、危険だよ。突然襲われても逃げ場がない」

「ドムトル、可愛がっているアンに殺されるぞ」


 最後にビクトールが言った通り、アンが聞いたら怒るだろうとアダムも思う。蜘蛛のクロウは夜行性では無いので、夜目が効かない。そろそろと歩いていては王都の下水道は広過ぎた。

 オットーはククロウが何かまだ分からないが、話を聞いていて、アダムが何かに偵察させようとしているとは分かった。


「ここを前線基地にして、下水道を調べて行くしかないな」


 オットーは部下に指示をして、態勢を整えるように準備させ始めた。通路の奥からゴブリンが出て来ても対応できるように、奥の通路に障害物を置いて守備に備え、今日は見張りを残した。

 アダムはクロウを近くの荷箱の上に残して置く。警務隊が奥に捜索に行く時は一緒に付いて行かせるつもりだった。


「オットーさん、少しお話があります。ちょっと、部下の方を遠ざけてください」


 アダムが耳うちしたので、オットーは驚ぎながら部下を遠ざけた。


「アダム、何かあるのか?」

「パリス・ヒュウ伯爵が私の特殊魔法について言われていましたが、それについてお話があります」


 アダムは部下が離れたタイミングで、オットーに荷箱の上に置いたクロウを見せて、蜘蛛の目の魔法について説明した。


「驚いたな、さっきから見たように話すので不思議に思っていたんだ。ここにだって来たことは無いと言っていたものね」

「そうです。それでご相談なのですが、ここにクロウを残して行きますので、明日からの捜索に連れて行って欲しいのです。場所によって先行して偵察させたりする時に使えますから」

「分かった。でも意思疎通はできるのかね」

「リンクしているので、話しかけられると通じます。但し、授業中で手が離せない時もあると思います。それとこの紙を渡しておきます。こちらの話を聞きたい時は広げてクロウに見せてください」


 オットーが渡された紙を拡げて見ると、文字盤で、縦横の枡に文字が配されていて、欄外にはハイとイイエの印が書いてあった。これはアダムがクロウを使って意思を伝えるために作った文字盤だった。


「それをクロウの前に置いて貰えば、クロウが文字の上を動いて知らせます。出来ればハイとイイエで答えられるように聞いて貰えると助かります」

「おお、凄いね。良く考えている。分かった。他に何かあるかね」


 アダムはゴブリンに見つかって餌として食われたことを思い出した。さすがに警務隊が食べることは無いと思うが、オットーの肩の上にいるクロウを、あっ虫が、と言って叩かれたり払われたりした拍子に死んでしまう図が思い浮かんだ。


「ひとつだけ、気を付けて欲しいのは、邪魔な虫だと思って周りの人に殺させないようにお願いします」

「はは、そうだね。それに蜘蛛を前に文字盤を拡げて、俺が何やら呟いているのを見たら、部下も気がふれたと思うだろうな、はは」


 オットーも何やら思い浮かべて笑っている。ハエトリクモは敏捷なので、大抵のことは逃げられると思うが、アダムが話に夢中になっていると危ない気がする。オットーは了解したと言った。


「今後も情報があれば連絡をしてくれ」

「分かりました」


 オットーは一旦警務本部に戻って報告し、明日からの捜索に備えると言った。アダムたちも今日は寮に戻ることにした。明日以降はペリー・ヒュウを連絡要員として、放課後や休日には捜索に協力する事を約してオットーと倉庫で分かれたのだった。

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