第63話 王立学園入学式

「ドムトルと俺がBクラスで、アンとアダムがAクラスだ」

「えー、俺たちとアダムはクラスが違うのかよ」


 王立学園の本館ロビーに張り出されたクラス分けを見てビクトールが報告した。その話にドムトルがてっきり同じクラスになると思ったと言った。

 学科のクラスはAクラスからFクラスまでの6組だった。

 その日の発表を見ようと、生徒本人や家族、使用人が見に来ているので、掲示板の前は人だかりになっていた。


「いや、剣術実技のクラスは同じだな。クラスは4組あって、俺たちの剣術実技は1組だ。アンの音楽は人数が少ないのかクラスが1組だけだったよ」


 ビクトールが追加の情報を言う。


「プレゼ皇女はやっぱりAクラスなの?」とアンが確認する。

「プレゼ皇女は学科がAクラスで、剣術実技が1組だな。俺とドムトルは剣術でプレゼ皇女と同じ組だった」

「音楽の実技の時にプレゼ皇女がいらしゃらなかったのは、剣術専攻だったのね」


 アンが探してもいなかったので不思議に思ったと言った。


「あれ、でも、アダム、剣術実技にプレゼ皇女っていたっけ。インチキじゃね?」


 ドムトルが大きな声で言うと、頭をぺしっと後ろから叩かれた。


「痛え、だ、誰だ、俺の頭を叩いたのは!」

「わしじゃ、ドムトル。気が付かなんだか。お前と同じ5人抜きをしたぞ」


 アダムたちが驚いて振り返ると、従者を連れたプレゼ皇女が立っていた。


「姫さま、いくら臣下と言っても、男子の頭を叩くなど、もってのほかです」

「ああ、すまんな、スミス。こいつが前に話したドムトルだ」

「みなさま、初めてお目にかかります。プレゼ皇女の従者のスミスと申します。これから宜しくお願いします」


 スミスと名乗った従者は、武官風に男装した女性だった。プレゼ皇女の父親であるオルセーヌ公の騎士だと言う。


「実力考査の成績優秀者も張り出してあるぞ。見に行ってみろ。剣術実技ではアダムが1番でわしが2番だ。ドムトルは4番だな。どうだ、わしの方が上だったぞ」

「えっ、嘘、、」


 ドムトルが慌てて掲示板の前の人混みを掻き分けて見に行った。掲示板には、クラス分けの横に、確かに張り出してあった。


【実力考査の成績優秀者】


・学科…1番 アン、アダム、2番 マリア・オルセーヌ、3番 プレゼ皇女、4番 マックス・グランド、5番 ペリー・ヒュウ

・剣術…1番 アダム、2番 プレゼ皇女、3番 ペリー・ヒュウ、4番 ドムトル、5番 マックス・グランド

・音楽…1番 マリア・オルセーヌ、2番 アン、3番 カーナ・グランテ


「本当だ。俺2番だと思っていたら、4番だったぜ。プレゼ皇女だけじゃなくて、ペリー・ヒュウって奴が俺より上になってる」

「ああ、あの白い上下の鎧を着ていたのはプレゼ皇女だったのですか。すっぽり冑を被っていたので分かりませんでした」

「アダム、わしが顔を出して試合に出たら、相手が気を使うだろう。ペリー・ヒュウは別の組で試合していたから、お前たちは気が付かなかったのだろう。奴は、王都の治安を管轄している警務総監のパリス・ヒュウ伯爵の息子で、王都の剣術道場では有名な上手だよ」


 悔しがるドムトルにプレゼ皇女が笑って教えてくれる。自分はアラン・ゾイターク伯爵の直伝で剣術を小さい時から習っているので、簡単には負けないと言った。


「いずれ、あそこに名前が上がっている者はわしが紹介する」


 プレゼ皇女の話では、やはりマックス・グランドは前国王の弟で現宰相のトマス・グランド公爵の3男で、マリア・オルセーヌはプレゼ皇女の父親であるルイ・フィリップ・オルセーヌ公の実家の長女で、プレゼ皇女には従妹にあたる。カーナ・グランテと言うのは、神聖ラウム帝国の大使として赴任してきているミハイル・グランテ伯爵の次女だと教えてくれた。


