第6話 アダムたちの教育計画

 5月に入って、村役場から補講の連絡があった。

 6月からザクト神殿の講師が村にやって来るらしい。そして10月からはザクト神殿に行って、地元の地方貴族の子弟と一緒に授業を受けるとのことだった。


 9月までは文字の読み書きや算数、神学と歴史、魔法の基礎など、座学を中心に勉強し、ザクトに行ってからは座学に加えて、礼儀作法や剣術などの実技も習得することになっていた。


 アダムとアンはこれまでの経緯から、ドムトルとジョシューを加えた4人でいつも遊んでいたから、ジョシューの扱いが問題になった。


「俺だけ仲間はずれかよ。頼むから仲間に入れてくれよ」


 ジョシューが泣きついて来たので、メルテルから村長に話してもらって、一緒に勉強することになった。


「あくまで、来年に王立学園に入学を許されるのは、アンとアダムとドムトルの3人だけですから、そこのところは間違えないように」


 村長からくれぐれも申し渡されて、ジョシューの両親も納得の上のことだった。どうもジョシューの親は村でも有力者の一人らしくて、村長もつれない対応はできなかったらしい。

 ジョシューはできれば実技も習いたいので、ザクトまで付いて行きたいと言ったが、こればかりは仕方がなかった。


 それからは4人が集まると、必ずザクトでの実技とはどのようなものか、貴族の子弟にはどう対処するのか、といった話題で盛り上がった。ジョシューが悔しがるので、ドムトルがからかうのだった。


 ガンドルフの容体が目に見えて快方に向かって来ていた。継続的にメルテルの癒し魔法を受けて、体内の細胞が活性化しているのだ。骨折や内臓損傷があったので、まだ完治というわけにはいかないが、朝夕には起き出して、身体の鍛錬も少しづつ始めていた。


 アダムもドムトルと遊ぶようになって、騎士ごっこもするようになっていたが、ちゃんとした指導を受けたいと思っていた。

 ガンドルフの練習を見ていると、片手剣打撃系の剣術は、日本の剣道とはまるで違うのは当たり前だが、実践的で魅力的だとアダムは思った。


 軽戦士タイプで戦うときは、面当てに革の軽鎧を着け片手剣で戦う。左手に小手もしくは手首につけた小型盾を受けにして、右手の剣を手首の返しを使って素早く回して断つ、打撃系の剣で、日本刀のように切るのと違う。体の裁きがまるっきり違うのだ。


 王国の騎士団では重騎士や重歩兵が今も花形らしいが、野戦や野獣相手の戦いではこちらだろうとアダムは思う。戦場によっては、ガンドルフも金属鎧を着けて大剣を振るうとアダムに教えてくれた。


 実はアダムは大野康祐としての人生で、地方大学の学生時代に拳法部の部長をしていて、その地方の学生連盟の代表を務めていた。公立大学なので、私立大学のようなノリはなかったが、一時期のめり込んだ経験があった。


 ガンドルフの軽戦士タイプの戦い方であれば、アダムは拳法部時代の体裁きが生かせそうな気がした。こちらの戦闘スタイルだったら、関節技や投げは掛けられるまで理解できないだろう。


「アダム君はまだ体が出来ていないので、今はまだ無理をしない方が良いよ。基礎体力を上げることに専念した方が良い」


 ガンドルフはアダムにまだ無理をしない方が良いと言った。

 ドムトルは金属鎧を着けて、大剣を振り回したいらしい。


「王立学園を卒業したら、ぜったいに騎士団に入るぜ」


 アダムたちはガンドルフが鍛錬する横について回って、色々な冒険談を聞くのが日課になった。


 定期的にガンドルフの冒険者仲間が様子を見にやって来た。

 前に話しかけて来た男は、クロノスと言って、グループの中では探索担当の狩人タイプらしかった。索敵から実戦になると、後方からの弓やスリングショットを使う。戦いの流れを読んで、後方の魔術師や癒し手に指示を出す。リーダーはあくまでガンドルフだが、頭脳担当という感じらしい。


 小柄ながらがっしりとした体躯で、手が長い。鎧は着けていないが、鎖帷子をつけているのか襟元から金属らしいものが見えた。腰には短剣を着けていたが、来るときには弓は持っていなかった。

 頭が良いのか話も面白くて、特にジョシューのお気に入りだった。

 クロノスは王都もヨルムントにも行ったことがあるらしくて、繁華街の様子や珍しい食べ物の話でアダムたちを夢中にさせた。


 魔術師のイシスは口数が少なくて、取り付くしまがなかった。彼女は小柄なデーン人で、成人してからオーロレアン王国へやって来た。

 赤毛の短髪にそばかす顔で、修道士のような黒っぽい胴着を着ていた。


「ねえ、イシスの得意魔法は何なんだよ。教えてくれてもいいだろう」とドムトルが迫っても、

「あんたが知る必要はないさ。何でもない魔法さね」と冷たい。


 アンにだけは優しく慎重に対応していた。


「あんたはいつか大魔法使いになるんだろうね。デーンは魔法大国だから、いつかデーンの魔法院へ行くといいよ」と言った。


 デーンは商業都市ヨルムントから船で海峡を渡ったところにある島国で、古来から魔術師を多く輩出していることで有名だった。イシスはデーン国ヨーク出身の魔術師の家系だという。


 癒し手のガネーシアは正規メンバーではないが、引き受ける案件次第で参加する助っ人だった。今回の荒れ熊討伐には参加していなかったが、親しいガンドルフの負傷ということでお見舞いに来ていた。癒し手は需要が多くて、ガネーシアのような助っ人専門でも、いくらでも仕事はあるらしかった。


「メルテルの技は素晴らしいわ。巧妙な手技を施しながら、手順を追って癒しを掛けていくんだもの。普通の癒し手だったら、命は取り留めても身体に損傷が残って、冒険者に復帰できなかったかもしれない」と言う。


 アダムとアンはその話を聞いて非常に誇らしく思った。


「私は母さまのような癒し手になりたいんです」


 アンのいつもの言葉だったが、ガネーシアは自分の事のように喜んでくれた。


「わたしも同じよ。一緒にお勉強しましょうね」と笑った。


 長身でスレンダーなガネーシアは神官のような長い胴着を着ているが、小顔なので意外に胸が豊に見える。すらりとした金髪が美しくて、笑う口元から健康そうな白い歯が見えた。


 そうこうしている間に、アダムたちは6月の補講を迎えた。

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