第5話 けがをした冒険者

 冒険者が担ぎ込まれて来た翌日の朝、アダムたちはいつもより早く眼を覚ますと、手早く身支度を済ませて、一階へ降りて行った。どうしても昨日の結果が早く知りたかったからだ。


「おはよう、ベルタおばさん」

「アダム、アンちゃん、おはよう」


 一階に降りて行くと、ベルタおばさんが診療室から出て来るところだった。メルテルにお茶を持って行ったようだ。まだまだ大変だから静かにしていてねと、二人にジェスチャーで示して来る。


 施術院は一階の表側に診療室と応接(病室)、台所と薬・機材置き場を挟んで、奥に食堂と居間がある。二階には寝室と子供部屋、倉庫があった。

 けが人は無事一命は取り留めたが、出血が多量で衰弱が激しく、メルテルはまだ予断が許されないと診療室に詰めているらしい。一緒にやって来た冒険者の仲間が応接(病室)で仮眠しているという話だった。


「食事の用意は食堂にしてあるからね」


 今日も朝食が済んだら、なるべく子供部屋にいるか、外へ遊びに行って邪魔をしないようにと、二人はベルタおばさんに言われた。

 食堂で準備されていた朝食をとり、アダムがそっと扉を開けて外へ出ると、さっそくドムトルとジョシューが偵察に来ていた。静かな田舎の村にはこんなことでも大事件なのだった。


「おいおい、昨日は大変だったんだぞ」


 アダムたちをを見付けた途端に寄ってきて、ドムトルは話さずにはいられないとばかりに声を上げた。


「俺は街道まで行って戻って来たけれど、ほんと失敗したぜ!」


 彼の父親は街道の襲撃現場から、足跡をたどりながら北の森に入ったらしい。そこから冒険者が先導する形になって、村の守り手も数人その後を追ったという話だった。

 襲われた商隊の護衛の一人が荒れ熊に連れ去られて、急いで討伐隊を組んだらしいが、あいにく人手が少なくて無理をしたらしい。


「今回やられたガンドルフさんは、その人の義理の兄さんだって」と言う。


 その人が森のずいぶん奥の方で、古木の幹に凭れ掛かるように倒れているのが見つかった。思わず慌てたガンドルフが駆け寄って助けようとしたら、樹の上に隠れて様子を見ていた荒れ熊が、飛び降りて襲ってきた。


 ガンドルフも気配に気が付いて、横に飛びのいて剣で切りつけたが、荒れ熊の毛が厚くて全く効かない。それでも数合やりあって、脇に引こうとしたところを、すかさず一撃食らったらしい。


