第21話 補講の日々②

 今日もネイアスはアダムたちの側に立って、ロングソードの素振りをしているところを見ていた。そこへアントニオがやって来て、みんなに声を掛けた。  


「そろそろ、次の練習もしておこう。みんな集まってくれ」


 アダムたちはアントニオの前に一列に並んだ。


「ネイアス、ロングソードのせめぎ合いをこいつらに見せてやろう。相手をしてくれ」

「はい、用意をします」


 アントニオはネイアスに声を掛けて、前に立たせると、剣を前に出させた。


「これから見せるのは、お互いに剣を打ち合い、刃を合わせた時の動きだ」


 アントニオはネイアスの剣に自分の剣を合わせて、色々なパターンを見せながら説明をした。


「この刃を合わせた状態をバインドと言う。この時考えるポイントが2つある。


 1つ目は強さだ。剣のどの部分で合わせているかによって、剣の動きを制する強さが決まる。先端に行くほど弱く、鍔元に近づくにつれて強くなる。こうだ。


 2つ目は、どちらの剣が上になっているかだ。通常上になって押している方が剣をコントロールし易い。分かるな」


 アントニオはだから、自分の剣が上で、強い場所で受けていれば、コントロールはこちらが制しているので、カウンターに気を付けながら、そのまま押し込んで行けば勝てると説明する。また、自分の剣が上ならば、例え剣先で受けていても、鍔元まで押し込んで行ければ、剣のコントロールの優位を取ることが可能になると言った。逆に自分が剣先の方で受けていて、且つ、下で受けている場合は、剣のコントロールを取ることは難しいので、剣先をかわして外すことを考えた方が良いと説明した。


「ロングソードで戦う時は、このせめぎ合いは避けて通れない。剣のコントロールの優位を取った方が勝つ」


 アントニオの説明を聞きながら、アダムは日本の剣道の試合を考えてみる。剣道の場合は鍔ぜり合いになって膠着状態になれば、審判が待てを入れて間合いを取り直す。しかしこれは競技試合なのでそうなるが、きっと戦国時代の合戦場では同じことが起こるのではないだろうか。甲冑を着けた模擬戦も打ち合って膠着状態になったが、そこからが勝負なのだろう。甲冑や盾を持って戦うのが基本なので、切るより突く方が致命傷を与えられることもある。


「間合いを外すと言っても簡単じゃない。アダム来い」

「はい」


 アントニオはアダムを呼んで、剣を合わせる。アントニオが上でアダムが下、アダムが剣先に近い形に剣を付けた。お互い力を入れて相手の剣を押さえた状態からスタートだ。


「剣先を外して、切りかかって見ろ」

「行きます」


 盾があるわけではない、両手で剣を持って相手の剣を押さえているのだ。剣を押さえる力を先に抜くと、相手は圧掛かってそのまま突かれる。アダムはそれが分かっているので、まず踏み込んだ形の右足を引こうとする。アントニオは剣を付けたまま前に出て来た。剣先は外せない。アダムは次に頃合いを計って剣先を回して外そうとした。すると、アントニオもそれに合わせて剣を回して合わせて来た。くるくると剣を付けたまま回転させることになった。でもアントニオが押して出て来ようとするので、堪えて止めた。どうしようも無くなったアダムは、剣を大きく倒して外しながら、後ろに飛んで引いてみた。アントニオは笑って動かなかった。隙をついて突いて来られたら間違いなくやられていただろう。


「どうすれば正解なんですか」とアダムは聞いた。

「まず、剣の駆け引きで、剣を合わせた状態で止まったら、押すも引くも相手に合わせて動くのが原則だ。中途半端に引くとそれに合わせて突いてこられたり、押し切りにこられたりする」


 アントニオの話では、剣を合わせて止まったら、先に引いた方が負けると言うのが格言にあるそうだ。


「これは、相手が小型盾の場合も同じことが言える。下から力負けする形で小型盾が受けているなら、上から力押しで突けば勝てる。俺とアダムだと力も十分俺が勝っているから、当たり前の結果だが、確率の問題として格言は正しい。だから正解は無い。相手との相対的な関係の中で正解を探るしかない。反対に言えば、最初から打ち合う時はこの形にならないように工夫するのが正解だな」


