第26話 冒険者ギルドのレイピア剣士(前編)
アダムが冒険者ギルドへ来るのは二度目だった。ガンドルフを探しに来たのだが、長期の仕事に出ているのか、やっぱり見当たらなかった。
「やっぱり、いないね」
アンも残念そうに呟いた。
「おい、アダム。こっちにギルドの訓練場の張り紙があるぜ」
ドムトルの指す張り紙を見ると、地下の訓練場の案内が張ってあった。入会時の実力検査にも使用するらしい。
「行ってみようぜ。この剣を試すぜ」
アダムたちは午後にも神殿の森で狩りに参加する手はずになっていた。その前に今回は片手剣とバックラーを購入して来た。アンにはダガーを購入した。ドムトルは購入したばかりの片手剣とバックラーを試してみたいのだろう。
「ギルド会員でもないのに良いのかしら」
「アン、行ってみようよ。見学するだけなら良いんじゃないか。こっちだな」
アダムを先頭に階段を降りて地下の訓練場に向かった。地下はゆったりと広くなっていて、鏡を見ながら自主練習をする場所や、木偶打ちをする場所もあった。模擬戦をするスペースもあって、木の柵に囲まれた周りには観客用のベンチも置かれていた。
部屋の中央に係員用の囲みがあって、ギルド職員が対応している。アダムたちは寄って行って係員に声を掛けた。
「神殿の学生ですが、見学していいですか」
「邪魔にならないようにね。それと、冒険者の中には少し荒くれた奴もいるから、不用意に近づかないようにね」
係員が子供と見て心配してくれる。
「俺たちは領主館で戦士の訓練にも参加しているんだぜ、平気だよ、小父さん」
ドムトルが自信満々に答えるが、それが如何にも危なっかしいと思ったようだ。わざわざ注意してくれた。
「あの、レイピアを練習している冒険者がいるだろう、あれはレイと言うC級ライセンスの冒険者だが、喧嘩早いので有名だから、決して近づかないように」
「分かりました。見学するだけで帰ります。あっ、木偶打ちくらいはするかもです。ありがとう」とアダムが代表して礼を言った。
「ドムトル気を付けてね。あなたがいつも厄介の元なんだから」
アンが注意するがドムトルは知らぬ顔だ。
係員が注意したレイと言う冒険者は、鏡の前でレイピアを振りながら、自分の型を確認していた。左手にダガーを持ち、二刀流の様に構えている。左手のダガーは盾の役割も担っているのだろう。見ていると右半身の姿勢で刺突を決める時の反動を利用して、左手のダガーの形を色々変えている。時折左半身でダガーを前に出してから、右足の踏み込みで刺突する。ダガーの鍔の先が刃側に曲がっていて、相手の剣を受ける時の滑りを止めたり、引っかけたりするのに使うのだろう。素手で持って振るうのは勇気がいるだろうとアダムは思った。
「あれでC級なら、A級とか、S級の冒険者って見てみたいよな」
ドムトルも目が離せないようだ。
「私は、あの人の目つきがいやだわ。何か怖い」
アンの言う通り、アダムが見ても、レイの目は黒い穴のような目だった。無表情で相手を冷静に見定めている眼だ。小柄だが引き締まった体躯をしていた。赤毛の短髪で、いかにも色白だった。体毛も薄くのっぺりした感じがした。存在しているだけで不安を感じさせる男だった。取り巻きの冒険者もガラが悪そうな獣人だった。少し離れていた方が良いなとアダムは思った。
「木偶打ちで試そう」
アダムはレイと取り巻きの獣人たちから離れて、木偶打ちで買ったばかりの片手剣を試そうと言った。
「おう、いいぜ」
二人が買ったバックラーは直径25cmぐらいの小さいもので、クリップで腰のベルトに引っかける形で、すぐ左手に持てるように下げている。片手剣は刃長が60cmくらいで腰のベルトに吊っていた。アダムも子供としては小柄ではないが140cmもないくらいなので、剣が随分大きく見えた。ドムトルは更に一回り大きいがそれでも目立った。
