第10話 自主練の開始と魔力の衝撃

 アダムは8月になってから独りで自主練を始めた。色々あって体力を強くする必要を感じたことと、独りで自分の身体と向き合い、地球時代と何が違うのか実感したかったのだ。


 毎朝4時過ぎに起き出し、村はずれの森の中の訓練場所までランニングする。そこは人目を気にせず練習できる場所として、前もって探してあった。


 最初に準備体操をした後、拳法部時代に覚えた型を中心に、体力作りと敏捷性のアップを図る。最後に木陰で瞑想し、身体の中の魔素の流れを探る。

 運動して体力を使い、身体に疲労を感じる時に、地球時代とは違う感触が無いのか、アダムは実感したいと思った。


 それと、アダムはガンドルフの訓練を見て感じたが、この世界には体系だった体の裁き法がない。そうだとすると、今後何があるか分からないが、大きなアドバンテージになるような気がしたのだ。


 一週間もしない内にアンもメルテルも、アダムが抜け出して行くのに気が付いたようだが、何も言わなかった。アダムも朝食の前には戻って来て、井戸端で汗を流すと、後は何食わぬ様子で過ごした。


 魔力感知については、補講の都度ユミルから魔力を流してもらうことで、アダムは自分の身体の中の魔力(魔素の流れ)を感じられるようになって来た。これは地球時代にはなかった感覚だった。


 ユミルは次に、それを理力の力で扱えるようにしろと言う。理力とは理解する力であり、物事を判然と理解し認識することができれば、手を握って力を籠こめるように、理力で魔力を籠こめることができると言う。つまり悟りなさいとアダムは言われている気がした。


 ユミルはこれも経験で出来るようになると言う。洗礼式を受けることで、人は身体という器うつわが整えられ魂魄こんぱくが定まる。それによって理力も安定すると言うのだ。


 確かに魔力感知については、アダムとアンに続いて、ドムトルとジョシューも分かるようになった。アダムたちは、それぞれ次の段階にいこうと意気こんだ。


「なんか、ばばーんと一気に出来るようにならないかなぁ、、」


 ドムトルが言ったが、それはアダムたちみんなの気持ちだった。

 補講が無い日は自習することになるが、アダムとアンは項目を終了していた。そこでドムトルとジョシューの分からないところを教えることになるが、勢いサボりがちで、ドムトルに引っ張られて遊びに出ることになる。


「今日はウサギ狩りにいくぞ!」


 ドムトルが喜び勇んで呼びに来た。叔父が森番をしているザクト領主ガストリュー子爵の狩猟場で、魔素ウサギが出たらしい。領主が狩猟をする時の邪魔になるので、早いうちに狩らなければならないらしい。


「今日は勢子せこの手伝いなら連れて行ってやると言うんだ。いくだろ?」


 ドムトルの話によると、領主のウサギ狩りでは、20頭を超える猟犬を連れて勢子が獲物を狩場へ追い立てる。領主は仲間の貴族とそれを待ち構えていて、猟犬に追われて飛び出して来たウサギを弓で狩ると言う。


 その時、猟犬は躾けられていて、自分で捕まえるのではなく、わざと遅く追い回す。ウサギは縄張り意識が強いので、自分の縄張りを逃げ回わって何回も同じ辺りを走り回る。それで、ウサギが同じところに先に飛び出して来るので、狩り手が狙い易いという訳らしかった。


 おお、良く考えられていると、アダムは感心する。

 しかし、魔素ウサギが混じっていると、大人しく追われるだけのウサギが、魔素ウサギの先導で猟犬に向かって来るので、狩りが思い通りに進まない。それで森番が前もって魔素ウサギを狩っておくと言うのだ。

