第61話 入学日の実力考査(学科)

 王立学園は王都オーロン南部の教育文化地区の中心施設だった。一般には王城を通り抜けることはできないので、貴族街からは王城を回り込むように商業地区に入り、凱旋門から南に進み、セクアナム川を渡って南東へ行くことになる。


 王城を通り抜けられれば、王城の南門を出て橋を渡ると左手に王国騎士団本部があり、真直ぐに南に進むと直ぐに王立学園があった。


 騎士団員は王城の警備を担っているので、通行札を持っており、通り抜けしても咎められなかった。アダムも騎士団所属になったおかげで、騎馬で通り抜けができたので、ガストリュー子爵家へ行く時も王城を通り抜けてショートカット出来た。


 入学準備の為に、朝練の後にガストリュー子爵家に行って補講の復習をするのだが、アダムとドムトルは騎馬で王城を通り抜けられるので、馬車で回り込んで帰るビクトールより随分早く着いた。


「お前たちずるいぞ」


 アダムとドムトルがお茶を飲んで寛いでいると、遅れて帰って来たビクトールが文句を言った。


「だから、一緒に独身寮へ入ろうと言ったんだぞ。嫌がったのはお前だからな」


 ドムトルが笑いながら答えた。


「宿舎は変わらなくて良いから、通行札を貰えないか聞いてくれよ、アダム」


 ビクトールが泣きつくので、アダムは一応聞いてやると答えた。


「それじゃ、座学の復習をしましょう」


 アンの掛け声でアダムたちは席に着いた。

 王立学園の入学日に受ける実力考査は、座学と実技に別れていた。


 座学は国語、算数、魔法学、王国の歴史と地理で、実技は魔法と剣術、音楽だった。ユミルの話では、あくまで学力の程度を確認するだけなので、問題は難しくない。最低学力があるかの確認なのだと言う。


 剣術と音楽は選択制で、大体、男子が剣術を女子が音楽を選択する。それでも中には女子で剣術を選択する猛者もいると言う話だった。


「ドムトル、お前の弱点は九九だぞ。しっかり覚えるんだ」


 ユミルに教えてもらった座学の復讐は、アダムとアンが講師になって、ドムトルとビクトールの弱点を見ることになる。アダムがドムトルに注意すると、ドムトルは頬を膨らませて反論した。


「俺はジョシューのような商人にはならないからな」

「駄目よ、ドムトル。それじゃ、兵站を管理できないから、上級将校には成れないわよ」


 ビクトールの弱点は地理だった。中々地名が覚えられない。


「ボスポラフェル海峡ってなんだよ。何でこんな覚えにくい名前をつけるんだ?」

「ビクトール、お前九九が覚えられるのに、そんなの覚えられないのかよ。今度ジョシューに会ったら馬鹿にされるぞ」


 何やかや言いながら二人の復習も何とか終わり、入学日を迎えたのだった。


 王立学園は世襲貴族を中心に、1クラス40名で6クラスあり、学年で240名だった。全学年の学生数は2,400人を数える。6歳から10歳までが初等部、11歳から15歳までが上級部と呼ばれ、15歳で卒業する。この世界では15歳で成人となるのだ。


 王立学園にはアカデミーと呼ばれる大学校が併設されており、国内および海外の大学生を集めていた。学生数は1,500人を数えた。王立学園の卒業生の中からも成績優秀者を毎年40名受け入れている。修学年数は16歳から20歳までの5年だった。ユミルはアカデミーで神学を専攻し、卒業して神殿に入った一人だった。


 入学日は4月1日だが、当日は正式な入学書類の受付と実力考査が実施される。入学に必要な教科書や教材の案内を受け、入学式までに揃えて準備することになる。4月3日に実力考査に基づいてクラス分けが発表される。入学式は4月4日の予定だった。


 入学日の当日は騎士団の朝練が免除されたので、アダムとドムトルは前日にガストリュー子爵家に泊まり、アンやビクトールと一緒に王立学園に向かった。今日は従者としてロベールが付いて来て、昼食の準備もしていた。実力考査に時間が掛かり、実技は午後を予定していたからだ。


 貴族街を出て、商業区に入り凱旋門を南に折れた。そのまま真直ぐにセクアナム川を渡る。教育文化地区へ入ると街路の両側に緑地帯が増え、雰囲気が変わる。王立学園は緑地公園に囲まれるように立っていた。正門を抜けて車止めに着くと、アダムたちはロベールと別れて、正面ロビーへ入った。そこで受付から自分の入学Noを聞き、指定された教室へ行く。同じような人の流れが出来ているので、間違えることは無かった。


 教室に入ると正面の黒板に、座席Noが表示されていて、それに合わせて着席した。ビクトール、アン、アダム、ドムトルと一続きの番号が入学Noだった。


「回りの奴らは、あまり頭が良さそうじゃないぞ」


 さっそくドムトルがアダムに話し掛けて来る。アダムも周りの生徒を見ながら、様子を探っていた。アダムたちの様に特別に推薦入学して来る者もいるが、大半は世襲貴族の子弟なのだ。しかし確かにマルコ・ド・コンドルセのように育ちの良い上品な顔立ちの子供もいるが、一方で田舎の鼻たれ小僧と言った感じの子供もいる。


 将来ここにいる子供たちが大きくなって、この国を動かすのだと思うと不思議な感じがした。不遜ではないが、正直大したことが無いようにも思える。これからお手並み拝見だとアダムは思った。