「一撃だぜ、一撃! すげえよな!?」


 まるで横で見ていたように言う。


「そこで俺の親父が槍で牽制しながら引き離して、やっとゆとりができて、みんなで周りを取り囲むことができたそうだ。そうなれば時間の問題だからな」


 最後に自分の父親の自慢話も入れるところがさすがだ。


「冒険者仲間には、魔術師とか癒し手もいたんでしょう?」とアンが聞いた。

「うん、でも襲撃されて直ぐに接近戦になったら、厳しいよ」とアダムが言うと、

「そうだぞ。親父がやっぱり手順が大切で、やみくもに戦ってもダメだって言ってたぞ」と、ドムトルは訳知り顔で答えた。


「でも、ガンドルフさんって、普段はしっかり者の冒険者で、評判は悪くないらしいよ」


 ジョシューもやっぱり父親から聞いた話を披露する。


「今回の荒れ熊も、原因は分からないけれど、酷い魔素だまりの影響を受けていたらしよ。随分大きな魔石が採れたって父ちゃんが言ってた」


その時一人の男が施術院から出て来た。冒険者仲間の一人だった。

中央広場の食堂にでも行くのだろうか、すっと周りを見わたして、行き過ぎようとしたが、何か気になったのか、アダムたちの方へやって来て声を掛けてきた。


「この家の子供たちかい?」

「ああ、この二人がここの家の子で、こいつと俺は違うよ」


 すかさず一番身体が大きいドムトルが口を開いた。


「おじさんは、冒険者の人?」と、ジョシューも黙っていない。

「すると、この子が七柱のご加護を受けたアンちゃんかい?」


 男は視線を下げてアンを見た後、横にいるアダムの顔を見た。


「何か御用ですか?」とアダムが答えると、

「いや、ちょっと君が気になってね」と言う。


 アダムが黙って見上げていると、少し首をかしげてアダムを見た。


「小父さんは冒険者でも探索方でね。自然といつも周りの気配を感じながら動いているんだ。生き物はすべて魔素が体を循環していてね、それが気配として感じるのが、小父さんのスキルなんだよ」と言う。

「でも君の気配が良く感じられなくてね」


 男は改めてアダムの顔を見て少し笑った。なんか気になる態度だと、アダムは感じた。


( そういえば、神様が俺の気配がこの世界の人には分かり難いとか言ってたな? )


 アダムはこれのことかと思う。アダムの魂魄の半分が、この世界の理とは違う世界で育ったせいだと言っていた。しかも経験値の比重はこちらの方が圧倒的に大きい。


「アダムは太陽の神のご加護を受けているそうです。だから普通の人とは違うの」


 アンが横から良く分からないことを断言するように口を出した。


「七柱のご加護を受けた妹に、太陽神のご加護を受けた兄って、凄い奇跡のような偶然だね」

「そうだぞ、俺も火と土の神のご加護を受けたんだ。俺たちは特別な仲間なんだ」とドムトルが話しを引き取った。


 男はふっと笑った後、

「また後で話をしよう」と言って離れて行った。


 翌日にはガンドルフの容態も落ち着いて、アダムたちの生活も普通になった。

 ガンドルフはまだ施術院のベットで寝ているが、今日にも目を覚ますだろうという話だ。一旦仲間たちはザクトに引き上げて行った。討伐の報告や後始末がいるのだそうだ。また明日にでも様子を見に来ると言う。

 アダムたちが病室の戸口から覗いていると、少し身じろぎをしたような気がして、アンが慌ててメルテルを呼びに行った。

 メルテルが来て診察をする。まだ体を動かすのは難しいらしく、小さな声でぼそぼそ喋っている。メルテルが心配しないように言い聞かせて、運び込まれて来た時の状況を聞かせてやっていた。

 メルテルは薬を飲ませて寝かせると、アダムたちに起こさないように部屋には入らないように言った。


「ヒールで怪我は治らないの?」とアダムが聞くと、

「魔法で何でも治ることはないのよ。今回は深い傷だけでなくて、骨も折れてるし、内臓も傷ついていた。動脈も切れていたし、血液も大量に失っていたもの」


 メルテルは木の神のご加護を受けていて、メルテルの癒し魔法は、傷ついた細胞の蘇生を促進して傷を癒すのだが、フィルムの逆再生をするような急激な癒しが出来る訳ではない。傷口を洗い清潔にして、骨を接ぎ、動脈を繫ぎ、傷口を押さえながら、組織の再生を促す。手術の手技もしっかりと修行していると、二人に話してくれた。


「母さま、私もできるようになるでしょうか?」


 アンは目を輝かせてメルテルの話に聞き入っていた。


「そうね、アンならもっと上位の癒し魔法を掛けられるようになるでしょうね。しっかりと勉強するのですよ」と、アンの頭を撫でながら楽しみだねと言った。

「僕も癒し魔法が掛けられるの?」


 アダムは、太陽神のご加護と言われたが何ができるのだろうか? それに神さま達からは、みんな祝福をくれると言われたはずだ。それともご加護と祝福では何か違うのかな? アダムは考えてしまう。


「魔法はご加護に関わらず習得はできるのよ。ただご加護を受けた属性に合った魔法の方が、習得が容易で成長すると言われているの。だから、アダムは全てをしっかり勉強するんですよ。なにせあなたは太陽神という、七柱の神さまの頂点に立たれる神さまのご加護を得ているのですからね」


 メルテルはどこまで事情が分かって言っているのだろうか。とても気になる。気になるが聞けない。アダムは焦るのだった。

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