第8話 補講の続きと牛追い祭り

 アダムたちの補講も、7月を過ぎるころには学習のリズムが分かって安定して来た。

 国語はもっぱらドムトルとジョシューの個別授業のようになって、アダムやアンはユミルが神殿図書室から持って来てくれる物語を自習して読むようになっていた。

 算数もドムトルを除く三人は予定分を終了して、ドムトルを悔しがらせた。


「ドムトルは学問と知識の神である土の神さまのご加護を得ているんだよな。なんか俺の方がご加護を受けているんじゃないか?」


 ジョシュウーは得意で仕方がない。自信ができると言うのは恐ろしいもので、ジョシューは先生にせがんで、学年が上の内容も教えてもらい始めた。


「俺の土の神さまは戦い専門なのさ。俺は防御魔法が得意なのに違いないと思うぞ」


 ドムトルも自分の都合の良いように考える性格だった。


 魔法学では人と魔物の話がアダムには面白かった。

 人というのは、普通人種、エルフ種、ドワーフ種、獣人種がある。それぞれが神の眷族を祖先としており、お互いが交配が可能なため、更に細かく分科しているそうだ。

 普通人、エルフ、ドワーフには純血にこだわる者が多いが、特にハイエルフ族というのは、外界とは一切交わらず、孤高の生活をしているという。


 逆に獣人種はもともと普通人種の亜種(混血)として創造されており、亜人種と蔑称されることが多い。都会の浮浪層として市民権を持たないものが多いことにもよる。ただし、運動能力に優れ、また商才、情報・欺瞞にも優れていることから、傭兵や密偵、旅商人を生業なりわいにするものが多いという話だった。


 魔物には、普通の動物や植物に魔素が影響して分科したものと、オーガやオーク、ゴブリンと言った人型の独特に進化した魔物がいる。こちらは人を攫って子供を作るといわれており、知能は低いが武器や防具を所有して襲って来ると言う。


 人型魔物には稀に優性種が生まれることがあり、その場合は魔法を使う者もいて、討伐には注意を要すると言う。


 そして最後に、神の創造の理(ことわり)の外にいる存在として、魔人の話を先生はした。

 これは神の創生神話に遡る話であり、存在を確かに記録されたものではないという。


「これは神殿に残る聖書(神話)としては、遅れて発見された文書で、神学者によっては正統性を疑っている者もおります。そしてその存在も確認されていないのです」と言う。


「宇宙の創造神デイテが、天地創造に当たって、七柱の神を創生した話は知っていると思いますが、実はデイテは、最初の神を創生する際に、初めてのこともあって形が定まらず、神ではないものが生まれたと言うのです。失敗作であったために名前も与えられず、それは銀河の川に流されたそうです。それが銀河の淀みとなり暗い沁しみ(ブラックホール)を生みました。これが名もない神(顔の無い神)と呼ばれる存在の創生神話です」


( これは、神との対話にも出てこなかった新事実か? )

( アンの使命を考えると面白い話だと思う。顔の無い神って、負の神っぽいよね。)


 アダムは神との対話を思い出した。


「月の神であるルーナは、夜の神で冥府の神でもあります。人の魂は死ぬと、冥府で愛の力によって浄化され、再生します。ところが、この冥府に名前の無い神の暗い沁みが浸透して来て、死んだ魂を堕落させて魔人に転生させると記されていたのです」


( 魔人が負の因子かな? 負の神の眷族? )


「ユミル先生、この話は入学試験にも出るのですか?」


 アダムが聞くと、ユミルはいいえと言った。


「いいえ、これは不注意に話すと国教では異端にされかねない話です。ただ魔物と同じで、知っておいて、注意するに越したことはありませんから」


 何か自分の周りにいる人間が、みんな意味深な言動をして来るような気がして、アダムは色々思案を巡らせるのだった。しかし他の子供たちは、そんな話もあるのねって感じで聞いていた。


 アダムたちは、段々とユミルに慣れて来て、ユミルがセト村に泊まる日は、授業が終わった後も教室に残って、色々と王都の話を聞いたりした。

 そんな中で、7月の最後の休みの日に、セト村の牛追い祭りがあった。


 その日はユミルが来ていない日だったが、一日早く来てもらって、午後からの牛追い祭りを一緒に見物することにした。


 セト村の牛追い祭りは、秋の収穫の豊穣を祈って執り行うもので、成人した独身の男が自分で牛を選んで、後ろから囃はやし立てて追い、村の外れまで行って帰って来る速さを競うものだ。


