4日目

 4日目の朝、光之と博は東京駅にいた。今日は鴨川で綾子ちゃんに会って、鴨川シーワールドに行く。そこからはひたすら西へ向かう。


「昨日は泊めてくれてありがとう」

「元気でな」

「ああ。故郷でまた会おうな」


 光之は博と握手した。いつ会えるかわからないけど、必ず故郷でまた会おう。


 9時41分、総武線の快速電車は東京駅を出発した。車内は朝ラッシュを過ぎていたものの、混雑している。


 快速電車は江戸川を越えて、千葉県に入った。快速電車は両国駅から続く複々線を走っていた。ここは東海道線とは違って、右に緩行線、左に快速線がある。


 快速電車の中で、光之は綾子の手紙を読んでいた。そこには、会えたら鴨川シーワールドに行こうよと書いてあった。出かける前に来ることを伝えていた。安房鴨川駅で待ち合わせる予定だ。


 11時10分、電車は終点の上総一ノ宮駅に着いた。ここで安房鴨川行きの電車に乗り換える。乗り換え時間は5分。光之は急いだ。


 光之は乗り換えの電車に乗った。今度の電車は総武線の快速電車に比べて短い。乗客はそんなに多くない。


 11時15分、電車は上総一ノ宮駅を出発した。終点の安房鴨川駅までは1時間ちょっとだ。光之はクロスシートに座って車窓を見ていた。


 光之は綾子のこと思い出していた。小学校の頃、好きだったのが綾子だ。近くの川で一緒に遊んで、いつか結婚しようと約束していた。


 しかし、小学校の卒業とともに、家庭の事情で東京に行くことになり、離れ離れになった。それ以後、綾子と会ったことはない。綾子ちゃんは今、どうしてるんだろう。


 12時19分、電車は終点の安房鴨川駅に着いた。安房鴨川駅は鴨川温泉で有名だが、それ以上に鴨川シーワールドが有名だ。乗客のほとんどはここで降りて、温泉や鴨川シーワールドに向かった。




 光之が改札を出ると、ロングヘアーの中年の女性がいた。綾子だ。


「みっちゃん!」


 光之の姿を見て、綾子は反応した。


「綾子ちゃん?」

「そうだよ」


 綾子は笑顔を見せた。久々に会うのが嬉しいようだ。


「元気にしてた?」

「うん。こっちは?」

「牢屋の中でいろいろ大変だったけど、今は元気になってきた」


 光之は笑顔で答えた。こうしていろんな人に会うのがとても嬉しかった。


「それじゃあ、行こうか?」

「うん」


 2人は駅前から出ているシャトルバスに乗った。シャトルバスは鴨川シーワールドのラッピングが施されている。バスには何組かの観光客がいる。彼らもシャチのパフォーマンスショーが見たいんだろうか。


 乗って間もなくして、バスは鴨川シーワールドに向けて出発した。


 約10分後、バスは鴨川シーワールドに着いた。鴨川シーワールドには多くの観光客がいる。


「ここが鴨川シーワールドか」

「ここに来るの、初めて?」

「うん」


 光之は笑顔で答えた。鴨川シーワールドに行くのを楽しみにしていた。


「私はたまに行くわ。ここのシャチって、かわいいのよ」

「ほんと?」


 綾子は家族で何回か行ったことがある。しかし、夫が死んでからは全く行っていなかった。


 2人は水槽から魚を見ていた。水槽の中では色んな魚が泳いでいる。魚なんて、間近で見たのは何年ぶりだろう。光之は嬉しかった。


「きれいでしょ」

「うん」


 2人は水槽の魚達の美しさに見とれていた。光之は再びこんな風景を見ることができて本当に嬉しかった。二度と見ることができないまま、死刑になると思っていた。ここまで旅していて、いろんな風景を見ることができて、すべてがまるで奇跡のように思えた。


