第七話 ワンサイドゲーム

「うぅ……」


 腹を抱えてうずくまる男の情けない声が聞こえる。

 これで十八名。若者らの武器に打たれて倒れた者の数だ。

 彼らは容赦しない。たった一人の中年男性を複数名で囲ってリンチ。丸腰相手に鉄パイプやらバットやらの武器まで使って。


「これで俺らの邪魔する奴は全員か? 情けねえな、お前らは他の奴がどうなったっていいってことか。まあ、そうだよな。所詮は他人同士の寄り合い、自分が第一優先だ。いいぜ、そのまま大人しくしてれば仲間に入れてやるよ」


 男たちはどうするか迷った様子で若者たちから離れ、彼らに道を作る。

 それでも彼らに立ち塞がろうという者は何名か見受けられるが、仲間に止められ、もしくは倒れ込んで血を流す仲間の姿を見て二の足を踏んでいる状態だ。

 あちらは武装しているが、こちらは丸腰。立ち向かったところで結果は目に見えている。この人数差であれば全員で戦えば、勝てないこともないだろうが、もう今残っているのは連携力もなければ戦う気概もない人ばかり。彼の言った通り、所詮は他人同士の寄り合いなのだ。


「壱織さん……」


 壱織いっしょくは横目で佐藤の様子を伺う。


「はい」

「私が何としてでも時間を稼ぎます。なので、ここを真っ直ぐ行った途中にある防火戸を閉めてきてくださいますか? 鍵が付いているので時間稼ぎにはなる筈です。その間に地下路線を通っての避難を……中には私の娘もいるんです。どうか、お願いします」


 彼らに聞こえないよう小さく、それでも力強く語った佐藤の表情は覚悟を決めた顔をしていた。


「それなら佐藤さんが行った方がいいのでは?」

「……私は走るのが苦手なんですよ」


 そう言って笑みを見せた佐藤は、壱織の一歩前に出る。


「防火戸は上に注意しながら行けばわかると思います」


 奥に残っているのは怪我人や老人、女子供といった構内整備組――戦力外の人達。彼らをここで止めなければ終わり。佐藤は震える拳を握りしめる。


「あな――」

「一つ!」


 壱織の声が響く。


「一つ訊きたいことがあるんだが、いいか?」

「志木野さん、何を……!」


 壱織は佐藤を押しのけ、若者らと対峙する。


「なんだ?」


 彼らの代表らしき人物がこちらを睨みながら言った。


「お前らが連れてきたおっさん……仙葉?だっけか。その人以外にも人がいたみたいなんだが、その人たちはどうした?」

「……あー、あいつらか。知らねえよ。邪魔したからボコってそこらへんに捨ててきた。今頃喰われてるんじゃねえの?」


 若者たちの中に笑いが起きる。

 たった数日の仲とはいえ、仲間は仲間。薄々気づいてたとはいえそれを聞いた男たちに動揺が走る。


「そうか……なら決めた。お前らはここで死ね」

「あ?」

「お前らみたいな屑をなあ、うちの妹に会わす訳にはいなねえんだ。すまないな」


「は? 頭おかしいんじゃねぇの?」なんて声が飛んでくる。

 笑いが起きている彼らの中から一人、大男が出てきた。

 隅の入った太い腕を露出させた彼は、こちらを威圧しながら向かってくる。


「あまり調子に乗ってると本当に殺すぞ」

「お前、人殺したことねえだろ」

「は? なにを――」


 それを見ていた全員が息を呑んだ。

 男は言い出した言葉を出し切ることもなく、横にあった柱と情熱的なキスを交わしたのだ。

 一回目、男の鼻から血が噴き出す。

 離れていく柱を視界に捉えた男は、そこでようやく自身が置かれている状況に気が付いた。自身の髪を引っ張る手を掴み必死に抵抗しようとするが、もう遅い。またも柱とキスをする。

 二回目、男は自身の鼻が折れたことを悟る。

 男は自身の髪を掴んでいる手ではなく、それを行っている人物に目標を変え、手を伸ばす。しかし、その手が壱織の顔にまで届くことは無かった。

 三回目、男は一瞬の失神を経験する

 腕は糸が切れたかのように垂れ下がる。男の意識が戻ってくると同時に再びその手が壱織へと向かう。ピクピクと震えながら上がる腕は先程よりも弱々しい。

 四回目、男はついに失神した。

 全身の力が抜け、その体を支えることが出来なくなる。そしてそのまま地へと向かい――


 ――五回目、男は地に墜ちる。

 彼の意識は体との繋がりを断つことで痛みから逃れることが出来たが、残された肉体はそうはいかなかった。壱織は身をかがめると男の頭を六回目、七回目と何度も地面に叩きつけた。そのたびに男の体はピクピクと動く。まるで電流を流されている死体のようである。それを行う壱織の顔には笑みが見られる。

