最終日(1)

 翌日の5時30分頃、光之は浜松駅にいた。今日は中津川ですみれに会って、大垣で理沙に会って越前下山に帰る予定だ。


 長かった旅も今日で終わる。旅が終わったら故郷で農作業をして余生を過ごそう。


 6時1分、新快速は浜松駅を出発した。乗客はそんなに多くない。


 光之はおとといにここを通った時の事を思い出した。ひたすら東に向かい、東京の友達に会ってきた。とてもいい思い出だった。もう会えないと思っていた友人に会えて感無量だ。


 新快速は浜名湖を渡り、更に西へ向かった。並行して新幹線が走っている。新幹線は新快速をあっという間に追い抜いた。早く行くためには新幹線が一番だが、青春18きっぷでは新幹線に乗ることができない。


 豊橋駅に着くと、多くの人が乗ってきた。各駅に停まってきた新快速はここから蒲郡駅まで停まらない。


 光之は右から車窓を見ていた。名鉄の電車が停まっている。ここから岐阜まではほぼ並行して走っている。速さの面ではJRが速い。しかし、名鉄は中部国際空港に乗り入れている面で優位に立っている。


 蒲郡駅が近づくと、海が見えてきた。その向こうには島が見える。多くの文人の活動の舞台だった竹島だ。またいつか行ってみたいな。


 新快速は蒲郡駅に着いた。蒲郡駅は蒲郡市の中心駅で、名鉄の蒲郡線がここから延びている。蒲郡線は赤字が続き、廃止も取りざたされているという。そう考えると、九頭竜線って、よく残っているなと思った。


 蒲郡駅を出発すると、新快速は再び内陸を快走していた。岡崎駅を過ぎた頃から民家が多くなった。名古屋市の都市圏内に入ったんだろうか。乗客も更に多くなった。


 7時27分、新快速は名古屋駅に着いた。中央本線の西の起点はここだ。光之はここで中央本線に乗り換えて中津川駅へ向かう。中央本線は中津川駅を境に電車の本数も1本あたりの両数も大きく変わってくる。


 光之は出所したての頃を思い出した。久々に名古屋の街を見ることができてすがすがしい気持ちだった。改めて戻ってきて、懐かしく思えてきた。故郷ではないのに、どうしてだろう。


 この時間帯はラッシュアワーだ。多くの通勤通学客であふれかえっていた。大学生だった頃もそうだったな。


 光之は大学生だった頃を思い出した。第1希望の大学に進学して、あの時は就職して明るい未来を待ち望んでいた。


 でも、ある日逮捕され、その夢は消えてしまった。無罪だと言ってたのに、死刑にされ、20年余りも牢屋の中だった。無罪とわかって出所することができたものの、それで失った未来は計り知れない。時間を戻せと言われてもそれはできない。