二人がいつも通りにバックラーを木偶にぶつけて片手剣で切りつける。ネイアスに毎日しごかれているので、一連の動作は堂に入ったものだ。切り下げ、突き、膝を蹴る。この訓練場の木偶は甲冑を着けていなくて革鎧を着けていた。刃が痛まないように打つ場所に注意して感触を見るだけだ。
「今日の狩りで使うかな、アダム」
「今日は鷹狩りだからな、直接獲物を切ることはないと思うぞ」
一通り打ち終わったので、剣をしまってアダムはアンを探した。アンは少し離れたところで長身の女性冒険者と話していた。
「おはよう、ガネーシア。お元気ですか」
「あら、アダム、見ない間に成長した感じね。今アンを見つけたので、話しかけたところよ」
ギルド職員からアダムたちが探しに来ていたと聞いて、やって来たと言う。
「ガンドルフさんももう直ぐ来るって」とアンがアダムに答えた。
「ドムトルも見違えちゃったわ。いい子にしていた?」
「やめてくれよ。俺はもう以前の俺様じゃないぜ」
ガネーシアが変わらないわねと笑った。
その時思わぬ方向から声がかかった。
「おい、ガネーシア。今日はガキの引率か? 俺らのクエストに参加しないで、託児所でも始めたのか?」
しゃがれた、低い声の主は、獣人の冒険者だった。
「しつこいわね。別のグループの助っ人をしているのよ。この子たちはその知り合いなの」
「おい坊主たち、せっかく良いところに来たのだから、少し剣術を教えてやろうか?」
ガネーシアはアダムたちの前に立って、獣人を遮った。
「結構よ。彼らは領主館で騎士に教わっているから。それに私はもうあなた達のグループには助っ人には入らないから」
「レイ、聞いたかよ。ガネーシアの奴、俺たちが気に食わないらしいぞ」
遠くからチラリと見たが、レイはつまらなそうに無視してレイピアを使っている。
「貴族の騎士様の剣術って、どうなんだ、坊主。叔父さんに教えてくれよ」
今度は別の仲間の獣人が寄って来た。
「みんな行きましょう。もう直ぐガンドルフも来るから。待合に行きましょう」
ガネーシアが無視して通り過ぎようとした。
アダムたちもいやな雰囲気にガネーシアに従って通り過ぎようとした。公然と頭を上げて進もうとしたドムトルに獣人が足を出した。
「あっ、こいつ足を出しやがったぞ。ちょっと待てよ。他人の足を踏んでおいて素通りはないだろう」
「俺は何もしちゃいないぞ」
ドムトルが抗議するが、こいつらは無理を承知で因縁をつけているのだから、聞きはしない。
さすがに見かねて係員が出て来た。
「お前たちそのくらいにしろ。神殿関係者に無理をするな」
係員はレイの方へ仲間を止めるように言うが、レイは無関心にそっぽを向いている。
「俺たちはお坊ちゃんにご指導しているんだよ。まー、弱虫は仕方がないか」
「そうだ、そうだ。弱っちいのを虐めるなよ。泣きそうだぞ」
獣人の二人組が掛け合いで囃し立て、ドムトルに難癖をつけた。
「ドムトル、無視して行くわよ」
「ガネーシア、俺は馬鹿にする奴は許さない。逃げ出さないぞ」
ドムトルは憤然と立ち止った。
「よしよし、それでこそ男の子だ。叔父さんたちが模擬戦で相手してやるよ」
「模擬戦の場所を開けろ。学生さんのお勉強だ」
獣人の仲間が面白がって、会場を準備して防具を出してくる。
こうなると行くところまでやるしかない。アダムも覚悟を決めて、アンとガネーシアに声を掛けた。
「ドムトルと俺が相手をするから、見ていてくれ。あくまで練習だから」
「もう直ぐガンドルフが来るから、それまで頑張って。あいつら、この間助っ人を断ったのを根に持っているのよ」
「アダム、ドムトルを頼むわ」
「分かっている」
アダムとドムトルは獣人2人と模擬戦をすることになった。ギルドの訓練場の防具はヘルメットと革鎧とアームガード、レッグガードだった。二人はバックラーと片手剣の模擬刀を手にした。相手は一人は同じくバックラーと片手剣だったが、もう一人はロングソードだった。
