第32話 ザクト領主の狩猟会_早朝のお茶会

 ザクトも11月を過ぎるとずいぶん気温が下がって来た。特に早朝は格別だ。アダムはマントを掻き寄せた。今日はザクト領主主催の狩猟会の当日だった。


 アダムは領主館から馬に乗り、狩猟会の会場となるザクト領主の狩猟場へ向かっていた。前後にアンやドムトル、ビクトール、ネイアスが走っている。ビクトリアやソフィーはフランソワと一緒に馬車で向かうことになっていた。


 狩猟は貴族の特権になっており、ザクトの狩猟権も神殿の森以外はザクト領主が持っていた。そのため、市民の肉の需要に答えるために、狩人ギルドが管理をしていたが、全てザクト領主の傘下にあって、ザクト領主の狩猟長が狩人ギルドのギルド長を兼務していた。


 今日は領主主催の狩猟会であるが、新人狩人の入団式も執り行われる。狩人はギルド員に正式に認められるためには、徒弟として3年間を過ごし、入団試験を通ったものが今日の入団式を迎える。入団式で口頭試験に通って、資格証と記念品の狩猟刀を受けて初めて一人前の狩人として認められる。アダムはその儀式にも興味があった。


 毎年、領主主催の狩猟会には近隣の貴族や王都の名士が呼ばれることになっていて、今日は王都から貴人が来ると聞いていた。誰が来るのかもアダムたちの関心を呼んでいた。


 今回会場になる狩猟場は王都へ向かう街道から北に入り、馬で30分くらいの距離にあった。領主の狩猟場としては一番大きな狩場だった。


 街道から脇道に入ると、道の両脇に間隔を置いて警備の衛士が配置され、少し物々しい感じがした。もしかすると、今日の貴人は身分が高いのかも知れなかった。


「みんな、下馬するぞ。従者に手綱を渡してから俺に続け。領主がいらっしゃる前に会場に入る」


 アントニオがアダムたちに声を掛けて、馬を降りた。アントニオは狩猟場の広場に作られた天幕の方へ歩いて行く。アダムたちもその後に続いた。


 天幕には朝のお茶会用のテーブルが準備されていた。所々に薪ストーブが置かれている。

 さっそくドムトルがストーブに寄って行った。


「寒いぜ。ああー、ありがたいなこれは」

「今日の予定はどうなっているの」


 アンがビクトールに聞いた。


「今日は、お茶会でお客様の紹介があってから、狩人ギルドの新人試験と入団式、それから狩猟会の開始だ。途中で昼食をはさんで、終了は5時くらいかな。その後、領主館に戻って晩餐会と舞踏会を予定してる」

「ビクトール、何かとても忙しいわね」

「アンの舞踏会デビューじゃね。アダムも踊るのか」

「できれば、避けたいね。ソフィーに教えてもらったけれど、セト村と違って、作法が色々あって面倒だ」

「俺はチャレンジするぞ。晩餐会の料理も楽しみだな」


 アダムは横に立つドムトルを見ながら、この天然の無邪気さが羨ましく思えた。


「ご領主様がいらっしゃいました。ご注目を」


 執事長のベンが声を張り上げる。


 ザクト市の主要な役員連中が、整列してビクトール・ガストリュー子爵を待つ。アダムは名前を知らないが、商業ギルド長や冒険者ギルド長、鍛冶ギルド長、他にも有力市民が呼ばれていた。普通人種に混じって2人のドワーフがいたが、獣人はいない。


 中にアダムの知っている顔があった。良く見ると、ザクト市に出てくるときに駅馬車で一緒になったヘラーがその中に混じっていた。アダムと顔が合って、ニッコリと笑って来る。


「あの人、ヘラーさんだわ」とアンも気が付いたようだ。

「へー、あの人どこかの店の支店長って言っていたけど、名士なんだな」とドムトルが感心した声を上げた。


 クロード・ガストリューがフランソワやソフィー、テレジアを連れて天幕に入って来た。


 クロードの横には他にもアダムが知らない美少女が歩いていた。エスコートして席に着けた所を見ると、今日の主賓は彼女なのかも知れなかった。その後ろに50代半ばの騎士が控えている。雰囲気が重々しく一目で普通の剣士ではないのが分かる。アントニオを渋く年を取らせた感じで、落ち着いた余裕が感じられた。きっと名前のある剣士なのだろうとアダムは思った。


 主賓と領主夫妻が席に着き、他の人々も席について、朝のお茶会が始まった。アダムたちは領主の家族に続いて座り、主賓側に付き人の騎士とアントニオ、ネイアス、アステリアと続いて座った。テーブルを分けてザクト市の有力市民らが席に着いた。


 ガストリュー子爵が立ち上がり挨拶をする。


「気持ち良い朝で、狩猟日和だな。今日の主賓を紹介しよう。お顔をご存じの方もあろうかと思うが、今日はお忍びでいらっしゃった。プレゼ皇女と騎士団長のアラン・ゾイターク伯爵だ」


 そこまで喋ったところで、周りが騒めいた。王室が来るとは思わなかったのだろう。勿論、プレゼ第一皇女の顔を知っている人間なんてまずいないに違いなかった。ガストリュー子爵はテーブルを叩いて、みんなの注意を引いて、静粛を求めた。


 プレゼ皇女はガストリュー子爵を見上げてにっこり笑った。燃えるような赤髪短髪で、瞳は切れ長で意思が強そうな眼だった。くっきりとした顔立ちで、見詰められると同世代の男の子では太刀打ちできないだろう。きっちりとした乗馬服姿が良く似合っていた。


