第54話 街道の盗賊(前編)

 ピエールは最初の峠にかかる坂の手前で馬車を止めると、主要メンバーを集めて、これからの展開について協議した。


「アダム、グラントの部下は敵の本隊と合流したかい」

「最初の峠を越えて、もうすぐ峠の休憩場へ入ります。そのまま次の坂へ向かう様です」


 アダムは神の目とリンクして、グラントの手下をフォローしていた。相手は盗賊団の本隊を見つけられていなかった。峠の休憩場を騎馬で走り回って、本隊の手がかりを探しているようだったが、どうも見つけられなかった様だ。


「うーん、本隊は見つからないか。待ち伏せ場所がもっと先なのかな」

「もう少し様子を見ます。我々は予定通り休憩場に入りましょう」

「そうだな。奥様、予定通り峠の休憩場に入ります。では、みんな出発!」


 ピエールの号令で、ガストリュー子爵家の一行は最初の峠の登り道へ入って行った。


 ◇ ◇ ◇


 峠の休憩所を見下ろす山の斜面で、盗賊団の一行は木々に隠れて待ち構えていた。


「頭、あそこを走って行くのはグラントの部下じゃありませんか。こっちを探しているようだ。声を掛けますね」

「待て、行かせろ。あいつが来ていると言うことは、グラントが失敗したんだろう。アダムのガキに見張られている恐れがある。ここから出て声を掛けると見つかるぞ」


 グラントの手下が本隊を探して慌てている様子を見て、盗賊団の手下が隠れ場所から声を掛けようとするが、側に立つレイが止めた。


「空を見ろ、鷹が飛んでる。見られるぞ」


 レイの仲間のガイが空を見上げて、木の下に隠れろと言った。


「それって、本当の話か? 考えすぎじゃねえか」


 盗賊団の頭は、鷹の目とリンクする魔法が本当にあるのか疑わしそうに言う。


「子供だと思って甘く見ない方がいい。あいつは鷹使いなんだ」

「ガイの言う通りだ、どうせ先に行っても俺らが居なけりゃ、また戻って来るさ。それより、俺たちは休憩場の背後に回るから、しっかりやれよ」


 レイはガイを連れて、木の間伝いに山の斜面を降り、休憩場の背後に回り込んで行った。

 レイとガイを見送った盗賊団の手下が、忌々しそうに唾を吐いた。


「あいつら、好き勝手言ってやがる。困っている仲間を放って置くなんて、やっぱり信用できねぇぜ、頭」

「まあ、慌てるな。こっちは七柱の聖女なんてどうでもいいんだ。新大陸のお宝を頂いたら、あとは知らんぷりすれば良い」


 盗賊団の頭はこっちはこっちで好きにすれば良いんだと言った。


 ◇ ◇ ◇


 アダムたちが最初の峠を登り切り、峠の休憩場に向かって降りて行く。


 峠の休憩場は谷川沿いに開けた場所で、ここで馬に水をやって休憩させるポイントだった。ガストリュー子爵家以外の隊商や旅人も思い思いに馬車や馬を止め、休憩している。ただ最近は盗賊団が出るようになって、みんなの気が急くのか、時間を掛けずに早く立つようになっていた。


 アダムがフォローしていたグラントの手下は既に第2の峠を過ぎてコルナの町が見えるところまで来ていた。さすがに行き過ぎているのが分かっているのだろう。もう一度逆に第2の峠に向かって戻って登り始めた。時々立ち止っては脇道が無いか確認しながら動いている。


 ガストリュー子爵家の一行は休憩場に入り、街道から一番離れた奥の所に客車を停め、それをガードするうに3台の荷馬車を止めた。馬は外して水を飲ませに谷川に連れて行く。残るメンバーで昼食の準備を始めた。


「この辺りから見張られている可能性がある。慌てないで落ち着いているところを見せるんだ」


 ピエールが襲撃に備えて全体の士気を維持するべく声を掛ける。


 アダムは神の目を使い休憩場から第2の峠に向かう登り坂の周辺を索敵していた。盗賊団にとって計算外だったのは、グラントの部下が盗賊団の騎馬が停めてある場所を見つけたことだ。グランドの部下は歓び勇んで脇道から山へ入って行くが、アダムがその姿を神の目から見ていた。


