第62話 入学日の実力考査(実技)

「これは何だね」

「ケイルアンのゴブリンの洞窟で見つけた魔法陣を写したものです。この魔法陣の上に女性の死体がありました」


 アダムは見たことを説明する。その女性の死体は手足を切られ、目と喉も潰されていた。この仕業には”純粋の悪”が感じられた。どんな理由も良い訳も許されない、人間に対する悪意が感じられた。


「恐ろしいね。アダムの話が本当なら、ゴブリンを産み出すことに関係あることは間違いないだろう。私はこの魔法陣を見たことはない。研究者の仲間にも聞いてみよう」

「あの、エンドラシル帝国の魔法を知っている人をご存じですか? 白魔法と黒魔法があると聞いたのですが」

「アダム、この魔法陣とエンドラシル帝国との間に関係があるのかい。何か他に情報があるのかな」

「ちょっとこれから話すことは、私たちを知っている人にしか話せない話です。ユミル先生には相談するつもりでした。ワルテル教授はユミル先生の先生なので、王都にいらっしゃらないユミル先生に代わってご相談しようと思います。私が神の目とリンクすることはご存じですよね」

「ああ、ユミルから聞いているよ」


 アダムがワルテル教授を見上げると、ワルテル教授の表情が引き締まった。アダムはワルテル教授との因縁を思うと不思議な思いになる。自分が王都に出る切っ掛けを作ってくれたのはこの人だ。この人が補講の手配をしてくれて、ユミル先生とも知り合った。自分は魔法を知って、神の目ともリンクした。引いてはケイルアンでゴブリン退治することになったのも、大げさに言えばワルテル教授のせいとも言える。


 アダムは王都についてからの出来事をワルテル教授に話した。ソフィーの実家の父親との食事会でエンドラシル帝国のアリー・ハサン伯爵と知り合ったこと、女剣士奴隷のリンとその言葉、ククロウとリンクして追跡した夜の話、そして、そこで立ち聞きした2つの話をワルテル教授に話した。


 ワルテル教授は黙って聞いていたが、


「うーん、闇の苗床か、驚いたな。色々あったのだね。アダムの回りでは普通で無いことが色々起こるようだ」と慨嘆した。


 アダムは自分が転生者として覚醒した時、負の因子からこの世界を守って欲しいと、神さまから頼まれたことも、正直に言えれば話が早いのにと考えてしまう。でもこればかりはうかつに話せないのだ。


「この話は他にも誰かに話したのかね」

「いえ、まだワルテル教授以外には話ていません。ユミル先生からオーロレアン王国とエンドラシル帝国との関係について学びましたが、迂闊に言えない事だと思います。立ち聞きした話では、エンドラシル帝国内部でも利害が分かれています。官憲に話すにも誰から話すかも慎重に相談しようと思いました。良い考えがあれば教えてください」


 アダムはプレゼ皇女の入学祝いとご学友のお披露目会へ出席する為に、ガストリュー子爵が上京するので、それを待ってアラン・ゾイターク騎士団長を交えて話をするつもりであると話した。アダムの能力も分かっているので、適切に判断してくれるだろうと思っていた。


「それで良いと思うよ。学園と国教神殿の方へは私が話をしよう。王都の治安を担当する官憲には騎士団長とガストリュー子爵から話した方が良い。アダムやアンの能力については今の段階で世間に知らせる必要はないよ」


 ワルテル教授はアダムの考えに賛同してくれた。

 その後は、ユミルやヤーノ教授の話となり、次回の遺跡の発掘調査には是非見学に行かせて欲しいとお願いした。ワルテル教授も了解してくれた。


「そろそろ仲間の元に戻ります」

「アンやドムトルにもよろしく言っておいてね。今度学園で昼食を一緒に摂ろう」


 ワルテルは研究室の出口まで送ってくると、アダムを送り出してくれた。

 アダムはロベールと待ち合わせの場所に向かって歩いて行った。前もって施設図で確認していたので寄り道をしないで真直ぐに行くことが出来た。アンやドムトル、ビクトールも学科の実力考査を終えて集まって来ていた。


