第17話 初めての剣術講習

 アダムたちはビクトールの案内でザクト領主館の剣術訓練場へ向かった。ここで剣術の補講がされるのだ。


 訓練場では王都の騎士団から講師がやって来たこともあり、ガストリュー子爵傘下の剣士たちも訓練をすることになっていた。


 訓練場は中庭に面していて、領主館のベランダからも良く見えた。アダムたちが剣術練習をしている間、アンは音楽を習うことになっているが、今日は頃合いを見て、そのベランダからアダムたちの補講を参観することになっていた。


 訓練場に着くと既に館の剣士たちが幾つかのグループに分かれて訓練を開始していた。アントニオ・セルメンデスは離れて全体の様子を見ている。ネイアス・ガストリューがアダムたちの方にやって来て、練習用の装備を整える手伝いをしてくれた。ビクトールは既に自分用の装備が決まっているのか、近くに控えていた従者が準備を手伝っていた。


 用意したのは、練習用の片手剣と小型盾、小手だった。セト村で見たガンドルフの訓練と変わらない装備だった。


「この装備は自分用に持ち帰って構わない。これからの訓練で覚えたことを、時間があれば自分で練習すること」


 ネイアスは自分用の武具は自分で整備もしなければならないと言った。


「お前たちの中には、将来騎士になりたい者もいるだろう。そのためには騎士について従者として働き、騎士としての信念や技術を学ばなければならない。そうなれば、これは当たり前のことになる」


 ネイアスは、剣や防具はこれ以外に何種類もあって、状況によって使い分ける必要があると教えてくれる。


「金属甲冑を着けた完全装備の時の剣は大剣と言って長さも重さも一番大きくて重たい。次に両手で扱うロングソード。小型盾と一緒に使う片手剣。エンドラシル帝国では刺突専門のレイピアが流行っているそうだ。それ以外にも、大斧、メイス等がある。盾にも、大盾から今用意した小型盾まで色々ある。また、盾も防御だけに使うと思ってはいけない、攻撃にも使う。それらを実戦では戦場や相手に応じて使い分けることになる。だから頭を使うことを覚えろ」


 話をしているネイアスの目は厳しい。そして冷たい。平民に対する軽侮も見えた。貴族が平民にこんなに丁寧に教えてくれることはない、これは特別なのだ。ただ不思議だったのは、ビクトールに対する眼も冷たいことだ。


 頃合いを見て、アントニオがみんなの前に立って、補講が始まった。


「それでは剣術の訓練を始める。お前たちはまだ体が出来ていない。だから、体力作りを中心に、剣士に向いた身体作りを進めて行く。どんなことでも同じだが、やみくもにやっても伸びない。今回は、館の剣士たちの訓練も一緒にやるから、それをしっかりと見て、これから自分がやらないといけない事を考えながら訓練するように。ネイアス、今日は素振りと基本の防具を着けた木偶でく打ちを教えてやってくれ。俺は当面大人の面倒を見る。見学させたい時は声を掛ける」

「承知しました」


 アントニオはネイアスに言い付けると、自分はさっさと大人たちの指導に行った。


「じゃあ、基本的な剣の構えと素振りを教える。使うのはロングソードなので、手元の装備を横に置いて、ロングソードの模擬剣を持って来い」


 アダムたちは取り分けた装備を邪魔にならぬように、訓練場の脇に片付け、ロングソードを持ってくる。


「基本の型は4つある。左足を前に、つま先は敵に向ける。歩幅は肩幅位で、右足は少し開いて立つ。剣は鍔元を右手で持ち、左手は柄頭かその近くを持つ。これが基本だ。


 第1の型は、剣を利き肩の前に垂直に立てて持つ。剣の刃は敵に向いている。これが第1の型。右足を前に踏み出し相手を切り下す。時によって刃を背中の方に倒し込み、肩に担ぐように構える時もある。これは剣を相手から見えなくすることで、剣の間合いを相手に悟られ難くして、振り下ろす勢いをつける為だ。


 第2の型は、第1の型から身体を少し開き気味にして、両手を上げながら剣先を下げ相手の顔に向ける。雄牛が角を向けて相手に向かう時のようにとも言われる型だ。右足を踏み込みつつ、手を伸ばして相手の顔や喉元を突く。


 第3の型は、第1の型から両手を降ろし、右腰まで持ってくる。剣先は相手の胴元を向いている。右足を踏み込みつつ、手を伸ばして相手の股下や胴、もしくは脇、状況によって喉元を突く。


 この時変則の手として、左手を柄頭から放してロングソードの鍔より剣側の刃のついていない部分を持つ時がある。見れば分かるが、真剣のロングソードは剣先1/3位までしか刃が付いていない。それは鍔元で切ることが無いことと取り扱いがし易いようになっているからだ。こうすると、槍や杖のような使い方ができる。場合によっては更に右手を放して、左手は刃側を持ったまま、大きいT 字型の鍔で相手を殴る、もしくは甲冑に引っかけて相手を倒す。この手は第2の型でも応用が利くので覚えておくように。