「もう見れないと思ったでしょ」

「うん」

「本当によかったね」


 綾子は光之の手を握った。その時綾子は死んだ夫のことを思い出した。手の感触が、死んだ夫に似ていた。どうしてだろう。


「よかったよ」


 光之は出所できた嬉しさでいっぱいだった。こんなに嬉しいことはない。まだ生きるチャンスを神様が与えてくれたようだ。


「もう何も怖がらなくてもいいんだよ」

「ありがとう」


 綾子は光之の頭を撫でた。よくここまで辛抱した。もう怖がらなくていいんだよ。


 2人は熱帯魚が展示されている水槽にやってきた。今さっきの水槽と比べて鮮やかな魚がたくさんいる。


「ここは熱帯の魚か」

「鮮やかでしょ」

「うん」


 光之は熱帯の魚の美しさに見とれていた。これも何十年も見たことがなかった。もらえないことはないが、いつ死刑になるかわからない日々の中ではそんなのを読んでる心の余裕なんてない。


「ところで、出所した後はどうするの?」

「生まれ故郷で農業をやって余生を過ごそうと思ってるんだ」


 綾子は驚いた。故郷のことなんて、離れて以来全く行ったことがなくて、ほとんど忘れかけていた。


「へぇ、故郷か。懐かしいね。私、小学校を卒業して引っ越してから行ったことがないんだ。どうなってるんだろう。みんな、元気かな?」


 綾子は忘れかけていた故郷のことを思い出した。あの子はどうしているんだろう。元気でいるだろうか。また会いたいな。


「宗太くんは今でも故郷に残って農業をしてるんだ。家を提供してくれたのも宗太くんなんだ」

「へぇ」


 綾子は宗太のことを思い出していた。まだ宗太が故郷に残っていると知って驚いた。


「故郷に戻ってきてもいいんだよ」

「戻ってこようかな?」


 綾子は故郷に戻ってみようなんて思ったことがなかった。今ある日々が幸せで、当たり前のようになっていた。その中で、故郷のことをすっかり忘れていた。


「その時は僕が作った野菜でごちそうするよ」

「いいね。そうしようよ」

「ありがとう」


 綾子は笑顔を見せた。たまには行ってみようか。自分が生まれ育った故郷はどうなっているのか見たいな。


 2人はオーシャンスタジアムにやってきた。この水族館の一番の目玉のような所だ。シャチのパフォーマンスショーはここでやっている。これを見れるのは鴨川シーワールドだけだ。それを見に多くの観光客がやってくる。


 今日も多くの人が観客席にいた。その中には家族連れの姿もいる。みんなシャチのパフォーマンスショーを楽しみに待っている。


「ここがオーシャンスタジアムか」

「うん」


 プールを見ていると、大きな魚がトレーナーと遊んで、小魚をもらっている。


「これがシャチか」


 よく見ていると、大きくて強そうな見た目とは裏腹に、イルカのようなしぐさを見せる。


「シャチ、可愛いでしょ?」

「うん。大きいのに、可愛いね」


 その時、大きな音楽が流れた。


「始まった!」


 音楽とともに、何人かのトレーナーがやってきた。トレーナーが指示を出すと、シャチが水面から飛び上がり、大きな水しぶきを起こした。観客に水が当たるので、前の席に座っている人々は雨具を着ている。


「すごいね」


 トレーナーがシャチの背中に乗って手を振っている。とても息の合った演技だ。次に、トレーナーはシャチの口に押してもらいながら泳いだり、上に上がっていた。さらには、横に回るシャチの上で玉乗りのように走っている。


「すごいね」

「まるでサーカスのようだ」


 最後に、3人がシャチの口の上に立って、手を広げていた。


 それが終わると、再びシャチが水面をはね始めた。最初より高く、水しぶきが遠くまで飛ぶ。水しぶきは2人の所まで届いた。2人は少し水をかぶった。


「あーあー」

「雨具を着ておいた方がよかったね」


 次に、トレーナーはシャチに押してもらって高々とジャンプした。もっと高度な演技だ。観客は拍手している。


 最後に、中央にボールがセットされた。観客は静かにその様子を見ていた。


「今から何が始まるんだろう」

「楽しみに待っててね」


 綾子は笑顔を見せた。その演技のことを知っていた。


 突然、シャチが高くジャンプして、大きなひれでボールを蹴った。これがクライマックスの目玉だ。ひときわ大きな拍手が起こった。


「すごい」

「かっこいいな」


 光之はシャチの姿に見とれていた。シャチはこんなにかっこよくて、かわいいもんなんだ。




 16時30分過ぎ、2人は安房鴨川駅の前にいた。2人は嬉しそうな表情だ。


 綾子にまた会うことができた。死刑になってもう会えなんじゃないかと思った。この4日間でいろんな人に会えたこと、それだけでも奇跡だと思える。きっと神様がまだ死ぬなと言っているようだ。


