第20話 補講の日々①

 アダムたちの魔法学の補講が一段進展した。


 アダムたちは魔道具の玉に魔力を流して自由に操ることで、魔力を操る感覚を養う訓練をしていた。最初は玉を浮かす事も出来なかったビクトールも、空中に浮遊させた魔道具の玉を回転運動させ、それに高低差もつけられるようになった。


 アダムとドムトルは、最初はふざけ合って相手の玉にぶつけたりして、アステリアに叱られていた。それでも魔道具で遊ぶようになってから急速に上達した。


 アダムとアンは、それから机の上を離れて広範囲に動かせるようになり、魔道具の玉に追い駆けっこをさせることも出来るようになった。ドムトルはまだ自分の机の上を越えると限界が来て、それ以上飛ばせられなくなる。ビクトールは安定的に動かすことが出来るようになったが、まだまだ臨機応変の対応ができなかった。


「畜生、待っていろよ、おまえら」

「アステリア先生、ぼくももっと上手くなりたいです」

「みんなの進歩は目覚ましいわね。ビクトールもがっかりする必要はありません。それだけ動かせれば学園入学なら十分だから。アンやアダムが異常なのよ」


 アステリアは次の段階へ進みますと言った。


「最初に習ったと思うけど、魔法は魔素の流れを感知し、魔素を魔力(一つの流れや塊り)として認識し、魔力を理力で動かし、事象に働きかける事で一定の現象を顕現させます。これまで魔力を理力で動かす訓練をして来ました。次は実際に事象に働きかける段階に入ります」


「やった、やっと魔法が使えるぞ」


 ドムトルも目を輝かせた。

 アステリアはドムトルを手で制して話を続けた。


「皆さんは5つの魔法体系は知っていますね。具体的に説明します」


 アステリアが5つの属性に関わる魔法体系について説明をした。


・火魔法は物質の持つエネルギーの形態としての熱の特性を取り扱う魔法体系。


・水魔法は水を中心とする、液体(流体)の特性を取り扱う魔法体系。


・木魔法は生物を中心とする、生命に関わる特性を取り扱う魔法体系。


・風魔法は空気を中心とする、気体に関わる特性を取り扱う魔法体系。


・土魔法は土(岩石)を中心とする、固体に関わる特性を取り扱う魔法体系。


「アステリア先生、火魔法って火を扱う魔法なんじゃないのですか」

「ビクトール、確かに少し分り難いわね。でも、火(炎)は物質が燃焼することによって発生する現象で、火魔法と言っても火を取り扱う魔法じゃないのよ。熱エネルギーを扱うことによって火(燃焼)が発生するので、分かり易くその呼び方になったの」

「木魔法も分かり難いよな」とドムトルが呟いた。

「ドムトル、そうね。木魔法の事象を説明するのに木や植物が分かり易いのでその名前がついたのね」


 アステリアはアダムたちを見渡して話を続けた。 


「これもすでに習ったはずだけど、魔法の呪文(神文)は神の眷族が伝えた神の言葉で、読めば理解できると言うものではない。神文が表す現象を理解しなければ顕現しない。


 この神文は遥か昔から研究されて体系化されてきたけれど、習得するためには、実際に魔法を使って見せないと理解できない。つまり、師匠から弟子へと教えて行く必要があるの。高位の魔法は一子相伝として秘匿されて来たものもあるくらいよ」


「先生、王都の図書館には魔法学の本があると聞きましたが、本では学習できないのですか」

「アダムの言う通り、学園の図書館にも体系化された研究書が残されているわ。でも低位の魔法も、まったく書籍だけで習得するのは難しいでしょうね」

「だから、魔法が使える人が少ないのですね」

「その通り。それとここが重要よ。魔法の行使には責任が付き纏うこと。魔法を教える者は、責任が持てる弟子にしか教えてはならないの。魔術師は魔術師ギルドに登録して、誓いを立てることを求められます」


 アステリアは冒険者ギルドの魔術師も、基本的に魔術師ギルドにも登録していると言う。一定以上の魔法を教えるのも習うのも、魔術師ギルドに登録した魔術師でないとだめらしい。


「では、ここからが本番よ。あなた達に危険な魔法はまだ教えられないから、どんなことが出来るのか、まずは手本を見せるわね」


 アステリアは水を張った木桶を持ってきた。事前に用意してあったようだ。水面の上に手をやって、”Orn.Deum aqua aquam frigidam aquam dolium”と唱えた。すると木桶の水が凍りついた。見ていた全員が息を呑んだ。


「なかなか良くできたわね。みんな見た? さっき中庭の池の水を汲んでおいたの。不純物でちょっと汚い氷だけど、その方がいいわ」


 アステリアは得意げに、別に用意してあったタライの上に、氷を横にして置いた。15cmくらいの厚さの円柱が底を前にして置かれている。氷の中には落ち葉やごみが見えた。


「この氷に向かって火魔法の火玉を打ち込むとどうなるか? 見ていて。後から解説するからね」


 アステリアは15cm位の厚さの円盤の氷に向かって手を伸ばした。”Orn.Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti”と呪文を唱えた。すると手の平から炎というよりも、橙色の小さな輝き(光点)が放出されたように見えた。空中を移動しながらその光点はチリチリと小さな火花を出しているようにも見えたが、火の玉ではない。それが氷の表面に当たると、氷に穴が開いて行き、氷の中を橙色の小さな輝きが進んで行く。途中、穴の中ではそれに触れた落ち葉やごみがバチバチと燃える炎が立つのが見えた。最後はちょうど貫通した辺りで勢いを無くして、光点は消えてしまった。


