第9話 初めての魔法実習

 牛追い祭りの騒ぎの翌朝、アダムたちが食事に降りて行くと、メルテルから、七柱の神のご加護の話が噂になって、馬鹿な振る舞いをする者も出て来るから、気を付けるようにと話があった。


「アダム、アン、何かあったら周りの大人に声を掛けるのですよ」と言う。

「はい、母さま」とアンが答えた。

「ガンドルフさんは、もう帰ったの?」


 アダムが聞くと、客の商人と今朝早く出たはずだと言う。


「10月になってアダム達がザクトに来たら、一度様子を見に神殿に行ってくれると言っていたよ」


 メルテルはザクトに気の置けない知り合いが出来て良かったと言った。

 村の役場の教室に行くと、すでにドムトルとジョシューが来ていて、昨日の話をしていた。


「俺はあれから父ちゃんの所に行って、店の手伝いをしたけど、あのピエロ達はもう広場に戻って来なかったよ」


 ジョシューがアダムたちに言った。


「親父も、あのピエロは見たことがないってさ」


 ドムトルも自分の父親と話をしたようだ。

 アダムがピエロに見つめられて気持ちが悪くなった話をしたが、アンは良く分からなかったと言う。


「俺たちも、ガンドルフさんの体がじゃまで、良く見えなかったぞ」


 ドムトルもジョシューも見なかったし、何も聞こえなかったと言う。アダムは不思議な感じがした。


 ユミルが教室に入って来て、補講が始まった。

 アダムは早速先生に聞いてみた。


「顔の無いご主人さま、と言ってましたが、あれは、顔の無い神に関係あるんでしょうか?」

「うーん、はっきりとは断言できないでしょう」


 ユミルは、顔のない神を崇める異端者がいることは知られているが、その狙いも実態も分かっていないと言う。


「あの者がその仲間かも知れませんが、だからと言って、今できることはありません。ただ、私たちが気を付けて、油断しないようにしなければなりません。王立学園のワルテル教授にも私の方から報告はしておきます」


 そして先生は、補講の内容を少し変更して、魔法の実技講習を少し早めますと言った。


「ザクトへ行ってからの予定でしたが、セト村での学習進度も早いですから良いでしょう。それに、あんな事があるようだと、早めた方が安心ですからね」


 午後の魔法講習が始まった。

 先生は魔法学の基礎の続きから話し出した。


「今日は七柱の神さまについて詳しく説明しましょう」


 ユミルはそう言うと、創生神話の話を始めた。


「宇宙の創造神デイテは、まず太陽神ソルと月の女神ルーナを創生され、次にエレメンタル神である五柱の神さまを創生しました。しかし、宇宙の創造神デイテは、人間にはとらえ切れない、純然思念(存在する意思)でしたから、太陽神ソルを神の王と定めたのでした」


 そのため、七柱の神さまの役割や特性があると言う。それを表すと以下の通りだ。


・太陽神ソル(長男)力・権力を象徴。政治の神。火の女神プレゼを妻とした。人間の娘を誘惑する神。


・月の女神ルーナ(長女)平安・正義を。司法の神。夜と冥府の神で魂の再生を司どる。未婚(処女)。

・火の女神プレゼ(次女)愛と苦痛を象徴。軍事の神。太陽神ソルの妻であり、嫉妬の神。

・土の神ソイ(次男)学問・知識を象徴。工業(鍛冶)の神。木の女神メーテルを妻にする。

・木の女神メーテル(三女・双子)豊穣・友愛を象徴。農業の神。土の神ソイの妻。安産の神。

・水の神ワーテル(三男・双子)恵み・水運を象徴。漁業の神。旅と放浪の神。独身。

・風の女神ティンベル(四女)幸運・金運を象徴。商売の神。風をよむ神、悪戯の神。未婚(処女)。 


 神殿でお祈りをする時も、どの神さまにお祈りするのか、この違いを知っていなければ効果が少ない。だがら神官が洗礼式の際に、神さまのご加護が人生の指針だと言ったのだろう。この通りなら、確かにジョシューは商売で大成する可能性が高いことになると、アダムは思った。


