第47話 ザクトからケイルアンへ

 王都へはザクトから約420kmの距離がある。駅馬車で1日中走れば、1週間くらいで着くが、通常の馬車の旅では1日30~40kmくらいの移動で、無理をしないのが普通だった


 アダムの地球時代の乗用車のように静かな乗り物であればいいかも知れないが、整備された主要街道と言っても、馬車の構造も路面の整備も十分ではないので、乗っている人間に負担が大きい。また馬も駅馬車のような替え馬を準備していなければ、同じ馬で無理はさせられない。今回は荷馬車も3台ついてきているから尚更だ。


 途中休みを入れながら、半日くらいかけて次の宿場町へ行く。王都へはマツレ、ヌュール、ケイルアン、ルセル、ソンフロンド、コルナ、ニィエール、ヌヴユング、ナラール、オーロン(王都)と9泊10日の予定だった。山道や峠もあるが、無理をしない日程だ。


 商人たちの馬車とはザクトの東門を出たところで合流した。こちらの荷馬車も4頭立てだが、荷馬車としては、ガストリュー子爵家の荷馬車よりも大きく、荷物をしっかり積んでいるようだった。1台づつに冒険者グループが警備についていた。


「ビクトール、今日の予定のマツレって、何か面白いものがあるのか」

「いや、俺も知らないよ。ドムトル」

「今日は初日だから、無理をしないで早く着く予定よ。これから10日もあるからね。マツレはザクトよりも小さな宿場町だから、何もないわよ」


 ソフィーが教えてくれた。


「ビクトールお坊ちゃん、お昼の用意はしっかりして来ましたから、楽しみにしていてください。ドムトルさんも」


 側使えの侍女が言った。やはり残りの2人の侍女は荷馬車側に乗っているようだ。ソフィーの世話をする1人だけが客車側に乗っていた。


 ガストリュー子爵家の客車と荷馬車の前後に衛士が分かれて騎乗して並走していた。時折隊長のピエールが様子を見るために先頭から、後尾の隊商の方へ走って来る。目が合うとアダムにも挨拶を送ってくれた。


 東門を出てから、街道の両側は自由農家の小麦畑が続いていた。街道の並木越しに緑に発芽した小麦畑が広がっている。この辺りは秋蒔きの小麦が主流なのだ。所々に休耕地があって、羊や牛が放牧されていた。


 3泊目のケイルアンまでは高低差があまりないので、緩やかな丘があっても、馬車は安定した走りをしていた。


 アダムは時折神の目とリンクして、上空からも街道を見ているが、特に変わったものはない。神の目も眼下の林や森を見渡しながら、新しい世界に心が躍っているようだった。神の目の満足感が伝わって来る。


 昼食はデミ川の河原に接した空き地に馬車を止めて、ゆっくりと取ることができた。


 客車の天板から天幕を広げるように、簡易テントを張って、テーブルが用意された。荷馬車から大きなバスケットが出されて、食事が並べられた。ワインの入った革袋も出されて全員に振舞われる。鳥や豚のローストにソースが掛けられて、硬めに焼いたパンと一緒に給仕された。


 商人たちの馬車も、少し離れた所に並んで停めて、昼食の用意を始めた。あちらは地面にシートを広げて、車座に座るように用意している。

 冒険者リーダーのガクトとケーナが挨拶をしにやって来た。


「今日は、皆さんよろしくお願いします」

「良い天気になって良かった。今日はよろしく」


 2人は挨拶が済むと直ぐに戻って行った。

 今度はヘラーがやって来た。


「ソフィー様、皆さま、今日からよろしくお願いします。遅れないように付いて行きますので」

「ヘラーさんも、ご一緒にどうですか」


 ソフィーが誘うと、こちらは喜んで席についた。早速侍女が食事を給仕する。


「ヘラーさん、積み荷は何なのですか?」とアンが聞いた。

「デーン王国の帆船が新大陸から仕入れた香辛料と装飾品です」

「えっ、新大陸!」とドムトルが食いついた。

「ええ、シーナ国を目指して船出した帆船が、間違って新大陸に着いたのはご存じだと思いますが、さっそくデーン王国の商人が海を渡ったんです。それをヨルムントの本店が仕入れることが出来まして、王室が買い上げてくれることになりました」


