第33話 ザクト領主の狩猟会_狩人ギルドの入団式

 新人狩人(森番)の入団式が始まった。


 アダムたちは領主一行と並んで、参列した。プレゼ第一皇女の臨席ということで、狩人ギルドメンバーも神妙な顔で整列していた。


 正面に子爵とプレゼ皇女が並んで座り、その前に狩猟長(ギルド長)が出て来て、胸に手を当てて敬意を表した。


「これより狩人ギルドの入団式を行う。口頭試験を受ける新人は前へでなさい」


 司会はベテラン狩人のニンブルさんだった。心持上気した赤い顔色だ。緊張しているのだろう。

 声に促されて、2名の新人が出て来た。正面を向いて並んだ二人に狩猟長が近づいて声を掛けた。


「お前たちは狩猟に耐えうる人間として自信はあるか?」


 はいと答えた新人の1人の横に試験官が立つ。口頭試験の開始だ。実は新人の2人は既に試験を合格しており、これは儀式にすぎない。決まり文句が入って、歌うように問答する。


「試験官のニンブルが問う。ヨーホーホー、教えてくれたまえ、親愛なる狩猟者よ。気高いアカシカはその足跡の中にどんな7つの印を残して行くかね」


 新人が頭を上げたまま、答えを諳んじる。


「ヨーホーホー、親愛なる狩猟者さん、それならすぐにあなたに答えま しょう。 足跡には、圧しつけ具合、 肉趾にくし(肉球に同じ)、蹄ひづめの空洞、糸割線(割れ目の線)、重ね跡、後方の盛り跡、挟み込み土に埋まる草、が一 緒に残ります。これは七つの印と言う名で呼ばれています」


 ニンブルがもう1人の横に移動して質問する。 


「ヨーホーホー、親愛なる狩猟者さん、簡単明瞭に、いつ気高いアカシカは一番背が低く、いつ一番背が高いかね」


 もう1人の新人も直立不動で反唱する。


「ヨーホーホー、親愛なる狩猟者さん、それなら言えます。一番低いの は春の三月で、そのころ枝角が抜け落ちて頭に何もない時です。 一番背が高いのは六月で、そのころ角が伸びて、枝も出尽 くして、角をまだ研いでいない時です。枝角こそがアカシカの背を高めたり、低めたりするのです」


 試験官のニンブルが狩猟長へ報告する。


「2人の技量は証明された。新人の入団を報告します」


 狩猟長が新人の前に立ち、2人の頬を力強く打った。

 アダムもアンも、合格したのに叩かれるのを見て、びっくりして唖然となった。

 狩猟長は平然として続けた。


「これを今お前は食らったが、これからは私からも、他の誰 からももう食らうことはないだろう。この平手 打ちを良く覚えておけ。お前たちは王国と狩人ギルドのために耐え なければならない時の強さを求められる」


 狩猟長は2人に記念の猟刀を渡した。


「ここに私はお前たちに腰につける武器を渡すが、これを無意味に使ってはならない。ギルドと領主様の名誉 となるために、名と体と命を守るために、しかし最も多くは狩猟 に携帯し使用するため渡す。お前の名誉ある行いの成功と幸運を祈る。ここに お前は見習い期間を終える。これからも正直に生きるならお前たちの将来は幸福で あろう」


 資格証を新人に見せ署名させる。その上で、狩猟長と証人である試験官のニンブルが署名して、それを新人に渡して試験を終了した。

 列席者全員が拍手で新人を祝福した。

 ドムトルも感激したように手を叩いている。


 新人は猟刀を腰に着け、資格証を手に持ち、お礼を述べた。


「私たちは本日正式にギルド員として迎えて頂きました。名に恥じぬ働きを致します。導き頂いた師匠と狩猟長に感謝して、棟梁である領主様に忠誠を誓います」


 狩猟長を先頭に森番(狩人)全員がガストリュー子爵とプレゼ皇女に向かって片膝をついた。狩猟長が代表して報告する。


「これにて新人狩人の入団式が無事終了したことをご報告します」


 ガストリュー子爵が立ち上がって、挨拶を返した。


「これで今年も充実した狩りが出来る。皆の働きにいつも満足している。本日はプレゼ皇女の前で、お前たちの誠意を見せてくれて感謝する。それでは、狩りを開始しようぞ」


 全員がアカシカの追跡猟の準備に入った。


 アダムたちが天幕の中に戻ると、すっかりお茶会のテーブルが片付けられ、中央のテーブルにこの狩猟場の大きな地図が広げられていた。


 ガストリュー子爵とプレゼ皇女が地図の前に立つと、早朝から鹿を調査していた狩人から報告があった。


「子爵様、主要なアカシカの棲み処は印の通りです。一番大きな雄はこの黒角ですが、毛並みや角の枝の形は赤耳の方が良いかと思います。」


 狩猟長が地図に駒を置いて説明した。それぞれが一番多く目撃された場所と、良く立ち寄るポイントが説明される。その上で、猟犬を連れて回るポイントの説明があり、どの鹿をターゲットにするか領主の決定を求めた。


「それじゃ、赤耳に決めよう。俺とプレゼ皇女はいつものラインで道を行くので、犬係はそのラインに追い込んで、追跡できるようにしてくれ」


 狩猟場の森には縦横に道が走っているが、獲物もそれを追う犬も道に沿って進む訳ではない。かといって、人間が馬で同じように林や草叢に分け入って追いかけるのは難しいので、追い子がラインに合わせて誘導して追って行くことで、狩り手が道を利用しやすくする。勢い余って林に分け入り、草むらに捕まることがあっても、最後には獲物を追い詰めるために必要な手配であった。


