第3話 転生者覚醒

 アダムは夢うつつの中で微睡まどろんでいるような気がしていた。浮遊感に何かふわふわして多幸感があった。他人が見たらベットの中で微笑んでいるように見えるのではないか?


( なぜ? )


 アダムは心に疑問が浮かんで来た。


( なぜ? 自分は先ほどから誰かから呼びかけられている。分かっている。分かっているのだ。)


 アダムの意識に情景が浮かび上がって来た。元々分かっていた情景だとアダムは納得している。

 良く幽体離脱の説明に使われるような情景がそこにあった。アダムは目を瞑つむってベットで寝ている。かっしりとした赤毛のドワーフがアダムの手首をとって脈を診ている。その横で銀髪の少女が一心にアダムの顔を覗き込んでいる。アダムは高いところからその情景を見下ろしていた。


「母さま、まだ目覚めないのでしょうか?」

「もうすぐだと思うわ。そろそろ気が付いてもいい頃よ」


 ベットに寝ているアダムはまだ目が覚めないのだが、見下ろしているアダムはもう気が付いているのだと、意識が起こる。でも寝ているアダムの顔に見覚えがない、と誰かに言いたい。更に言えば赤毛のドワーフだって、銀髪の少女だって見ず知らずだ。それにアダムは思う、物語のドワーフは知っているが、本物のドワーフは知らないと言いたい。


 その時、赤毛のドワーフがふと目線を上げて、上から眺めていたアダムは、彼女と視線があったような気がした。ドワーフは仕方がないような仕草で手を振って、早く行きなさいと言うように頭を振った。


 フッと吸い上げられるような浮遊感があって、アダムは本当に天国に行くのかと意識が起こった。周りが淡く白く光って舞台が入れ替わった。

 それはイメージであって情景ではない。淡い光が満ちた白い雲の上のような浮遊感のなかで、アダムは虹色に滲む光の塊が見えた気がした。それは一つではなくて、きっと幾つかのイメージが重なって感じられた。


「思い出したかね」

「思い出しました」


 問われている気がしてアダムは思い出した。自分は大野康祐やすすけ、38歳。東京の都市銀行に勤めるサラリーマンだった。そう、だった。自分は肝臓ガンで死んだはずだ、と思う。当然のことながら、自分で自分の死を確認できるはずがない。自分の最後の記憶はベットの中で苦痛に喘ぎながら、母親を見上げた記憶だ。


「思い出したかね」

「思い出しました」


 問われている気がしてアダムは思い出した。自分はアダム、5歳。洗礼式を受けた翌日、村の並木の一本の桐の木の高い枝から、馬鹿なジョシューにゆすられて、地面に落ちて意識を失ったのだ。それでさっきの施術院での情景が理解できる。自分は転生したのか?


「理解したかね」

「理解できません」


 当然だよねと、何やら意識がアダムに伝わって来た。つまらない冗談みたいなものだがと、ちゃんと教えてあげなさいよと、まあ分からないよねと、何やらさざ波のような意識がいくつもアダムのイデアに寄せて来る感覚がある。


「私が代表して話そう。私はソルだ。太陽神と人間から呼ばれている。この世界は君がいた世界とは違う理(こたわり)でできている。そして神と人の関係は近い。長らく神の眷族けんぞくと人間は同じ時間を生きて来た。それ故に神の眷族が作った世界の歪みを正さなければならなくなった」

「神の眷族とは、神の子孫ですか?」

「そうだ。われわれは天地を創造し、大地に生命を満たしたが、最初はその子供たちと一緒に暮らしたのだ。われわれは人を守り、育てた。人は神に似せて作られた。創造し、感情を持ち、人を愛した。そして神を愛した」

「神と人は子を成せるのですか?」

「神は探究するものだ」


 アダムは答えにならないような答えだと思った。同時に賛同するような意識がアダムに寄せられた。はっきり言えば、あなた(ソル)見たいな神がいるからだという感じか。それでも、ソルは平気で続ける。


