第28話 鷹狩り(前編)
アダムたちはガンドルフやガネーシアと別れた後、神殿に戻った。午後から神殿の森の狩りに参加させてもらうことになっていたからだ。神殿でビクトールと待ち合わせた後、4人は神殿の森に向かった。
「これはガストリューの坊ちゃん。良くいらっしゃいました。こいつがカルロです」
「今日はアダムと一緒に来ました。よろしくお願いします。カルロ、これからはビクトールと呼んでくれ」
カルロはジョゼフとアダムを交互に見た。
「いや、ビクトールは俺たちの仲間なんだ。俺たちと同じ扱いで良いよ」
「アダムの言う通りだぞ。ビクトールは貴族だけど威張らないから大丈夫だ。ちょっと俺より弱いくらいだがな」
「馬鹿ね。ドムトル、あなたと変わらないでしょ」とアンが総括した。
ジョゼフがこれからの予定を説明する。
「今日は神殿の森で鷹狩りを見てもらう。カルロはハヤテを持て。アダムは”神の目”だな。今日はウサギ狩りだ。後キツネが居れば、キツネも狩る」
「神の目って?」とビクトールがドムトルに小声で聞く。
「アダムに特別に懐いているハヤブサなんだ。死にかけてるのを助けたら親と間違えてるんじゃないか」
「ジョゼフ、わたしもククロウを連れて行っちゃだめ?」
アンはアダムの鷹の訓練に付き合ってジョゼフの所に通う内に、メンフクロウの”ククロウ”に懐かれるようになっていた。
「アン、フクロウじゃウサギは大きくて無理だぞ。子供ウサギなら大丈夫だけど」
「野ネズミを探させるから、良いでしょう」
ジョゼフはしょうがないなと肩をすくめた。
「俺はじゃぁ、イヌワシかな?」
「ドムトルには無理だ。懐いていないだろう。ハヤテを借りて練習しな。お前とビクトール坊ちゃんは犬係だ」
ジョゼフは母屋から猟犬のウィニーとビックママを出して来た。”ウィニー”は見た目にスマートな犬で背筋を伸ばして頭をピンと立てている。犬種はハウンド系のウィペットだった。ビックママはやや足が短くて地面に鼻面を擦り付けている。犬種はビーグル犬だった。
「ウィニーをドムトル、ビックママをビクトール坊ちゃんが担当で行く。俺が全体の指示をだすので、注意してくれ」
ジョゼフは地面に簡単な地図を描いて手順を説明し出した。
「最初にウサギ狩りをする。カルロとアダムとアンは先に狩場へ行って、林の際で待機。俺はドムトルとビクトール坊ちゃんの3人で獲物を狩場に追って行く。アダムとアンが狩れたら、次ぎはドムトルとビクトール坊ちゃんの番だ。いいかい、質問はあるか?」
「俺の犬は何をすんだ。リールを持っていりゃいいのか」
「ドムトルの連れて行くウィニーはサイトハウンドと言って、獲物をいち早く見つけて飼い主に教える役目の猟犬だ。周りを見渡して方向を決めてくれる。風下から狩場へ追い立ててくれる。ビックママは毎年子沢山に産んでくれるのでそう呼んでいる。この犬は嗅覚ハウンドと呼ばれる猟犬で臭いをたどって獲物を追う、狩りで傷ついた獲物を追跡したり、時には手向かってくる獣と格闘してくれる。状況によって猟犬を使い分けるんだ。具体的な指示は俺がするが、良く見ておくように。今度の領主主催の狩猟会は赤鹿の追跡猟だが、そっちは猟犬が主役だから、猟犬の扱いは重要だぞ」
重要な役割を担当したと聞いてドムトルがやる気を出したようだ。ビクトールは狩猟会に参加したことがあるので、一通り経験していた。
「今日の目的は、狩猟の流れを体験して、本番で慌てないようにすることだ。出来れば、南の池で野鳥の鷹狩りもやりたいと考えている」
ジョゼフは説明が終わると、みんなを見渡して、話が伝わったか確認した。ジョゼフは装備を背負い、手槍を持っていた。
「よし、カルロ、先行しろ」
ジョゼフの掛け声でカルロが狩場へ向かって歩き出した。アンとアダムが続く。カルロは背中にクロスボウを背負っていた。アダムもアンも背嚢を背負っていたが、それ程の重さはなかった。
こちらは林を回り込むように進んで行くが、距離はあまり無かった。15分もしない内に待機場所に付いた。待機場所は林の切れ目にあって、やや深いブッシュで姿を隠すようになっている。
カルロが角笛を出して、ジョゼフへ合図をした。
ジョゼフも角笛で合図を返して来た。単調な音の遣り取りだが、アダムは狩りが始まったと感じた。
ジョゼフはドムトルとウィニーを先頭に歩き始めた。ウィニーはこれからの流れが分かっているように、真直ぐに林の中を進んで行く。時折頭を振って方向を定めるが、自信満々だ。ジョゼフとビックママを連れたビクトールがその後に続いた。ジョゼフは草むらを手槍で叩いて音を立てながら進んで行く。
ウィニーがウサギの糞を見付けて、一嗅ぎしたが、まだ慌ててはいなかった。ビックママが糞を嗅ぎまわってぐるぐる回る。ドムトルはウィニーに引っ張られて困ることはなかったが、ビックママを引くビクトールは小柄なせいか、振り回されて大変のようだった。
「よし、ドムトル、ウィニーを放せ。俺の合図で林の際まで走るぞ。ビクトール坊ちゃんはリールを外さないでそこで止まってください」
ジョゼフはウィニーを呼んで話し掛けると、頭を何回も撫でて言い聞かせているようだ。
「よし、行け!」
