第六章 4

次の日、昼近くにコンモン駅に降り立ったRuriは悟の家族の住む町行きのバスに乗り込んだ。始発のバスは数名の乗客を乗せ走りだした。一番後ろの席に座ったRuriは住宅街から田園風景に変わる様をぼんやりと眺めている。10分ほど走りいくつかのバス停が過ぎた頃、少し前のバス停から乗りRuriの前に座った高齢のご婦人が後ろを向き声をかけてきた。


「お嬢さんはこの辺りの人じゃないね。どちらまで行かれるんですか。」


急に声をかけられ驚いたRuriはたじろぎながら応えた。


「この先のシロサキまでです。知り合いがおりますので。」


一度も会ったことはないが悟さんのご両親だし、一度電話で話してるから知り合いでいいよね。


「そうなの。お知り合いってどなた?金坂さん?山中さんかな?この辺りの人はだいたい知ってるので多分わかると思うわ。私はその先のサトミネまで娘の嫁ぎ先に孫の顔を観に行くのよ。」


「そうなんですか。お孫さんお幾つですか?」


「3歳よ。女の子でとってもおしゃべりなの。もう、かわいくって、かわいくって。」


「かわいい盛りですね。」


「そうなのよ。孫ってなんであんなにかわいいのかしら。あなたお子さんは?」


「私はまだ独身ですので、子供はいないんです。」


「あら、ごめんなさい。でも結婚するなら早い方がいいわよ。お相手はいるの?」


「ええ。います。これからその人の実家に行くところなんです。」


「そうなの。じゃあもうすぐなのね。お相手のご両親とは初めてお会いするの?この辺りの人はみんないい人だから心配しなくても大丈夫よ。」


「ありがとうございます。少し気が楽になりました。あっ、私ここで降りますので、失礼します。」


目的のバス停の案内が流れたので、Ruriはブザーを押した。バスが停止したので立ち上がり夫人に挨拶をしてバスを降りた。


「頑張ってね。うまく行くといいわね。」


バスの扉が閉まると同時にRuriは婦人に向かってお辞儀をした。

しばらく去っていくバスの後ろ姿を眺めた後、Ruriは地図アプリを頼りにリンゴ畑に沿って歩き始めた。悟の実家はバス停から5分歩いたところにあるリンゴ園の一角にあった。