「神は理(ことわり)を創るもので、ひっきょう理には縛られない、理の外に立つものだ。だが、人の血を受けた眷族は理の内にあって、世界に影響を残す。その血の因子を持つ者が世代を重ねる内に色濃く顕現する時があるのだ」

「それは、アンのことですか? でも人に害をなすようには思えませんが?」

「そうだ。アンもその一人だ。でも、対極にあるような負の因子が集約される場合もある。その関係は表裏と言って良い。われわれは世界の管理者としてそれに備えなければならない」

「負の神がいると?」

「その概念を説明するのは難しい。創造する一方で残したくない、いっそ全て消してしまいたいという神やその眷族もいたということだ。どちらも世代を経る内に血は整理され、勢い濃くなったり薄まったりする」

「つまり、ここにいる神様はこの世界を守りたいと?」

「いや、思惑で作用されぬように、あり続けさせたい。神の眷族の影響を中和したいのだ。つまり、ここから数年の内に、非常に強い負の因子が育つだろう。われわれはその芽を直接摘むことはできない。ゆえにそれに対抗しうる力を守り、育てる必要があるということだ」

「アンを守ればいいのですか?」

「単純に言うとそうだ。だが、何が正解か分かっているわけではない。そして君のこともある」

「私は普通の人間ですよね? この世界では違うのですか?」

「この世界は魔力(魔素)で満ちている。だが君の魂魄こんぱくの半身は違う理に生きて来たので、君の姿はこの世界の者には捉え難く感じるだろう。逆に精神の成長に比して魔素を扱う器官が十分に育っていない。この世界の者より成長すれば器は大きくなるが、努力と時間を要するだろう。基本的に構造が違っているわけではないが、成長の過程が違えば機能が分化すると言うのは、どのような世界でも同じことだ。君が成長の果てにどのような果実を実らせるのかは、我々も断言はできない」

「魂魄(大野康祐+アダム)?」

「我々の管理する世界と君の世界は違う。ただ重なり合うように幾つもの世界が存在し、また作用しあってもいる。我々は次元が異なり、違う理の世界から近しい因子を重ねることができた。向こうの世界の君は死んだが、こちらの世界で記憶は生きている」

「向こうの世界ではアダムの記憶は私と一緒に死んだ?」

「時間の概念は単純ではない。自分が幸せだったのか聞きたいのかね?」

「いえ、向こうの世界でも十分自分は幸せでしたね」


 アダムは最後の自分の情景を思い出して、熱い思いがこみ上げて来た。この想いは真実だと思う。たぶん。そして向こうのアダムもこの想いを共有してくれることを祈った。


「君は自然にこちらの世界で生きてくれれば良いのだ。この世界は君の世界とは非常に近しい。魔素の理を除けば、双子の世界と言って良い。そして、アダムもまた弱い因子ではない。改めて我々の祝福(ご加護)を与えよう」


 笑い声が広がるように、幾つもの意思が重なってアダムには感じられた。賛同する神の意志かも知れなかった。身体じゅうが温かく穏やかな気持ちに溢れるように感じた時、アダムは、自分が目を開けていることに気が付いた。


「気が付いたようだね。アダム、分かるかい?」

「兄さま、ご気分はどうですか。苦しくありませんか?」


 アダムが見上げると、最初に心配そうなアンの顔が見えた。その向こうに穏やかに笑うメルテルの顔が見えた。今の自分はアダムなのか大野康祐なのか、アダムは分からなくて、どう返事を返したら良いのか分からない。時間が経てば、どちらでもあることに慣れるのだろうか。分からないが理解はできた。前に進むしかないとアダムは決めた。


「心配を掛けたようだね。もう大丈夫だと思う」

「気が付いてよかったよ。もうしばらくしたら夕食にするから、それまで寝ておいで」


 メルテルはすぐにはベットから出してくれないようだった。

 アダムも少し頭を整理した方がいいだろうと感じた。

 アダムが眼を瞑るとアンが自分の手を取って握ってくれたのが分かった。

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