第53話 ソンフロンドの峠道
アダムは朝練で出ていたピエールやガクト、ケーナに、昨夜のククロウの情報を伝えて、朝食の場で相談することにした。今日は日程の中でも一番気を遣う行程なので誰もが意識しており、みんなの訓練にも気合が入っていた。
「先にやっつけようぜ」
「ドムトル、相手は王都の商人を装っているんだぞ、ククロウの話だけじゃ、町の人を納得させられないよ。やっつけて証拠が出れば良いが、何にも出なけりゃ今度はこっちが悪者になっちゃうよ」
「そこは、お前、ガストリュー子爵の力で何とかならないのか」
「いくら父上の名前を使っても無理だよ」
「何か適当な嫌疑をかけて、半日遅らせるだけで良いじゃないか」
「そんな都合が良い部下も知り合いも、この辺りにはいないよ。アラン・ゾイターク伯爵みたいに騎士団長とかじゃないからね」
みすみす悪だと分かっていて何も出来ないのは納得がいかないとドムトルは憤慨するが、そんな便利な手は無いようだった。
「ピエール、何か良い手はないのかしら」
ソフィーも危険を承知で付いて来られるのも困るが、良い手が思いつかないのだろう。朝食の後の作戦会議でソフィーが聞いた。
「ケイルアンでのゴブリン退治がありましたから、ソンフロンドの守り手もそれなりに話は聞いてくれるでしょうが、嫌疑を証明する証拠がないと、無理に引き留めるのは出来ないでしょう」
「ソンフロンドで足止めするのは難しいでしょう。相手の言う通り先に行かせて、相手がこちらに抜かせるタイミングで仕掛けましょう。私に考えがあります」
「何をするつもりなんだ、アダム」とピエールが聞いた。
「こっちが抜くタイミングで、気づかれ無いように相手の馬車の車輪を脱輪させます。相手は4人なので、こちらを疑っても、その場で襲ってくることは無いでしょう」
アダムが足元崩しの魔法を使って、車輪を脱輪させると言った。
「そんな無理をしても大丈夫かしら」
「こちらは相手の正体が分かっているのですから、こちらの覚悟次第でしょう」
相手は盗賊団なのだ、断固として戦うしかないとアダムは決めていた。
「そうだな、抜くとすると我々が警護する荷馬車が殿になるので、鉄の団結とイシュタルの剣士を中心に後ろを固めておく」
「イシュタルも同意する、ヘラーさんもご覚悟ください。昨日の夕方に同行を求められた段階で、こっちは狙われているんだ、敵は分散させなければ、敵の本体に当たる時に困る」
ケーナに促されて、ヘラーも同意した。
「分かりました。仰る通りだと思います。先にいる敵に合流されるのは困ります。それで、盗賊の本体は何処で待ち伏せしているのでしょう」
ピエールがテーブルに地図を広げて説明する。
「ソンフロンドの峠はN字型の形をしています。最初の峠に向かって登っていきます。次いで下り道になって底に谷場の休憩場があります。普通はここで休憩して昼食を取り、馬に水を飲ませて休ませます。そこから最後の峠に向かって登り坂が続きます。最後の峠を抜けるとコルナの村が見えてきます」
「盗賊が狙うとしたら、どこだと思いますか」
ここからは警備の人間にお任せなのだが、心づもりとしては、知っておきたいとヘラーが笑った。
「こちらは警備兵だけで18人います。盗賊は多くても30人だと聞いています。最初の登りで攻められたら、戦いながらソンフロンドに戻る形になります。人数差を考えても、これなら不安はないでしょう」
ピエールが一番恐れているのは、休憩地で待ち伏せされることだ。だが休憩せずに、次の登り坂に向かうと馬がへばっているので、途中で襲われても、追いかけられても辛い。やはり馬には休憩させるべきだと思うと言った。
「つまり襲われる覚悟で、休憩するという事ね」
「はい、奥様。我々は18名います。それにビクトール坊ちゃん、アダム、ドムトルがいます。30人程度の盗賊なら撃退出来るでしょう」
「そうだな、グラントたちの情報がなければ、向こうも躊躇するかもしれん」
「ああ、美味しい獲物はいくらでもいる。相打ち覚悟で来るとは限らない」
ピエールの話にガクトもケーナも同意のようだ。
「とにかく神の目でも偵察をして、相手の人数が予想を超えて多いようなら、ソンフロンドに戻って出直しましょう」
アダムが言うと、ピエールは頼りにしていると答えた。
それから、ピエールは予定通りにグラントへ断りを入れた。部隊は出発の準備を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
ソンフロンドの最初の峠を越えた谷地の休憩場では、盗賊団が朝食を取っていた。これからテントや装備を片付けて、襲撃するための隠れ場所に移動する手はずになっていた。
盗賊の頭の気がかりは、グラントからの連絡がないことだ。ゴブリン騒ぎでケイルアンのアジトが潰されたのは痛かった。グラントからの連絡が途絶えてしまった。今さら偵察を出すのは危険だった。
「頭、本当にガストリュー子爵家を襲うのか。あいつらの言う事を聞かなくても良いんじゃないか。俺はどうもレイは信用できねぇ」
手下が言っているのは、しばらく前から盗賊団に助っ人として参加してる冒険者崩れのことだった。
「俺も、ガイは馬鹿だが気の良い奴だから好きだ。でもレイは何を考えているか分からねぇ。その七柱の聖女を攫ったら本当に儲かるのかね。むしろ王国に目を付けられるんじゃないですかね」
突然現れて、当然のような顔をして自分たちに命令して来るレイには反感が募っているようだった。