「みんな、今日は特別にお忍びでいらっしゃっているので、ご配慮をお願いする。それと騎士団長のアラン・ゾイターク伯爵は有名だから、私から言うまでもないと思うが、アンリ山系での魔物退治の話は私も是非詳しく聴きたいと思っている。ゾイターク伯爵、今日はよろしくお願いします。では、みんな、今日は良い狩りを」


 給仕たち一斉にがお茶の用意を準備始める。


「みなさま、今日のカップはアイサ大陸のシーナ製の陶器です。茶葉もシーナ産ですわ。デーンの商社から収めさせました。お楽しみください」


 フランソワが参加者に向かって食器の説明をした。シーナ製と言えばはるばる通商路を通じて運ばれて来た、今王都で流行りの工芸品だった。


「おい、アダム。魔物退治だって、本当の話なのか?」

「ドムトル、声が大きいわ。失礼よ。気を付けなさい」


 アダムも魔物退治の言葉につい反応してしまった。アラン・ゾイタークを盗み見ると、目が合ってしまう。目元を面白そうに動かして微笑んだように見えた。こっちは何も知らないが、向こうは何か知っているという感じだ。


「笑ってるぞ、アダム。お前何かしたのか」

「ドムトル、あなたのせいよ。いやになっちゃう」


 アンが嘆息を突いた。隣のテレジアが笑ってアンに言う。


「アン、あの方がプレゼ皇女よ。アンがご学友になるので、視察にいらしたんだわ」

「フランソワが何か仰っていたの?」

「いいえ、でも決まっているわ。テレジアには分かるもの。あの方は戦い乙女と言われているらしいわ。剣術が大好きなのですって。活発な方なのよ。気になって王都から出ていらしたんだわ」


 テレジアは別の意味でドムトルと同じく天然だ。信じて疑っていない。でも確かにプレゼ皇女は活発なようだ。ガストリュー子爵とも物怖じもせずに何かを弁じていた。ガストリュー子爵もそれがまた楽しそうに話していた。


 その時気になる話題が隣りのテーブルでされているのが聞こえた。アダムは耳をそばだてた。


「エンドラシル帝国の第8公国が跡継ぎ問題でもめているって?」


 ヨルムントに本社がある商社のザクト支店長だと言っていたヘラーが隣りの男と話していた。


「ええ、デーン人の商人からの情報ですが、エンドラシル帝国はもう直ぐ皇太子戦と言って、皇帝の跡継ぎを決める行事があるらしいのですよ。帝国は8つの公国から跡継ぎを募って、戦わせるのです」

「えっ、実際に戦うのですか」

「ええ、公国の皇太子が自分の軍隊と一緒に戦って、殺すが降伏させるかして、つぶし合いをして、勝ち残った公国の皇太子が次の皇帝になるそうです」

「野蛮だわ。だから帝国は強いのかしら」と誰かの夫人が言う。

「それで第8公国ではなぜ揉めるのですか」とまた別の声が聞いた。

「つまり、皇帝を輩出できれば、第8公国の帝国内の地位は上がります。何としても皇太子戦に出て勝ちたいが、平時の皇子選びと戦時の皇子選びでは違って来るという話です。平時ならば血が濃くて臣下の話を素直に聞いてくれる皇子が良いじゃないですか、でも勝ちたい。そうなれば少しやんちゃでも強い皇子が良い。さてどうするかという事です」


 周りの列席者がなるほどと相槌を打つ。


「アラン・ゾイターク伯爵は観戦武官として参加されたことがお有りだと聞いていますよ」とヘラーが言った。


 その言葉に、周りの列席者の目が一斉にアラン・ゾイターク伯爵に向いた。


「それは面白そうな話だ。伯爵、どうだったのですか」


 ガストリュー子爵が隣りのテーブルの話を引いて来た。みんながアラン・ゾイターク伯爵の答えを待つ。


「私が参加をしたのは、前回の皇太子戦だから、20年くらい前の話だよ。それでよければ話すが」と前置きをして話し出した。


「エンドラシル帝国は8つの公国が帝室の血を引継いでいるんだ。そこで、優秀な血統を残していくために、8つの公国の皇子が戦って勝ち残った皇子を皇太子とするんだ。運不運もあるが、トーナメント戦で、戦場もくじ引きで決める。皇子と部下の軍隊が100名で殺し合う。兵を消耗しても補充はできんが、降伏させれば、次の戦いではその部隊を含めて100名を選んで戦うことができる」

「優秀な部下がいれば、その方が有利だ。例えばあなたのような名のある者を入れても良いのですか」と子爵が聞いた。

「人望も皇帝の資質だからね。参加する部下も夢のような出世が期待できるから死ぬ気で頑張る。だから想像もできないような化け物が出て来る事がある」

「一番手さえ望ななければ、強い相手に降伏して自国の皇子を温存し、二番手の利権を狙うという戦略もありますね。最後まで争うと、負けた後から徹底的に排斥される危険もある。確かに皇子選びは大変だ」


 やはり平民からすれば、命の危険を避けて、上手く利権を押さえる方が利口だと考える人間もいるようだ。


「でも、それが行われると言うことは、現皇帝に問題があるのですね。打倒帝国を望むならば今がチャンスじゃないですか」


 何気ない誰かの一言でその場が一瞬に静まった。本当に帝国と戦おうと思う者は誰もいない。机上の空論だから何でも言えると、少し場が白けた感じになった。


「皆さま、狩人ギルドの入団式の準備が整いました。天幕を出て会場にご臨席ください」


 執事長のベンが声を掛けた。


「よし、みなさん、こちらへ」


 ガストリュー子爵が率先して動き出した。主賓のプレゼ皇女や、まわりの参列者も席を立って続いた。

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