 光之は中央本線の電車に乗った。ラッシュアワーで、車内は混み合っていた。これまた懐かしい。大学生だった頃の通勤ってこんなんだった。


 8時6分、快速電車は名古屋駅を出発した。ここから次の金山駅までは東海道本線と並走する。その間を名鉄の電車が並走している。


 金山駅を出ると、中央本線は左にカーブして、鶴舞駅に着いた。鶴舞駅は鶴舞公園の最寄り駅で、右手には鶴舞公園が見える。


 次は特急も停まる千種駅だ。この中央本線の快速は快速の割には停車駅が多い。この次の大曽根にも停まる。


 ラッシュアワーの中、光之は座ることができず、立ってばかりいた。4日間旅をして、とても疲れた光之にとって、これは応える。さすがに疲れた。


 愛知環状鉄道との乗り換え駅、高蔵寺駅で多くの乗客が降りた。ラッシュアワーも過ぎ、車内は少し空いてきた。座席も空き始めた。光之は座席に座り、外を見ていた。


 快速電車は高蔵寺駅を過ぎると、長いトンネルの連続する峡谷区間に差し掛かった。この辺りで電車は愛知県から岐阜県に入る。


 快速電車は多治見駅に着いた。快速電車はここから各駅に停まる。多治見駅は太多線との乗り換え駅で、太多線で使われる気動車の姿も見られる。


 多治見駅を過ぎると、田園風景に入った。光之はその風景を見て、今日帰る故郷のことを思い出した。宗太は元気にしているだろうか。これからどんな生活を送ろう。




 9時20分、快速電車は終点の中津川駅に着いた。ここは江戸時代から中山道の宿場町として栄えた所だ。


 光之は改札を出た。そこには茶髪のロングヘアーの女性がいる。すみれだ。


「みっちゃん?」


 光之を見つけると、すみれは声をかけた。


「すみれちゃんかい?」

「うん」


 2人は笑顔を見せた。久しぶりに会えてとても嬉しかった。もう会えないと思ってた。でも会うことができた。会えたことだけでも奇跡だ。


「手紙ありがとう」


 光之は手紙を見せた。光之が手紙を持ってくると思っていなかった。


「どういたしまして」


 すみれはお辞儀をした。会えただけでうれしいのに、まさか手紙を持ってきてくれたとは。


「また会えるとは思わなかったよ」

「僕もだよ」

「それじゃあ、行こうか?」

「うん」


 2人はバスに乗った。ここから馬籠までは30分足らず。バスには何組かの観光客がいた。


 30分足らずで2人は馬籠に着いた。馬籠には朝から多くの観光客がいた。江戸時代の町並みが残る宿場町で、外国人観光客にも有名だ。


「ここが馬籠宿か」


 光之は江戸時代の町並みに感動していた。本でしか見たことがない景色を見れるとは。生きているうちに見れてよかった。


「島崎藤村が生まれ育ったとこなんだって」


 島崎藤村はこの馬籠で生まれ育った小説家で、日本自然主義文学の到達点とされている。


「こんな山奥に宿場町があったって、すごいな」

「いい所だね」


 2人は町並みを歩いていた。ここには土産物屋や飲食店、博物館がある。多くの観光客が町並みを歩いている。


「みっちゃん、大変だったでしょ」

「うん。いつ死刑になるか、わからないんだよ。その日に言い渡されて、即執行」


 光之は下を向いた。今考えてもつらい思い出だ。牢屋の中で20年余りも光のない日々。どうやっても取り戻すことができない。


「そんな・・・。みっちゃんがこんな日々を何年も繰り返していたがの信じられないよ。すごいわね」


 光之は自分ってすごいなと考えた。そこだけを考えると、自分ってすごいなと思う。いつ死ぬかわからないのが何年も続くなんて、普通に生きていたら考えられない。


「ありがとう」

「私だったら、まず耐えられないわ」

「そうか。そう言っている人、よくいるよ」


 光之は今までの旅を振り返っていた。いろんな人に再会し、とてもいい思い出だ。


「無罪とわかって、出ることができて、嬉しかったでしょ?」

「嬉しいんだけど、これで20年以上も人生を無駄にしたんだから、そう考えると嬉しいとは言えないよ」


 光之はまだ出所できたことが喜べなかった。20年余りも人生を無駄にした。これはどうやっても取り戻せない。時間も寿命も停まることなく進んでいく。後戻りできない。


「そうね。私、その気持ち、わかる。人生の4分の1を無駄にしたようなもんだから。でも、それを埋めるぐらいの人生を送ろうよ」

「そう思ってるんだけど、どうやって?」

「それは自分で見つけなきゃ」


 結局、いまだに答えを見つけることができなかった。今日まで5日間旅をしてもその答えは見つからなかった。どうすればその空白を埋めることができるんだろう。光之は深く考え込んでしまった。




 正午の少し前、2人は中津川駅に戻ってきた。駅前は何組かの観光客がいる。この人も馬籠宿に行ったんだろうか。


「もうすぐお昼だし、そば食べようか」

「うん」


 この中津川駅には立ち食いそばの店がある。昼時ともあって、そばを食べている人が何人かいた。


「すいません、かけそばで」

「それじゃあ、天そばで」


 2人はお金を払った。店主はすぐにそばを作り始めた。そばをさっと湯がいて丼に盛り付け、梅雨をかけて薬味を添える。とても速い。天ぷらはあらかじめ作っておいたかき揚げをのせるだけだ。