 第4の型は、スタンスを変えて、逆に右足を前に、両手を下げて剣先は地面に向ける。これは相手に応じて動く型で、相手の切り下げや突きに応じて、受けるか躱すか、次の攻撃に備える型だ。その時もただ剣先を下げ続けるのではなく、相手の動きに合わせて剣先を上げ、相手の動きを牽制する。今日は相手が右上から切り下してくるのを途中で受け払う形で素振りを行う」


 アダムたちは練習場の脇に横一線に並んで、素振りを始めた。第1の型から第4の型までを順番に行って1本として、まず10本行うように指示された。


 大きく踏み込むように振っていると、中々厳しい。ロングソードは重さが1.5kg、刃長が90cmあって、まだまだアダムたちには大きくて重い。アダムは自主練をやって来たのでふらつくことは無かったが、ドムトルやビクトールには厳しい。特にビクトールは中肉中背で小柄ではないが、ドムトルより体が小さかった。


「ビクトール、どうした。平民より動きが鈍いぞ」


 身内だけによけいに厳しくしているのか、ネイアスの叱責がビクトールに飛ぶ。ビクトールはあくまで素直で逆らわなかった。


「はい、ネイアス兄様。すいません」

「よし、みんなあと20本。踏み込んで行く時、大きな掛け声をかけて良いぞ。ここは練習場だ」

「はい」とアダムも大きな声で返すと、素振りを始める。

「ただ振るんじゃないぞ、相手の動きを想像して少しでも工夫するんだ」


 ここでアントニオから待てがかかった。甲冑を着て戦っている班の所に呼び集められた。5対5の模擬戦をやると言う。武器は大剣だった。


 開始に先立ち、アントニオが館のベランダに向かって手を挙げる。ベランダにガストリュー子爵と女性陣の姿が見えた。第二夫人のソフィーとアンがいて、他に何人か女性の姿があった。もしかすると第一夫人もその中にいるのかも知れない。


 途端に剣士たちの意気が上がるのが分かった。


「お前ら、ご婦人方もご覧になっているぞ。気合を入れろよ」


 アントニオは胸に手を当ててベランダの観客に大げさな挨拶をして見せた。


「それでは、全員良く見るように。いいか、良し始め!」


 アントニオの掛け声で模擬戦が始まった。両陣とも慎重に近づいて行くが、立ち止ることなく打ち合いに入った。ガシガシと剣同士が打ち合いになる。模擬剣は刃引きされているせいか、鈍い低い金属音がした。何撃かは相手の肘や腕に当たるが、当然完全防備されているので、殺気立っている剣士は痛みも感じないのだろう、直ぐに膠着状態になる。ガンガン打ち合っているが、優劣も分からない。


 甲冑戦用の大剣はロングソードより更に長くて重い。長さが150cmから180cmあり、重さも2kgを超える。切るというより叩き付ける感じになる。綺麗に入ると電話帳が両断されるぐらいの威力がある。これが甲冑同士ではなく、相手が軽鎧程度で有れば、きっと野を行く野人の如く、現代でいえば歩兵の列に戦車で突っ込んで行くような威力を発揮するのだろう。だが、自由に打たしてくれるわけでもなく、しかも相手も甲冑を着けていることで膠着状態になるのだ。甲冑の下では内出血を伴う打撲や激しい傷ができているかも知れないが、周りからはお互いにカンカン叩き合っているだけに見えてしまう。


「やめ!!」


 アントニオが模擬戦を止めて、中に割って入った。周りを見渡しながら張りのある声で言う。


「お前らダンスじゃないんだぞ。みんな同じようにカンカン叩いてどうする? そんなんじゃ、相手を落とせない。ほらよく見ろ。第2の型や第3の型の変形を教えたろう」


 アントニオは第2の型をやって見せ、そこから左手を柄頭から放し、剣の刃の無い部分を握って見せた。大剣を両手で持った槍のように顔の前に平行に構えた。


「そして、こうやって体重を乗せて、突く!」


 アントニオは横に立っていた甲冑戦士の首元を突然強く突き倒した。ガツンと低い音がした。ベランダの女性陣が悲鳴のような喘ぎ声を上げた。


「こうすれば素早く力を込めて突ける」


 倒された剣士は昏倒してピクリとも動かない。周りの剣士に緊張が走った。


「更に右手も放して、左手で槌のようにして、打つ!」


 アントニオはまたもやそう言いながら、別の甲冑剣士の頭を横殴りに叩きつけた。T字形の鍔がガツンと当たり、やはりその剣士も昏倒した。脳震盪を起こしたのだろう。こうなるともう誰も動けなくなった。全員がアントニオを凝視して立っていた。ベランダの女性陣からは声も出ない。