「ピエール、見付けました。グランドの部下が山道を入って行きます。盗賊団の本隊を見つけたようです」


 アダムの声に、ピエールだけではなく、近くに寄って来ていたガクトとケーナが集まって来た。


「この崖辺りだな、いるのは」


 ピエールが広げた地図をアダムが指して説明する。側道を進むとその先に街道を見下ろす地点があった。そこから弓で奇襲して、混乱に乗じて街道脇に伏せた騎馬と徒歩かちで攻める。もしかすると下の街道に降りる脇道があるのかも知れなかった。


「休憩場からも近い。馬車を連れて登り坂を突破するのは難しい。イシュタルを護衛に残して、鉄の団結と衛士隊でひと当りしたらどうかな。反応次第で、討ち破れるようならそのまま殲滅する。硬いようなら引く様に見せて誘き出す。休憩場の馬車まで戻って防御線を張って戦う」

「ガクトさんの意見に賛成です。但し魔法使いのイーリスさんとヒーラーのスミスさんを入れ替えて、イーリスさんにあの崖の上を火魔法で焼いて貰いましょう。私も火玉で支援します」

「アダム、ずるいぞ。俺も行く」


 アダムの提案に自分も置いて行かれたくないとドムトルが主張した。


「じゃ、ビクトール坊ちゃんはアンと一緒に奥様の護衛をお願いします」


 ピエールの一言でビクトールは残ることになってしまった。


 この時はアダムを含め全員が、敵の本隊の居場所が分かったこともあって、発想が前がかりになってしまった。休憩場の後ろにレイとガイが隠れていることなど全く考えもしていなかった。


 ◇ ◇ ◇


 グラントの部下が合流して、盗賊団の本隊ではグラントたちの顛末(てんまつ)の報告を受けていた。


「レイたちの言った通り、中々したたかな連中だな」


 盗賊の頭はレイたちに止められて、グラントの部下が通り過ぎるのに声を掛けなかったが、自分で見つけて来た以上、追い返す訳にも行かない、と言い訳のようなことを考えていた。こんなことで自分たちが見つかっているなどとは全く思いもよらなかった。


「頭、敵が動きます」


 見張りが声を上げて、盗賊団に緊張が走った。街道を見下ろす場所には弓を持った部下を6人配してあった。馬車が通り過ぎようとした所で奇襲を掛けるつもりだった。敵が客車を優先して先を急げば、荷馬車を奪ってしまう計画だ。


 レイたちには悪いが、客車を狙うと衛士隊の10名と冒険者8名を相手にすることになる。客車を見逃がして荷馬車、特に商人の荷馬車に狙いを絞れば、衛士隊は警護優先で安全に逃げる方を選ぶだろう。そうなれば冒険者8人対盗賊団29人で、積み荷はこっちのものだと、盗賊団の頭は考えていた。


 戦って見て衛士隊が思ったより弱ければ客車も襲う。上手行って七柱の聖女を人質にとれれば、身代金もがっぽり入るだろう。盗賊団の頭は考えれば考える程、自分の頭の良さに自画自賛せずにはいられなかった。


「おかしい。あいつら隊を分けて、荷馬車を残しています」


 部下が報告する通り、徒歩組の6人を先頭に衛士隊10騎が続いて来るのが見えた。


「偵察かもしれん、様子を見よう。手を出すなよ。下を通り過ぎるようなら、荷馬車を襲う」


 ◇ ◇ ◇


 アダムとドムトルはイーリスを守る形で、鉄の団結と一緒に慎重に街道に入った。もう相手の弓の範囲に入っていて、こちらの動き次第で矢が飛んでくるはずだった。


 アダムは神の目とリンクしながら距離感を計り、タイミングを見ていた。


「ここだ、イーリス、あの山の斜面を焼いてください。ドムトル、盾で擁護しろ」


 アダムが指で指してから、火玉を飛ばした。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。Orn. Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.」


 火玉が当たって山肌に炎が上がった。イーリスがそれを見て、自分も火壁で一帯を焼きにかかる。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の壁を我が前に、燃えよ、燃えよ、熱き瀑布を”Orn. Preze Deus igne comburet igni antrorsum murus conburite incendere calidum cataracta”」


