第48話 ジビエ料理とゴブリン
「あれがゴブリンなのか」
アダムはさっき見た汚いゴブリンが忘れられなかった。檻の隅で敵意をまき散らしながら、寄って来る村人を睨みつけていた。青白い肌がぶよぶよして、貧相な子供のようだが、一見して違和感を感じさせる不自然さがあった。その小さな小鬼は普通の生き物とは相容れない存在なのだと納得させられた。地球にはいなかった魔物だった。
宿の人の話では、今朝イノシシの罠に掛かっていたらしい。ゴブリンは繁殖力が強い魔物なので、近くに巣があるのじゃないかと、村の捜索隊が森に入っているという話だった。
「よし、ジビエを食うぞ」
宿へ入って荷物を捌いてすぐに、みんなは夕食の為に広間に集まっていた。今日はケイルアンに入ったこともあり、旅の前半が無事終わったことを祝って、ガストリュー子爵家主催で宴会を予定していた。
ソフィーを中心に、ビクトール、アンが並び、向かいにアダム、ドムトルが座った。衛士隊と商人、冒険者たちもそれぞれ別のテーブルについて食事が始まった。
宿の主人が挨拶にきて、今日の料理の説明をした。
「皆さま、良くいらっしゃいました。今日はケイルアン特産のイノシシ料理を堪能していただきます。まず、地元の新鮮な春野菜とイノシシ肉の燻製の前菜です」
イノシシはジビエとして一般的な食材で、特にケイルアンは繁殖させたイノシシの子イノシシの肉を出すので有名だった。肉の部位は豚と同じだが、脂がさらっとしており、肉には独特な旨みがある。
「鳥料理は、カモ肉のソテー、黒トリュフ添えです。今が旬のウィンタートリュフを使用しています。旬の香りをお楽しみください」
この黒トリュフはケイルアンのイノシシを利用して収穫する特産物だと言う。宿の主人は明日の朝食のオムレツにも入っているので、ご期待下さいと言った。
「メインの肉料理は、よく香辛料を効かせたマリネ液に数日間漬けておいたイノシシ肉を、弱火でじっくり煮込んだものです。イノシシ肉は煮れば煮るほど柔らかくなる特性を持っておりまして、その滋味をお味わいください」
「美味しい。もっとくどいのかと思っていたわ」
「うん、アンの言う通りだ。しっかりと味が染みて噛み応えもある」
アダムは地球時代にボタン鍋を食べたことがあった。出汁に甘い脂肪が解けて美味しかった。しかし今日の肉の方がガッツリと肉らしさを感じさせて、満足感があった。
「ありがとうございます。喜んで頂けて私たちも嬉しいです」
食中毒予防のため、必ず中心部まで火が通るよう、よく加熱しなければならないが、むやみに強火で煮てしまうと固くなるので、その火加減が秘伝なのだと宿の主人が自慢した。
ドムトルが、狩猟会でアントニオがイノシシを一撃で倒した話をする。
「すげぇ恰好良かったんだ。でも、こんなに美味いのなら、あの時食べとけばよかったな」
「そうね、あの時は荒れ熊騒ぎで、全部中止になったから残念だったわね」
ソフィーも思い出して残念だったと言った。
「奥様、今日はごちそうになっております」
「今日は、いつもの護衛任務では食べられないものを感謝する」
ガクトとケーナが来て、ソフィーに宴会の礼を言う。鉄の団結のテーブルではずいぶん酒が振舞われて、スミスのご機嫌に騒ぐ声が聞こえて来ていた。
イシュタルのメンバーは意外と静かに食べている。遠くからイーリスがアダムに合図を送ってくるのが余分だった。どこが気に入ったのか、イーリスは何かとアダムに絡んでくる。
「いえいえ、無事ケイルアンに着きました。この後の旅も、よろしくお願いしますね」
一通り料理が出されて、宴会も終盤になった。
給仕が皿を下げて、食後のお茶を準備しだした。デザートは洋酒の入ったパウンドケーキに、ケイルアン特産の蜂蜜がたっぷりと掛けられていた。
「月巫女さまの焼き菓子も美味しかったが、この蜂蜜の掛かったのもいいな」
「ドムトルは甘ければいいんだろう」