 アダムたちは食い入るように見ていたが、氷の中でも炎が発生した時には、みんな小さな歓声を漏らした。


「今日は事例で考え方を深めて欲しいのよ。順番に説明するわね。まず火玉について話をします。それは火魔法の説明をした時の火(炎)との違いを理解して貰うためなの」


 アステリアの説明では、火魔法の火玉とは、物質を原子レベルで崩壊させて熱エネルギーに変換する変換点を創り出し、それを投げる(放出する)魔法だと言う。全ての物質はその変換点に触れると崩壊して熱エネルギーを放出するので、その周辺は高温で燃えてしまう。橙色の輝きに見えた光点がその転換点で、それに触れた空気中の不純物が燃えてチリチリ火花を出した。氷に当たると、熱で穴をあけて進んで行き、氷の中の落ち葉やごみが燃えて炎が噴き出した。最後に予め与えて置いた魔力が尽きたところで、転換点(光点)は消えてしまったと言う。


「つまり、橙色の輝きが火玉のように飛んで行ったけれど、あれは火の玉ではないの。それを知って欲しいので実演して見せたのよ」


 地球だったら物質が崩壊してエネルギーを出すと聞くと、放射能が出ないのかなとか考えてしまうが、この世界は原子レベルで魔素が組み込まれている。アダムは前にも考えたが、やはり魔法は神の作ったプログラムなのだと思った。


「先生、あれが人や動物に当たるとどうなるの?」とドムトルが聞いた。

「そうね、さっきの氷と同じで、身体に穴をあけて、中を燃やして行くわね。場合によっては、体全体も燃えてしまうかも知れない」

「すげえ、無敵だぜ」

「それはどうかしらね」

「えっ、どうしてですか?」


 ビクトールも火魔法は凄いと感心していたので良く分からない。


「ドムトル、あなたなら、ずっと当たるまで立って待っている?」


 術者の能力にも依るが、弓の様に早く射出できる訳ではないから、避けられればそれまでだ。群衆の中に投げるのなら逃げられないが、普通敵も獣も逃げるだろうとアステリアは言う。それに魔力が豊富な術者じゃなければ、遠くにも飛ばせないし、持続しない。


「魔術師だけで勝負するのは厳しいのよ。それも理解しないとだめよ」

「つまり、冒険者だったら、剣士と連携して戦って初めて有効な攻撃手段になる?」

「そうよ、アダム。罠に誘う牽制に使うとか、工夫が必要ね」

「あの、防ぐためにはどうすれば良いのでしょう」

「魔法なら、風の盾で止めるとか、霧の盾で魔力を消費させるとか、物理的に防護盾で叩き落すとか、色々考えられるわね。アン、安心して。火魔法の火玉は危険なので、学園の入学前には教えられませんから」

「うそー、期待したのに。俺は火の属性持ちなんだぞ」


 ドムトルが抗議の声を上げる。

 アステリアは笑いながら、ドムトルにダメだしをした。

 領主館を燃やしたら大変だ。壁に当ててもダメだし、床に落としても大変だ。アダムはそれはそうだろうと思った。


「この後、氷づくりを体験してもらうけれど、氷のでき方を想い出してほしいのよ。みんな氷が出来ているのは見たことがあるわよね」


 アンが手を挙げた。


「冬の日に日陰の水溜りが凍ったのは見たことがあります」

「そう、水が凍るのはどのような時かしら、アダム」

「気温が下がって、非常に冷たくなった時です」

「そうね。水は冷やして行くと氷になり、温めて行くと、沸騰して水蒸気になって気化していく。これから水以外の物質の温度も計る必要が出て来る。覚えて置いて、水の凍る温度を0度、沸騰して気化する温度を100度として、温度を計る尺度を決めているの」


 アステリアはアダムたちに水の入ったカップを配る。


「水が凍る時は水面の方から凍って行くから、こうやって、両手をコップにかざして魔力を注ぎ、水が水面から凍って行く状況をイメージしながら、”Glacians in aqua,”と呪文を唱えてみて」


 アステリアの前のカップの水が、みるみる凍って行った。アステリアがみんなを見た。


「はい、始め!」


 アダムはカップの水の魔素を感じてみる。水は常温であってもカップの水面から気化しているはずだ。地球だったら分からないだろう。何か違うところがないのだろうか。水は気化する時大量の熱を奪う。逆に凍る時はどうなるのだろうか。”Glacians in aqua,”呪文を唱えてみる。何も変わらない。”Glacians in aqua,”もう一度唱えてみる。いや、アステリアはそうなるようにイメージしながら唱えると言った。魔力で働きかける時に、呪文と顕在化する現象が一致すれば顕現すると言ったのだ。


 アダムはもう一度座り直した。最初からやり直してみる。カップの水面に水の結晶ができる様子をイメージする、地球時代に結晶化していく早送り映像を見た覚えがある。”Glacians in aqua,”呪文を唱える。そして熱エネルギーを奪う。信じて見れば氷の結晶は出来ているのが見えるはずだ。水面に結晶が浮かんでいるはず。”Glacians in aqua,”呪文を唱えた。カップに氷が出来ていた。


「アダム、出来たわね。やっぱり、アダムが一番要領がいいのかしら」

「先生、わたしも出来ました」とアンが手を挙げて申告した。


 ドムトルやビクトールは全く要領を得ない感じだ。手をかざして呪文を何回も唱えていた。

 これは地球での経験の差が出たのだろう。具体的にイメージするには、現象への理解が必要だ。アンのように天才であれば、思考しなくても事象に共感できるのかも知れなかった。


 

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