「じゃあね」

「今度は故郷で会おうね」


 2人は改札の前で別れた。光之を改札を抜けて、手を振った。綾子は嬉しそうに光之を見ていた。また会えたことが嬉しかった。手紙だけで十分だったのに、まさか会いに来るとは。


 16時52分、電車は安房鴨川を出発した。乗客はまばらだ。鴨川シーワールドの観光客の多くは特急に乗る。しかし、青春18きっぷでは特急に乗ることができない。


 光之は今日会った綾子のことを思い出した。まさか、海難事故で夫を亡くしていたとは。まだ幼い子供はどう思っているだろう。


 18時58分、電車は千葉駅に着いた。日差しが西日になってきた。乗り換え時間は10分。今度は快速で一気に大船駅まで移動する。


 19時8分、快速電車は千葉駅を出発した。乗客はそこそこ多い。帰宅ラッシュと思われる。光之は席に座ることができなかった。辺りは少しずつ暗くなってきた。


 江戸川を渡り、東京都に入る頃には、すっかり夜になっていた。光之は車窓から東京の夜景を見ていた。とてもきれいだ。まるで星が輝いているようだ。


 逮捕されずに、就職できた人の多くは、明るい人生を送ってきたんだな。でも、こっちは20年以上も牢屋の中で暗い人生を送ってきた。20年余りの空白なんて、もう取り戻せない。光之は感動するとともに、20年余りの人生が無駄になって泣けてきた。


 両国駅を過ぎると、快速電車は地下区間に入った。ここから品川までは地下区間だ。緩行線はここから秋葉原駅を経て御茶ノ水駅から終点の三鷹まで中央本線と並走する。


 品川駅に近づくと、電車は再び地上区間に入った。品川駅は東海道線や山手線、京浜東北線、新幹線が乗り入れる駅で、その他にも京急線が乗り入れる大きな駅だ。


 光之は再び街の明かりに見とれていた。何度見ても本当にきれいだ。こんな光景見れて本当に幸せだ。また見れると思っていなかった。見れないまま、死刑になると思っていた。


 品川駅を出ると、東海道線と別れたが、鶴見駅付近で再び東海道線と合流し、複々線区間に入った。ここから大船までは東海道本線と並走する。


 20時37分、快速電車は大船駅に着いた。快速電車はここから横須賀線に入る。そのまま東海道本線を乗り通す光之はここで乗り換えた。乗り換え時間は11分。


 光之は再び東海道本線の電車に乗った。JR東日本とJR東海の境目は熱海駅だが、この電車はそれを越えて沼津駅まで行く。


 20時48分、電車は大船駅を出発した。光之はいつのまにか寝てしまった。4日間の疲れがたまっていた。再会の旅もあと1日。悔いの無いように楽しもう。


 光之が目を覚ますと、長いトンネルに入っていた。丹那トンネルだ。終点の沼津駅まではあと3駅だ。光之は急いで支度を始めた。沼津駅での乗り換え時間はわずか2分。眠いけど、早く乗り換えなければならない。


