第27話 冒険者ギルドのレイピア剣士(後編)
「ちょっと待て、メンバーチェンジだ。俺が出る」
レイピアの模擬刀を持ったレイが前に出て来た。
対戦予定だった獣人が一瞬顔をレイに向けたが、レイが顎をしゃくってどけと示した。獣人が両手を上げて、仕方ねぇなと仕草をして脇に避けた。
審判が寄って行って、無理をするなと止めた。
「そいつに選ばせろ。俺とやった方が勉強になるぞ」
「アダム、断るのよ。あいつは危ないから」
ガネーシアがアダムを止める。しかしアダムは応じるつもりだった。最初から勝負に勝てるとは考えていなかった。ネイアスだってアントニオだって、自分より強い人間は一杯いるのであって、今後の事を考えるとレイピアと戦って見たかった。冒険者のレイに興味もあった。審判に聞かれて、応諾した。
「得物は何でもいいぞ。何をしても良いぞ、できるならな」
レイは余裕満々に冷笑して見せた。
「ガネーシア、仕方ないわ。やるとなったら同じだもの。怪我だけはして欲しくないけど」
アンも見守るしかないと思った。ドムトルが巻き込まれた段階から、流れに乗るしかないのだ。
「よし、それじゃ、3本勝負だ。レイ、あくまでも試合だからな、模擬刀でも本当に刺すなよ。当てるだけだぞ」
「へへ、刺さらない程度に突くよ。それは仕方ないよな」
アダムとレイが開始線で向かい合った。
アダムは定石通りにバックラーを持った左手を前に出しながら、片手剣を肩の前に上げて慎重に構えた。
レイは右半身になって、右足をつま先立ちする感じで構えた。レイピアは刃長が1mはあった。アダムの片手剣は刃長が60cmなので随分長さに差があった。左手にダガーを持っている。剣先が緩やかに周りながら、アダムの隙を伺っている。
「始め!」
素早い突きがバックラーの下を突いてくる。踏み出した右足の膝を折り、右手を伸ばして来る。そのスピードは圧倒的だった。アダムが盾を下げるのを見越しながら、引いた左脚のレッグガードの端を突いていた。ポイントにならないような端をわざと突いて来ていたが、しっかりと当てられて、アダムの左脚は悲鳴を上げる。
アダムは慌てて距離を取り、間合いを空ける。アダムは刺突専門のスタイルとの戦いは初めてで、半身からの突きの伸びは想像以上だった。守勢に入るとじり貧になる。こちらも剣戟を入れなければ、相手の型は崩せない。しかし、レイの突きを押さえて打てないかと試みるが、体を避けて動いては剣を入れられない。剣先はバックラーの表面を滑って、隙のある上や下に来る。相手に遊ばれているので、ポイントを獲るつもりがない突きが入って来るのだ。
「どうした、こんなものか。変わる必要がなかったかな? ええ」
アダムは左周りに回り込み始める。最初に打ち込みから入らなければと思う。思い切って切り込み、突きを右に流す。更に左に回り切り込む。何回か繰り返すと、レイは今度はダガーの左手を前にして、左半身なった。笑っている、楽しんでいるのが分かった。
「いいよ、色々考えてね。左半身同士でやってみようか」
アダムは右に踏み込み、ダガーの下を狙う。払われて、また右に回る。遊ばれている内にポイントが欲しい。アダムは右回りを続けた。レイが左半身で構えてくれると、レイピアが普通の片手剣の動きになり、アダムには対処しやすい。右に踏み込み切り込む、切り返しを左に流し、右に踏み込む。数回繰り返す。ここが勝負どころだ。舐めているところはネイアスと同じだ。動きも直線的だった。
強く右に踏み込み切り込む。切り返しを右に流して、身体を前に出して受ける。相手が右足の踏み込みを戻す瞬間、盾と剣で相手のレイピアを挟んで右から左に返しながら、相手の右足を左足で払った。レイは出足を払われて身体を飛ばした。ネイアスの時と同じように出足払いが綺麗に決まる。
レイは腰を浮かせて横向きに飛んで、腰から落ちた。アダムはすかさずレイの頭を片手剣で打つ。綺麗に太刀打ちが入った。
「1本!」
周りの冒険者たちの歓声が上がった。これ程綺麗に決まることはあまり無いのだろう。
レイは暫く横たわっていた。そして低い声で笑い出した。
「これだから、勝負は止められない。ええ?」
周囲の冒険者が騒ぎ出した。面白半分、この後どうなるかと恐れ半分。
「アダム、気を付けて。来るわよ」
アンが叫んだ。
「アダム、相手が遊んでいる内に、勝っちゃえ」
ドムトルが拳を突きあげる。
くっくっと笑いながら、レイがゆっくり起き上がった。
「もう、遊ぶわけないだろうが、馬鹿が」
ネイアスの時は、ここから遊びを止めた相手に徹底的にやられた。