「なんか、みんなお偉いさんの子供ばっかりで、嫌になるな。ビクトールの所みたいに田舎貴族だったら気が楽なのにな」

「ば、馬鹿な事を言うな、ドムトル。父上も王権派では名前が通っているんだぞ」

「ドムトルは話さなければ良い奴なんだから、わしが許す」


 プレゼ皇女が2人の肩を叩きながら笑って言った。


「アン、それよりも、お前が新入生代表として挨拶することになるから、考えておけよ。お前たちがいてわしは助かったぞ。ソルタス兄上の時は、苦労されていたからな」

「ええ?、それはどういうことですか」とアンが驚いた。

「良く掲示板を見ろ。学科の1番が挨拶することになっておる。同率1位でも、最初に名前を書いてあるものが行うと書いてあるぞ」


 プレゼ皇女が言うので、良く見ると、成績優秀者の欄外に注意書きが付されていて、新入生挨拶は学科優秀者の名前の最初に書かれている者が行うと書いてあった。


「どうしましょう、アダム」


 アンが驚いてアダムに助けを求めた。


「アンが思う事を素直に言えば良いよ。大丈夫。後で相談に乗るから、まず自分で考えてごらん」


 アンが心配そうに見て来るが、みんな七柱の聖女が見たいのだ。これは自分がしゃしゃり出ても誰も喜ばないに違い無いとアダムは思った。


「お前たち、わしは返って母上や父上に報告する。入学式の午後には王城でわしの入学祝いの会を催す。お前たちにも正式に呼び出しが行くから、そう心得ておくように。ではスミス、行くぞ」


 プレゼ皇女は従者のスミスを従えて颯爽と去って行った。


 ロベールの案内で、アダムたちは教科書や教材を購入するために、指定された王都の商店を回った。これで必要な物は全て揃ったことになる。アダムたちはやっと王立学園に入学することが出来たのだった。


 ガストリュー子爵家へ戻る途中で、アダムは窓の外に流れる景色を見ながら、少し感慨深くなった。しかし、アンを見ると明日の挨拶の事で、頭がいっぱいのようだ。


「これで騎士団の朝練がなければ、楽しい学園生活の始まりなんだがなぁ」

「ドムトル、大人しくしているんだぞ。俺はアンやアダムとクラスが違って心配だ。ドムトルの面倒を俺一人で見るのは不公平だと思う」

「ドムトル、学業の成績はザクト神殿経由で実家に送られると聞いたぞ。アンや俺と同じクラスで無くなっても、ちゃんと勉強するんだぞ」

「げっ、それを言うなよ。親父は俺が騎士団に成れれば文句無いのだから。それならもう成ったも同然だろ。へへーんだ」

「甘いわ、ドムトル。これからの成績次第よ。入学出来ても卒業出来なければお終いよ。ソフィーが母親代わりでチェックすると言っていたもの。わたしもプルートさんから頼まれてるからね」

「親父も余分なことを、、、」


 やっとアンもドムトルの事を考えることで気分が吹っ切れたようだ。

 ガストリュー子爵家へ帰ると、既に王城から招待状が届いていた。アダムたちはご学友として披露されると書いてあった。


 入学式当日になった。今日も騎士団の朝練は免除されていたので、昨日からガストリュー子爵家へ泊まり込み、ビクトールと一緒に馬車で出かけた。車止めで馬車を降り、みんなで講堂へ歩いて行く。今日は快晴で明るい日差しの中を、アダムたちと同じように真新しい学生服を着た新入生がたくさん歩いている。顔見知りの者同志で声を掛け合っている者もいるが、付き添いの家族を連れて歩いている団体もいた。


「アン、Aクラスはこっちだ」

「アダム、俺たちはこっちだ。後でまたな」


 講堂の入口には差配する先生がいて、入って来た生徒の名前を聞いて振り分けて行く。ここでアダムとアンはビクトールとドムトルと別れて、Aクラスの列へ並んだ。先頭には既にプレゼ皇女が居て、みんな整然と黙って並んでいる。