「お前たち、ヘラーという商人の積み荷も新大陸のお宝らしいぞ。ここらで一発大きなヤマを当てたら、王都で贅沢三昧だ。見逃すのは惜しい。それにレイのレイピアは別格だ。相手は地方衛士だ。隊長級でも食ってくれるさ」
盗賊の頭は、商人に化けたグラントが子爵家の馬車と一緒に登って来れば、隊列の中から混乱を起こしてくれる。最悪、無理だと思えば逃げるだけだと言った。
◇ ◇ ◇
「グラントたちは予定通り先に出たようです」
アダムたちは少し遅めにソンフロンドの町を出発した。ピエールが寄って来てソフィーに報告する。
「神の目でトレースします。神の目 ”Oculi Dei”」
アダムは神の目とリンクして上空を探る。
山の斜面にはまだまだ雪が所々に残っていて、すそ野に比べると森の木々の色もやや暗い。春の息吹を感じるにはまだ肌寒い。気温が上がって来るのはこれからだ。上空には冷たい風も吹いていた。
ソンフロンドの町から峠までの道はだらだらと坂道が続き、峠前になって傾斜が急にきつくなる。グラントの荷馬車は宿を早く出たのに全然進度が遅かった。時間調整をして待っていたのは明白だった。
「1時間もしない内に追いつくでしょう」
アダムはそう言うと、予定通りの合図を各隊に送った。
街道にはアダムたちだけではなくて、色々な荷馬車が行き来ををしており、騎馬や徒歩の旅人も多い。グラントの荷馬車が見えたら、前後の旅客を先に行かせるか抜かすかして、すれ違うタイミングで周りに他人がいない様に調整が必要だ。ピエールがその指揮責任を負っている。
ピエールは時折隊列の前後に移動しながら、全体の進行を確認していた。隊列が間延びしていれば、不測の事態に対応できない。1時間もしない内にグラントの荷馬車が見えて来た。
相手もこちらが追い付いて来ているのが分かっているのだろう。目に見えて遅くなって来た。アダムは客車から出て、後部から突き出たデッキの座席に移動した。すれ違い様に足元崩しの魔法を車輪の下にかける。相手が敵だと分かっているので、遠慮をせずに深めに崩して車輪を沈めるつもりだった。
後続の荷馬車を守っている鉄の団結とイシュタルの剣士が後方を固めて、戦闘にそなえる。
グラントの荷馬車が見えて来た。
ピエールが並走しながらグラントと言葉を交わす。後ろから、ガストリュー子爵家の客車がその右側を追い越して行く手はずだ。
「グラントさん、どうしました。少し進みが遅いようですが」
「これはガストリュー子爵家のピエール隊長、少し馬がばてまして、無理をさせられないとスピードを落としたところです。どうぞ、ご遠慮なさらず、お先に行ってください。後から追いかけますから。はは」
グラントはピエールと話しながら、客車の中のソフィーを目で探していた。アダムが後ろのデッキ部分にいるのに気が付いていなかった。
( 足元を崩せ “Frange pedibus vestris” )
アダムの魔法でグラントの荷馬車の左前の車輪が路面に食い込んで止まっってしまう。元々登り斜面なのでスピードは出ていないが、ガクンと左前輪が路面に食い込んだ。馬が突然の荷重に踏ん張る。グッと車体が上がろうとする。
「ど、どうした」
グラントが叫び声を上げた。
( 凝固しろ “Coagulo” )
アダムがすかさず埋まった車輪ごと崩した路面を固めた。不用意な動きの荷重を左前輪が支え切れずに木製の車輪が割れてしまった。そのまま荷馬車が左の路面に車体を擦って不格好に止まる。車軸ごと壊れたようだ。
御者台のグラントともう一人の男が落ちそうになって、手綱や馬具に捕まって倒れかかった。後ろの荷台からも2人の男が転がり出て来た。
「何だ、何だ、グラントどうした」
「ちくしょう。車輪が割れたみたいだ。見てくれ」
聞かれたグラントも何が起きたか分からない。素っ頓狂な声を上げて、部下に車輪を見るように言った。
「車軸までいかれちゃってますぜ。こりゃ、替えの馬車を呼ばないと無理だ」
呆然とする男達。ピエールはそれを見ながら、慌てず別れの挨拶をする。
「グラントさん、申し訳ないが、我々はもう行きます。ソンフロンドへ戻られた方がよろしいのではないですか」
手を挙げて先に進んで行くピエールを見て、グラントがはっとしたように、路面に食い込んだ車輪の跡を見た。
「や、やられた」
部下の3人がやるかとグラントを見るが、グラントはグッと我慢をする他なかった。
「ここで争っても、相手は18人もいる。無理だ。こりゃ、相手も分かっているな。頭に知らせなきゃな」
グラントは馬車から馬を外して、1人の部下をソンフロンドへ替えの馬車の手配に行かせた。同時に、もう1人を先行して頭に知らせに走らせた。
「グラントさん、俺が1人で先に行ったらおかしくないか」
「馬鹿、相手は分かってやってるんだ。もう構っていられない。それを頭に伝えないと、襲撃の判断が狂う」
ガストリュー子爵家の客車では、ドムトルが我慢できずにくぐもった笑い声を上げ続けて、アンに睨まれていた。
「だって、ピエールさんったら、じゃお先にって、知らんぷりで良く言えるよな」
だが敵もさるものだった。騎馬の1人が黙って抜いて行った。
「奥様、仕方がありません。計算どおりです。いよいよ気を付けて参りましょう」
アダムは神の目とリンクして敵の騎馬を追いかけた。身軽となった相手はずんずんスピードを出して登り道を上がって行った。
街道の盗賊との戦いは避けられなくなって来たのだった。
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