「アダム、遅いぞ。みんなで待っていたんだ」


 ドムトルが早速噛みつくが、それ程でもないよと、ビクトールが茶々を入れた。


「ビクトール様、皆さま、こちらです」


 今日は食堂もカフェテラスも休みで開いていない。ロベールが持って来た昼食を拡げて食べることが出来る場所を、前もって確認して確保してくれていた。こういう時、従者がいるとやっぱり便利だなとアダムは思った。


 学園には緑が多く、所々に休憩するベンチもあったりするので、休憩する場所には困らない。他の新入生の家族たちも同じようにして食事を拡げていた。


「時間があったので、ワルテル教授の所へ行って来たんだ」


 アダムがワルテル教授の所に行った話をした。


「それで、ビクトール、ガストリュー子爵は入学式には出るのか」

「父上は入学式には間に合わないらしい。でもプレゼ皇女のお祝い式には出席できるように上京すると聞いたよ」

「やはり、ガストリュー子爵からアラン・ゾイターク伯爵に声を掛けてもらって、話をするのが良いと、ワルテル教授も賛成してくれた」

「父上が来られたら、急ぎの話があると母上にも頼んであるから、日程が分ったら直ぐに連絡するよ」

「あの魔法陣については、何かご存じだった?」

「いや、アン。知らないって言っていた。ただエンドラシル帝国の魔法を研究している同僚にも聞いてくれるって」


 ケイルアンでのあの悲惨な死体を思い出すと、何もしないでいるのはいけないとアンも思うのだろう。アダムもそれは同じように考えていた。


「俺たちだけで手を出すのは危険だよな」

「ドムトル、馬鹿なことは考えないでね。私たちに出来ることがあっても、お手伝いする程度が限界だわ」


 ククロウの能力をしても、毎日偵察をしていては気づかれてしまうだろう。街の治安を組織的に警護する部隊に任せるのが一番良いのだと、アダムも考えていた。それはドムトルも同じだろう。だが何もしないでいるのはやはり心配だ。ガストリュー子爵が早く到着するのを祈るばかりだ。


「あの、ビクトールさま、皆さま、実力考査はお出来になられたのですか」

「だ、大丈夫だ。突然何を聞くんだ」


 ロベールは心配していたのだろう。ビクトールに聞くと、ビクトールは心配無いと慌てて答えた。


「へへん、あーとか、うーとか、ビクトールが言うのを聞いたぞ」

「馬鹿、ドムトル、それはお前だ。九九を声を出してやっていたが、間違っていたぞ」

「ええ!?」

「ちょっと、ドムトル。今ここで答え合わせしましょうか」


 アンが言うと、ドムトルもビクトールもゲッと声を出した。


「もう終わってしまったんだから、どうしようも無い。それより、午後の実技の心構えでも整えておくんだ」


 アダムが言うと、2人は目に見えてほっとした顔をした。


「そうだぞ、俺は午後の剣術実技で5人抜きをすることになっているんだ」


 午後の実技は魔法学の実技が先で、その後剣術と音楽に分れることになっていた。剣術の実技では実力を見るために勝ち抜き戦をやると言う。ドムトルはそこで5人抜きを宣言した。


「ドムトル、力み過ぎるのも良くないぞ。俺も平常心でがんばるぞ」


 ビクトールも実践をこなしてから、少しづつ自信をつけて来ていた。


 体育館の受付に行くと、魔法の実技の準備が出来ていた。等間隔で長机が用意されていて、その上にアダムたちも練習した魔道具の玉が載っていた。自分の魔力を流して、魔道具の玉を思い通りに動かせるのか実演するのだろう。受付を済ませると、前の教室と同じ組に集まって順番を待つ様に指示された。