 ヘラーの話では、シーナ国へ向かって新航路を探して船出した帆船がたどり着いた新大陸には、黄金の仮面を被った国王がいて、珍しい装飾品や香辛料があったと言う。


「それと、魔法には白魔法と黒魔法があるそうです。宗教がエンドラシル帝国の一部と同じ2神教なので、魔法体系も2系統なんだそうです」


 エンドラシル帝国はオーロレアン王国と同じ七神正教と2神教である光真教が広く信仰されている。新大陸の宗教も善悪2神の相克そうこくが世界を作ったと教える。黒魔法では人を呪殺する秘法があると言う。


「光魔法と闇魔法とも少しニュアンスが違うな、白魔法と黒魔法か」


 ドムトルも興味深そうにヘラーの話を聞いていた。

 アダムたちはゆっくりと昼食を取り、馬も河原に引き出して水をしっかりと飲ませて休ませた。それでも、マツレの宿場に着いたのは夕方にはまだ早い時間だった。


 マツレの町は宿場町として発達した町で、町の中心には大小様々な宿が立ち並んでいた。宿の前には旅人を呼び込む女給の姿があって、中々賑やかだ。


 ガストリュー子爵家が使う宿は、その中でも大きな宿屋で、玄関ホールや厩も大きくしっかりとした作りだった。宿の給仕が総出で荷物を降ろすのを手伝ってくれる。


 ソフィーは別格としても、アダムとドムトルに与えられた部屋もりっぱな2人部屋で、調度も高級で満足いくものだった。アンとビクトールは1人部屋だった。


 早速、宿の食堂で早めの夕食を取った。ソフィーの指示で、今日は無理をしないで、それぞれの部屋に戻ることにした。


 しかし、アダムもドムトルも初めての長旅で興奮して寝れない。そこにビクトールが乗り込んで来たので、結局3人は遅くまで話して過ごすことになった。


 翌朝、アダムはいつも通り早起きをして自主練をした。宿の中庭で剣の素振りをしていると、ガクトを中心に鉄の団結のメンバーがやって来た。


「アダム、早いな」


 ガクトは大剣を使う。両手で握って振りかぶる。力強い風切り音が規則正しく続いた。剣士のルネの獲物は細身のロングソードだった。剣央の刃のついてない部分を持って、両手で槍や杖のような扱いを練習していた。狩人のジャクソンはダガーの練習をしていた。


 得物がバラエティーに富んでいて、見ていて飽きない。アダムは基本バックラーと片手剣が中心なので、自分が対戦する時はどうするかと見ている。ガクトの大剣は大きくて重たい一撃で、バックラーで受けるのは難しいだろう。初めから一対一にならないようにするしか無い。


「みんな、早いじゃないか」


 イシュタルのリーダーのケーナが仲間を連れて中庭に出て来た。ケーナは大盾とメイスを持っていた。後ろ姿だけを見ていたらとても女性には見えない、がっしりとした体躯だった。アタッカーのアンリはロングソードを持っていた。彼女は20代の半ばで、細身でスタイルの良い金髪女性だった。弓役のアニエスはバックララーと片手剣を練習し出した。