 22時21分、電車は終点の沼津駅に着いた。駅には人が少ない。もう夜も遅い。みんな寝ていると思われる。


 22時23分、光之が乗り換えた電車は静岡駅へ向けて出発した。今度の電車は短いJR東海の電車だ。客はまばらで、お酒を飲んだと思われる客が多少いた。


 光之は先頭から展望を見ていた。辺りは暗闇だ。もう家の明かりはほとんどついてない。夜も遅いからだろう。


 23時16分、電車は終点の静岡駅に着いた。静岡県の県庁所在地の駅だが、ホームに人は少ない。もう23時だからと思われる。


 ここでの乗り換え時間も2分。光之は急いだ。これが今日最後の乗り換え。終点の浜松で1泊する予定だ。


 23時18分、浜松行きの最終電車は静岡駅を後にした。乗客はそこそこ多い。乗り過ごすと帰れない終電だからと思われる。


 光之は座ることができなかった。眠い中、吊革につかまっていた。車内は少し酒臭い。この中に飲んだ乗客がいるんだろうか。


 0時27分、電車は終点の浜松に着いた。今日の移動はここまで。明日は最終日。中津川ですみれに会って、大垣で理沙と会う予定だ。




 14時30分頃、さくらは大阪駅にいた。初恋の人、光之に会うためだ。光之は今頃、何をしているんだろう。家でくつろいでいるんだろうか。それとも、農作業をしているんだろうか。もしも農作業をしていたら、手伝いたいな。


 大阪駅にはすでにサンダーバードが停まっていた。金沢行きのサンダーバードだ。元々はライチョウという名前の特急だったが、新型電車の愛称がサンダーバードだったため、徐々に特急の名前もサンダーバードになった。


 さくらはサンダーバードに乗った。これで福井駅まで行って、九頭竜線に乗り換えて越前下山駅まで行く。光之の1日目とは逆の道をたどっている。そこからは徒歩で家に向かう。


 14時42分、サンダーバードは大阪駅を出発した。昼間だからか、人は少ない。車内はとても静かだ。モーター音がわずかに聞こえるのみだ。


 数分後、電車は新大阪駅に着いた。東海道・山陽新幹線との乗り換え駅だ。何組かの乗客が入ってきたが、少ない。観光客がほとんだ。


 15時9分、京都駅に着いた。京都駅でも東海道新幹線と乗り換える。米原でも金沢まで行く特急と連絡できるが、京都駅はのぞみも停まるので、サンダーバードの方が利便性が高い。ここでも何組かの観光客が乗った。


 15時10分、サンダーバードは京都駅を出発した。この次の山科駅から湖西線に入り、敦賀に向かう。


 サンダーバードは高規格の湖西線を猛スピードで走っていた。さくらは車窓から琵琶湖を見ていた。琵琶湖を見るなんて、何年ぶりだろう。さくらは琵琶湖の雄大さに感動していた。


 サンダーバードは近江塩津駅から北陸本線に入った。あっという間だ。近江塩津は乗り換え駅だが、乗客は少ない。


 さくらは光之の写真を見ていた。高校の時の写真だ。今はどんな姿なんだろう。早く会いたいな。


 敦賀駅を出ると、サンダーバードは長い北陸トンネルに入った。北陸本線の難所を一気に超えるトンネルだ。


 さくらは車窓からトンネルを見ながら、20年余り牢屋にいた光之はどんな気持ちだったんだろうと考えた。死刑宣告を受けた時にはどんな気持ちだったんだろう。拘置所ではいつ来るかわからない死の恐怖に耐えなければならない。でも、冤罪がわかり、出所することになったときはどんな様子だったんだろう。


 16時35分、サンダーバードは福井駅に着いた。さくらはここで降りた。九頭竜線に乗り換える予定だ。


 さくらは切り欠きのホームに向かった。すでに九頭竜線の気動車はホームに着いていた。単行のワンマンカーだ。


 さくらは気動車に乗った。乗客は少ない。そのほとんどが鉄道オタクだ。鉄道オタクの中には大きなカメラやビデオカメラを持った人が多い、写真や前面展望を撮るんだろうか。


 16時50分、気動車は福井駅を出発した。さくらは車窓を見ていた。九頭竜線の起点は福井駅ではなく、その先の貨物駅だという。


 次の越前花堂駅を過ぎると、九頭竜線は北陸本線と別れ、山に向かった。


 さくらは目を閉じて、光之と過ごした青春を思い出していた。あの頃は何もかもが幸せだった。一緒に嵐山に行って、映画村に行って。思い出すと、涙が出てくる。きっと、光之もこのころは一番幸せだったに違いない。だけど、捕まって20年以上も牢屋にいた光之は今、どんな心境なんだろう。