 正面に一段高い段になった舞台があって、袖の方に来賓の席が並んでいた。学園では王室も特別扱いはしないと聞いていたので、国王家族もあの中にいるのだろうかと、アダムは眺めていたが、やはり違うようだ。良く見ると2階席があって、そこだけ壁に囲まれた貴賓席が作られていた。あそこが王室専用の閲覧席なのだろう。


 始業の鐘が鳴って、入学式が始まった。舞台の袖に司会者が立った。


「おはようございます。それでは王国暦784年度王立学園の入学式を始めます。国歌斉唱」

『 王国の御旗に 』


栄光あれ、栄光あれ、祖国の御旗よ

神々の御前に、至高の光を受けて

われらの象徴は輝けり


立ち上がれ、立ち上がれ、祖国の子らよ

あなたの瞳は輝けり

あなたの身体に溢れるは、寛大なる心なり

神々が知らしめす御言葉のうち

永遠の王位は黄金の

輝きと重みをもたらすなり


栄光あれ、栄光あれ、祖国の御旗よ

神々の御前に、至高の光を受けて

われらの象徴は輝けり


 司会者の合図で参列者全員が起立して斉唱した。舞台裏に演奏者がいるのか、行進曲のような曲が流れると、自然と皆が口ずさんで歌っている。アダムの記憶ではセト村の祭りでも歌った覚えが無かった。歌詞は分かり易くて、自然と厳かな気持ちになるから不思議だ。


「王立学園長の挨拶」


 司会者が言うと、舞台中央に一人の男性が出て来た。


「みなさん、おはようございます。王立学園長のユーグ・ブロスです。

 伝統あるこの学園の精神は、以下の3つの言葉で表されます。

 「個性の尊重」、「品性の薫陶」、「奉仕の実践」です。

 この言葉は建学以来、この学園の伝統として引き継がれて来ました。


 わたしもこの学園の卒業生です。毎年この言葉を新入生の方に伝えるのは、本学園の卒業生として誇らしく思います」


 学校長の式辞はどこも長いと決まっているのか、まだまだ終わりそうになかった。アンを見ると中々落ち着いている。順番が来る前に呼び出されると聞いていたが、そろそろだろう。


 アダムが地球時代の入学式だと、来賓者の祝辞とか、祝電の披露とか、先生の紹介とか色々あったが、どうだろうか。後ろから見ていると、プレゼ皇女も大人しく校長の話に聞き入っていた。


 アダムの視線に気が付いたのか、プレゼ皇女が振り返って、ニヤリと笑った。この皇女は大人しさとか、おしとやかとは無縁で付き合い易い。他の王室の方々はどうだろうか、アダムには、王城でのお披露目が気になるところだった。


「みなさんはこの学園で、人間としての個性を磨き、資質を育て、国民として国家に尽くす人間になるよう勉学に励ください。我々教育者はあなた達を見守り、手を差し伸べて、最大限の協力を惜しみません。頑張ってください」


 校長の話が終わって、会場に拍手が起こった。司会者が袖に立って園長に無言で挨拶を送る。


「それでは、在校生を代表して、生徒会長のマーロン・グランド君から迎える言葉をお願いします」


 司会者の言葉で呼ばれた生徒会長が登壇して挨拶に立った。グランドと付くのはやはり宰相グランド公爵の子息なのだろうと思われた。王立学園やアカデミーの中でも王権派と分権派の勢力争いがあるのだろうか。


 アンのところに係員がやって来て、次の次が新入生挨拶になると伝えて、控えに案内して行った。


「新入生の皆さん、入学おめでとう。生徒会長のマーロン・グランドです。我々生徒会は、毎年新しい個性を迎えて、学園生活の中で刺激し合い、お互いの個性を磨き高め合う。そんな自由で闊達な生徒会を目指しています」