 アダムとジョシューは俄然興味を惹かれて乗り気になった。


「アンはどうする」とアダムが聞いた。魔物とはいえ殺生には抵抗があると思ったのだ。


 アンは少し考えた後、行くと言った。


「みんなが心配ですもの」

「馬鹿言え、ウサギだぞ。そんなの大丈夫に決まっているだろう」


 ドムトルもジョシューも全く不安を感じていなかった。

 アダムも興味を惹かれて不参加は考えられない。全員で参加することになった。


 待ち合わせ場所に行くと、ドムトルが叔父さんと馬車で待っていた。


「やあ、君がアダム君かね。それじゃ、こっちがアンちゃんかな? いつも話は聞いているよ」


 ドムトルの叔父さんのニンブルは、ごわごわした髪の毛が特徴の、日に焼けた大男だった。ジョシューは既に知っているようで、手を振っている。


「今日は、よろしくおねがいします。初めてなので色々教えてください」


 アダムが挨拶をする横で、アンもにっこり笑って見上げていた。

 荷台には二匹の猟犬も乗っていて、興味津々とこちらを伺っている。


「それじゃあ、出発しよう」


 アダムたちは馬車の荷台に乗せてもらって出発した。


 みんなが行儀よく荷台に座ると、すかさず二頭の猟犬が寄って来て、アダムたちに顔を押し付けてくる。アンもおっかなびっくり手を伸ばしていた。


 ガストリュー子爵の狩猟場は、セト村に隣接する森の近くで、馬車で30分もしない内についた。街道の入口に建っている番小屋で馬車を降りると、そこには、冒険者のクロノスも待っていた。他にも二人立っている。


「お久しぶりです、クロノスさん」とアダムとアンが挨拶をした。


 ウサギと言うことで、今日は他のメンバーの出番は無く、射手としてクロノスだけが参加しているらしかった。他の二人も弓専門の冒険者だと言う。


 アダムたちはニンブルが先導する形で森へ入った。背丈ぐらいの長さの杖をわたされて、それで草や木の枝を叩いてわざと音を出しながら進む。二匹の猟犬が先導して様子を伺っている。でも今日は無理に追い掛け回すのでは無く、ゆっくり前に押し出す形だ。


 クロノスたち射手は先行して、林を抜けて少し見通しの良い狩場で待機している。狙いは魔素ウサギなので、普通の野ウサギは放置だ。


 作業しながら喋っても良いと言うので、アダムはみんなに九九を暗唱させる。


「じゃ、ドムトル、みんな。九九の練習するぞ」


 九九ができないと、暗算もできないし、できなければ次の段階に進めない。ドムトルは特に苦手だった。

 アダムたちが九九を唱和しながら歩いているとニンブルが驚いた顔をしていた。


「ドムトル、4・7何だ?」とアダムが問題を出す。

「4・7と7・4は同じだぞ」と、すかさずジョシューも口を出した。

「分かってるよ、、、、28だろう。だよな、アン」


 ドムトルは不満顔をアンに向けて同情を引くので、アンはククッと歩きながら笑った。

 アダムたち勢子が出す物音に驚いて、逃げ出す鹿もいた。しかしこの狩場では大型の動物は管理されていて少ないらしい。森番のニンブルが定期的に見回っていると言う。


 猟犬が地面の臭いを追い始めた。何やら先の方でも物音がして、ウサギが追われて走りだしているようだ。


「ゆっくりでいいよ。少しペースを落とすよ」


 ニンブルが手を上げて俺たちを止めた。二頭の猟犬を呼んで話しかける。この二頭は猟犬の中でも優秀な犬で、魔素ウサギを嗅ぎ分けると言う。


「行け!」


 ニンブルの合図で二頭は小走りに林に分け入って行った。途端に先の方で犬の鳴き声が聞こえた。鳴き声が先へ移動する。


「俺たちも行くよ。すぐに林の切れ目だから、そこで止って草むらに出ないでね。射手が狙っているからね。いいね、行くよ」


 アダムたちは横一線になって、また歩き始めた。


 林を出たところで、草むらで対峙する魔素ウサギと二頭の猟犬が見えた。魔素ウサギは少し赤っぽい体毛をして丸々と太っていた。猟犬と同じくらいの大きさで、力が漲っているような勢いを感じさせる。二頭の猟犬が左右に分かれて牽制するが、悠々として追い詰められているようには見えない。むしろ犬をあしらいつつ、別の木立の中から弓で狙っている射手を意識しているように、アダムには感じられた。