レイは右半身となって、レイピアを前に構えた。右ひじを少し曲げてレイピアを立てる。ここから踏み込んだ突きや手首を返した斬撃が来る。ロングソードのような扱い難さが無い分、手元のスピードが違う。
アダムは防戦一方になってしまう。思い切って踏み込まなければ片手剣の間合いにはならない。
レイの黒い穴のような目は冷静に戦況を見ている。いつでもポイントは獲れると思っているのだろう。肩や脇、肘と今度は斬撃も入れられる。何処でポイントを獲ろうかと遊んでいるのだ。ガードの隙間を狙って来ていた。痛みが重なって来て動きが鈍くなる。
アダムは左に回り始める。踏み込み斬撃を打ち、また左に回る。相手の斬撃を右に流し、また左に回る。
「そろそろ、ポイントを頂いておこう」
レイはそれまで攻撃に使ってこなかったダガーも前に向けた。後はあっけなかった。アダムの右斬撃をダガーとレイピアで受けた後、いなしながら、レイピアの手首を返して切り下し、アダムの右足の脛を打った。アダムは踏み込んだ右足を引くことも出来ず打ち抜かれた。
「一本、勝負は対だ」
レイが冷たく笑っている。
「もう、そろそろ飽きたな。お前も大分打たれて身に染みただろう。次で簡単に決めてやるよ」
「アダム、粘れよ」
ドムトルが応援してくれるが、もう誰もアダムが勝つとは考えてはいなかった。
「アダム、良くやっているぞ」
声を掛けられて、ガンドルフが来ていることにアダムは気が付いた。
「ガネーシアから話は聞いた。迷惑をかけたな。後は気にせず、思い残さないようにすればいい」
「あー、ガンドルフ。やっぱ、楽に終わらせるのは止めるかな。先輩にしっかり見て貰わないとな」
ガンドルフに気が付いたレイがふざけた声を出す。
アダムもまたどうやって終わらせるかを考えていた。正面からやって勝てる相手ではない。思いつく手は1つしかなかった。レイは何をやっても良いと言ったのだ。隙を突いた1本でも良い、やり返さないと気が済まない。
「始め!」
両者が開始線に立ち、向かい合った。
アダムは左手のバックラーを前に出して基本の形に構える。左周りに回り込み、思い切って踏み出して斬撃を送る。相手は右足を引いて下がって避ける。また左に回り込み、右に踏み込んで斬撃を送る。今度は相手はレイピアの鍔元で受けて、再び手首を返してアダムの右足を狙う。アダムは片手剣で払う。レイの斬撃は盾と片手剣で払う事が出来る。一番怖いのは突きだった。そしてそれに合わせるのが正解なのだ。
アダムはもう一度間合いをとり、左回りに回り込む。斬撃を入れて相手の対応を見る。そろそろ斬撃ではなく、突きが来るはずだ。レイは余裕しゃくしゃくでニヤリと笑った。来ると思った。
左手の盾を開き、手の平を相手の右足に向ける。今だ。「風の盾」”Ventus clypeus”。レイの右足手前に風の盾が出現する。バックラーと同じくらいの大きさの薄く黄色く輝く円盤が出現する。レイは風の盾に右足を出すことが出来なかった。上体がつんのめってしまう。思わず上体が泳いだレイの頭頂をアダムは片手剣で打ち下ろした。綺麗にポイントが入った。
「1本。勝者アダム」
周りに喧騒が起こる。レイ相手にあまりにも綺麗な一撃だった。
「すげぇ、あいつ魔法使ったぞ。あの年で、すげぇぜ」
「こりゃ、ちょっと、でもあれで良いのかな」
「だって、レイの奴、余裕満々で何でもありだと宣言してたぞ」
レイは初め何が起こったのか分からず、前のめりに跪いたままだった。風の盾はもう消えている。
「ちょっと待て、これは無効だろう。魔法を使うのはインチキだぞ」
やっとレイが反応して抗議するが、周りは誰も相手にしなかった。あっけない幕切れながら、勝敗は明快だとみんな分かっている。仲間の獣人たちは、いつの間にか姿を消していた。
「アダム、やったな」
ドムトルがアダムに飛びついた。アンもガネーシアも駆け寄って来た。
「アダム、よくやったぞ」
最後にガンドルフが近づいて来て声を掛けた。
「ふざけるなよ、ガンドルフ。これで終わるわけないだろう」
レイがやって来て、悪態をついた。
「どっちがふざけているんだ、この野郎。この間の事を根に持って、子供たちに八つ当たりするなんて、恰好悪いぞ。お前の仲間たちも消えてるしな」
周りの冒険者たちが、アダムたちに声を掛けてくれる。
「お前たち、二人とも中々だった。早く冒険者になれよ。待ってるぜ」
レイもあきらめるしかなかった。
アダムもドムトルももうクタクタだった。
ガンドルフに連れられて、アダムたちは隣りの飲食ホールで昼食を摂った。食事を終わる頃になってやっと落ち着いて来たのだった。
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