第14話 ザクト神殿の初日(後編)

 冒険者ギルドは中央広場の東側にあった。

 建物は頑丈な石造りの3階建の建物に、木造で建増しがされて5階建になっていた。その左隣りには、馬車の乗り入れ口がある資材倉庫があって、右隣りには待合を兼ねた飲食ホールがあった。左右の建物もやはり石造りの3階建で、アダムは、広場全体がまず3階建で街並みが作られたのだろうと思った。


 ギルドの入口から入ると、左手に広いカウンターと談話スペースがあった。右手には客だまりと掲示スペースがあって、種類毎に分類された掲示板が数列並んで立っていた。


 朝が書き入れ時なのか、列待ちをして、カウンターで話を聞いている冒険者だけでなく、簡易応接で係員と打ち合わせをしているグループもあった。掲示スペースにも、案件を求めて何人もの冒険者が依頼票を覗き込んでいる。


「おお、いるいる」とドムトルが声を上げる。

「我々はまだ若いから、目立ちますね」


 アランの言う通り、アンなんかは5歳にも見えないので、アダムから見ても違和感ありありだ。カウンターの奥の係員も少し訝し気にアダムたちを見ている。


「ちょっと、これ見ろよ。これが依頼票か」


 ドムトルだけはお構い無しに、興味深々と辺りを見て回っている。人と人の隙間から覗き込むので、先に見ていた冒険者が少し煩わしそうにしているのが分かった。


「ドムトル、今日は見学だけなんだから、大人しくしていろよ」


 アダムは少し心配になって来た。アンはどうかと見ると、アンはアダムの横に静かに立って、素直に好奇心の目を周りに向けていた。


「おいおい、ここはガキの来るところじゃないんだぞ!」


 突然硬い声が上がって、ドムトルが冒険者を怒らせたのが分かった。さすがにドムトルも言い返しはしなかった。見ると40代半ばの冒険者だった。気が短い方なのだろう、すでに眉間にけんが立っていた。


「すいません、ザクト神殿のアランと申します。勉強のために学生を連れて来ているので、許してください」


 アランがすかさず謝罪の言葉を入れる。


「神殿の関係なら、これ以上は言わねぇけど、ちゃんと引率しろよ。今がおれらの勝負時なんだからな」


 男は神殿関係者と聞いて、これ以上絡むのは不味いと思ったのだろう、ドムトルから離れて奥の掲示板の方へ移動した。

 ドムトルが戻って来て、アランへごめんと言った。


「冒険者は1日の仕事を朝の掲示で決めるからね、早い者勝ちでもあるから、必死なんだよ」


 冒険者の収入はランクで単価や選べる仕事の内容が決まるが、早くランクを上げるためには、自分たちが得意で容易な仕事を数でこなせないと厳しい。アランはだから、掲示内容が更新される朝が一番大切なんだと教えてくれる。


 アダムたちは既にその話をガンドルフたちからも聞いているので、知ってはいるのだが、まだまだ周りを見て、自分を押さえられないのだった。


「ガンドルフさんたちはいないね」とアンが言った。


 アダムも探していたが、ガンドルフの仲間は来ていなかった。


「ちょっと、係員に聞いてみようか」


 アランがカウンターの奥に立ってフロアを見ていた男性に声を掛けた。二言三言話しをして戻って来る。


「伝言ができるらしいから、君たちがザクトに来たと伝言を頼んでおいたよ」

「ありがとうございます。ちょっと、隣のホールも覗いてみてから、次ぎへ行きましょう」


 アダムはアランに礼を言ってから、ドムトルとアンにも声を掛けて外へ出た。


 隣の飲食ホールでは、仲間を待って遅い朝食を取っている冒険者たちが大勢いた。中には朝からしっかり飲んでいる猛者もいたが、ガンドルフたちはいなかった。


「そう都合良くは行かないよな」


 アダムたちはガンドルフを探すのを諦めて武器屋へ向かった。

 武器屋は表通りから一本入った、冒険者ギルドの裏手にあった。やはり、石造りの3階建で、入口は小さいが、入ると店の中は結構広かった。ここは村の鍛冶屋と違って工房は無いらしい。店の手前が武器中心で、奥手が防具や付属品が並んでいる。

 店には親方はいないようで、若い店員が武具の手入れをしながら、店番をしていた。


 アダムたちは早速展示されている商品を見に行った。アランは店員に一声かけて来店した経緯を説明してから、アダムの方へ戻って来た。


「アランさんも良く来るの」

「たまにね。衛士の武具の整備を頼みに来るくらいかな」


 この店はザクトで一番品揃えが良いと言った。地下には試し切りや試着して調整するスペースもあると言う。契約している鍛冶屋が職人街にあって、調整にも時間はそれ程かからないらしい。