 その様子に誰も声を上げることが出来なかった。


「……ふぅ。きったねえな」


 壱織は血の付いた手を振る。


「で、次は誰だ?」


 壱織の視線に彼らの数人は一歩下がってしまう。


「何ビビってんだよ。相手は所詮一人だぜ?」

「あ、ああ、そうだよな」

「わかってんなら、さっさと行けよ」


 ボスの言葉に若者らが動き出す。

 武器を構え向かって来る彼らの顔に一片の怯えを見た壱織は口角を上げた。先ほどのパフォーマンスは無駄ではなかったようだ。


「っしゃあ!」


 壱織は咆哮を上げ、それに驚き一瞬の硬直を見せた先の頭男の股間を蹴り上げる。そしてその男が持っていた鉄パイプを奪うとそれを振るい男の膝を破壊した。

 一対一の戦いであったならば、倒れ込み悶絶する男に追撃を加えるところだがそうはいかない。次々と迫る敵を対処しなければいけない。


「うらああぁぁ」


 バットを縦に振る敵の攻撃を避ける。そして彼の顔面に向かって鉄パイプを振るう。なんとか回避しようとした彼だが勢いの前傾姿勢のまま壱織の鉄パイプに打たれるしかなかった。

 壱織は敵の鼻が潰れたあたりで腕を止める。そのまま振り切ってしまえば本当に殺してしまう可能性があったからだ。妹の仁奈と合流した後もこの街に留まる可能性は高い。そうなった際、ここにいる人達に人殺しのレッテルを貼られていると次出会ったときに協力ができなくなってしまう可能性が出てくる。それは避けたい。もし殺す必要があるならそれはモンスターに任せたいところだ。


 壱織は鉄パイプを腕の筋肉で無理やり引き戻すと、それを横薙ぎに振るい迫りくる男たちとの距離を取る。そして敵対する彼らの表情を端から順に確認しながら、片方の手に鉄パイプをパンパンと打ち付け自身の持つ武器の強度を確認していた。

 この人数を相手に丸腰で戦うのはいささか面倒である。これからの起きる混戦の中、途中で武器を入れ替えるのもまた面倒である。この鉄パイプがこれからの戦闘に耐えうるであろう強度を持っていることに壱織は安心しながらまたも口角を上げた。




「うぅ……」


 たった数分。それだけの時間で戦闘は終わりを見せた。侵入者らに反抗し地面に倒れ込むこととなった者の数と、今情けない声を出しながら地面に突っ伏している侵入者らの数が逆転した。彼らのほとんどは体のどこかが折れてしまっている状態だ。脚、腕、もしくはその両方。無力化している。


「あがっ……」


 壱織は最後に残った侵入者らのボスらしき人物の首を片手で締め上げる。逆の手に武器はない。馬鹿への教育には拳で十分だ。


「お前みたいな、くそがよ、この街にいると、俺の妹に、悪影響が、あるかもしれねえだろ」


 壱織の言葉が切れる度、男の顔に拳が叩き込まれる。

 鼻からは血が噴き出し、目からは涙が零れ、顔が歪んだものへと変わっていく。それでも壱織の拳は止まらない。


「お前の間違いは三つ。一つ、人を殺したこと。二つ、これ以上大きくなろうとしたこと。そして三つ、お前らがくそであること」


 壱織の手が止まり、男は倒れる。壱織は一仕事終えたように手をパンパンとはたいきながら佐藤の元へと戻っていく。こいつらをどうするか訊くためだ。

 しかし、その足取りは佐藤の表情が認識できるにつれて重たいものへと変化していく。佐藤の顔から驚きと困惑、そして恐怖が感じられたからだ。


「壱織さん……」

「あ、えっと……大丈夫ですよ。誰も殺してません。最初に殺すと言ったのはビビらせるためであって、演技ですよ。演技……」


 壱織は弁明するがそれでも佐藤の表情は複雑なままだ。


(やっちまった)