「なんで、お前たちは朝早くから、汗をかくようなことをするかな」


 鉄の団結のヒーラー、スミスが大きく伸びをしながら中庭に出て来た。手にはエールを持っている。


「スミス、邪魔をしに来なくても良いぞ」

「つれないねぇ、ジャクソン。朝の一杯を気持ち良く飲んでいるんだろう」

「おやおや、賑やかなこと。アダム君、始めまして、イシュタルのイーリスよ」


 最後に明るい笑い声で挨拶をして来たのは、魔術師のイーリスだった。


「七柱の聖女さま御一行と一緒なので、みんな張り切っているのね」と笑う。

「そりゃ、中々こんな機会はないぞ。七柱の聖女が出たのは、エンドラシル帝国との聖戦以来なんだからな」


 ケーナは大盾を左手の肘からバインドする形で固定している。軽々と振り回して、長めのメイスとのコンビネーションは迫力がある。堅実なガンドルフに比べると非常に攻撃的な盾裁きだった。ヘルメット型の冑と相まって、古代ローマ兵を思わせる姿に見えた。


「こら、アダム、自分だけ良い恰好するなよ。俺も起こせばいいだろう」


 最後にドムトルとビクトールもやって来て、中庭は一杯になった。


「ピエールさん達はどうしたの?」

「衛士隊は、交代で夜番をしているので、訓練は無しだよ」


 アダムが衛士の姿を探して言うと、ビクトールが答えた。


「それは悪かったな。俺たちも交代で参加するよ」

「ガクトさん、山岳地帯に入ったらお願いすると思います」


 ビクトールが答えた。


 2日目、マツレを出たのは10時を過ぎていた。今日はヌュールへ泊まる予定だが、翌日からは山道に入るので、無理をしない日程にしていた。


 街道で一番早いのは駅馬車で、宿場毎に替え馬を用意しているので、無理が効く。昨日も何便かに抜かれていた。後は、王都へ向かう旅客としては、途中で天候の都合や盗賊騒ぎで通行止めになる恐れがあるので、大半は余裕を持って日程を組んでいて、どんどん追い抜かれることも無ければ、こちらが抜いて行くと言うこともあまりない。たまたま同じ荷馬車と列になって進むこともあるが、お互いに譲り合って走り続けることになる。


 徒歩で旅をする人も多かった。騎馬で素早く追い抜いて行く者もいる。


「特に怪しい者はいませんね」


 ピエールが定期的に報告に来てくれた。

 2日目も無事に何事もなく終わって、3日目となった。


 旅の様相が変わったのは、3日目になってヌュールを越えて山道に入ってからだった。今まで遠くに見えていた山並が迫って来て、山頂付近に残る雪も見えてくる。街道沿いに番小屋のような建物が立っているところもあるが、大半はうっそうとした深い森が続いている。


 街道は山肌に沿ってつづら折りになる場所も出て来て、2頭立ての荷馬車には負担が大きい。グッとスピードが遅くなって、アダムたちの馬車がどんどん追い抜いて行くようになった。アダムたちの荷馬車は全て4頭立てなので、馬に余力があるのだ。


「怖いね。こんなところで馬車の車輪が壊れたりしたら、どうするのかしら」


 アンはこんな山間部に入ったことがないので、今にも狼が出そうだし、夜になろうものなら、人家の灯りも無くて、とても我慢できるとは思えなかった。


 ケイルアンに着いた時はまだ夕方にもならない時間だったが、山間に固まるように集まった住居を見て、アダムたちはほっとしたのだった。


 ケイルアンは谷川沿いの村だった。中央広場を囲むように宿屋が並び、鄙びた風情がある。アダムたちはその中でも一番大きな宿に泊まることが出来た。


「ジビエ料理を堪能するぞ」

「こら、ドムトル、早く荷物を降ろせ。馬車を回さないと、宿の前が邪魔になる」


 ビクトールが注意をしても、ドムトルの笑顔を消すことは出来なかった。


「ちょっと、待て、あれは何だ?」


 荷物を降ろしていた衛士のひとりが、村の広場に檻に入れられた汚い生き物を見つけて叫んだ。


「ゴブリンが捕まっているぞ」


 アダムたちは初めてゴブリンを見たのだった。


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