「練習用の剣と盾って、どういうのが良いのですか?」

「普通は練習用の剣と武具は練習場に置いてあるから、それを使えば良いので、学生は買わないよ。剣士志望ならむしろ慣れるために真剣を所持した方が良い。帯剣して生活するのは慣れないと難しいからね。貴族の子弟やその従者は帯剣を許されている。但し普段貴族は儀礼以外には付けていないけどね」


 神殿でも貴族や剣士は帯剣を許されていて、状況に応じて使い分けているらしい。確かに火の女神プレゼは武神でもあるから、戦勝祈願もするだろうと、アダムも納得をする。


「ただ君たちは学生だから、従者でなければ普段帯剣はしない。王立学園では貴族扱いで許されるのか、それともアンちゃんの従士扱いで許されるか、ちょっと分からないな」


 アランはでも、アダムたちが補講で剣術を学ぶのは、状況によって帯剣する必要を王国は考えているからだろうとも言った。


 アダムは地球で日本刀やサーベルは写真や展示品を見ているので見慣れているが、大剣や大斧、馬上槍や金属鎧などは、新品で見ることはないから興味深々で食い入るように見入ってしまう。ドムトルなんかは大剣に夢中になっていた。アンはどちらかというと細工物が気になるようで、懐剣に彫られた精巧な飾り文字や紋章、装飾の仕上げに見入っていた。


 店員が面白がって、ドムトルに大剣を持たそうとするが、子供としては大柄なドムトルも、心許ない仕草でやっと支えるくらいだ。

 みんな実際の買い物を忘れて、色々な武具に見入ってしまった。結局、剣術実習が始まってから、改めて来店することにして、今日は買い物を止めることにした。


 アランが次にアダムたちをつれて行ったのは、商人街のメイン道路に面した料理店だった。


 店前にはイベント用にテーブルが用意されていて、メインとなる肉料理の大皿が並べられていた。脇の小テーブルに陶器製の葡萄酒入れとカップが置かれ、大きな木桶にドライフラワーが山盛りにして置いてあった。


 店のオーナーが従業員を従えて立ち、イベントに集まった客たちに向かって挨拶をしている。少し離れて祭礼服を着た神官が立っていた。


「アラン、あの神官さんが先輩なの?」

「そうそう、中々いいタイミングで来たよね。これから改装祝いの儀式とお披露目だね。ジョバンニ神官の祈念の儀式は面白いよ。見ててご覧」


 店主がジョバンニ神官を呼び、儀式が始まった。


 ジョバンニ神官は店の正面に立つと、太陽の方向を確かめて立ち位置を定めた。すかさず店の者が用意されていた葡萄酒入れと花を盛った木桶を傍らに置いた。

 ジョバンニ神官が太陽に向かって跪き、首を垂れて請願を述べ始めた。周りの参加者も同じように跪き首を垂れた。アダムたちも一番外の方から参加する。


「宇宙の神 デイテよ

 天地を創造せし七柱の神々、太陽神ソル、月の女神ルーナ、

 火の女神プレゼ、土の神ソイ、木の神メーテル、水の神ワーテル、木の神ティンベルよ」


 ジョバンニ神官は請願を唱えながら立ち上がり、葡萄酒入れを持って葡萄酒を地面へ零し始めた。白く乾いた石畳に赤い沁みが広がっていく。


「豊かな大地と清らかな水を下さり、全ての実りに感謝を捧げます」


 ジョバンニ神官が言葉を切り、両手を広げて天を見上げた。

 すると、葡萄酒溜まりから発泡するように飛沫が立ち上がり、みるみる赤い霧のようになって空中に舞い上がって消えていった。後にはもう葡萄酒の痕跡もなかった。


「おお!」と見物人から歓声が漏れる。


 次にジョバンニ神官は花を盛られた木桶を手に取り、中の花びらを掴んで空中に蒔き始めた。それはハーブの花のドライフラワーのようで、アダムにも、ニオイスミレの紫の花やカモミールの白い花、コモンセージの淡い紫の花が混じっているのが見えた。辺り一面にヴァイオレットの香りや果実のような甘い香り、少し苦みが気持ちを押さえて清涼感がするような香りもあった。


「暖かな光と爽やかな風を下さり、健やかな成長に感謝を捧げます」


 ジョバンニ神官が言葉を切り、再び両手を広げて天を見上げた。

 すると今度は、ふわりと風が持ち上がり、撒かれた花弁を空へ巻き上げて行く。それは上空に上がって行くと一瞬止まったように見えたが、ふっと消えて行った。静かに風が吹きわたり、清涼な香りが街一面に広がって行く。午後の光が陽光を増し、暖かな神々の祝福が参列者の身近に感じられた。