「俺が審判をする。有効打2本先取されたら敗退だ。いいな、卑怯な真似はするなよ」
審判役を買って出た冒険者は面白がっていたが、公平なようだった。アダムたちに無理をするなよと言った。ガネーシアが止めようとしたが、実力さえ分ればみんな納得するからと返した。
最初の相手はロングソードだった。
「アダム、ロングソードは俺がやる」
ドムトルは左手のバックラーを前に出しながら、ロングソードの獣人の前に立った。
「始め!!」
獣人がドムトルの動きを見ながらニヤついている。ロングソードを右肩に担ぐように持ち、上体を下げてドムトルに目線を合わせた。ドムトルは強打を予想してバックラーと片手剣を合わせるようにして構えた。
間合いを詰めて行くドムトルに不意に両手剣が襲い掛かる。強烈な一打が上段から落ちて来た。ドムトルは盾と剣を合わせてその一撃を止める。領主館の訓練場で大人の剣士の相手もしているので、この程度は問題ない。子供と見て侮っていた見物人から、思ったよりやるじゃないかと声が漏れた。
そこから獣人の3連撃が来た。身体が柔らかいのか、獣人の身体が大きくしなる。
ドムトルは盾と剣を使って受けた。
ドムトルが思い切って身体を伸ばして、右足を踏み込み、下から相手の左脚の脛を打とうとした。獣人は体制が崩れるのも構わず、左脚を上げて避けた。ドムトルが体重を乗せて前に出て獣人にぶちかましをした。獣人は素早く左脚を引いて、ドムトルを受け止めたが態勢が崩れた。すかさずドムトルが打ち込んだ右からの一刀を右肩に受ける。
「1本! ドムトル」
順当な結果だが、初めから学生と馬鹿にしているので油断していたのだ。
「こら、遊びすぎだぞ」
獣人の仲間が油断するなよと声を掛ける。
相手の獣人の目が本気になった。様子見で遊んでいたが、そこそこドムトルがやると分かったのだ。そこから右へ左へと強烈な連撃が来た。ドムトルは攻撃をしようにも受けるので精一杯だ。左手のバックラーだけで受けきれない。獣人は膂力りょりょくが強いのか、いつしか片手で剣を振り回していた。
「ドムトル、単調に受けるな、気を付けろ」
アダムが声援を送るが、ドムトルの出足が止まった。上段からの斬撃が続いた後、ドムトルの両手が上がる。相手がすかさず胴打ちを入れた。ドンと、ドムトルが跳ね飛んだ。
「1本、対だ」
「ちくしょう。これからだぜ」
ドムトルは粘り強く前に出たが、ここからは体力差が出て来た。受けが単調になり、攻撃を受ける。受けきれずにガードをかすめる打撃を受けるようになった。それでも前に出て行くドムトルに、冒険者たちの声援が入るようになった。
「坊主、いいぞ。頑張れ」
「おいおい、綺麗に決めてやれよ」
冒険者の声援がドムトルを応援するようになって来た。獣人が不貞腐ふてくされて、唾を吐いた。
「お前ら、ふざけるなよ」
ドムトルの粘りもここまでだった。つばぜり合いになったところで、獣人が両手で持った柄頭でドムトルの盾と剣の合わせた所をかち上げた。ドムトルは一瞬万歳をしたように両手を上げてしまう。そこに獣人の一撃が脳天に落ちた。鈍い音がしてドムトルが崩れ落ちた。
「それまで、ガイの勝利」
ドムトルの相手の獣人はガイと言うらしい。どうだという顔をしたが、こちらも消耗が激しく、大きく肩で息をしていた。当初考えていたようには行かなかったようで、苦い顔をしている。
「坊主、よくやったぞ」
「ガイ、だらしねぇぞ。売ったは良いが、勝ちは拾いもんか」
周りの冒険者も当然の結果に、むしろ獣人の手際の悪さを指摘する声が多かった。
アンとガネーシアが駆け寄って、審判と一緒になってドムトルを立たせて、外へ連れ出した。
「くそう!」とドムトルが悔しそうに声を上げた。
次は自分の番だとアダムは気を引き締めた。装備を確認して、前に出た。
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