「いいか、慣れたらだめだ。他にもやりようがある。分かる奴はいるか?」


 ひとりの剣士がハイと手を挙げた。


「回転して力を叩き付けたらどうでしょう」

「じゃぁ、やって見せろ」


 その剣士は一旦少し離れて立った後、大剣を体ごと回しながらアントニオに打ちかかって行った。一回二回と躱した後、アントニオは一気にその男の左脚を膝横から足の裏で蹴り落とした。男は軸足を崩して横転した。膝を潰さないように力は加減されているのがアダムにも分かった。


「もう一つの遣り方は、出ようとする機先を制して、相手の膝を蹴るなどして態勢を崩させることだ。間違ってもこの馬鹿のように大立ち回りをして、返って隙を作ったらだめだぞ。相手の腕や剣を掴んで引き倒すのもいい」


 アントニオは倒れている二人の剣士を片付けさせてから、状況を考えて臨機応変な対応を絶えず意識するようにと言った。


「昔の貴族の決闘じゃあるまいし、今はこんな甲冑同士の戦いはない。普通は騎士には従者が付いて来る。戦いに機能分担が必要になる。従者にお前たちは何をさせる? 


 また最近の戦いでは騎兵の機動戦が中心になって来て、動きが遅くて重い甲冑では置いて行かれる。相手の戦力や陣形も注意して見る必要がある。全体の体制はどうする? 自分の装備は何を選択する? 甲冑同士の模擬戦をしていても、そういうことを忘れず意識して訓練するんだ。


 よし、もとの班に戻って訓練再会!」


 剣士たちが前の班に戻り、再び練習を開始する。アントニオがベランダに向かって改めて挨拶を送った。


 アダムたちもまた訓練場の脇に戻って素振りを始める。アダムはベランダで見ていたアンがどう感じたか後で聞いてみようと思った。


「それじゃ、次に木偶打ちを教える。小手と小型盾を着けて、片手剣をもって木偶の方へ来い」


 ネイアスがアダムたちに声を掛けて、練習場の隅に立てられた木偶人形に向かう。そこには案山子のように甲冑を着せた木で出来た人形が立っていた。


「これからやって見せるので良く見ているように」


 ネイアスは一体の木偶の前に立つと、小型盾と片手剣を持って説明を始める。


「まず、先程のロングソードとの間合いの違いを理解すること。片手剣は刃長が60cmで、30cmは短い。次に盾で相手の剣を受け止めて、剣で切るわけだから、相手との距離は最短で盾との距離に等しい。要するに近接戦だ」


 ネイアスは左手を前に伸ばして小型盾で木偶の甲冑を殴って見せる。そしてすかさず右足を踏み込み、右手の片手剣で人形の頭を叩き切る。もう一度左手の小型盾で木偶を殴りつけ、首元を切る。また盾で突いて、肩を切る。また盾で突いて、首を突いた。また盾で突いて、腹を突く。最後に盾で突いて、木偶の膝を足の裏で蹴り付ける。


「切る時の右足の踏み込みを意識すること」


 小型盾で戦う場合、盾の影を一番大きくして隠れるためには、手を伸ばして受けることになる。むしろこちらから盾で受けに出て、相手の剣を抑え込む気持ちで使う。最初に盾で突く様に木偶に当てるのはその意味なので、ただぶつけている訳でないことをしっかりと理解するようにと言った。


「では、みんなやって見ろ」


 ネイアスの号令でアダムたちは木偶に向かって片手剣を打ち当てた。模擬刀なので切れない様に刃引きされているので、ガシと鈍い音を立てる。全身でステップを踏み、打ち下ろしから、膝を蹴るまで一連の動作を黙々と続けさせられた。


「体の軸をぶらさないように。ビクトール、しっかりしろ。お前が一番お粗末だぞ」


 やって見ると分かるが、踏み込んで切る時の相手との距離は本当に近い。相手も真剣を持っていると思うと、めちゃくちゃに怖くなる。ガンドルフはこの距離で荒れ熊と戦ったのだ。今の自分では考えられないとアダムは思った。


 地球での子供時代に、父親が時代劇が好きで良く見たが、間合いを取った時代劇の剣士の果し合いとはまるで違う。


 一連の木偶打ちを20本ほどやったところで、ビクトールが尻餅をついた。


「よし、止め」


 いつの間にやって来ていたのか、アントニオが止めるように声を掛けてくれて、アダムも助かったなと思った。ドムトルもふら付いている。


「どうだ、きつかったか」とアントニオがビクトールに聞く。

「はい、すいません」


 ビクトールは立ち上がろうとするが、改めて両手をついてしまった。


「ビクトール!」とネイアスの叱り付ける声がした。

「いや、訓練を始めたばかりなんだから、こんなものだろう」


 アントニオが庇ってくれたが、


「平民がちゃんと立っているのに格好がつきませんよ」とネイアスが言った。

「いや、アダムたちが良く立っているのだと思うぞ」


 アントニオは装備を片付けるようにアダムたちに言った。

 アダムたちは持って帰る装備を鞄に入れてもらい、初めての剣術講習を終えた。

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