第4話 セト村での暮らし
転生者として覚醒した翌朝、アダムは起き出すと顔を洗って身支度を済ませ、食堂でメルテルに朝の挨拶をした。
「おはよう、母さん」
「おはよう、アダム。調子はどう?」
当たり前の返事だが、アダムはつい構えてしまう。
「ううん、平気だよ。もう大丈夫だと思う」
アダムとしての記憶はしっかりと残っているので、違和感はないのだが、大野康祐の記憶がつい気を回してしまうのだろう。
それにアダムは、臨死体験のように自分が寝ている姿を上から見ていた時、顔を上げたメルテルと目線が合ったような不思議な感覚がして、その時の彼女の仕草が気になっているのだ。どこまで自分の事情を話しても良いのだろうかと、アダムは考えてしまう。当面は手探りで進むしかない。時間が経てば二つの人格が混じり合って、違和感なく生活できるだろうと思った。
「アンはずっと看病で気を張り詰めていたから、今日はゆっくり寝かしてあげなさい」
「はい、母さん」
「それと、あなたが目覚めない間、ジョシューとドムトルが心配して何回も来てくれていたから、後でお礼を言いに行くといいわ。今日はベルタおばさんのお手伝いもしなくていいから」
ベルタおばさんは施術院の雑用に来ている家政婦で、アダムとアンは日課として彼女のお手伝いをしていた。
「分かったよ、、」
朝の食事はベルタおばさんが焼いたライ麦パンと村の肉屋から仕入れた羊の腸詰の炒め物だった。そこに患者の農家からもらった牛乳がついた。
味付けは塩味のみだが、硬めに焼きが入った料理はアダムの好みだった。
施術院をやっているだけあって、キチンと清潔に部屋も整えられていて気持ち良い。生活水準はジョシューから「貧乏、貧乏」と言われるが、きっと村の中でも中の上だろうと、アダムは思う。
アダムが食事を終える頃になって、アンが起きて来た。
アダムがジョシューたちに会いに行くと言うと、アンが一緒に行くから少し待ってねと言った。
「一番心配していたのは私の方なのに! 私を置いて行くなんて許しませんよ」
アンは背筋を伸ばしてアダムを正面から見て言った。
「何かいつもより強いじゃないか?」
アダムが笑って言うと、ちょっと鼻白んだように頬を膨らました。アダムはその仕草が可愛いかった。
ジョシューの雑貨屋は、村の中央広場の入り口近くにあって、街道から村へ入って来ると必ず前を通る一番いい場所にあった。
広場には村の肉屋とか飲み屋兼食堂とかもあって、村の目抜き通りと言うのだろう。新しいパン屋も出来ていた。少し前までは、村の共同のパン窯で焼いていたらしかった。その奥に役場と並んで村長の家がある。村の役場には共同作業場が併設され、来年から通う予定だった村の教室もあった。さらに奥には穀物蔵も建っている。秋に王国の徴税官を迎えるのもこの役場だった。
メルテルの施術院や鍛冶屋は広場から一本道を入ったところにあった。無いと困るが、やはり騒音や穢けがれが気になるのだろう。
村には市民権のない小作はいるが、身元はしっかりと村で管理されていて、市街や王都にいるような貧民層や浮浪者はいない。村の自営団である守り手も巡回しているので治安もよかった。
「来年行く王都って、どんなでしょう?」
アンが通りを見ながら不安そうに言った。
「どうだろう。先にザクトへ行くから、もう少し様子は分かるんじゃないか?」
アダムはそう答えるしかなかった。アダムの経験はあまりに少ないのだ。
二人ともこの村から出たことが無かった。村にいる大人でも王都に行ったことがある者は少ないだろう。メルテルはきっと行ったことがあると思ったが、アダムは彼女から王都の話を聞いたことが無かった。ましてや王立学園に行ったことがある人間なんて、ザクトの街でも数人しかいないに違いなかった。
「ああ、アダムだ! 心配したんだぜ、急に木から落ちるんだもの」
何を他人事のように言ってやがるとアダムは思ったが、ここはメルテルに言われた通り、素直に礼を言っておく。
「俺が寝ている時に見舞いに来てくれたらしいな。ありがとう、もう大丈夫だ」
「アダム、簡単に許したらだめです。私は本当に心配したんですもの」
アンはまだ許せないらしい。
「ドムトルが放せって言ったから放したんだよ。でも俺も心配したんだぞ。本当だぞ、、」と、ジョシューは情けない顔で言った。
そりゃ本当に心配しただろう。死んでいたらジョシューのせいだからな。しかし、あれも神様の手というやつなのだろうか? アダムは、つい余計なことを考えてしまう。
「ドムトルは今日は一緒じゃないのかい」
そう言えばドムトルがいない。いればついでに挨拶できたのにとアダムは思ったが、何か事件が起こったらしかった。
「北の森で荒れ熊が出たらしいよ」とジョシューが言った。
ドムトルの親父さんが冒険者パーティを案内すると言うので、ドムトルが街道まで付いて行ったらしかった。
また余分なことをしてと思ったが、ドムトルらしいと言えばドムトルらしい。邪魔しなければ良いがとアダムは思った。
北の森は街道を挟んだ村の反対側で、山から野生の狼や魔素の乱れた荒れ熊が降りて来て、たまに街道の商隊を襲ったりする。そんな時はザクトと村が共同で冒険者ギルドに討伐依頼を出す。
「大丈夫かしら、母さまにも言っておいた方が良いかも。怪我人が出たら大変だもの」
アダムたちは急いでとって返すと、メルテルに報告をした。
アダムたちの心配が現実になったのは、夕方になろうかという時間帯になってからだった。先触れの後で、荷馬車に乗せられて怪我をした冒険者が施術院に運び込まれて来た。
邪魔にならないようにアダムとアンは二階の子供部屋に上げられたので、二人は二階の窓から戸板に乗せられて来た男の様子を見ていた。
怪我で運ばれて来たのは、面当てに軽鎧を着た大柄な冒険者だった。肩口からざっくり爪でやられたのか、胸から胴着にかけて血痕がおびただしい。仲間の冒険者たちが囲むように戸板を持ち合って、一気に診療室に運び込んだのが見えた。その後も階下から怪我人の名前を呼びかけるような悲痛な声が騒がしい。
「アダム、大丈夫かしら?」
「分からないな。でも、母さんはこのあたりで一番の癒し手だ。命は取り留めて欲しいよな」
後は祈るしかない。七柱の加護を受けているアンなら、何か特別なことができるのだろうか? 自分の加護にあった祈りや魔法を習うのは、学校に上がってからだ。それとも洗礼式を終えていれば、もう見よう見まねで何かできるのだろうか? アダムは色々と考えを巡らせたのだった。
ベルタおばさんがアダムたちの夕食を子供部屋に運んで来た。
「二人とも、今日はお部屋で大人しく食べてくださいね」と言って出て行った。
食事を終えて、アダムは下の様子を伺ってみるが、二人のことは完全に忘れられているのが分かった。何人かの人の出入りが窓から見えるが、何ができる訳でもない。二人は黙って眠るまで本を読んで時間をつぶした。
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