 生徒会長は話し慣れているのか、新入生の顔を一人ひとり確認するように見回しながら、ゆっくりと話して行く。


「王立学園生徒会では毎年、文化祭や国際交流会を主催して、学生生活を充実したものにすると共に、学生新聞を発行して、学生相互のコミュニケーションに努めています。今年は話題の新人もいると聞いています。生徒会では一緒に活動してくれる優秀な人材を求めています。ご興味のある新入生は気軽に声を掛けてください。それでは、楽しく有意義な学生生活の為に一緒に頑張りましょう」


 生徒会長の話題の新人と言う言葉に反応して、会場からざわめきが起こった。生徒たちの何人かが振り返って、アンやアダムたちを見た気がしたが、アンは既に係員に連れられて、控えの場所に移動していた。


「次に、新入生代表の挨拶」


 司会者の言葉で、舞台の中央にアンが進み出た。


「あれが七柱の聖女か。小さいな」

「学科最優秀だなんて、やっぱり聖女だわ」

「同点1位だったアダムって、どいつかな」


 参列者や生徒の中から呟きが漏れた。七柱の聖女の話はもう一般に広がっているし、ケイルアンのゴブリン退治やソンフロンドの盗賊団討伐の話も尾ひれが付いて話が流れたので、みんな興味深々なおだろう。


「新入生代表としてご挨拶を致します、ザクトから参りましたアンと申します。

 私は孤児として生まれましたが、養母の愛情をいっぱい受けて育つごとが出来ました。そしてこの度はザクト神殿とご領主の知己を得て、王立学園に入学することが出来ました。


 本当のことを言うと、セト村からザクト神殿へ勉強に出る時も、王都へ向かうと決まった時も、私は不安で仕方がありませんでした。何も知らない田舎者の私がやって行けるのか心配でなりませんでした。しかしそんな時に事前に補講を受ける機会を頂きました。そこで初めてこの世界の仕組みを知りました。魔法学を学び、人と出会い、これまで知らなかった新しいことを学ぶ中で、この世界に興味が湧いて来ました。もっとこの世界の事を知りたい、もっと色々な人と出会いたいと思うようになりました。そして補講が終了する時には、王都へ出て行くことが不安ではなくなり、むしろ早く行ってみたい、もっとこの世界の事を勉強したいと思うようになりました。新しい楽しいことがいっぱい待っているように思えて来ました。


 馬車に揺られながら、歴史ある王都の街並みを見た時、私はこれまで知らなかった新しい世界に震えました。私は自分の幸運に感謝したいと思います。いっぱい勉強して、色々な人に出会い、成長することを誓います。


 私は、この場でご挨拶出来ることを大変うれしく思っています。ありがとうございました」


 アンの挨拶が終わって、会場から拍手が起こった。アダムはアンを見て誇らしく思った。自分がこの世界に転生して来て、色々なことがあったが、ほぼ全てアンと共有して来た。アンが自分と同じようにに感じていることを知って、アダムはとても嬉しかった。自分も誓う。いっぱい勉強して、色々な人と出会い、この世界の人生を目いっぱい生きることをアダムは誓った。


「最後に新入生を担当する教員を紹介します。呼ばれた教師は前に出てください」


 司会が各クラスの担任と学科の専任教師の名前を呼びあげて行く。

 アニエス・ロレーヌがAクラスの担任で国語の講師だった。アダムの知っている顔としては、ガガーリンが魔法学の講師で、ワルテル教授が地理・歴史の講師だった。後は知らないので、これから個別の授業で人柄を知る他ない。


 授業は明日からで、今日はこれで終わることになる。後は午後から王城でプレゼ皇女の入学祝いの会があるだけだ。


 アンが返って来た。歩いて来る途中に色々な生徒から話しかけられている。アンは列に戻る時に振り返ってアダムに笑いかけた。


「アン、良い挨拶だったぞ」

「ありがとう。緊張しちゃった」


 アンが小さく笑った。


「それでは、これで王国暦784年度王立学園入学式を終わります」


 司会者が終了の辞を述べて、入学式は終了した。


 アダムたちの入学式はこうして無事に終わったのだった。

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