ドムトルはビクトールにお前は分かっちゃいないな、と首を振って見せた。
その時、宿の主人が入って来て、ピエールに話しかけるのが見えた。ピエールは静かに話を聞いていたが、途中で話を止めさせて、立ち上がるとソフィーの方へ歩いて来た。
「奥様、ケイルアンの村長がご相談があると、宿へ来ているとの話です」
「まあ、何のお話でしょう。お急ぎなのかしら」
ソフィーの言葉に、ピエールが宿の主人を見た。
「奥様、ケイルアンに着かれた時に、広場のゴブリンを見られたかも知れませんが、その件でお願いがあるそうです」
宿の主人が答えた。
「分かりました。お話をお聞きしましょう。みんなも付いて来て。ピエール、ヘラーさんとガクトさん、ケーナさんも一緒に話を聞く様にお願いしてください」
ソフィーはビクトールやアダムたちを見回して、一緒に話を聞く様に言った。
宿屋の主人がみんなを案内した応接には、ケイルアンの村長と部下が数人控えていた。
ソフィーたちが席に着くと立って挨拶をした。
「ケイルアン村長のロベールと申します。奥様に緊急のお願いがありまして参りました」
「どのようなお話でしょうか。私に出来ることですかどうか、聞いてみなければ判断できません」
「実は、今朝罠に掛かったゴブリンが見つかって、村の者が巣の捜索に行きました。デミ川の支流の上流に洞窟があるのですが、どうもそれが巣になったと思われます」
村長の話では、罠に掛かっていた場所が村営のイノシシ牧場の近くで、足跡をたどって洞窟に辿り着いた。その洞窟は村の倉庫として、冬場の食糧を貯蔵したりするのに使っていたもので、今年の冬も利用したばかりだと言う。
洞窟の出入りを見張っていると、30匹から50匹の群れだと思われること。足跡のあった村営のイノシシ牧場を狙っているらしいことが分かった。
「その洞窟は、今年の冬も使っていて、ゴブリンなんか発生するはずがないのです。それも不思議ですが、一番困っているのは、最近の盗賊騒ぎで近隣の警備の人間が出払っていて、応援を呼ぶにも時間がないことです」
困っていたところへ、ガストリュー子爵夫人と七柱の聖女を王都へ護衛する部隊が到着した話が伝わったこと。一緒に商人の護衛として冒険者グループも2隊ついて来ていると聞いたと言う。
「何とか、村の守り手を支援して頂けないか話してみようと言うことになりまして、参った次第です」
「ピエール、どう思いますか」
「奥様、私ども衛士隊はガストリュー子爵家の家来ですが、鉄の団結とイシュタルは冒険者です。そして、我々衛士隊だけでは50匹以上のゴブリン討伐はリスクが大きいでしょう。負傷者が出ればザクトへ一旦戻ることになるでしょうから」
ピエールは同行する隊商の護衛である冒険者が一緒に戦ってくれるかどうかで、判断が分かれると言った。
「だから、冒険者たちに報酬が出るのか、その場合にヘラーさんが警護優先ではなく、討伐参加を許されるかの問題があります」
「ロベール村長、私ともガストリュー子爵家は王国の貴族として、出来る限り支援したいと考えますが、七柱の聖女を王都へ届ける義務もございます。冒険者さんたちの協力に報いる報酬は出せますか」
「ありがとうございます。我々は冒険者ギルドへ依頼する手数料をお支払する用意がございます。何とかお願いできないでしょうか」
そこまで話が進んだところで、ヘラーが立ち上がった。ガクトとケーナを見てから話し出した。
「商人のヘラーと申します。お話を伺い、ゴブリン討伐には冒険者の支援が必要だという話であれば、出来る限りの協力は致します。ガクトさん、ケーナさん、あなた方はどうですか」
「鉄の団結のリーダー、ガクトです。我々は報酬が頂けるなら、衛士隊と協力してゴブリン討伐することは構いません」
「イシュタルのリーダー、ケーナだ。我々もそれで構わない。元々、盗賊団とも戦うつもりで参加しているんだ。ゴブリンごときは問題ない」