 この日はせっかくなので、村ではユミルにスタート前のお祈りをお願いした。


「いつもは村長が代表してお祈りを上げるのに、今日は本式だぞ!」


 中央広場のスタートラインに並んだ男たちも、今日は意気込みが違う。

 ユミルが太陽の方を向いて跪いて、首を垂れ、お祈りをした。

 その場にいた者も全員が同じように跪いて祈る。


「宇宙の神 デイテよ 

 天地を創造せし七柱の神々 太陽神ソル、月の女神ルーナ、

 火の女神プレゼ、土の神ソイ、木の神メーテル、水の神ワーテル、

  風の神ティンベルよ

 豊かな大地と清らかなる水を下さり、全ての実りに感謝を捧げます。

 暖かな光と爽やかな風を下さり、健やかな成長に感謝を捧げます。

 神の子であるセト村の民の喜びをご覧ください。

 ザクトの神官ユミルがお願い申し上げ奉る 」


 ここから先は村の役員が祭りを仕切ることになる。

 開始線に立って、合図をした。


「始め!!」


 出場者の若者が一斉に自分の牛に声を掛け、追いやる。

 始めの内は周りに人垣があるので、牛たちも逸れずに走り出すが、すぐに言う事を聞かなくなって、あちこちに頭を突っ込んでしまう。危ないのもご愛敬で、見物人も大笑いで楽しそうだ。


 アダムやドムトル、ジョシューだけでなくて、村の子供たちがその後を追いかけてハシャギ回った。アンはユミルと手を繋ぎ、ぶら下がるように観戦していた。


 往復しても400m位なので、優秀な組は15分もしないで帰ってくる。当然帰って来ない組もあるが、さすがに2時間位で順位は締め切ってしまう。それから優勝者に村の賞品を渡して終了する。後片付けもあるので、それでも結構時間が掛かってしまう。


 広場沿いには、近隣の村や街から、雑貨や食べ物の屋台が集まって来ていて、夕方まで賑やかなのだ。子供達も当然夕食までは広場の周りを走り回ることになる。


 村では、夕方から食堂兼飲み屋で、牛追い祭りに参加した若者を中心に、独身の男女を集めて集団お見合いの飲み会を開催する。この時は村の貯蔵蔵からエール樽が出されて飲み放題になるのだ。やっぱり村としては、産めや増やせや、が第一優先なのだ。

 この時、広場に残った大人達も、しぶとく屋台に残って飲み出すことになる。


 アダムたちも今日は、ユミルという恰好の言い訳があるので、広場の屋台のひとつに一緒に座っていた。村の役員が先生に料理を勧めて来るので、お相伴に預かっていたのだ。


「そろそろ君たちは帰った方がいいんじゃないか?」


 役場の人が言って来るが、それでもアダムたちは周りの喧騒に夢中になっていた。

 じゃらんと楽器の音がして、大道芸人が声を上げた。


「さぁさ、いらっしゃい。ヨルムントから来た道化のピエロが、ご挨拶申し上げます。これから、私の飼い猫が、玉乗りをしながらのジャグリングを披露いたしますぞ。さぁさ、ご注目、ご注目。」


 猫に似せた仮面を被り、耳としっぽを付けた獣人の子供が、大きな玉に乘って前に出て来た。両手にはバトン状の棒を持っていて、正面に止まったところで見事なジャグリングを始めた。毛深い毛があるので、着ぐるみの境が分からない。本当の大きなケモノのようだ。


「めずらしいね、獣人じゃないか、、、」

「かわいいねぇ、おっきぃ猫みたい、、」


 見物人のつぶやきが聞こえた。

 見事な手際でアダムたちも魅入ってしまう。


「凄げぇな、、、」とドムトルが感嘆の声を上げた。


 アダムが改めて楽器を持っているピエロを見ると、やっぱり獣人のようだった。こちらは仮面ではなく、正面の顔の部分だけ毛を剃って、真っ白に白粉を塗って描いている。アイシャドウで描かれた目玉が大きく力強い。