「おお!」とまたもや見物人から歓声が上がった。


 ジョバンニ神官は再び跪くと首を垂れて請願を唱えた。


「本日、神の子であるオーウェンが新たに店の装いを改め、「赤いかぶ亭」を開店し、ザクトの民の饗宴に供せんとするものです。神々への感謝を捧げ、そのご加護を祈願致します。

 ザクトの神官ジョバンニがお願い申し上げ奉る 」


 ジョバンニ神官が請願を終えて立ち上がると、周りの参加者も一斉に立ち上がった。


「どうぞ皆さん、これから皆さんに当店の名物料理をお振る舞い致します。お時間のある方は是非食べていってください」


 店主が参加者に声を掛けた。その時控えていた店の者が、慌てて店主に何かを話しかける。


「そうそうその前に、恒例のおひねりを撒きますよ。どうかこのオーウェンが太っ腹なところをお見せしましょう。ご用意ください」


 店の者が小さな包みがいっぱいに盛られた盆を店主に渡した。


「どうぞ、お取りください。縁起物です」


 オーウェンは盆から包みを掴むと、掛け声と共に待機している客たちに向かって投げ出した。


「そーれ、まだまだありますよ」


 投げられた包みに客たちが群がり、争って取り合う。


「俺も行ってくる」


 ドムトルが慌ててそれを拾いに行った。


「アンの分も取って来たぞ」


 ドムトルは戻ってくると、アンにも1つ渡してくれた。

 アンが包みを開いてみると、砂糖菓子が何個か入っていた。砂糖菓子は平民がなかなか口にできない贅沢品だ。

 ドムトルも包みを開けて1つつまんで食べた。


「おお、甘い、甘い」

「アダムもひとつどうぞ」


 アンがアダムにも砂糖菓子を1つくれる。


「こら、アダムずるいぞ、俺が取ったやつだぞ」

「ケチなことを言わないでよ、ドムトル」


 アンに睨まれて、ドムトルがふんと横を向いた。アダムもアランも笑ってしまう。


「それより、アダム、あの儀式はどうだった」

「葡萄酒を地面に零したり、花を撒くのは普通なんですか?」


 改めて聞いて来たアランに、アダムは質問で返した。


「ああ、そこは同じなんだが、撒かれた葡萄酒や花びらが空に舞い上がって消えて行くのは、ジョバンニ神官独自のアレンジだよ」

「なるほど、あの空に舞い上がって行く様子は不思議な情景でしたね」


 アダムはあの時の情景を思い出してみる。


「みんなで見上げていると、最後に空が澄み渡って、暖かな祝福を受けたように感じました」


 アンもアダムと同じように感じたようだ。


「ジョバンニ神官は風の神ティンベルのご加護を受けているんだ。ただ撒くだけじゃなくて、参列者が不思議な驚きを共有する方が、確かに効果的だとぼくも思う」とアランは言った。


「どうぞ、店の中へ、こちらで肉料理を切り分けていますよ」


 店の振る舞いが始まったようだ。肉の大皿の前に人が並びだした。


「ぼくたちも行こうか」


 アランを先頭にアダムたちも列の後ろに付いた。切り分けてもらった客は店の中の席へ入って行く。中ではワインやエールも出してくれているようだった。


「俺には大きく切り分けてね、小父さん」


 ドムトルが虫のいいことを言っている。


「大丈夫だよ、店の中には他の料理もあるからね」


 店員がにこやかに答えてくれた。


 アダムは木皿かと思って手に取ったが、ライ麦パンを伸ばして硬く焼いたもので、皿のようにその上に肉とソースをかけて渡してくれる。肉汁とソースが沁みて柔らかくなった所をかじっても中々美味しい。肉は豚肉で香ばしく焼けている。ソースはグレイビーソースのようだった。


「ジョバンニ神官に挨拶しなくていいのですか」


 アダムが聞くと、アランはいいんだよと言った。


「むこうも、店主のご接待を受けているところだろうからね。邪魔をしたら怒られるよ」


 気に入られれば、次ぎも指名で呼んでもらえる。当然心づけが入るので、自分のファンを作れるかどうかは、これからの神官人生にとって非常に重要だ。若い神官は名前が売れるまでは、祈れば金になるという訳には行かないと教えてくれる。


「何か聞いたら、有難味が少なくなりました」とアンが言った。

「ジョシューなら、神官もいいかなと言いそうだぞ」


 ドムトルの一言にアダムもアンも笑ってしまった。そのとおりだと思ったからだ。


 アダムたちは店の中に入って、振る舞い料理を堪能したのだった。

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