「よし、犬を放て!」


 ガストリュー子爵の命令で、猟犬が放たれた。全部で40頭くらいの猟犬が一斉に放たれて、犬係の指示に従って走り出した。


 アンもアダムもその喧騒けんそうに驚いた。猟犬が一つの本流となって道を走って行く。しばらくすると幾つかに鳴き声が分かれて行くのが分かった。得物を逃さないように班に分かれて、広がって追い立てて行くのだ。


 騎乗する馬が連れてこられて来て、アダムたちも騎乗して待機する。追跡猟に参加する客と、歓談してゆっくりする者にそこで別れる。


 領主とプレゼ皇女、アラン・ゾイタークたちのグループは先行して出発していた。


「よし、出発しよう」


 アントニオの声を聴いて、アダムたちのグループも追跡に参加した。


 犬係が時折吹くホルンの音が森に響きわたる。追手は幾つかのグループに別れながら、その音を頼りに追いかけるのだ。人は猟犬と獲物、動物間の自然な戦いを追うというスタンスだ。


 得物の姿が見えない内は、声のする方へリーダーに従って、縦横に別れた道を進んで行く。獲物を視認して追い始めると、興に乗って林に分け入ることになるが、それはまだまだ先だった。 


「アダム、神の目は飛ばしているのか」とドムトルが聞く。


 ジョゼフの番小屋が襲撃を受けた時に、神の目は鳥小屋を抜け出して戻って来なかった。話を聞いて心配したアダムがリンクをすると、神の目は人に縛られ続ける気はないようで、自由で気儘に生きたいと言う意思が伝わって来た。ただ神の目にも同調したアダムは特別の存在のようで、これで終わりと言う感じでは無かった。


 アダムは無事が分かって安心した。これからも自由意思で付き合って行ければ十分だと思った。


「今日もこの近くを飛んでくれるらしいよ」とアダムが答えた。

「いいよな、自由で。俺も翼が欲しいぜ」


 その時ホルンが高らかに鳴った。


「イノシシがかかったらしいな。行って見るか」


 アントニオが手を挙げて止まると、ホルンの鳴った方角を見定めるように辺りの様子を探った。


 今日のメインターゲットはアカシカの赤耳と決まったが、狩りの途中では色々な動物との遭遇がある。猟犬は殺気立っており容赦はしない。途中で出会ったウサギやキジ、ウズラと言った小動物や、イノシシなんかも追われて出て来る。猟犬の手に負えない場合は参加した狩り手が手を貸して殺すことになる。


「アカシカ以外は見逃さないの?」とアンが聞いた。

「狩猟会の参加者に料理して食べてもらう分は狩らないとな」とネイアスが答えた。

「こっちだ」


 アントニオを先頭にアダムたちは狩りのポイントに向かった。


 狩猟場には狩猟ポイントとなる場所が幾つか設けられていて、途中で見つかったイノシシなどを追い込む。追い込まれると簡単には逃げ出されないように障害物が設けられている。


 犬係が猟犬を押さえて留めていた。イノシシは手向かって来て猟犬だけでは怪我をしてしまう。アントニオが馬を進めて行くと、犬係が猟犬を下がらせて道を譲った。アントニオが馬を降りて獲物を確認する。


「ネイアス、狩るぞ。アダム、ドムトル、ビクトールも手伝え。アンは待機」


 アントニオの指示で全員が下馬して準備する。ネイアスとアントニオが中へ進む。アダムたちは後詰として、後ろに立つ。


「俺とネイアスがやる。アダムたちは始まったら逃げられないように、風の盾で出口を押さえろ。できるな」


 アントニオに睨まれて、アダムたちははいと答えた。

 アダムたちは並んで左手を前に出した。狭いところで剣を抜くとお互いを傷つける危険があるので、アダムたちは剣を使うつもりはなかった。


 アントニオとネイアスが片手剣を抜く。


「ネイアスは風の盾で突進を止める。俺が刺殺す」


 2人が並んで前進する。イノシシが警戒して頭を向けて来る。このまま追い詰めて行けば、後がないイノシシは向かって来るしかない。取りこぼしが起これば、アダムたちも向かって来る足を止めなければならない。アダムたちはネイアスの後ろに風の盾を並べて止めるつもりで準備した。臨界点を越える瞬間を待つような緊張にアダムは手に汗を握った。


 その瞬間は唐突だった。イノシシがアントニオに向かって突進する。ネイアスが "Ventus clypeus" と風の盾を出すのと、アントニオが斜め横に踏み出すのは同時だった。イノシシが目前に出現した風の盾に頭から突っ込む。アントニオが一瞬止まったイノシシの首筋の斜め上から片手剣を突き刺した。そして根深く刺さった剣の柄から手を放すと、すかさずダガーを抜いて次に備えた。イノシシは更にネイアスの盾に頭を潜らせるように押し込んだ感があったが、どっと四肢を折った。


「凄いな、一撃だぜ。剣が折れないのか心配したぜ」とドムトルが嘆息した。

「ああ、手慣れたもんだ」


 猟犬が一斉に鳴き出したように感じて、アダムは自分が緊張して音も聞こえていないようになっていたと分かった。


 ネイアスが黙ったまま剣を抜いて、血を拭ってアントニオに返した。アントニオが剣刃を確認して腰に戻した。


 アントニオが犬係に合図をする。犬係がホルンを鳴らして本部に合図した。得物を捌きに回収係が狩猟ポイントに来ることになる。


「よし、全員騎乗。次にいくぞ」


 アントニオの号令にアダムたちが騎乗した。

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