 続いてユミル先生は属性魔法について説明し出した。


「そして、エレメンタルの属性に従い、火・土・木・水・風の魔法と呼ばれる体系があります。ここで注意をしなければならないのは、火魔法だから攻撃の魔法で、土魔法だから防御の魔法だと単純に考えてはいけないことです。魔力でそれぞれの属性に働きかける魔法であって、その使い方によっては、攻撃や守りだけではなく、生活の補助を行ったりと、術者の想像力によって、できることが広がることを知っておいてください」


「えっ、呪文を唱えると、ばばぁーんと火を出すとか、水を出すとか、魔法ってそんなのじゃないのか?」


 ドムトルが横に座っているジョシューに小声で聞いた。


「みんなの周りに、そんな便利な魔法を簡単に使う人はいないでしょう? 呪文によってはそれを単純化して見せるので、あたかも急に火が出たように見えますが、背景にある原理を知らなければ高位の魔法は使えません」


 単純化した呪文魔法だけを使っていては進歩はしないと言う。

 ユミルは笑って魔法が発動する仕組みを教えてくれる。


「この世界には魔素が充満していると話しましたが、まず術者はその魔素を魔力(一つの流れや塊り)として認識できなければ扱えません。次にその魔力を理力で扱えなければなりません。そして、その魔力で事象に働きかけることで、一定の現象を顕現させるのです」


 みんなには段々難しくなって来たようだった。


「後で実技もやりますから、手順を踏んで体験して行けば理解できるようになります。今はそんなものかと聞いていて下さい」と、先生は励ましてくれた。


「つまり、無から有は生まれないと?」


 アダムはつい口を出してしまった。

 ユミルは驚いたようにアダムを見た。


「どういう事だよ、アダム」とジョシューが聞いた。

「つまり、何もないところに水はできない、だから、湿った空気や濡れた地面から、水を集めるとか、取り出すとか、働きかけるということだろうと思う」とアダムは答えた。

「驚きました。その通りです」


 ユミル先生はそう言って、かつて高位の魔術師は、戦場で積乱雲に働きかけて、敵軍に大雨を降らせたり、雷撃を落としたり出来たと言う。


「つまり、ただ雷を落せと祈るのではなくて、積乱雲にどう働きかけるが重要なんですね」


 アンは理解したようだ。自分の妹はやっぱり優秀だとアダムは思った。

 ユミルはそうですと言ってから、癒しの魔法について話し出した。


「だから魔法を行うには、属性の特徴を理解する必要があるのです。例えば、癒し手が使うヒールと呼ばれる魔法も、木の属性のヒールと水の属性のヒールがあります。木魔法では負傷した細胞そのものを活性化させて再生を促し、傷を癒しますが、水魔法では負傷した部位の不純物を取り除き、体内の血流を整えることで細胞の活性化を促し、傷を癒します」


「先生、今のお話なら、直接再生を促す木魔法の方が直接的で効果が大きいのではありませんか?」


 癒し手に一番関心が強いアンが聞いた。


「いいえ、一概には言えないと言うのが正解なのです。例えば、毒の刃で切られた傷を考えてごらん。傷口を治しても、傷に毒が残っていたらダメでしょう。逆に毒が浄化されても、傷口が塞ふさがらなければ完治しません。だから、病気や傷の原因と状態によって使い分けるのが正解なのです」


 先生はだから、メルテルは木の女神のご加護を受けていると聞いているが、水魔法のヒールも努力して修練したに違いないと言った。

 アンは自分の事のように感心して、自分も頑張ると言った。


「アンは良いよ。全部の属性の加護をえているんだもの」とジョシューが羨ましがる。


 でも、ユミル先生はそれは違うと言った。


「自分の学びたいことを伸ばしていけば良いので、素質はあっても努力しなければ才能は伸びませんよ。風魔法は風を読むと言って、商売の行方を占う魔法もあると聞いていますよ。出来ないことより、出来ることに向かって行く方が楽しいじゃありませんか」