 1時になって午後の始業の鐘が鳴った。係の先生が前に出て説明を開始した。


「魔法の実技の時間になりました。一度は使ったことがあると思いますが、これは自分の魔力を通すことで、自由に操ることができる魔道具の玉です。今回はこの玉を使って、みなさんの魔力を操る基礎力を確認します」


 先生は実際に自分で魔力を流して魔道具の玉を持ち上げて見せた。


「こうやって、まず持ち上げて、自分の頭よりも上に持って来ます。そして、円を描くように回転させます。出来る人は、更にそれに上下運動を加えてください。その上で更に出来る人は、自分の机から飛ばして、前方で運動させてください。空間に文字を描くとかね」


 その先生は興に乗って、目の前の空間で∞を描いて見せた。得意そうな顔で、どうだと、生徒を見渡して見せた。


「ちょっと、ガガーリン先生、余計なことをしないでください。今回は最低限の力を持っている事さえ分ればいいのですから」


 近くに控えていたアニエス・ロレーヌ先生が慌てて注意をした。ガガーリンと呼ばれた先生は苦笑いをしながら、怒られちゃったと、おどけて見せた。生徒の中から笑いが漏れた。


「いや、諸君、悪い悪い。円を描いて、更に上下運動出来れば十分だそうだ。分かったかな。受験Noを呼ばれたら位置について下さいね」


 それぞれの組で受験Noが呼ばれ出して、5人づつ机に並んだ。アダムたちも自分たちの組の並んだ生徒たちを眺めていた。


「じゃ、始め!」


 ガガーリン先生の掛け声で、全員が両手で金属玉に手をかざして、魔力を注ぎ始めた。魔道具の玉が薄く黄色に光り始め、そのまま魔力を注いでいると、ふっと玉が浮き上がった。玉はすうーっとそのまま上昇し、生徒の頭一つ上に止まる。何でも初めての組は慎重だ。しばらくそこに止まっていたが、一人、また一人と、上空で円を描く様に回し始めた。この辺りから個人差が出て来る。滑らかに動かせる者もいるが、目に見えて危なっかしい者もいる。その上で、上下運動を加えることが出来たのは、5人中3人だけだった。その様子を成績係の先生がメモをして採点して行く。


「はい、止めて。玉を机に戻してください」


 その声で、ゆっくりと自然に机に降ろせた人間も3人だけだった。やはりバラツキがあった。


「俺たち、出来そうだな」


 ドムトルが最初の組を見ていて、自信が出来たのか安心したように言った。


「最後まで気を抜かないでやりましょうよ」とアンが注意する。


 アダムたちの順番になって、ビクトール、アン、アダム、ドムトルと並ぶ。あと一人は筆記試験の時もいたはずだが、直ぐ外に出たアダムには見覚えが無かった。


「はい、始め!」


 アダムたちにとって、この魔道具の玉を持ち上げるのは何の心配もない。一斉に4人の玉が上がって行く。これまでの組に比べて圧倒的に早く安定している。一緒の組なった生徒が良い迷惑かもしれなかった。5人並んで実技をすると、どうしても見劣りがしてしまう。本人もそれが分かったのか、苦しそうな吐息を漏らした。見ている生徒たちもそれが分かったのだろう。俄然みんなの注目がアダムたちの組に集まった。


 4人揃って魔道具の玉がみんなの頭の上で回り始める。見ている生徒の中から、おおっと、声が上がった。ガガーリン先生が俄然面白くなって来たと、目であおってくる。だがここから実力の違いが出てきてしまう。回転運動に加えて上下運動を加える段になって、ビクトールが遅れた。それでも3人揃っている。ガガーリン先生がやれやれと目で言って来るのが分かった。


 ドムトルはそれに答えずにはいられなかった。ドムトルはアダムを見ながら、どうだと目で合図を送って来る。アダムは仕方が無いなあと想いながらも、競われれば対抗せざる得ない。ドムトルがガガーリン先生が描いた∞を描くのを目で追いながら、自分も魔道具の玉を動かして∞の形を描いて見せた。