 目を覚ますと、そこは越前大野駅だ。光之が旅をスタートさせた駅だ。乗客はそこそこ乗っていた。帰宅ラッシュと思われる。


 越前大野駅を出て30分後、電車は越前下山駅に着いた。越前下山駅はトンネルの間の築堤の途中にある駅で、集落からは少し離れたところにある。




 さくらは越前下山に降り立った。もう夕暮れだ。少し暗くなってきた。


 さくらはホームへの坂を下りて、道路の前に来た。その集落は歩いてすぐの所だ。


「あれっ、どうしたんだい?」


 突然、軽トラックに乗った男が声をかけた。宗太だ。こんな時間に人がいるなんて珍しい。


「光之さんは?」

「旅に出てるんだよ。手紙をくれた友達に会いに行こうと思って」


 宗太は驚いた。光之に会いたいという人がいたからだ。20年余りも牢屋にいた光之に会いたいって人がいるとは。何事だろう。


「そうですか」


 さくらは下を向き、残念がった。もうすぐ会えると思ったのに。


「会いたいんですか?」

「はい」

「じゃあ、泊まっていきなよ。明日の夜、帰ってくると思うから」

「あ、ありがとうございます」


 宗太は乗っていた軽トラックの助手席側のドアを開けた。さくらは言葉に甘えて宗太の軽トラックの助手席に座った。


 さくらを乗せた軽トラックは宗太の家に向かった。


「ところで、あなた、誰なんですか?」


 宗太はその女を知らなかった。会ったことがなかった。


「さくら。高校時代の初恋の人なの」

「初恋の人なんだ。みっちゃんに初恋の人って、いたんだ」


 2人は宗太の家に着いた。宗太の家は光之の家の隣で、光之の家よりも少し大きい。


 2人は家に入った。家には妻がいた。長女と長男は中学校を卒業後、福井市内の高校の寮で生活している。2人の勉強部屋は空いていた。


「いらっしゃい。あれっ、この人は?」


 知らない女性が入ってきて、宗太の妻は驚いた。


「みっちゃんを探しに来たんだって」


 妻は驚いた。光之を探している女性がいるとは。初恋の人だろうか。


「へぇ。まぁ、ゆっくりしてちょうだい」


 妻は長女の部屋に案内した。長女の部屋は1年余りも使われていなかったが、掃除がしっかり行き届いている。


「ありがとうございます。私、交通事故で記憶を失って20年近く別の名前で生きてきたの」


 2人は驚いた。交通事故で記憶を失って20年近くも別の名前で生きてきたとは。なんて壮絶な人生なんだ。


「そんな過去を持っているのか。すごいね。みっちゃんも、大変だったんだよ。20年余りも牢屋に入れられて、いつ来るかわからない死の恐怖にずっと怯えていたんだから」

「そうなんだ」


 さくらは光之の事を考えていた。20年以上も牢屋にいて、死と隣り合わせの日々を送っていた。とても私には耐えられないだろう。


「出所して、ここで暮らすことになったんだけど、まさか、手紙をくれた友達に会いに行くとは」

「いいじゃないの。大切な友達なんだから」


 さくらは光之の気持ちがよくわかった。長年会っていない友達だったら、そりゃあ会いたいだろうな。そういえば、自分の小学校時代の友達はどうしているだろう。会ってみたいな。


「わかるわかる。その気持ちわかる」


 と、妻が部屋に入ってきた。


「食事の用意できましたよ。そこのお嬢さんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 さくらは言葉に甘えて夕食を食べることにした。どこで食べようか考えていた矢先のことだ。


 さくらはダイニングにやってきた。今日の晩御飯はとんかつだ。地元で採れた野菜の惣菜やみそ汁もある。


「まぁ、食べてんか」

「ありがとうございます。いただきます」


 さくらは椅子に座り、食べ始めた。どれもおいしい。愛情があるからか。無農薬からか。光之もこんなのを作るんだと思うと、結婚して毎日こんなの食べたいと思い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る