 それを聞いて、ジョシューはしばらく考えた後に言った。


「そうですね。ドムトルなんか土の神のご加護をもらっていても、掛け算もできませんもんね」


 ジョシューは碌なことを言わない。


「俺のご加護は戦闘魔法のためにとってあるんだもの。後でびっくらこくなよ!」


 すかさず、ドムトルが言い返した。


「先生、太陽や月の属性の魔法というのはあるのですか?」とアダムが聞いた。


 アダムにとっては死活問題だ。


「光魔法と言われるものがあります。これは五つの属性魔法の上位魔法と言われています。しかしこれらの魔法は基本の属性魔法を一定以上習得しないと、理解できないと言われているのです」


 ユミルが説明するところによると、魔法の呪文(神文)は神の眷族が伝えた神の言葉であり、読めば理解できると言うものではないと言う。神文が表す現象を理解しなければ顕現しないと言う。


「例えば人が思い浮かべる炎といっても、その炎の大きさ、色や温度は千差万別です。神文が言うところの「炎」がこれだと、目の前に出してもらえば理解できるが、見も触りもしないで理解は難しい。だから低位の魔法は習得が比較的容易だが、高位の魔法になればなるほど理解習得が難しくなるのです」


 ユミルによると、王立学園でも低位の魔法は教えられても、教師ができない魔法は教えられないという。


「それでは、高位の魔法を習得したい場合はどうするのですか?」とアダムは続けて聞いた。

「高名な魔術師を探して弟子入りします」


 だから光魔法を習得するには、まず他の属性魔法の基礎理解が必要で、さらに教えられる師匠を探す必要があると言うことだ。先生は、国教神殿の巫女長さまが光魔法をお使いになると聞いていると言った。

 アダムは気になることを更に聞くことにした。


「ユミル先生、光魔法があるなら、闇魔法というのはないのですか?」


 ユミルはぐっと、言葉をためてから言った。


「アダム、それは顔の無い神のことで思いついたのですか?」

「昨日のようなことがあったので、少し心配になりました」


 アダムは正直に答えた。


「闇魔法ついて私は知りませんが、この世界には不可思議なことが沢山あります。ないと決めつけてはいけないと思いますが、逆もまた真なりです。決めつけずに用心しましょう」


 ユミルは王立学園を卒業しているが、まだまだ先生とのつながりもあるので、気を付けておきますと言ってくれた。


「それでは、具体的な実習にはいります。まず魔素の流れを感じて、それを魔力として使えるようにする必要があります。手に力を籠めるように、理力の力で魔力を籠める感覚を掴まなければなりません」


 ユミルは順に一人ずつの手を取って、魔力を流し込んで見せた。

 洗礼式の時に神具の錫杖を握ったときに、アダムは手の平から何か力を吸い取られるような感じかしたが、今度は逆に、何か薄い熱のようなものが手の平から送り込まれて来たような感覚がした。

 ユミルは一人一人の反応を見ながら言った。


「感じたら、それを意識して、自分の体に流れている魔素の流れを感じてください。椅子にゆったりと腰を掛けて、背もたれに体を預けて、リラックスしてください。そして感じてください」


 アダムたちは思い思いに瞑想して、身体に流れているという魔素の流れを感じようとした。


「何か伝わって来る熱のようなものを感じました」


 アンが自信なさそうに報告した。

 ドムトルもジョシューも良く分からないといった顔をしている。


「今感じられなくても大丈夫ですよ。この世界には魔素が満ちています。この世界の生き物は全て感じられるのです。これから補講の度にやりますから。感触があれば、それを自分の中で反芻してください」


 ユミルはこれで今日は終わりにしましょうと言った。

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