 昨日一昨日と発生したモンスターとの戦闘と比べ、今日のこれはワンサイドゲーム。久々に人を殴ったことも相まってか、ついキマってしまいやり過ぎた。壱織は少しの反省をする。そして壱織が何も言いださねば永遠に続きそうなこの空気。これを打ち壊すべく何を言おうか必死に頭を回転させる。しかし、その必要はなかった。静まり返る構内。そこに拍手が響く。

 それは侵入者らによって最初に倒された男――亜門あもんのものだった。


「すごいな、兄ちゃん。見ててすっきりしたぜ」


 亜門につられて壱織の戦闘を見ていた他の者たちからも拍手や「かっこよかった」などの声が上がる。一部では、もっと早く助けに入れば、なんて声が上がるが亜門の圧によって押し殺された。

 皆からの注目を一身に受けている状況に、壱織は恥ずかしさを覚えながらも佐藤に訊いた。


「それで、こいつらをどうします?」

「どうしましょうか……ここに置いておく訳にも……」


 佐藤が悩んでいるところに亜門が割って入る。


「そんなもの放り出すに決まっているだろ!」


 それに対し佐藤は少し否定的な反応を見せた。亜門の提案を呑んだ結果の彼らの結末を悟ったからだ。


「それはあまりにも……」

「その通り! 使える物だけ奪えばいいんだ!」


 佐藤のやんわりとした否定の言葉は、亜門を擁護する声に押しつぶされた。

 そうして議論が活発になっていく。亜門の言う通り外に放り出そうと言う者。それは流石に可哀そうなのではと言う者。いや彼らを利用しようと言う者。様々な者の意見が出てくる。


「それで、だ。兄ちゃんはどう考えてるんだ?」


 急に話を振られた壱織は面食らう。どうでもいいとは言い出せない雰囲気である。正直なところ、侵入者らに対する処置については本当にどうでもいい。付け加えるなら、それについては自身が関わるべきでないとすら考えている。すぐにここを離れるのだから。

 一つ思うところがあるとすれば、彼らが再びここを襲い、この場所にいる者たちを吸収して大きな勢力となってしまうのは避けてほしい。そうなることを防ぐために彼らを倒したのだが、そうなってしまえば戦った意味が無くなってしまう。まあ十中八九そんなことにはならないだろうが。


「……お、お好きにどうぞ~」


 その言葉だけを残し、壱織はそそくさとその場から去った。




 駅のホームへと戻ってきた壱織はノアを探すため聞き込みを開始した。こうなるなら佐藤にノアの居場所を聞いておけばよかったと後悔するがもう遅い。今から佐藤の元に戻っても面倒なことに巻き込まれるだけだ。


「あの~、白い服を着た小学生くらいの子、見ませんでした? 青っぽい髪の――」

「ああ、その子なら向こうの方に行ったよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 運よく三人目でノアを見たという人に当たることができた。壱織はその人が指を向けた方へと向かう。

 人で埋め尽くされた床に何とか足の踏み場を見つけ進んでいくがノアは見つからない。

 それから幾人かの人に聞きながらノアを探すがそれでも見つからない。


 そろそろ心配になってきたころやっとノアを見つけることができた。瓦礫の撤去作業を行っていた場所の近くで倒れていたノアを。


「おい! 大丈夫か!」


 壱織は急いでノアに駆け寄る。息は荒く、体は熱い。とても苦しそうな面持ちである。


「おいおいマジかよ……」


 壱織はノアを抱きかかえるとすぐに佐藤の元へと向かった。


「すまないが少しここで待っててくれ」


 途中、佐藤が携帯電話を貸してくれた誰もいない部屋でノアを下ろす。苦しそうなノアが見せた精一杯の頷きを確認すると、再び佐藤の元へと足を速めた。

 その時、壱織の頭では様々な考えが逡巡していた。

 この状況での病気は非常にまずい。薬が手に入るかもわからず、ろくな食料もない。壱織は倉庫にあった食料の数を頭に浮かべる。あの数をここにいる人の数で割れば一人当たりはほんの少しである。更にはすぐさまここを追い出される可能性すらある。集団感染などしてしまえばこのコロニーは終わりであるからだ。

 元々ここを出ていくつもりであったが、ノアが弱った状態で学校へと向かうことは避けたい。また、仮に学校へ無事たどり着けたとしても病気持ちの者を連れているとなっては、学校で形成されているであろうコロニーに迎え入れてもらえる可能性は少ない。