 9時の始業の鐘が鳴り、教室に1人の教師が入って来た。


「おはようございます。私は王立学園の教師でアニエス・ロレーヌと言います。今日はこの教室のオリエンテーションと座学の実力考査を担当します。1日よろしくお願いしますね」


 少し早口に喋りながら、彼女は教室を見渡した。眼鏡をかけた中年の彼女は、経験豊富で何でも分かっていると言った感じで、反抗を許さない教師の典型に見えた。


「それでは、入学書類を渡します。学籍票をご家族に見せて記入してもらって来てください。保護者の名前や家族構成等を記入して貰います。あと、1枚は教科書と教材の一覧です。正式な入学式までに揃えておくようにしてください。購入できる王都の店の名前も書いてありますから」


 アニエス先生は次に実力考査のテスト用紙を用意して、最前列の生徒に渡すと、後ろに回すように言った。


「これから2時間で実力考査をします。机の上には筆記用具以外は仕舞ってください。何か質問がありますか」


 アニエスは教室を見回したが、質問はないに違いないという態度で直ぐにでも開始しようとした。


「アニエス先生、ちょっと、トイレへ行っていいか」


 1人の生徒が手を挙げて言った。大柄な生徒で、少し顔を赤くして恥ずかしいのかも知れないが、感情を出さない平板な口調だった。

 アニエスはきっと睨みつけたが、知っている顔だったのだろう、グッと言葉を飲み込んで愛想笑いをして見せた。


「グラント公爵家のお坊ちゃん、急いでくださいね」


 あれがグラント公爵の息子かと誰かの呟きが聞こえた。まあ仕方ないなと言う口調だ。アダムはグラント公爵といえば、前国王の弟で宰相のことだと思い出した。同期にはプレゼ皇女だけではなくて、公爵の息子もいることが分かった。そう言えばプレゼ皇女の顔が見えない。アダムは教室の中をもう一度見渡した。


「では、開始!」


 アニエスの掛け声で実力考査が始まった。アダムは問題用紙を開いて、問題を確認した。


 算数の計算問題も含めて、全く問題のない内容だった。これならアンと自分は単純な記入相違をしなければ、満点を取ってもおかしくない易しさだった。アダムは他の生徒の様子を見ようと、教室の中を見渡した。態度を見ていると生徒の成績の出来不出来も分かるような気がした。確かにこのテストは最低学力を確認するものだと思う。きっと平均点は非常に高いだろうと思った。


 30分もしない間にアダムは回答を書き終わった。手持無沙汰で頭を上げて回りを見渡す。平均的に集まった生徒の出来は大したことは無いようで、中には四苦八苦している者もいる。アニエスがその様子を見ていて、終わったからと言ってふらふらしない様にと注意をした。


「えっ、もう終わった奴がいるのか」と返ってざわめきが起こった。

「試験が終わったら出ても良いのですか」


 アダムが言うとアニエスは疑わしそうに寄って来ると、アダムの答案を見た。


「あら、田舎者のくせに、頭は悪くないのね」


 アニエスはアダムの名前を知っていたようで、したり顔で笑って見せた。


「答案を見直して、問題ないと思ったら、1時間経ったら教室を出てもいいわ。午後の実技の受付は体育館だから、体育館の受付を午後1時までに済ませるように」


 アニエスはアダムに背を向けると教壇に戻って行った。

 アダムは何とか残りの30分の時間を潰して外へ出た。

 ドムトルがフンと鼻を鳴らし、ビクトールがうっと顔をしかめ、アンは大丈夫よねと確認の顔を向けて来た。


 昼食はロベールの所で待ち合わせる約束だったので、まだ2時間くらいある。アダムは学校内をうろつき回ることにした。


 王立学園、王立アカデミーを合わせたキャンパスは広く、簡単に歩き回る距離ではない。アダムは正面ロビーに戻り、配置図を見て、ワルテル教授のいる魔法学の研究棟を探した。念のため、午後の実技考査を受ける体育館の位置も確認しておく。


 ワルテル教授はアカデミーの教授でもあるので、魔法学の研究棟はむしろアカデミーの教室棟の後背地にあって、中心部にある講堂や図書館、体育館よりも遠かった。入学式まで王立学園もアカデミーも休校しているので、生徒の姿は多くない。それでもちらほら歩いている学生を見ると、年齢が高いアカデミーの学生の方が多いように感じた。入学に伴う実力考査があるのが分かっているので、王立学園の在学生の方は遠慮しているのだろう。


 魔法学の研究棟に行って、職員に声を掛けると、ワルテル教授の研究室を教えてくれた。扉を叩くと中から書生が出て来て中へ入れてくれた。研究員かも知れなかった。


「ついにやって来たんだね。たった1年だけど、ずいぶん大きくなった気がするよ」

「よろしくお願いします。色々お話したいことがあって、真っ先にお訪ねしました」


 ワルテル教授はアダムを応接に案内すると向かい合った。研究員がお茶を入れてくれる。


 ヤーノ教授の研究室は発掘した遺物が所狭しと置かれていたが、ワルテル教授の部屋は沢山の書籍が大きな本棚に整然と並べられていて、小さな図書館のようだとアダムは思った。ワルテル教授の大きな執務机だけではなく、研究員の机も幾つも並んでいて、大きな研究室のようだった。


「ユミルからは今回の上京で、ゴブリン退治や盗賊団討伐に活躍した話も知らして来ているよ。それに君は知らないだろうが、王都でも随分話題になったんだ」

「実はそれで相談したいことがあるんです」


 アダムは写して置いた魔法陣を出してワルテル教授に見せた。


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