 アントニオはアダムとドムトル、ビクトールの三人で順番に組を作くらせて、剣を合わせたところから剣のコントロールを獲りあう練習をさせた。当然実際に突いたりすると危険なので、今回はパターンを変えて、力加減を確認する程度に止めさせている。組を作ってあぶれた一人が見ていて注釈を付ける。


「剣裁きの要領は頭で考えていても身に付かない。しばらく続けるように」


 アントニオは後はネイアスに任せて、大人たちの訓練を見に行ってしまった。


「よし、次は木偶打ちだ」


 ネイアスの掛け声でアダムたちは、小手と小型盾に片手剣を装備する。いつものように、甲冑を着けた木偶を相手に剣打ちをする。


「さっきのロングソードの事も頭に置いて訓練しろよ」


 ネイアスの声は依然冷たい。アントニオのようなカラリとした明るさがない。父親のガストリュー子爵も、母親のフランソワも明るくて暖かいので、良く分からない。アダムは不思議だった。


「ビクトール、小型盾の当て方をイメージしろ。機械的に動くな。」

「はい、ネイアス兄さま」


 それに比べて、ビクトールは従順で、反抗しない。アダムたちにも貴族だからと威張るわけでもない。やっぱり平民出身で、第二夫人の息子なので、ネイアスに対しては遠慮があるのだろうか。アダムは二人きりになる機会でもあれば聞けるのだが、昼食時も身近に執事や侍女が控えていて、完全に自由な会話は出来ないのが不満だった。


 貴族の生活には必ず側に第三者がいる。気心が知れて来れば、空気のように気にしないで自由に生活できるようになるのだろうか。アダムもこれからアンの近くにいる以上は、慣れなければならない。いや、アンをこれからも守って行こうとすると、アダムも貴族にならなければならなくなると考え始めていた。


「ネイアス、そろそろ模擬戦やらしてよ」


 ドムトルがネイアスに不平を漏らした。


「ドムトル、ネイアス先生だ」

「ネイアス先生、俺たちもそろそろ模擬戦をしたいです」


 ネイアスはちょっと考えてから、分かったと言った。ネイアスはアントニオの方に歩いて行くと、模擬戦の許可を取った。アントニオは遠くからアダムたちの方を見て、笑って何かをネイアスに話している。ネイアスは真面目な顔でその話を聞いていた。了解が得られたのか、ネイアスが話し終わって戻って来た。


「今日は俺が順番に相手をする。練習用の冑と胴、レッグガードとアームガードを着けて来い」


 アダムたちは防具置き場へ行って準備をする。冑は金属製で首は鎖帷子を垂らす形で守られていた。胴とレッグガードとアームガードは木と革で出来ていた。しっかりと止めるためには、仲間に手伝って貰わなければならない。三人は相互に手伝って、防具を着けた。


 ネイアスは普通に小型盾と片手剣で対応するらしい。防具は不要と思っているようだった。


「じゃ、ドムトル来い」

「お願いします」


 ドムトルは怖いもの知らずに近づいて行く。教えられた通りに、左手の小型盾を伸ばしながら近づいて行くが、ネイアスの打撃に盾がぐらつく。足が止まると踏み込む余裕もなく、ガンガン小型盾を狙って打撃が来る。盾を伸ばしたまま身体の動きが硬くなったところで、盾で盾を払われてガラ空きになった頭をガシと一撃が入った。うっと言葉にならない声を漏らしてドムトルが固まってしまった。後は面白いように頭、肩、腕と打たれてしまう。


「むやみに来るな。小型盾は、次に片手剣で攻撃するから有効なんだ。受け続けると相手は自由に攻撃するぞ」

「くそっ。今度こそ行くぞ」


 今度は小型盾を合わせたら打ち込むつもりで、慎重に近づいて行く。


「受けたら、打つ。打てるタイミングで入って来い」


 ドムトルは空振りしても打ち込もうと、打ち気満々で近づいていく。ネイアスは今度は受けてくれる。しかし攻撃が返ってくるので、むやみに前には進めない。立ち止って打ち合いになると、ドムトルの剣が小型盾ではじかれて、ネイアスの思い通りにいなされる。右に左に動かされ、最後は横に回り込まれて後頭部を打たれた。