 焼鏝(やきごて)を当てたように、火壁が山肌の木々を陥没させて発火させた。辺り一面に火の手が上がった。叫び声が上がり、一気に混乱が起こった。


「火事だ、山火事になるぞ」

「まて、こら、慌てるな。攻撃しろ」


 盗賊団の頭が声を上げるが、山肌に隠れていた盗賊団の一味が堪らず逃げ出した。中には矢を射かけて来る者もあるが、場所を知られていないと考えていた分慌てていた。散発的な矢が飛んで来て、ドムトルがイーリスを守る形で掲げた大盾に突き刺さった。


「こうなれば、全員で攻撃だ、人数は圧倒的にこっちが多い。行くぞ」


 下の林に隠れて、様子見をしていた盗賊団の一味が、バラバラと飛び出して来た。20人は越えているだろう。アダムたちは16人だ。イーリスを挟んで、アダムとドムトルが下がる。ガクトとルネが前に出た。


「衛士隊、突撃するぞ。続け」


 ピエールを中心に騎馬が盗賊に突っ込んだ。斜面から焼かれて出て来た盗賊も加わって、盗賊団は勢いを盛り返そうと向かって来る。だが、先制攻撃を加えた分、衛士隊に勢いがあった。盗賊団は騎馬隊によって分断された。


「固まって当たれ、ばらけると人数が多い方にやられる。お互いを助け合って当たれ」


 ガクトが鉄の団結にアダムたちを加えて、徒歩(かち)の仲間を集めて、敵を寄せ付けるなと叱咤する。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の壁を我が前に、燃えよ、燃えよ、熱き瀑布を”Orn. Preze Deus igne comburet igni antrorsum murus conburite incendere calidum cataracta”」


 イーリスが囲まれないように、敵の塊の前に火壁を出現させて牽制した。


「慌てるな、囲め、囲め、ゆっくり潰して行くぞ」


 盗賊団の頭も懸命に手下に声を掛けるが、不利は否めなかった。


「くっそう、レイはどうした。あいつら、ちゃんと働けよ」


 ◇ ◇ ◇


 鉄の軍団と衛士隊が出発するのを、レイとガイは木陰から隠れて見ていた。


「馬鹿な奴らだ。彼奴(あいつ)ら見つかったな」

「どうする、レイ」

「ふふ、彼奴らがちゃんと働いてくれれば、こっちに隙が出来るだろう。向こうで戦闘が始まって、お互いが引けない状況になった時が狙い目だな」


 レイは穴のような目で、もっと混乱が起これば良いと冷たく笑った。


  ◇ ◇ ◇


「ケーナ、戦況はどうかしら」


 ソフィーは気丈な様子で街道で始まった戦いを遠見していたが、声は知らず緊張に震えていた。


「大丈夫だ。こちらが先手を取ってる。ピエールもガクトも上手くやっているよ」


 ケーナはさすがに修羅場に慣れているのか、平然と戦闘を眺めていた。


「アダムもドムトルも大丈夫かしら」


 アンは何時でも風の盾が出せるように、魔石のネックレスを左手で握りしめていた。ソフィーもアンも、全員が街道で行われている戦闘に気が行って、周辺への警戒を忘れていた。


「馬鹿だな、大丈夫な訳ないだろう」


 低い冷たい声がして、全員が振り返った時には遅かった。突然手が伸びて来て、アンは後ろから首筋を服ごと掴まれて、後ろに引きずられた。


「きゃ、あー」


 レイがアンの襟上(えりがみ)を捕まえて、引きずるように立っていた。その後ろにもう1人、獣人が立っていた。


「動くな、動けばこいつを殺す」


 レイが言うと同時に、獣人が一歩前に出て、レイを庇った。

 ケーナがロングメイスを、アンリがロングソードを抜き前に出る。ビクトールはクロスボウをガイに向けた。


「動くなと言っただろう」

「お前たちの狙いは何ですか」


 ソフィーが言うと、レイは冷たく笑った。


「こいつは貰って行く、動くな。お互い良い事ないぞ」


  ◇ ◇ ◇

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