 どうすればいい。


 ノアを置いていくか。

 その考えが頭をよぎる。しかし、彼女の持つモンスターの知識はこの世界で生き残るにあたって重要な役割を果たす。できれば手放したくない。

 ノアがモンスターの知識を持っているということを明らかにすれば――それが信じられるかは別として――たとえ病気を患っていても、あらゆるコロニーで受け入れられ大切に扱ってもらえるだろう。だが、そのコロニーに囲われ簡単に離れられなくなってしまう可能性がある。

 ノアにとってはそれがいいのかもしれない。壱織はそう考えるが、それでも自己中心的思考を手放せない。


 考えがまとまらないが、なにより優先すべきはノアの命。ここで彼女の持つ知識を失う訳にはいかない。

 ノアが患っているのはただの風邪であり心配のし過ぎなのかもしれないが、小さい子の免疫力などあてにならない。森をさまよい、モンスターに喰われかけ、モンスターに見つからないよう神経をすり減らしながらここまで歩いてきたのだ。体力もかなり減っているはずだ。もしかしたらただの風邪でも大事に至ってしまうかもしれない。


 走り続けて数分、佐藤の姿が視界に入る。

 壱織を見つけ侵入者の処分について話し合っていた面々が何か言いながら近づいてくるが、それを無視して佐藤の元へ急ぐ。


「佐藤さん」

「壱織さん! よかった。今、彼らの処分について……」

「そんなことはどうでもいいんで、それよりもノアが!」

「ノアさんが? いったい……」


 壱織はここに戻ってくるまでの一連の流れを説明する。


「――わかりました。確か医師をしてらっしゃった方がいたはずですので、探してきます。壱織さんは水と毛布を持って部屋に戻っておいてください。改札付近にあります」


 返事を言う間もなく佐藤は走っていった。

 それに合わせ壱織もするべきことをすべく動き出す。


 壱織が部屋に着いてから数分後、佐藤が長身の男性を連れてくる。


「お願いします」


 壱織の言葉を合図に彼が診察を始めた。

 一分と数秒の診察の末、彼が口を開く。


「風邪、ですね」


 その言葉に安堵しそうになった壱織だが、「でも」という医師の言葉に身を引き締める。


「体力がかなり落ちています。このままだと無事に助かるかどうか……薬があればまだ対処の余地はありますが……」


 壱織と医師が佐藤に目で問いかけるが、首を横に振られてしまう。


「今はありません」


 佐藤の物言いに壱織は少しの違和感を覚える。


「今は?」

「はい。壱織さんに瓦礫の撤去を手伝ってもらったあの場所。あそこの通路が開ければ、隣にあるデパートに入ることができます。地表の出入り口部分は瓦礫でふさがれていて侵入はできませんでしたが、地下からならいけると思います。デパートの薬局で薬を手に入れることもできるでしょう」

「それで、その通路はいつ……」


 壱織は結論を急ぐ。


「明日の朝には開通すると思います」


 ただし、と佐藤の口調が強くなる


「薬局は地上四階部分にあります。中の状況がわからない以上そこまでたどりつけるかは……」


 壱織はこの駅に来る途中に遠目で見たデパートの外観を思い出す。

 地に付していたビルのように全壊という訳ではないが、佐藤の言う通り地表からの侵入が不可能なぐらいには壊れている。階段がまともに使えるかわからない。

 さらには、佐藤曰くそのデパートで幾体かのモンスターを見たとう意見もあるらしい。デパート内部の状況を探ろうとした者が遠目から見て得た情報らしいので、確たる証拠があるわけではないが、モンスターはいると思っていた方がよさそうだ。


「……近くに他の薬局はありますか?」

「徒歩圏内には二軒、あったのですが……」


「あった」過去を表すその言葉だけで状況は理解できる。


 壱織は悩む。

 ノアを捨てるか、捨てぬか。あの子の持つ情報は自身及び自身が大切と思う者たちにとって必要なのか。それは己が命を危険に晒してまで守るべきものなのか。

 俺はあの子を見捨てるのか。


 壱織は自身への問いに答えを出す。そして覚悟を決めた。


「わかりました。明日の朝ですね。何か使える物がないか探してきます」


 背中越しにそう告げた壱織は、ノアを助けるべく行動を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る