農家の家によくあるように大きな家で弟も同じ敷地内に住んでいるのか奥にも家が見える。手前の家の表札は下河原隆とある。悟の父の名前だ。

インターフォンを押すと女の人の声がした。


「はい。どちら様ですか?」


「一昨日お電話した、高原と申します。悟さんのことで伺いました。」


「今参りますので、少々お待ちください。」


インターフォンが切れて少し経つと玄関が開き、日に焼けた50絡みの女性がRuriを招き入れた。


「いらっしゃい。よく来たね。大変だったでしょう。まあ、上がってください。」


「あっ。はい。おじゃまします。」


悟の母に促されてRuriは家に上がった。


「今日はあなたが来るので仕事は午前中で終わらせたの。だから時間は気にしないでゆっくりお話しできるわ。」


「お気遣いいただきありがとうございます。色々お聞きしたいこともありますので今日はよろしくお願いします。」


「そんなに畏まらなくてもいいわよ。こちらにどうぞ。」


Ruriは悟の父と弟夫妻と姪のいるリビングに通された。


「はじめまして。高原Ruriと申します。突然の申し出を快くお受けいただきありがとうございます。」


「もう、さっきも言ったように畏まらなくていいの。改めまして、わたしは悟の母の彩子。こっちは父親の隆。無愛想でごめんね。この人はこういう人だから。」


一人がけのソファの前に立っている男性は彩子に紹介されるとペコリと頭を下げた。


「悟の父です。」


隆は右手を差し出してRuriと握手を交わした。


「僕は弟の康治です。こちらは妻の裕子と娘の唯。よろしくお願いします。」


隆の隣に並んでいる三人もRuriとお辞儀を交わした。


「それにしても、あの兄貴にこんな若い彼女がいるなんて信じられないな。堅物でこういうことには奥手だったからね。」


「あまり女性慣れしていないみたいですね。私たちも運命を感じなかったらこれほど急速に仲が深まることはなかったでしょう。」


「運命…ですか。不思議なご縁なのですね。」


隆がポツリと呟いた。

「ええ。悟さんも私も出会った瞬間にお互いを運命の人と感じてしまったのです。それで私の病気を引き受けてくれることになったんです。」


「病気を…引き受ける?」


「ある特殊な方法で私の患っていた白血病を悟さんに引き受けていただきました。うまく説明できないのですが、それだけ愛してくれたと私は思っています。それなのに…。」


「いなくなってしまったんですね。」


康治が言葉に詰まるRuriを引き継ぐように問いかけた。


「ええ。そうなんです。それで私悟さんに関わる人たちに立ち回り場所の心当たりがないかお聞きしているんです。」


「それは大変ねぇ。あの子もこんな可愛いお嬢さんに心配かけるなんてとんでもないね。」


「でも、兄貴の行きそうなところはよく分からないな。そもそも、兄貴とはあまり話したことがないな。仲が悪いわけではないんだけど、趣味も違うし交友関係も違ったんで話は合わなかったな。」


「あんた達は本当に性格が違ったからね。悟はあまり外で遊ばなかったけどあんたは暗くなるまで外で遊んでたっけ。」


「兄貴と仲が良かったのは吉川のやっちゃんかな。就職してからも連絡し合ってたと思うんで、後で話が聞けないか連絡してみるよ。」


「ありがとうございます。お母さまは思い当たるところはありませんか。」


「あの子は美術館や博物館が好きだったんでケンダシティには行ってる可能性があると思うけど。」


「私たち、ケンダシティで出会ったんです。思い出の場所なので立ち寄っているかもしれませんね。」


「思い出の場所ならそこで生活している可能性は低いな。立ち寄って入るかもしれないけれど、悟はもっと皆が思い付かないようなところに行ってるんじゃないか。」


静かに皆の意見を聞いていた隆が突然話し始めた。Ruriは驚いて隆の方を向いた。


「お父さん。何でそう思うの?Ruriさんびっくりしてるわよ。」


「あいつが本当に姿を消したいと思ったんならそう行動するだろうと思う。それぐらいは計算する子だよ。」


「確かにそうかもしれないな。兄貴は行き当たりばったりの行動は滅多にしないから、全部計画してから行動しているかもしれないね。だったら、皆には兄貴が行きそうなところを聞いて、それとは逆のところを探せばいいかもしれないね。」


「とにかく、いろいろな方の意見をお聞きしてどこから探すか決めようと思います。」


「そうだね。それがいいよ。さっき話した吉川のやっちゃんに連絡してみるね。」


そう言って、康治は携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。相手と繋がり何か話し始めたら裕子がむずがる唯の相手をしながらRuriに話しかけた。


「ごめんなさい。うちの人思ったらすぐ行動しちゃう人だから。多分Ruriさん今日こちらに泊まらなきゃならなくなると思う。まあうちに泊まればいいけどね。明日用事はあるの?」


「えっ。いえ病気のこともあったので仕事は当分お休みをいただいてるんです。だから、全然大丈夫ですけどいきなり他人が止まるなんてご迷惑じゃありませんか。」


「それは、大丈夫。ねえ。唯。このお姉ちゃんが今日おうちに泊まってくれるんだって。」


「えっ、そうなの。いっぱい遊んでくれる?」


「唯ちゃん。何して遊ぶ?楽しみだね。」


「うんあっちで唯の宝物見せてあげる。行こう。」


「うん。いいよ行こう。」


Ruriは、今日は裕子のところ泊めてもらうことに決め、唯に手を引かれ裏口から唯の家に連れて行かれた。


「あらあら。Ruriさんも大変ね。まあ、今日はゆっくりしてもらいましょうか、唯の相手だとゆっくりできないかもしれないけどね。裕子さん、お夕飯はこっちでみんなで食べましょう。お手伝いお願いね。」


二人の後ろ姿を見送りながら彩子が裕子に声をかけた。康治の電話は終わったようでRuriが唯に連れられていくのを唖然として見ている。


「はいお母さん。悟さん関係のお客様は初めてですね。良さそうな人で良かった。」


「そうね。悟もこれでなかなかやるわね。」


二人はそう言って微笑みを交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る