「おお、すげぇ。あの二人やるぞ」


 生徒の声を背景に、アンがアダムとドムトルを睨んで来た。

 その時、ガガーリン先生がひと声叫んだ。


「そこで終わりかな。もっと見せてくれよ」


 ドムトルがその声に答えて、更に大きく動かそうとして自分の制御範囲を超えた。元々机の上からはみ出すのも苦労していたのだ。ガガーリン先生の掛け声に調子に乗って、その制御範囲を超えてしまった。


 制御を失ったドムトルの玉がこぼれるように落ちて行くのを見て、アダムが慌てた。みんなで一緒に実力考査を生き残り、正式に王立学園に入学するために勉強して来たのだ。これで失格になるとは思わなかったが、不安でアダムも慌ててしまった。アンだけではなくて、アニエス先生も睨みつけているのが見えていたので尚更だった。


 アダムは無意識に魔道具の玉を操ると、落ちて来たドムトルの玉を下からコツンと突き上げた。お手玉をするように、下からゴン、コン、コン、と弾いて、ドムトルの制御範囲まで玉を持って来た。ドムトルも必死だった。顔を真赤にして玉の制御を取ろうとしていた。やっとのことでドムトルは玉を制御すると、目の前に浮かべて止めて息をついた。


「やめ!」


 ガガーリン先生が笑いながら声を掛けてくれた。ビクトール、アン、アダム、ドムトルがゆっくりと玉を机に置いた。もう一人の名前を忘れた生徒は掛け声の前に机の上に落としていた。


「お前たち、すごいぞ」


 生徒たちから拍手が起こる。ガガーリン先生が大はしゃぎで手を叩いていた。アニエス先生だけが苦虫を噛み潰したような顔をしてそれを見ていた。


「静かに! 試験を続けてください、ガガーリン先生!」


 アニエス先生が叫んで、実技試験が続けられた。


「ドムトルもアダムも調子に乗りすぎだ。最後まで行けたから良かったけど、失敗していたら、父上に報告できなかったぞ」

「ビクトールの言う通りです。アダムもあんなことをするなんて、見損ないました」

「あれは、ガガーリン先生がやれって合図を送って来たからさ。俺は期待に応える男なんだ」


 ドムトルはともかく、アダムはそれからアンの機嫌を取るのに随分苦労したのだった。


 次の剣術実技の勝ち抜き戦でも、アダムたちは目立つ結果となった。ビクトールは3人抜きをした。ドムトルは公約通り5人抜きをしたが、アダムが9人抜きをしてしまった。魔法の実技と相まってアダムたちは生徒たちの間で評判となったのだった。


 そんな中、アダムは一人の生徒が気になった。真っ白に統一された鎧の上下は美麗な作りで目を引いた。何より顔をすっぽり隠すような冑を付け、革製の面から目だけが覗いていた。受験Noで呼ばれるので教師が知っていれば良いのだが、むしろ視界を遮って不便だろうと思われた。


 体躯は小柄で線も細いが、芯の通った強さがあった。実技が始まると実力がやはり高いのが分かった。彼はドムトルと同じ5人抜きをしたが、それ以降は明らかに手を抜いて負けたのだった。実力では間違いなく自分と良い勝負をするだろうと感じた。


 実技を終えて下がる時に振り返った彼と目を合わせたが、彼は知らんぷりをしてアダムと視線を合わせ無かった。そのくせ、アダムが別の方向を見ている時に、アダムをじっと見ているのが分かった。


「あれは俺のライバルになるな」


 ドムトルも同じように彼が気になったようだ。名前だけでも分ればいいのだがとアダムは思った。


 アンの音楽の実技は、歌唱か楽器演奏だった。アンは持参した竪琴を弾いて実技考査を終えた。王都についてからもソフィーの個人指導を受けていたので、演奏は危なげのない成績だったと思われた。アンにしてはアダムたちが聞いていなかったのが、少し残念だった。


 アンはプレゼ皇女を探したが、会場にはいなかった。王室は実技を免除されているのだろうと思うと少し不公平のような気がしたのだった。

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