こうしてガストリュー子爵家の衛士隊と鉄の団結、イシュタルの冒険者はケイルアンのゴブリン退治をすることに決定した。
「今日は日も暮れて無理だ。早朝の作戦を相談しよう」
ピエールの話に応じて、村長の後ろに控えていた男のひとりが地図を机に広げて状況を説明した。
「ケイルアンの村はオビ川の支流と街道に挟まれています。その川を渡った対岸側に村営のイノシシ牧場があります。今回ゴブリンが掛かった罠は、支流を遡った牧場の際にありました。そのまま支流沿いに道をを遡っていくと、洞窟があります」
「洞窟の大きさはどのくらいかな」とガクトが聞いた。
「冬は食料の貯蔵庫として使い、夏は氷室として利用する程度です。奥はあまり深くありません。食料在庫があったのですが、全然足りないでしょう。イノシシ牧場を狙うのは間違いないと思います。あと牧場の近くに王都の貴族の別荘があります。冬場は留守番しかいないので心配です」
「洞窟の見張りは今も付いているのか」とケーナが聞いた。
「いえ、暗くなったら危険なので、今はついていません」
「よし、作戦は明日3時から始める。今日は衛士隊、冒険者それぞれ夜番を立てて緊急事態に備えてくれ。討伐は2隊に分けて進行する。衛士隊とイシュタルは支流沿いに洞窟へ真直ぐ進む。鉄の団結はイノシシ牧場を反対周りに回って、牧場に問題がないか、見回った上で合流してくれ。あと、その貴族の別荘も寄って見て来て欲しい。討ち漏らしも、入れ違いで牧場がやられるのも避けたい。敵を見つけたら合図の笛を鳴らしてくれ、その場合は、我々も反対側から牧場を解放してから、洞窟に向かう。アダム、神の目で夜明けから情報把握をよろしく。奥様とアンはもしもの時の救急準備をお願いします。では、今日は解散しよう」
村長とピエール、ガクト、ケーナは残って、報酬の打合せをすることになった。後のメンバーは自分の部屋に戻って明日に備えることにした。
アダムとドムトルが自分たちの部屋に戻ると、直ぐにアンがククロウを連れてやって来た。
「アダム、ククロウが役に立ちたいって言ってくれているようなの。同調できるかやってみて」
アダムがククロウを籠から出して、膝の上にのせ、両手をかざしてみる。アンに見られているせいか、ククロウは従順だった。そろそろと魔素の流れを探り、自分からも魔素をククロウに流してみた。突然頭の中に「闇の目”tenebris oculi”」と言う神文が浮かんだ。
「闇の目”tenebris oculi”」
一瞬でククロウの視界と同調した。アダムはククロウの目でアダムを見ていた。ククロウがアンをどうだと見た。アダムもククロウの目でアンを見た。アンに褒めて欲しいという意識がククロウの中に湧いて、アダムも同調した。”アン、褒めて、褒めて”
アンがククロウの頭を撫でた。アダムもククロウを通じてアンに頭をなでられた気がした。これは危険だ。ククロウは神の目のような自立した意識がない。同調していると気持ち的に振り回される気がして心配になった。
「出来たのか、アダム。どうなんだよ」
ドムトルが騒ぐが、まだ良く分からないと言って大人しくさせた。
アダムは部屋の窓を開けて、ククロウを外に飛ばした。
「アダム、ククロウをお願いね」
アンが部屋に戻っていったので、アダムはベットに横になりながら試してみた。
同調して分かったが、フクロウの目は人間の目よりも状況によって10倍から100倍良く見える。但し視界は広くなく、首を回しながら見渡す感じだ。音に対する感度が高く、音で方向性や深度が分かる。光と音で周りの状況を察知しながら、餌となる動物を探すのだろう。
見えないが音でわかる、音を追いながらまた目で見るというは不思議な感触だった。真っ暗な森の中をふわふわと自由に歩き(飛び)回るのは、新鮮な喜びだった。
アダムはククロウと同調しながら、いつの間にか眠っていた。
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