第13話 ザクト神殿の初日(前編)

 ザクト神殿に来て初めての朝、アダムはいつもの習慣で4時過ぎには目を覚ました。しかし神殿の朝はもっと早いようで、みんなが活動を開始していた。部屋を出て階下へ降りてみると、回廊や中庭には既に朝の清掃をする神官たちの姿があった。


 アダムはあわてて部屋に戻って、両隣りの部屋の様子を窺ったが、アンもドムトルもまだまだ起きて来そうになかった。食事に行く時間を6時で約束していた。一人で朝の自主練をするにしても、神殿生活のリズムを知って、訓練場所も探す必要がある。アランに色々聞かなければならない。


 今日は仕方が無いので、アダムは部屋で運動をして無理やり時間をつぶした。運動している間に、隣の部屋で動きを感じたので、約束の時間より早かったが、無理やり声を掛けて三人は食堂へ出かけた。


「神殿ってずいぶん朝が早いんだな」


 ドムトルが言う通り、セト村も朝は早いが、ザクト神殿はもう3時過ぎには動き出していた。


「アランさんに会ったら、神殿の生活を詳しく聞いてみましょうよ」


「アンの言う通りだな。これから神殿に寝泊まりする以上、その場所の習慣に合わせないとな」


 アンもアダムと同じ考えのようだった。


「朝のお祈りとか、何か、俺らも参加するのか? 何か面倒くさいぜ」

「俺たちだけ寝ている訳にもいかないよ。それにセト村じゃないから、他にやることもないだろう」


 ドムトルは分からない事に参加するのが不安なのかも知れなかった。

 アダムたちが食堂に行くと、6時過ぎだったが既に食事ができるようだった。

 教の朝食のメニューはライ麦パンと野菜スープで、そこに薄いワインが付いた。焼きたてのパンが美味しい。

 食堂には部署によって交代で食事に来ているようだった。

 食事を終えるとアダムたちは、政務室の受付へ行った。


「みんなおはよう。ユミルさまから聞いて待っていたよ」


 声を掛けると待っていたようにアランが出て来た。朝食も早番で食べたと言った。


「今日は、みんな何処へ行きたいのかい?」

「えーと、今日はまず朝からどうして良いかわからなくて」とアダムが聞いた

「じゃ、中庭で話をしようか」


 アランはみんなを中庭のベンチへ連れて行った。


 主殿を出たところから、回廊を出て中庭に出た。そのまま庭園の通路を歩いて行くと、中央に小さな池があって、正面の水辺に小さな祭壇があった。太陽神ソルの神像の前にお供えをする御台がある。季節の行事で使われるのだと言う。アランたちは行事に参加するものが控えて座る石のベンチで話を聞くことにした。


「そうだね。通いの神官もいるけど、僕たち神殿に住み込んでいる者は、3時過ぎには起きて、朝の清掃をします。自分の身の回りと決められた担当場所があればそこを掃除して、時間があれば朝の学習の時間にします。6時から朝食の時間です。7時から朝のお祈り、続いて神事や季節の行事があります。12時に昼のお祈り。12時半から昼食。午後1時半から午後の神事や季節の行事。5時半から夕食。6時半から夜の学習もしくは行事。8時から夜のお祈りをして、それから就寝かな」


 朝と昼と夜の祈りは、自分のための祈りであって、自分を守護する神を中心に自分でお祈りをする。朝の神事、午後の神事が神殿として行う行事で、例月の神事や季節の神事など色々あって、神官長がスケジュールを決めて事前に発表がある。神事や行事は内容によって指導する司祭神官が決まっていて、神殿長が執り行うものから、一般の神官が交代で司祭神官として執り行うものがあると言った。


 その他、信者から依頼を受けて、祈願やお祝い、地鎮祭や竣工式、結婚式や葬儀等々、色々な仕事がある。また、神殿の所有する荘園の管理業務もあって、それも政務室の神官が管理しているとのことだった。


「すげぇ、大変だ。そういえば、俺らの村にも洗礼式で神官がいらっしゃったな」


 ドムトルは聞いただけで大変だと思ったようだ。


「みんな、良く自分の仕事が分からなくなりませんね」とアンも感心する。

「そうだね、担当ごとに責任者が決まっていて、しっかりと管理しているからね」

「ユミル先生は何を担当されているのですか」とアダムが聞いた。

「ユミルさまが一番大変なんだよ。なにせ、神官長が決めることは事前にユミルさまがみんなチェックしているからね。従者のぼくもだから大変なんだよ」


 最後はアランもちゃっかり自分の売り込みもした。


「この神殿にはユミル先生より偉い神官もいっぱいいらっしゃるのですか」


 やっぱりアンの基準はユミル先生だ。


「ザクト神殿には神事を指導する司祭神官が23名いらっしゃるよ。その内で特に偉いと言われる方が神殿長をいれて3人いらっしゃる。神殿長の他は、神学の研究者として有名なヤーノ教授と月巫女さまだ。ユミルさまも五柱のご加護を受けて将来有望といわれているが、まだまだお若いからね」