「ありゃ、向こうで狙ってるの、分かってるんじゃないか?」


 ドムトルも同じことを感じたようだ。

 その時、羽音を立てて矢が飛んで来るのが見えた。放物線を描いて飛んでくる矢は、スローモーションのように遅く見えたが、実際は目も留まらぬ速さなのだ。だが、魔素ウサギは余裕を持ってかわした。


 魔素ウサギは射手の潜む木立を見たが、ゆっくりと向きを変えて、アダムたちからも離れるように歩きだした。すかさず二頭の猟犬が牽制する。でも、魔素ウサギは来るなら来いっと言ったふてぶてしい感じで、顔を上げで片方の猟犬に向かって手を軽く振った。


 その時、またもや矢が二本飛んで来て、続けざまに時間差で、もう一本飛んで来た。余裕で避けようとする動きを見越した三本目の矢は、目に見えてスピードが違っていた。さすがに魔素ウサギも余裕なくすれ違うように躱そうとした時、矢の軌道が不自然に変わった。避けた魔素ウサギを追って進路を変えたのだ。魔素ウサギは、たまらず手で叩き落そうとしたが、矢は腕に当たって、バンと爆発した。


「魔法だ、あれ、魔法だぞ!」


 ドムトルが叫び声を上げた。叫び声に魔素ウサギがこちらの気配に顔を向ける。元々赤い目が炎を揺らすように見えた。その右前足が爆発で潰れて、血がこぼれて落ちていた。


 どうせウサギだろと、たかを括っていたアダムたちの予想を遥かに超える迫力に、みんなは息をのんだ。ニンブルが手槍を構えて、一歩まえに出た。


 魔素ウサギは逃げられぬと意を決したように、こちらに向かって全力疾走してきた。太く大きい後ろ足が力強くキックして、飛距離というか歩幅が大きい。アッという間に迫って来た魔素ウサギに、ニンブルが立ちふさがって、ドンとぶつかった。アダムには、ニンブルの身体が少し黄色い光に輝いた気がした。その壁のような巨体に激突して倒れた魔素ウサギに、ニンブルは素早く手槍を突き通した。


 終わってみればあっけない最後だったが、二つの生き物が自分の魔力(生命力)を全力でぶつけ合う姿に、アダムたちは衝撃を受けた。この世界では魔力と生命力は同じなのかもしれなかった。


「終わったね」と言って、クロノスたちがやって来た。

「いやいや、手強かったよ」


 ニンブルは素早くロープで獲物の足を縛ると、近くの木の枝にかけて血抜きをする。

 解体は番小屋に帰ってからにすると言った。


「こいつの他に、魔素ウサギの気配はあったかい?」


 ニンブルが探知魔法を使うクロノスに聞く。


「いや、いないようだね。それじゃ、これで今日は終わりかな」

「ああ、これでも、子供達には刺激が強かったようだしね」


 ニンブルがアダムたちを見て微笑んだ。


「凄かったよ。俺、叔父さんがあんなに強いとは思わなかったよ」


 ドムトルがまた失礼なことを感動しながら言うので始末が悪い。


「何を言っているんだよ。あれで驚いていたら、荒れ熊なんてどうするんだよ」


 クロノスが横から口を挟んで笑っていた。


 ニンブルは二頭の猟犬を呼び、戻る用意をした。クロノスたちも放った矢を回収して、辺りの始末をする。手の空いた男が魔素ウサギを木から降ろして、杖に足を括りつけた。大人たちが交代で運ぶらしい。


 アダムたちは疲れたせいもあって、帰り道は大人しく言葉も少なく帰ったのだった。 


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