ジョゼフの合図でウィニーが飛び出して行く。ドムトルもビクトールもジョゼフと一緒にその後を追った。小さく鋭い声でウィニーが何回か鳴いた。前を獣が走り去る気配がして、ドムトルはそれを追った。林の際に立つと、ウィニーがウサギを狩場に追って行くのが見えた。開けた一角にウサギが飛ぶように走って行った。
ジョゼフが犬笛を吹くと、ウィニーは待ての態勢になって、その場に立ち止った。
角笛を聞いたカルロが、立ち上がってブッシュを出て、草原に出た。
「アンはククロウを枝に飛ばせ、アダムは俺と一緒にハヤブサを上げる」
カルロが放ったハヤテが上空に駆け上がる。アダムも神の目を放った。神の目がハヤテを追って空を上がって行く。2羽のハヤブサは上昇気流に乗って草原の上を滑空した。
ウィニーの鳴き声がして、遠くからウサギが駆け込んでくるのが見えた。
カルロが鳥笛を吹いた。狩りの合図だ。ハヤテはそこから旋回して獲物を定める。後は一気に降下して得物の首筋を押さえるのだ。
アダムが鷹笛を吹いた。”Oculi Dei” 呪文を唱えた。視線がギュンと飛んだ。上空を滑空する神の目の視線になる。上空から森全体を俯瞰していた。
鷹の目は人間の目よりも色を1種類多く見られると言う。人には見えない紫外線が見えるのだ。そしてピントを同時に2つ合わせる事が出来る。だから上空を高速で飛びながら外敵を探り、同時に獲物を定めて追尾する。人間よりも判然と状況が理解できるのだ。
アダムは神の目の意識も流れ込んでくる気がした。自由で自信満々で、狩りの歓びがあった。狩猟者としての誇りのようなものが沸き上がって来る。狩りの高揚感かも知れなかった。
ハヤテが獲物を定めて降下するのが見えた。神の目もどうやら獲物を定めたようだ。後ろ足を高く上げて疾走する大柄なウサギがクローズアップされたように意識に飛び込んで来た。地面を滑空して追う。相手のウサギも神の目を見たのが分かった。疾走するウサギの目が神の目を見る。
ハヤテが引っかけたウサギが飛んで転げるのが視界の端に見えた。
神の目の足がウサギの尻を掠める。急ブレーキをかけて方向転換するウサギ。こちらも急停止を掛け回り込み抑え込む。前足をくじいたように折り、前のめりに倒れ込むウサギの首筋を神の目が爪を立てて握り込む。大きく足を振って逃れようとするが、もうウサギは上体を上げることはできなかった。
「獲物を外しに行くぞ、アダム」
カルロが声をだして走り出す。
アダムもその声に意識を戻して走り出した。神の目に近づき声を掛ける。慌てて獲物を鷹と取り合うと敵になってしまう。こちらを認識させ、餌を出しながら声を掛ける。
「よしよし、よくやったぞ。神の目。ご褒美の美味しい肉があるぞ」
アダムは腰から下げていた餌袋から、神の目の好きな柔らかい生肉を差し出す。神の目は自分の獲った得物と、差し出された餌の肉を見比べて思案する。硬い革を裁かなければ柔らかくて美味しい肉は得られない。断然差し出された餌の方が美味いのだ。
アダムは神の目を褒めながら餌を口元に差し出し、獲物のウサギの首を掴んで手から外した。
同じようにカルロがハヤテから獲物を取り上げるのが見えた。
「よし、一旦茂みに戻ろう」
カルロに続いて、茂みの奥へ戻った。
「アン、試してみろ」とカルロが言った。
アンが鳥笛を吹いてククロウに合図した。少し離れた梢に止まっていたメンフクロウがゆっくりと草原に飛び出した。だが、ククロウは林の際を滑空していたが、途中で林の木々の中へ入って行った。
「ネズミでも見つけたのかしら。少し様子を見てから追いかけてみるわ」
アンは林の中に入って行ったククロウが少し心配のようだ。
「あいつは利口だから心配ないよ。やっぱりウサギは大きいからな、もっと小さい獲物を見つけたんじゃないかな」
カルロはそう言うと、角笛を吹いてジョゼフに合図を送った。得物を枝につるして血抜きをする。
アダムも得物のウサギの後ろ足を縛り、枝につるして血抜をした。何回かやっているので不安は無かった。狩猟ナイフも剣と同じで毎日手入れをしていた。
「うまく行ったかい」
ジョゼフがドムトルとビクトールを連れてやって来た。カルロが報告する。
「よし、まだウサギは何羽かこちら側にいるはずだから、ドムトルとビクトール坊ちゃんも鷹を飛ばしてみろんだ。アンはアダムと一緒に林を回ってククロウを見て来い」
ジョゼフが素早く指示を出した。
「俺はハヤテがいいな。神の目はアダムの言う事しか聞かないのじゃないか?」
「ドムトル、俺もハヤテがいいよ。こっちの方が慣れてるだろう」
ドムトルとビクトールはくじ引きで順番を決めた。
「じゃ、ウィニーに合図を送るぞ。ドムトルは準備しろ。カルロは助けてやってくれ」
ジョゼフが犬笛を吹くと、ウィニーが答えて鳴き声を上げた。
待機状態だったウィニーが周りを見回し、走り回り出した。
「ドムトル、ハヤテを飛ばせ」とカルロが声を掛けた。
ドムトルは藪から走り出して、左手のハヤテを前に押し出して飛ばした。
ハヤテが林の際を滑空して上昇し始めた。
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