「相手をコントロールしろ、攻守一体で相手をコントールするんだ」


 ドムトルは左手の小型盾と右手の片手剣を前に伸ばして、体ごと突進しようとした。ネイアスはドムトルをいなしてコントロールする。右に左に動かされ続けて、ドムトルは疲れて前に出れなくなる。後は良いように打たれてしまった。最後には盾も挙げられなくなって、尻餅をついた。


「くそう、やられっぱなしだぜ」

「よし、それまで。やる気はあったな。そこは褒めてやる」


 ネイアスはドムトルにニヤリと笑って、次はビクトールだと言った。


「はい」


 ビクトールが立ち向かっていくが、ドムトルより体力がないので、直ぐに手が止まってしまう。


「しっかりしろ、それでも貴族か」


 ドムトルの場合と違って、見ていると弱いもの虐めに見えてしまう。ドムトルはとにかく前に出るという意思が見えた。


「やめ、やめだ。話にならん」


 ビクトールは気落ちしてすごすごと引っ込んでしまった。

 次はアダムの番だ。


「アダム、いいか」

「お願いします」


 アダムは左手の小型盾を上げ、前に伸ばしてネイアスに近づく。

 ネイアスはアダムの動きを値踏みするように見ていた。

 アダムは右に回り込みながら、ネイアスの盾の下を横殴りに切ろうとした。ネイアスは左手の盾で上から押さえるようにしながら、前に出ていた左脚を下げるようにして避けると、すかさず右足で踏み込んで切り下してくる。アダムは更に右に回り込んで避けた。


 ネイアスはアダムとは身長差があるので、横殴りではなく、自然と切り下げて来る。アダムは今度は左に踏み込んで、上からの剣を盾で右に流しながら、更に左ん回って側面を獲ろうとする。ネイアスは下がって間を取った。仕切り直しだ。ネイアスはニヤリと笑った。


「いいぞ、アダム。考えてるな。左に流して右に回る、右に流して左に回る。リーチ差が無ければ危ないな」


 これもネイアスが手加減してくれているからなのだが、アダムは本気になられる前に少しでも良いところを見せたかった。


 アダムは右に回りながら、一気に右足で踏み込んで切りつけた。ネイアスは盾で受けて切り返して来る。盾で受けながら右に回り、また右から切り込む。お互いが右に回りながら切り込んで受けることを数回繰り返した。


 よし、ここが勝負どころだ。アダムは拳法の返しを狙っていた。

 アダムは右回りに回る振りをして、今度は相手が押し込んで来るタイミングで、左に踏み込み、相手の踏み込んで来た右足を左足で払った。相手の剣を左の盾で受けて左に流しながら、相手の踏み込む右足を左足で払ったのだ。ネイアスは見事に出足払いにかかって横向きに身体を浮かして倒れた。これは柔道の出足払いと同じだ。


「やった、アダム」とドムトルも思わず声を掛ける。


 体の小さなアダムが大きいネイアスを綺麗に横倒しにした。しかもネイアスは身体を浮かして腰で落ちた。練習を遠目で見ていた周りの大人たちもおっと騒めいた。


「アダムって奴は、太陽神のご加護持ちって、本当なんだな」


 外野の剣士が囁き合うのが聞こえた。この世界では足にタックルすることはあっても、払って飛ばすことは無い。ガンドルフの練習を見ていた時から考えていた。


 ネイアスは顔を真赤にして直ぐに立ち上がると、そこからはもう手加減なしにアダムを叩きのめした。本気を出されれば、アダムに勝てる訳がない。後は一方的に体中を打たれ、アダムは逃げ回ったが無駄だった。


「よし、アダム。面白かったぞ。今度やる時は手加減なしだ」


 ネイアスが解放してくれた時には、アダムはもう立っていられなかった。

 アダムはもうへとへとで息も継げない、でも自主練の成果は出た。今回はこれで満足しょうとアダムは思った。

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