第49話 ケイルアンのゴブリン退治(前編)

 ククロウは窓から出されると、そのまま隣りへ隣りへ、窓越しに部屋を見て回った。”アン、アン、アン” ククロウはアンの部屋を見つけると、近くの木の枝に停まって窓の外からアンを眺めた。アンは寝間着に着替えてベットに入っていた。”アン、アン、大好き”


 ククロウと同調しているアダムは困ってしまった。アンが喜ぶことをしよう、と説得する。”アン、アン、喜ぶ” イノシシ牧場はどっちの方角かな。


 フクロウの飛翔は鷹の滑空とは違った、ふわふわした浮遊感があった。音を立てずに枝から枝へ、家の軒から柵の上へ移動する。立ち止って、音を探り、首を回して周りを見渡す。夜の暗闇も苦にならない。生き生きと周りの世界が認識できた。


 村の広場の上を横切り、デミ川の支流を横切って、イノシシ牧場へ向かう。森の中で人家の灯りは特別だ。イノシシ牧場の母屋の灯りが見えた。


 アダムは母屋の軒に停まって、周りの情勢を見る。聴く。暖炉の音、人の寝息があった。母屋の隣りにイノシシの飼育舎があって、イノシシの集団の気配があった。夜気は静まりかえっていて、平和だった。牧場は無事なようだ。


 貴族の別荘って、どっちかな。アダムはククロウを牧場の上空を飛ばして、周りの人家を探した。別荘は見つかったが、人の気配はない。留守番がいたはずだがと、アダムは不安になった。別荘はイノシシ牧場よりも、街道寄りにあった。


 ククロウを厩の上に停まらせて、様子を探る。扉が開け放たれ、中は略奪されていた。防具を剥がれた男の死体が5体あった。激しく抵抗した後があった。石か棒で撲殺されたようだ。頭が割れて、血と脳漿が飛び散っている。


 だが、別荘の留守番には見えなかった。無精ひげを生やし、体は薄汚れて、体の至るところに傷跡があった。荷馬車の馬は殺されて、内臓や肉は切り取られていた。食料にされたようだ。積み荷は奪われていた。


 ゴブリンの死体も3体あった。こちらは剣で刺されていた。襲われた人間の反撃で殺されたのだろう。無造作に放置されている。青白いぶよぶよした死体は醜くて気持ち悪かった。


 別荘の母屋も扉が開いていたので中へ入った。一人の男の死体があった。こちらも身ぐるみ剥がれていたが、痩せた老人で留守番の使用人かも知れなかった。


 ククロウはアンが恋しくなったのか、もう帰りたくなったようだ。”アン、アン、褒めて、褒めて”


 アダムはククロウに洞窟へ向かうよう説得する。アンはきっと喜ぶよ。事前に洞窟を見て置いた方が喜ぶよ。”アン、アン、喜ぶかな”


 アダムはククロウの気持ちが変わらない内に、支流沿いに洞窟を探した。もう一度イノシシ牧場に戻ってから支流を遡った。10分もしない内に、洞窟を見つけた。入口には物置があって、その横に黒々と洞窟の入口があった。


 5匹のゴブリンが入口にたむろしていた。ククロウを木の枝に停まらせて観察させる。

 洞窟は渓流の側にあって、中から通路の脇をちょろちょろと水が流れ出ていた。地面が所々少し濡れていて、昔は地下水の流れもあって穴が開いたのかも知れなかった。


 見張っていても、洞窟の中からの出入りは無かった。夜中でもあり、入口の5匹も見張りにしてはだらしなく固まって居眠りしていた。そのまま20分程度見ていたが、動きが無いのでククロウが退屈して来たのが分かった。


 アダムはククロウに戻るように伝えると、ククロウはいそいそとアンの元へ戻ろうと飛び出した。”アン、アン、行くよ、行くよ” ふわふわと飛翔しながら、アダムが意識を手放すと、自分自身も疲れていたのか、アダムはそのまま眠ってしまった。


「こら、アダム、時間だぞ。しょうがない奴だな」


 ドムトルに起こされてアダムはベットに起き上がった。ククロウと意識を同調させているのは、思った以上に疲れる作業だったと思う。


「おはよう、ソフィー、ビクトール、アン」

「おはよう。アダムたちも昨日は良く眠れたかしら」


 アダムが食堂へ入ると、既に早い朝食の用意が出来ていて、みんなが班ごとに分かれて食べていた。アダムとドムトルも急いで食べた。昨日の宿の主人の話の通りに、黒トリュフのオムレツと焼きたてのライ麦パンが香ばしくて美味しかった。