「かけそばどうぞ」


 店主はかけそばをすみれに渡した。


「ありがとうございます」


 すみれはおいしそうにそばをすすり始めた。


「天そばどうぞ」


 店主はかき揚げをのせて、天そばを光之に渡した。


「ありがとうございます」


 光之もそばをすすり始めた。そばを食べるなんて、何年ぶりだろう。


「やっぱりおいしいな」

「うん」


 2人はそばをおいしそうにすすっていた。こうしてまた会えて一緒に食事できるなんて、奇跡だ。


 2人がそばを食べ終える頃、光之は持っていた腕時計を見た。出発が近い。


「あっ、もうそろそろ出発の時間だ」

「そう。残念ね。また故郷で会おうね」

「うん」


 光之にまた会おうと約束して、2人は改札に向かった。ホームには帰りの電車がホームに着いていた。


 12時10分、2人は改札で別れた。


「じゃあね」

「また会おうね」


 12時20分、快速は名古屋駅に向けて出発した。すみれは改札の向こうで光之の乗った電車を見つめていた。今度はいつ会えるんだろう。できれば、故郷に戻って、光之にまた会いたいな。


 光之は転換クロスシートに座って車窓を見ていた。手紙をくれた友達との再会もあと1人。大垣で理沙と再会するのみだ。もうすぐこの旅も終わる。悔いのない旅にしたいな。


 日中だからか、快速は行きと違って空いていた。車内はとても静かだ。モーター音がよく響く。光之は思わず寝てしまった。


 目が覚めると、快速は高蔵寺駅にいた。高蔵寺駅では多くの乗客が入ってきて、少し混んできた。もう名古屋市の通勤圏内のようだ。


 高蔵寺駅を出た電車は、住宅地の中を走っていた。ここは名古屋市のベッドタウンのようだ。光之はその風景をうらやましそうに見ていた。自分はもうこんな豊かな生活を送ることができない。故郷で農業に従事しながら残りの人生を楽しもう。


 13時35分、快速は終点の名古屋駅に着いた。ここで再び東海道本線に乗り換えて大垣駅へ向かう。光之は再び名古屋駅で乗り換えた。朝と比べて人通りが少ないが、相変わらず多くの人が行き交っている。


 光之は大垣行きの新快速に乗り換えた。新快速はそこそこ人が乗っていた。クロスシートに座れず、立っている人もいる。光之は座ることができず、立つことになった。


 13時45分、新快速は名古屋駅を出発した。しばらく走ると、名鉄の線路が地上から出てきた。名鉄の名古屋駅周辺は地下区間だ。


 名鉄は次の栄生駅の先で右に別れた。新快速はますますスピードを増して一直線に走る。光之は下を向いていた。5日間旅をしてとても疲れていた。


 新木曽川駅を過ぎると、電車は大きな川を渡った。木曽川だ。ここを超えると岐阜県だ。山の上に城が見える。金華山の上に立つ岐阜城だ。


 光之は大学1年の頃、岐阜に行った時のことを思い出した。岐阜城に行って、岐阜の街並みを見ていた。こんなところにお城を立てるなんて、すごいな。光之は感心した。


 光之は岐阜を旅して路面電車に乗ったのも思い出した。その路面電車は今でもあるだろうか。もし残っていたら、また乗りたいな。


 新快速は岐阜駅に近づいてきた。今でも路面電車は走っているだろうか。光之は車窓を見た。けれども、レールがない。2005年の3月に廃線になっていた。光之はがっかりした。これが時代の流れだろうか。また乗りたかったな。


 岐阜駅で多くの乗客が降りた。ここから終点の大垣駅までは各駅に停まる。光之はクロスシートに座って車窓を見ていた。


 次の西岐阜駅で長良川、その次の穂積駅で揖斐川と、大きな河川を立て続けに渡ると、右手から線路が延びてきた。大垣から分岐する樽見鉄道だ。国鉄の樽見線を転換した第3セクターの鉄道だ。

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