「月巫女さまのことは、ユミル先生からもお話を聞きましたが、そんなに特別なんですか?」


 アンがアランを見た。


「うーん、本当は関係者以外には話しちゃいけないことになっているけど、アンちゃんならいいかな。月巫女さまは随分前に引退されているんだけど、エルフなんだ」


「エルフ!」


 アダムもアンもドムトルも、みんな声を上げた。みんな聞いたことはあってもエルフは見たことが無かった。


「ああ、ぼくも正確には知らないんだよ、月巫女さまが何歳になられたのか」とアランは答えた。


 こりゃ、早く会った方がいいなとアダムは思った。


「それで、みんなは今日はどこへ行きたいのかな」とアランが聞いた。

「俺は冒険者ギルドと武器屋です」とドムトルが答えた。

「うちの施術院に入院していた親しい冒険者がいるんです。ザクトへ来たら訪ねてこいって言われていて」とアダムも答えた。

「そうしたら、ユミル先生から言われているんだけれど、最初に古着屋に行って、神学校の制服を買おう。それから冒険者ギルドと武器屋へ行こう。それと今日は近くの飲食店の開店イベントに先輩の神官が呼ばれているから、それを覗いて、お相伴に預かろうぜ。なかなか美味しい店らしいからね」


 アランは自分の考えでどんどん話を進め出した。


「あの、古着屋って?」とアンが聞いた。


「ザクトの神学校の制服って、他の学校の制服と同じだから、普段使いの服として買っておくようにと言われているんだ。王立学園に入る時は王国から新品の下賜があるから、学園用は心配ないってさ。いいよなぁ、ぼくは服を新調してもらったことないや」

「俺とアンも孤児なんです。ザクトの孤児院も結構子供は多いんですか?」

「いや、毎年数人かな。いない年もあるから、ぼくも幸運なんだよ。外の子だったら入れてもらえないからね」


 アランの話だと、市民権の無い浮浪者の孤児は全く世話されないと言う。


「ザクト神殿は外の浮浪者へお布施をするから、ぼくも手伝いについて行くけど、外の浮浪児はとても大変だよ。恰好もあるけど、不潔だし、もちろん教育も受けられない、中には救えないほど悪に染まった奴もいるからね」

「ユミル先生は浮浪層出身だと聞いたけど、特別なんですね」とアダムが聞く。

「そうだろうね。王都ではどうか知らないけど、もっと厳しいんじゃないかな。きっと何か特別な経緯があるのだと思うけど、ぼくは教えてもらっていない。だからアダムもアンちゃんも、メルテルさんに感謝しないとね。君たちも特別なんだよ」

「はい」とアンが答えた。

「あの、お昼には戻るんですか」

 ドムトルは一応食事の心配をしておく。

「いや、その新装開店のお店でお披露目があるんだ。今日はお祝い客には無償だよ。それじゃ、行こうか」


 アランは立ち上がった。


 古着屋は西門側の職人街にあった。ザクト市街は中央広場を中心に傾向としては、西門側が職人街、中央が商人街、東側が公共施設や住宅街が中心になる。もちろん生活の都合で雑多なサービスが混じるので、東側に職人の店がない訳ではない。


 その店は、職人の作業着を中心に、神殿関連の古着も一手に扱っているらしかった。アランも先輩に連れられて初めて来た店でもあった。


「この辺りが、神殿の学校関係の服だから、良く見てね」


 アランはアダムたちに探すように言うと、自分は店員に話しかけて雑談を始めた。

 パターンも色もあまり違わない服がいっぱい吊ってある。アダムたちは後は大きさだけだから、選択肢はほとんど無い。すぐに体に当てて決めてしまう。

 女物は少ないので、アンが店員に声を掛けた。


「お客様はお小さいので、こちらのフォーマルから選ばれてもよろしいと思いますよ」


 店員がアンに勧めたのは少し値段が高かったようで、アンは決められなくてアランに聞いた。


「支払いはみんな神殿持ちだがら気にしなくていいよ」


 アランはまったく気楽なものだ。 


「王立学園でもこれでいいのでしょうか?」とアンが聞く。

「全然違うよ。王立学園は貴族学校だからね。平民が入るのが特別なんだよ。普段着でも古着なんて考えられないよ」


 アランはあっさり言うが、アンもアダムもドムトルも、急に不安でいっぱいになる。


「ああ、心配はもっともだよね。ザクト神殿で礼儀作法も習うけど、こればっかりは行ってみないと分からないんじゃないかな」


 アランが言うには、平民の優秀者が参加するといっても、普通は隅の方で傍聴するくらいだと言う。ユミル先生の時も隅で目立たないようにしていても、大変だったと聞いたらしい。


「アンちゃんはプレゼ皇女のご学友に成るかもなんだろ、ちょっと考えられないよ。上級貴族の子弟は普通に従者もいるけど、ご学友だからね。いやアンちゃんにも従者が付くのかなぁ」


 アランはますます心配になるようなことを言った。でも、そこからは心配しても仕方がない、呼び寄せるのは向こうなのだから、困らないようにするのは向こうの責任だ。実際に入学準備には王国側がちゃんと手配を考えているらしいとも言った。

 もっともな意見だが、アダムたち当事者としてはまったく不安は解消しなかった。


 買った服は今日中に神殿へ届けてくれると言う話だったので、アダムたちはそのまま次の冒険者ギルドへ向かったのだった。

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