 最後になって、獣人の子供がバトンをピエロに投げ渡すと、えいっと、玉から宙返りで地面に飛び降りた。観客に向かって膝をつき一礼をすると、見物人から拍手が起こった。


「皆さま、見事な技におひねりをお願いします。

 これからわたくしめがお席にお伺いしますので、よろしくお願いします

 再演はまた後程行います。」


 ピエロが被り物を引っくり返し、それを両手に持って見物人に寄って行く。


「おっ、こちらの方はお優しい。ありがとうございます。

 あらあら、こちらのご主人はしみったれですな、、、

 へへっ、催促した訳ではありませんぜ、、、、、、、」


 ピエロは結構好きなことを言っている。

 その時、後ろからアダムを呼ぶ声がした。

 アダムが振り返ると、冒険者のガンドルフが立っていた。


「アダム、アンちゃん、お久しぶり」

「ガンドルフさん、お久しぶりです。もう傷は全快ですか?」とアダムが聞いた。


 ガンドルフは6月になって早々に退院していた。


「ああ、もう大丈夫だ」

「今日は遊びにきたの?」とジョシューが聞いた。

「いや、今日は商人の護衛さ。商人がこの近くを通るついでに、ここで屋台を出したんだ」

「メルテルに診てもらうの? この後一緒に来る?」


 アンも随分ガンドルフには慣れて来たようだった。

 アダムたちはそれから、ガンドルフをユミルに紹介した。


「あなたがガンドルフさんですか。ザクトですれ違っていても良いはずなんですけどね。お会いしませんね」


 アダムたちが話しているので、ユミルは荒れ熊討伐の話も聞いていた。


「先生、俺らは神殿には行かないですから。行くときは死んだときでしょう」


 ガンドルフも遠慮のない返事を返していた。


「いやだ、ガンドルフさんったら、縁起でもないことを言わないで」


 アンがガンドルフを睨んで見せた。


「えー、ご歓談中のところ失礼しますよ。通りすがりのピエロです」


 以外に大きな声に、アダムは驚いて声のした方を見た。


「あらあら、そんなに驚かないで下さいよ」


 大げさな仕草で、ピエロは両手を振って見せた。


 アダムが何かご用ですかと聞くと、笑いながら、アダムとアンを交互に見た。


「こっちは用がないから、向こうへ行きなよ」


 ガンドルフが前に立った。


「いえいえ、そちらがなくても、こちらがあるのです」

「どういうことだ?」

「姫さまに一言ご挨拶を」


 そう言うと、ピエロはアンに向かって頭を下げて見せた。


「お待ちしておりました、姫さま」と言う。


 ユミルも眉を寄せて見ている。

 ガンドルフが、いいかげんにしろと言って、ピエロの肩に手を伸ばした。

 ピエロはされるままにしていたが、アンとアダムの方に顔をにゅっと寄せて見せた。

 アダムが見ていると、黒い瞳がくるっと回転して、一瞬白眼になった気がした。

 アダムはゾクッと身を縮めた。


「顔のないご主人さまに代わって、わたくしめが、ご挨拶を、、、」と言い出したが、途中から声の調子が変わった。

「眼を借りて見に来たが、まだまだ幼い、、、」とつぶやきのような思念が、直接アダムの意識に伝わって来た。


「だれだ」


 ガンドルフが腰の剣に手を伸ばした。

 ピエロはさすがに、一歩引いて答えた。


「ロキと申します。娘のマーラともども、よろしくお願いします」


 ピエロの声は以前のふざけた調子を取り戻していた。

 先ほど曲芸をした獣人の子供はマーラという名前らしい。


「しつこい!」


 ガンドルフが更に一歩前にでた。

 ピエロは突然バク転をして飛び退いた。


「王都でお待ちしておりますよ」


 にっと、笑ってそう言うと、身を翻して人混みに消えた。

 ピエロがバク転したことで、周りの人も騒ぎに気が付いたようだったが、颯爽と消えて行く姿に、そこにいた全員が言葉を失っていた。

 声の調子が変わって伝わって来た思念も、アダム以外は感じなかった様子だった。

 そんな事があって、アダムたちの会合は完全にお開きになった。

 アダムとアンは、ガンドルフに付いて貰って、急いで家に帰った。


 家に帰ってメルテルに報告すると、二人はさっさと子供部屋に上げられて、寝るように言われた。階下で、ガンドルフとメルテルが話をしているのが聞こえたが、アダムには良く分からなかった。


( 顔の無いご主人さまと言ったな? )

( 明日は補講の日だ。早速ユミル先生の考えを聞いてみよう。)


 天井を見上げると、アダムはどうしても広場の出来事を考えてしまう。

 アンも同じようで、離れて置かれたベッドの方から、身じろぎをする様子が伝わって来た。

 アダムたちは寝苦しい眠りについたのだった。


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