 急いで食べ終わると、直ぐに片付けられて作戦会議となった。アダムたちのテーブルにヘラーとガクト、ケーナが来て席に着く。村の守り手がいつでも助言できるように、近くに立って控えている。


「アダム、最初に話があると言うことだったが、説明してくれないか」


 ピエールがアダムを指名して、話すように促した。

 アダムはククロウと同調して探索した話をする。村の守り手に地図を出させて、指をさしながら説明した。


「ククロウを飛ばして確認しました。昨日の段階ではイノシシ牧場は無事でしたが、話に有った貴族の別荘は襲われた後でした」


 アダムは、母屋の中で一人が殺されていて、これは管理人だと思われること。じかし、厩に停めてあった荷馬車が襲われて、5人の死体があったが、様子がおかしかったことを話した。


「普通の村人じゃない感じがしたと言うのかい」

「そうです。無精ひげで顔つきが悪く、体に色々傷跡があって、普通の村人には見えませんでした」


 ピエールに答えるアダムの話で、村の守り手が口を出した。


「あの、実は村人の中に別荘に出入りする不審な男たちを見たと言う者がおりまして、あの別荘が一連の盗賊の隠れ家の一つじゃないかと噂話が立ったことがあります」

「魔物に悪人が殺されたのなら、不幸中の幸いかも」

「いや、違うよ、ビクトール。もし盗賊団なら積み荷は武器かも知れないだろう」

「ますます油断できない状況だと言うことだな。これは鉄の団結さんに確認して貰おう」

「分かった。われわれが行って確認して、合流した時に報告する」


 ガクトがきっぱりと言った。


「あと、確認できなかったのですが、あの洞窟には別の出口があるのですか」


 アダムが逃げられないか心配して話をすると、洞窟の中に梯子で崖の上に出られる穴があると話があった。


「よし、そこは我々が先回りして押さえておく。守り手さん、案内を頼む」


 ケーナが声を掛けると、村の守り手の代表が分かったと答えた。


「それならケーナさん、その崖の穴から洞窟の中に、燻り出すような物を投げ入れてくれませんか。その上で蓋をすれば、洞窟の中が燻されて、飛び出してくるところを攻めましょう」

「私も入口を押さえてから、煙で焙り出すことを考えていたから、合わせて実施しよう。他に提案があるかい、アダム」

「出来れば手ごろな丸太と縄を持って行って、洞窟の入口の外に簡易の柵を作りましょう。いっぺんに50匹近くが飛び出して来たら、押さえられるか心配です」


 アダムはその上でもう一つ考えがあった。


「大丈夫です、手ごろな太さの丸太は準備出来ると思います」


 ピエールが目で問うと、村の守り手は大丈夫だと請け負った。


「良し、ガクトさん、鉄の団結は先行してくれ。他のみんなも出る準備をしてくれ」


 ピエールの言葉で全員が動き出した。


「驚いたな、ガンドルフの話は本当だったんだな」

「ああ、他の手配もちょっと普通の子供とは思えんぞ」


 ガクトがケーナと話ながら部屋を出て行った。


「ビクトール、アダムとドムトルも無理をしないでね。あなた達は大人たちに付いて行っても前面に出ないようにするんですよ」


 ソフィーがビクトールを捕まえて話をする。アンもアダムとドムトルに向かって無理をしないようにと言った。


「では、奥さま。我々も出発します」


 ピエールの後について、アダムたちも出発した。


 アダムたちが宿を出ると、ガクトたちが広場を横切って、渓流へ降りる道に向かっていた。直ぐに渓流を渡って左回りでイノシシ牧場に向かっていく。アダムたちは広場の奥の方から渓流に沿った道を進んで行くことになる。


 4時前と言うこともあって、辺りはまだまだ薄暗かった。神の目を飛ばすのはまだ早い。ククロウの高さでは全体を俯瞰することはできなかった。


 ピエールが率いる衛士隊とイシュタルを主力とする部隊は、村の守り手の先導を受け、慎重に道を進んで行った。渓流に沿って進み、暫くすると橋があった。この橋を渡って左に曲がるとイノシシ牧場になる。部隊はここでガクトと率いる鉄の団結が合流するのを待つことにした。


「よし、しばらく待機していてくれ、守り手と狩人隊はもう少し先まで偵察を頼む」


 ピエールの指示で、衛士隊から2人、イシュタルからアニエスが守り手と共に偵察に立った。


 本格的な戦闘を前に、アダムたちも緊張を高めていった。

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